34 降臨
「……ハァ…………はぁ……はァ…………」
ドッとボクは膝から崩れ落ちた。
呼吸をして脳に酸素を行き渡らせる。
疲れ……いや緊張か。今まで精神防御を張っていたけど、先ほど兵器を新生させる時にそれを解除した。結果、あの侵蝕存在の重圧と威圧感をモロに受けることになって、このザマだ。
……いくら才能があっても精神強度自体は凡人のまま。
数秒あてられただけでコレとは、はは、戦場とか全然向いてねぇ……
「一撃ってお前……」
静寂した戦場で、姉さんからそんな第一声。
……ふっふっふ、流石に度肝を抜けたらしい。
「絶式:真理の定説」。
これぞボクの転生してきた生涯の到達点であり完成点。
提督作の神聖武装のように使い手に依存しない、それ単品で全能力が完結している決戦兵器。
いうなれば──コレは人造の人理兵装に等しい代物だといえるだろう。
なにせ使用者を選ばないのだ。拳銃と同じ。
装填するモノによっては、今みたいに「異界特攻兵器」になるし、ノーマルの状態でも一定の大火力を叩き出すことができる。
設計図を流せば人類国家の分裂も生みかねない危険物。
誰でも兵装保有者時代、考えただけでも恐ろしい!
「は――はは、ハッ、ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッッ!!」
哄笑が響き渡った。
邪悪さを感じる笑い方だった。発声源は玉座があった左手付近。──提督である。
「スゲェ、オレ様が創れなかったモノを錬成りやがったのかオマエ! 中身は換装可能か、そうだな!? 装填弾によっては異界存在、超抜存在をも破壊する代物かッ! あの衝突反応はメテオライトだ! 別次元から落ちてきた物質だろ、しかも中に何を込めてやがった? 宇宙層にあるエーテルだろ? ああ、ああ、そりゃあ一撃だろうよ、ハッハハハハハッッ!!」
心底、楽しそうに──可笑しそうに。
自分の計画が崩れ去ったっていうのに、なーんでこの人は嬉しそうなんですかね。拍手までしてるし。
まるで勝った気がしない。
一発殴っておくべきだろうか?
「……笑ってる暇があるなら、テレーゼさんを治療してあげたらどうなのさ提督?」
ボクが視線を向けた先には、さっきの破壊砲撃の打ち合いで、壁際に吹き飛んでいた少女がいる。
やはり普通の魔族と比べれば細胞から強度が違うのだろう。表面的な傷はないものの……しかし、内部は酷い状態のハズだ。虹色の瞳もどこか虚ろ。意識を保っているので精一杯、ってところだろう。
「放っといても治る。それよりイリス。その兵器をもっとよく見せろ、さっき何か追加してただろ。つーか分解させろ、再構築させろ……!」
「破壊狂……」
じり、とこちらに一歩寄る提督に、ちょっと引く。
見ただけで理解されるような構造にしちゃいないけど、この人にだけは設計構造を見破られたらヤバい気がする。
さっさと工房に仕舞って、弩砲をその場から消す。精神防御の術式を構築し直してから、ちょっとだけ、ほんのちょっとだけホロウィンドウを開き、工房の備蓄素材を確認して──ゴフッ、と血反吐を吐いた。
「イリスくん!?」
「大赤字ッ……!」
「あー……なんか凄いビームも追加で撃ってたもんな。消費素材もハンパじゃなかったか」
憐れー、と姉さんが同情の声色で煽ってくる。
うるせぇ黙れ。ていうかこっちにはまだ、ルシファーから奪った魔王石があるのだ。返還する前に素材を吐き出して貰わねば……!
「ぐっっっはああぁぁぁぁぁぁッ!!!! 今起きた、なんか二回ぐらい死んだような感覚がするが夢だな夢ッ!! ここが我が侵略予定の世界か────うん、どこだココ?」
──はい?
「は?」
「えっ」
「なんです?」
姉さん、キリカさん、エリファレット君からも同様の困惑の声。
目覚ましの声は──先ほどボクが全力でブッ飛ばした侵蝕存在から。
ていうか、もうただのルシファーだった。
影が晴れ、首が再生し、元通りの……いや、知っている姿よりもキラキラ度が増した感じの、言うなれば新品みたいになった魔王がそこにいた。
彼はその青い目を瞬かせ、場にいるボクらを数秒じっと見つめ──
「……ッお、思い出した、思い出したぞ! 貴様ら──」
「あ、ええと、魔王、ごめ──」
「カルタフィルスの仲間かッ!? 降臨した直後に問答無用で殴りかかってくるとはなんと野蛮な!! 脳筋コミュニケーションにも程があるだろう! しかも超抜なんとかだのとおかしな『枠』を付与しおってからに、おかげで我輩は──我輩は? ん? いやなんか身体が軽いな? もしや──元に戻っているッッッ……!?」
誰だよカルタフィルス。知らねーよ。
いきなり新しい固有名詞を出さないでほしい。っていうかまさかオーナー、記憶喪失? なんか発言内容がだいぶ時系列を逆行してるんだけど。
「は、はいはーい! えっと、自己紹介お願いしてもいいかしらー!?」
キリカさんがそんなことを言い始める。
いやそれでいいのか、と姉さんの顔を仰いだが、首を横に振られるだけだった。
「? あぁ、ようやく言葉を聞く気になったのか、知性を取り戻したようで何よりッ! では応えてやろう、我輩こそは異界より訪れし『侵略者』! 敬愛なる魔神様の命により、貴様らとその世界を侵略しにきた!」
「どうしますReader、コイツ消します? 侵略とか言ってるですけど」
「今度にしない? 私、今日はもう疲れたし」
「!?」
姉さんの言葉に、玉座の段差から降りてきたオーナーは固まってしまった。
それを眺めてから──ボクは提督の方へと視線をやった。
「……ちょっと提督。これどーなってんの。ラスボスなら説明責任を果たしてよ」
「どうもこうも、見ての通りだ。魔王、超抜存在。ルシファーには二つの枷がかかっていた。今のこいつが間違いなく全盛だ。戦ってみるか? 間違いなく負けると思うがな」
「なにをしてくれているんだよ」
「ハ、オレ様はなにもしてねェよ。いいか、つまりこうだ。異界から来た奴を初手でぶっ飛ばし、『超抜存在』というこの世界の枠組みに入れることで、弱体化させた奴がいた。証言からしてカルタフィルスって奴だろうな。その後は憶測になるが、どこかの地点でこいつは魔王石を食った──結果、『魔王』なんていう魔物の枠組みにまで格落ちし、千年を今まで生きてきた、ってワケだ」
……えーと、提督の説明を踏まえてまとめると、なんだ。
ボクが魔王石を奪ったことで、魔王という枠組みから解放され。
更についさっき、超抜存在という枠組みも破壊して解放した結果……
異界から来たという『侵略者』──本来の強すぎる彼に戻してしまった──ってコトか──ッ!?
「タイムオーバー。生存確定時間、超過。──龍神の仔、覚醒します」
「……え、」
やしろさんから不穏な一報。
その時、ボクは気が付いた。
崩れ去った玉座のあった場所、その裏手。
そこには黒いキューブがあった。琥珀色に輝くものがあった。
だがそれらも、先ほど撃ち放った槍とボクの最高傑作で消滅していたハズだ──今、この時までは。
「ちょっと待って──ちょっと待って。あの槍には異界の存在を倒す機能があったはずだよ、なんでルシファーは生きてるのさ!?」
「いや、ちゃんと殺したさ。その上で生き返っただけだ。そしてそれは、もう一方も同じだ」
返される提督の言葉に嫌な予感がつのる。
「あの一撃は本当に良かったぜ? 現人類が持てるだろうトップクラスの特攻だ。だが──一度殺せば終わりなんてこっちの常識、向こう側は持っちゃいない。オマエは紛れもない天才だが、致命的に超常存在との戦闘経験が浅すぎる」
虚空から──
影が立ち昇る。
ソレは一つのカタチを造り上げていく。竜だ。小型の飛竜。
ほんの小さい、使い魔にさえ見えるサイズ。ポツンと空間に落ちたインクのように。
それも一瞬。
グシャッと飛竜のカタチは崩れ、影は別の形態へと変わる。進化する。
「龍神の仔、最適化加速。攻性を得るまであと──」
「Scythe!!」
「【黄金斬断】ッ!」
エリファレット君の光翼が影に撃ち込まれる。
人の域では届きようのない光の速度の神聖攻撃。それは神獣のハーフとして持つ最大火力だっただろうが、──まるで通じていない。影の動きは一切として止まらない。
「……Reader、マズイです。どのくらいかってゆーと、アレが本格稼働したら終末神も危ねぇって思うレベルです」
「逃げ切れると思うか?」
「逃亡した途端、好奇心でそっちから食われる予感がしますデス」
「ヤベー……じゃ、気絶してる奴ら安全圏に入れてきて。最速で」
「了解ッ!!」
姉さんの指示の後、エリファレット君が消え、倒れていた第十三部隊のメンバーが黄金の光に包まれたかと思うと、その場から失せていく。空間連結にも似た、空間跳躍ってやつだろうか。神獣としての能力の応用か?
「そ、そうだ! 侵略者さん、アレ商売敵だと思うから一つ、やっつけて!?」
「!」
キリカさんの名案に目を瞬く。
化物には化物を。
怪物には怪物を。
天才には天才を。
どう!? と復活したての魔王様の顔色を、彼女と共にボクも伺ってみるが。
「……何やら謎の期待を感じるが、がっかりしろ被侵略人ども。我輩、なぜか魔力もなにもかも空ッポ──! 完全に蘇生できているが、何もできないと知れッ!!」
「「役立たずッ!!」」
「なにおう!?」
思わずキリカさんとハモってしまった。
くっそう、そんな都合の良いことはないか! まぁ確かに焼死体から侵蝕、最大攻撃されてなお復活してきてる時点で奇跡的だ! その損害の原因は結構ボクにあるけども!!
「やしろさんッ……!」
最後の希望にすがる。が。
「龍神の仔、最適化完了。降臨します」
返って来たのは最終通告。
瞬間、バチッと黒い閃光が起こった。
「──錬成完了、だ。前座にしてはイイものが見れた。観客ってのァ、やっぱ大事だよな?」
ただ一人、提督という大元凶を除いて、場の空気は冷えていく。
それが、この空間に降臨する。
漆黒色のシャープな人型だった。人型であるというだけで、他は全て人外の、ボクらの理解の埒外にある存在感。
無貌の闇人。
異界からの侵蝕者。
それは黒い──飛竜が持つような翼を開く。
手足の末端は黒く、尖りのある触手。
のっぺりとした頭部は、どこに意識が向けられているかすら分からない。
【──※※%※/※=|※※】
一切の理解が及ばない声がした。
マズイ。
生物的・存在的・根源的恐怖を覚えたとき、対応しようとした動きはとっくに遅すぎた。
「ッッ!!」
展開された翼から鋭刃の雨が飛び出す。それらは全く無駄のない可動で、的確にこの場にいる生物のみを狙って撃ち放たれた。
見た瞬間に分かる。障壁の展開。解析の完了。対応の思考。そのどれもが間に合わない、と。
だからこの刹那に、まともに動けたのは一機だけだった。
「『無敵障壁』」
見えたのは次元の揺らぎ。この現象は知っている──現実改変による余波だ。
パキィン、と硝子の割れるような音。鋭刃の影が消滅する。それで理解する。今のやしろさんによる介入がなければ、確実に死んでいたと。
「滅亡ルート演算。危険指数Z。速やかな退避・抵抗・攻撃・討伐などの全ての行動を推奨します」
「よし、無事に完成したしオレ様は帰──」
「警告。龍神の仔の分析結果、“学習経験値”を重視する傾向アリ。優秀な知性体を優先して捕食すると思われます」
「──あ?」
「……ん?」
やしろさんの分析報告に、ボクも内心で首を傾げた時だった。
ズヴァチィ!! と音速で伸びた龍神の仔の右の触手が、提督を狙って叩き込まれる。
提督を狙って。
「……、」
明らかに直撃、かつ致命傷モノの一撃だったが──触手は提督の周囲の空間、いや障壁を叩いただけで分解消滅した。即座に龍神の仔の腕は再生し、ぐるんと頭部が向けられる。
その対象はやっぱり、提督に向かって。
「これは……」
「……風向き変わったな」
『自業自得デスネ』
未だに光学迷彩で消えたままのカリオストロ先生から痛烈な一言。喋らないと思ったら。
「待て、このオレ様がンな初歩を違えるハズが──」
ブォン! と再び触手が提督に叩き込まれる。
ズヴァチッ! ともう一度、触手は障壁に阻まれ、消滅していった。
「よーし、ってことは解散──」
ズドン!!
姉さんが後ろに一歩下がった時、その右横を衝撃波が抉り抜いていった。牽制だろうか。
「……できなさそう……だな」
どうやら誰一人として逃がしてくれる気はないらしい。
知性体の優先捕食とかサイアクだ。しかし、提督が攻撃を受けているのは少々予想外ではある。錬金術師ならば、錬成物に手を噛まれる事態、十や二十の保険術式は組み込んで然るべきだろうに。一体どんな不具合が──?
「演算機構:ロジックボード」
舌打ち混じりに、提督が指を鳴らす。
【%|※※※/※※=※】
「蓋然式:基礎滅却学識」
次の瞬間、提督と“龍神の仔”の間で、凄まじい焼却が起こった。
焼き尽くされながらも即時再生を続けていく触手群と黒翼の刃。全く衰えることなく火力を維持したまま、燃やし焼き続ける破滅の炎。
提督のまともな錬成術式を見るのはこれが初めてだ。学習学習──いや、無理だアレ。現象の理解はできるが構造式が把握しきれない! 答えだけ提示された数学問題と同じだ、過程にある術式が複雑難解すぎて、ボクの中にある知識だけでは解析し切れない……!? つーかあの人、異界生物をどーやって焼き切ってんの!?
この場の理を書き換えてるようなものだ。錬金術で魔法じみたコトやってるのか、あの大錬金術師……!
【※※※%|※※=※※※】
そんな焼却の壁を抜けて。
焼き消されながらも再生した触手の束の一本がこっち側に飛んでくる。ひぃっと声が上がりかけた時、やしろさんが割り込み、展開した白い大鎌でそれを迎撃した。
「やしろさッ……!」
「出力低下中。対応不可」
瞬間、弾かれた触手が刃状に再生するのを見た。
一閃。
白い人形は両腕ごと胴体を袈裟斬りされて、破壊された。
「破損甚大。バッテリー不足により戦闘モードを解除します」
「ちょっとぉ────!?」
キリカさんから涙声の嘆き。彼女が叫んでなかったらボクが叫んでたところだった。
ガチャン! と内蔵部品をバラまきながら倒れる人形の影。希望はここに砕け散った。
だが、それで機能停止まで陥ったワケではない。倒れたやしろさんの首が、次の演算結果を口にする。
「龍神の仔、感知圏拡大。警告。火楽祈朱の死亡率60パーセント」
「──ッ!!」
ゾワッと危険を察知した時、ボクはその場から左へ跳んでいた。
床を砕く轟音。空気の間を滑るように、さっきの黒い触手がこちらへと向かってくる。
障壁──うん、触れただけで侵蝕破壊されて終わりかな! それならば──!
「第三位さんどうにかして!!」
「テメー連れてくんなッ!!」
迷いなく姉さんのいる方へ飛び出す。
が、そんなボクの行動を予期していたのか、姉さんは持っていた指揮刀に黒い魔力をまとわせて振り放った。
「【終わりの死を】ォ!!」
「ッ、」
斬撃を伴う破壊現象。
余波が凄まじい。一瞬吹き飛ばされてその場に倒れ込む。
「龍神の仔、全体速度上昇。警告。火楽赤桜の死亡率46パーセント」
「絶望予報やめねぇッ!?」
ゴガガガガッ!! と衝突の連続音。起き上がって振り返れば、黒髪に戻りかけている後ろ姿が、たった一本の触手相手に全霊をとして戦っている。
──流石のボクもこの状況で姉やられろ、なんて軽口は叩かない。あの人を殺すのはボク以外許さない。
「ッ、『機巧仕掛けの』──、ッ!!」
半ばヤケクソになって工房からそれを取り出そうとした時、本能的にその場を飛びのいた。
上から降ってきた、不意の触手の一撃がさっきまでいた床を貫く。衝撃で足がもつれて尻餅をついたところは、逃げ場のない壁際だった。
「──あ」
「イリ──」
何かを考える間もなかった。
死を前にした空白が思いのほか一瞬。
走馬灯なんてない。
未練は彼方に。
漠然とした終わりは突然やってくるのだと、理解しただけだった。
「抜刀理論・空斬説」
虚空を、焔が散った。
斬の音もない。響いたのは、シャランという鈴の音のみ。
こちらに迫っていた触手が焼き斬れる。のみならず、視界の奥では、姉さんが相手していた方も消え去っていた。
「異界存在を確認。これより廃滅仕る」
声色は無感情に淡々と。
吹き揺れる紅蓮色の羽織。一つ結びに流された白い髪。
優麗な佇まいは通りがかりのように。
社の守り人にして人界最後の砦──朔月の神子がそこに立っていた。




