33 異世殺し
頭がボーッとしていた。
余計なことを考えていられない。工房に手を突っ込むことすら億劫だ。
「あっ! イリスくん、無事!? ……じゃなさそうね!」
玉座の間に通じる、竜の燭台で飾られた廊下を戻った先。
そこで待っていたのはキリカさんと、カリオストロ先生だった。
「目が虚ろですネ。お嬢様、霊薬を」
床に座らせられると、こちらに近寄ったキリカさんが小瓶を開ける。
口に中身の霊薬を流し込まれたので飲み込むと、すーっと頭が冷えてきた。
「あー……サイッコーに冴えてきたよ……それで提督どうやってコロス?」
「やる気充分ね! でもイリスくん、貴方に任せたいのは提督討伐の方じゃないのよ」
そんなー。
いやまぁ確かにそんなの構ってる場合ではない。提督なんかより、これから優先して対処すべきはあの取り込まれたルシファーだ。
「ArcさんとHummerさんに頼まれ、依頼品を持ってきました。ご確認クダサイ」
そう言ってカオス先生が出した一つの鉱石を受け取る。
紫に輝く、卵型に十五センチほどの大きさがある塊。
メテオライト──熱を通さず、刃すら通さぬ、加工難度が最高峰の物質。
それは確かにボクが今朝がた、姉さんの部下さんたちにお願いしていた素材だった。
「調達はや……流石は魔境だね。『霊鉱』すら一般流通してるなんて……」
霊鉱は“神域”とされる地域でしか発掘されない、超がつくレア素材だ。
メテオライトを使った有名どころの神聖武装といえば──千城騎士エディンバルトが持つ、“終末剣デュランダル”辺りだろう。
「龍神の仔、覚醒状態へ移行。第十位との融合率、既に89パーセントです」
「し、侵蝕早すぎッ!? アガサちゃんたちは!?」
「確定生存時間、残り十分です」
「……ッ!」
カリオストロ先生からも僅かな感情の波があった。流石に同僚の全滅を予告されては、この人でも平静ではいられないようだ。
だが、十分もある。
必要なものも、これで揃った。
霊鉱メテオライト。
更に、それを組み込む対異界特攻兵器──にもなりうる、ボクがつい四日ほど前に完成させた、至高の傑作。
「ほんとう……目まぐるしい二日間だね」
まさかこんなに早く試せるとは。
この世は、超常存在に事欠かない。
「「「!!」」」
ズズン、と城全体が大きく揺れた。
間違いなく決戦場からだ──提督とテレーゼさんに加え、超抜存在を取り込んだ侵蝕存在など、たとえ唯一国家の精鋭部隊でも手に余るだろう。
「キリカさん、逃げていいよ。後はこっちでやるから」
「え、嫌よ?」
即答で、苦笑いされる。
「こんな状況で誰かを残して逃げられるほど精神できてないの、私。提督のことは怖いけど……異世界からの敵の方なら、きっと問題ないわ。私にはどんな攻撃も効かないだろうから」
「──? それってどういう……」
「ま、攻撃が効かないってだけで、有効な攻撃手段はないんだけどね。ううん、なくもないけど、それをすると怒られるどころじゃ済まないし、お養父さんに申し訳ないから無理ね」
意味を捉えきれず、カオス先生の方を見てしまうが、首を横に振られるばかり。
例のトップシークレットってやつだろうか。女の子って秘密が多いなぁ。
「……分かったよ。じゃ、これから準備に入るけど──」
床に足をつけて、立ち上がる。
頭の熱暴走はすっかり引いて、絶好調だ。
「──今から見る術式は他言無用でよろしく。理解しても、理解できなくても。今の人類には、まだ早すぎるからね」
■
提示、メテオライト。
形状変換、加工開始。完成形態、槍状に決定。
「錬成完成」
貰った霊鉱が、一瞬にして細長い槍の形に整えられる。
変化はまだ外面だけ。これではまだ、槍のようになった鉱石止まりだ。
もっと鋭く。もっと強く。もっと容赦なく。
磨き上げて、相応の装填弾になってもらわなくてはならない。
「内部の神気加工、開始。次元変換機、起動。『白の万象』、並行演算開始。全回路接続。同調完了。虚構式:新世界、並列起動。仮称アストラルエネルギー充填開始、調整式は既存のものを使用。証明開始。対象エネルギー体の変換完了。混沌エーテル操作術式構築開始──」
「ゴメンちょっと後ろ向いてるわイリスくんっ! その情報量、私には多すぎッ! 脳いくつ持ってるのよ……!?」
「私にも何がなにやら……」
雑音遮断。
残り五分。工程を続ける。
両手を開いた上に、メテオライト製の槍を浮かべる。
周囲に展開された術式から、「白の万象」という回路を通して、槍の中に宇宙層にあるエネルギーが込められていく。
「次元接続。形成開始──完了」
そこで槍が白く光った後、また形が変わる。
──鋭利な刃先が加わった、白亜の長槍へ。
長さ二エートル。シンプルなデザインだが、そこに気を回している余裕はない。性能だけ見れば充分なのだから、これで準備は完了だ。
……ま、あえて名前をつけるとしたら、「エルヴァインの槍」ってところかな。
「よし、できたよ。やしろさん、残り時間は?」
「残り三分です」
ゴゴン、とまた強く揺れる。
いや、さっきからちょくちょく揺れてはいたのだけど、錬成に集中していたからあまり気にしていなかった。
そこでおそるおそるといった様子で、背を向けていたキリカさんが振り返る。
「そ、それは……なに? まさか投げるの? イリスくんが?」
「ボクにそんな腕力はありません。ちゃんと専用の射出機があるの。じゃあもう行くけど、心の準備はオーケー?」
「うう、例の空間連結ね! 転移術の時代がもう来るなんて、勉強することが増えそうでやだわー!」
「その前にイリスさん、私に光学迷彩の術式を付与して頂けマセンか? 提督が近くにいた場合、私が奴を引きはがしますノデ」
「了解。提督関係はよろしくー」
パチンと指を鳴らして、カオス先生の姿を完全に消し去る。
姿だけではなく存在そのものに付与した超迷彩だ。一回、生物に触れると解除されてしまう使い捨ての術式だけど、ここで詰めを甘くする意味もないだろう。
仕掛ける時は全力で。
キリカさんと一つ頷き合って、ボクは自分たちの座標を、玉座の間の空間へと連結させた。
■
──そこは惨状だった。
天井が吹き飛んでいただけならまだしも、瓦礫と錬成物で床下にあったマグマの海は埋まり、燃え散った黒い茨や鎖の破片、血まみれで倒れ込んでいる第十三部隊もいた。
立っていた人影は五人。
一人は指揮刀を握りつつも膝をついた姉さん。
一人は光翼を展開しつつ、ぎりぎり立っているエリファレット。
一人は黄金弓を構えつつ、肩で息をしているテレーゼさん。
一人は──人型の強大な存在だった。影で塗り潰した姿は、ルシファーの体格と酷似している。
明らかに異なるのは、その頭部が存在していない点だろう。
そして──
「──来やがったな?」
結んでいた金髪も解け、それなりにはボロボロになった船長服姿の提督。
けれども待っていたぞと言わんばかりに、息の一つも乱さず、テレーゼさんの隣に立っていた。
……現人類の最高戦力たちを相手に、なんで立ってるんだこの二人。
そんな怖気は表面に出すことなく、ボクは口を開いた。
「まぁ……あれだけ盛大に喧嘩を売られたらね。来る以外の道はないでしょ。ルシファーとアンタをなんとかしないと──ボクはグレンに殺されちゃうし?」
……そう、彼がこの局面になっても出てこない理由はボクだ。
ルシファーを攻撃し、あまつさえ提督に利用されたとはいえ、侵蝕存在の餌にする計画に加担してしまった以上、彼にとって今のボクは排除対象の一人にあたる。
グレンは、ボクと殺し合う気はないと言った。
それは転じて──自分のしでかしたことは自分でケリをつけろよ、という彼なりの遠まわしな助言である。
……多分!
「ブラザー、なにか手は持ってきたんだろうな!?」
提督たちから目を離さないまま、姉さんがそう叫ぶ。
この中では一番消耗しているだろうに、よくそんな元気があるなぁ。
「そりゃあね。ボク、勝算のない戦いなんて挑まないから」
瞬間、テレーゼさんが矢を放った。
文字通り光速の一射。ただの光矢だったならボクにも防げたが──矢は射られた途端、その場から消失してしまった。
「【開闢と破滅の矢】──」
「二秒後ですッ!」
エリファレット君からの有益な情報。
直後、ボクは半歩左に避けた。──そこに錬成発生した光線が、首筋近くを通っていく。
「!」
視界に影が落ちる。跳び上がってきたのは、元ルシファーとも言うべき侵蝕存在。瞬間的に右の巨腕を実体化させ、振り下ろしてくる。
「させないからッ!」
キリカさんが赤刀を振り抜き、腕ごと相手を斬りつける。
見るからに「重い」一撃。重力をまとわせているのだろうか、力任せな抜刀は、衝撃波を生みながら大斬撃を放ち、侵蝕存在の片腕を奪いながら、その背後の方面にいた提督側にまで飛んでいく。
「チ、そうか。廃品といえど七番目──」
「情報漏洩禁止──!」
提督の落とした情報とキリカさんとの関連は気になるが。
気にしている暇はない。この地点が「二秒後」、テレーゼさんが先ほど放った光矢が、どこかしらに落ちてくる────
「解析完了。無効障壁展開」
「──ッ!?」
西側上空、角度七十度。
そこから落ちてきた光の一射が、ボクの演算圏内に入った途端、弾け飛ぶ。
矢の残骸は存在しない──なるほど、そういう原理か。
「時空間を飛翔する矢か。流石人理兵装、殺意が高い」
となるとアレの本体は、テレーゼさんが持つ黄金弓ではなく、矢の方だろう。
破壊の仕組みもシンプル。アレは「浄化の矢」だ。強すぎる浄化の力で、そのままあらゆる物質を浄化消滅、もとい“蒸発死”させる兵器。超抜存在だけでなく、あらゆる悪魔にとっては掠っただけでも即死モノだ。
だけどボクは、こと「浄化」の現象は昔から何度も見てきている。
除霊、浄化の専門職のいる、あの社の境内で。
しかも常に使っている錬金術の主材料は光ときているから──分かってしまえば、対処法を導き出すのは容易である。
「【闇黒撃墜/混沌の一】」
撃たれた黒い弾丸が、キリカさんの斬撃で吹き飛んでいた侵蝕存在へと叩き込まれる。だが瞬間、その背から生えた黒翼が弾丸を弾き、投擲具のように伸びた羽がフィールド中を荒らし回す。
「弾くなァ!!」
「あぶなッ……!」
すぐ真横の空間を影羽が貫いていき、冷や汗が出る。
半ギレの姉が続けて発砲するが、提督による干渉で無効化されていく。なんであんな涼しい顔で超抜三位の攻撃を防げるんだよ……!
というか、侵蝕存在の翼もテレーゼさんの人理兵装と同等、いやそれ以上にヤバい。掠っただけで死ぬ攻撃とか流行ってるのかな? やめてほしい。
戦場の中心から離れて倒れている第十三部隊たちには届かないだろうが、もっと活動範囲が広がれば被害規模は想像に難くない。
【──】
そんな首無しの侵蝕存在は、玉座のあった位置に着地していた。
獲物を選定するような一瞬の停止。それもすぐに動き出すだろう。
……基本戦術としては、戦闘範囲を一定に留めつつ戦う──しかも邪魔者には、最高峰の大錬金術師と、人理兵装持ちがいると。
結論算出まで僅か〇.五秒。
オーケイ、これ戦闘不慣れなボクはさっさと役目を果たすのが良さそうだね!
「一発カマす! 全員、後はよろしく!!」
「! させるとでも……ッ!」
テレーゼさんが黄金大弓を長杖へと切り替える。同一武器とかまたカッコいい設計してるなぁ!
即座に神気が充填され、杖先から莫大な砲撃の予感がする。
彼女の汎用砲撃は障壁で防げるものではない。
──ならば、対処の仕方も決まっている。
「星塵と散れ次元破壊砲!!」
「〈サテライトオーバーブレイカー〉」
「──は?」
刹那──極光。
ぶつかり合う破壊砲撃。
色彩が飛び、世界は白黒となる。
音が消え、静寂だけが瞬間を包み込む。
ボクの前で発生した十倍ほど威力の増した砲撃は戦場をぶち抜き、衝突の爆風をもたらす。
オリジナルは純度百パーの神気だったけれども、ボクは違う。放ったのは疑似神気粒子──エーテルと魔力をかけ合わせ、極限まで魔力の属性を抜いた、「神気に近い人造エネルギー」だ。
要するに魔改造版。後で訴えられるのが怖いけど、所詮勝った方が正義だよねぇ!
「──最終錬式、展開始め」
作業は矢継ぎ早に。
予断を許さず、一切の手心もなく。
目の前に、工房の奥から取り出したソレを顕現させる。
大きさ直径約三エートル。形は真っ白な大型弩砲に似ている。といっても、中身の全容はボクにしか分からない、ありとあらゆる術式の詰まったブラックボックスだ。
「目標補足、必要破壊値算出。『エルヴァインの槍』、確定装填」
手元から白槍が消え、弩砲の中へと装填する。
術式稼働開始、発射まであと五秒。
狙いは一点、侵蝕存在。
異世界魔物と超抜存在との融合物だの、この兵器の前に関係はない。
火を灯せば紙が燃えるように、紐を切れば断たれるように。
積み重ねた当然の数値を以って、あらゆる物理・次元・概念の壁を破って打ち砕く。
「──一撃絶殺、『絶式:真理の定説』!」
砲口から閃光と化した槍が射出する。
その時、刹那に危機を感知したか、侵蝕存在が射線から逃れようと動く気配がした。
けれども遅い。
既にこちらの兵器には、彼の全パラメータ数値が予測入力されている。
それはあの千年分の虚構世界で得た、ルシファーの戦闘データから算出されたものであり。
“侵蝕”によって多少なりとも数値に幅はあれど、あの身体が出力する身体性能では、どう足掻いてもこちらの一射から逃れることは不可能だ。
【────ッ、ガ……!】
閃光が影に突き刺さる。正確には、伸ばされたその両手で受け止められたようだ。
しかし直撃は直撃。僅かな拮抗も許さず、光槍は一切の威力を殺さぬまま、影の身体にヒビを入れていく。
吟ッ、と空間と次元に連続的な波が起こる。
そこを中心に衝撃波となって巻き起こる暴風。事前展開していた障壁を砕かれ、吹き飛ばされそうになる。
「ッッッ……!!」
火力は充分なハズ。
当たれば終わると想定していたが、ここまで抗ってくるとは。
「予報。龍神の仔、出力増大。十秒後に運命超越。ミスティルテイン、砕かれます」
「……!?」
後ろで控えていたやしろさんの声に目を見開く。
は、はぁ────!? なにそれ聞いてないんだけど! 最高傑作をせっかくの初陣でいなされちゃったら、錬金術師として立つ瀬がないんですけどッ!!
「……ッ、新生錬式! 再構成、始め──!」
絶式:真理の定説に手を加える。
ていうか意地のゴリ押しだ。ガァァーっと脳に雪崩れ込んでくる構成術式の情報量を選定し、新たな数値を入力する。
「必要破壊値再算出──生成エネルギー術式を再調整──核融合式追加ァ──『白の万象』内の備蓄素材80パーセントを使用──新規次代機関として定義──錬成開始、再構成完了──新造錬成神弾、充填装填──ッッ!!」
後押し。
追加火力の装填。
砲口から先に術式が展開され、弾道を構築していく。
「証明終了──『最終絶式:真理の新説』ッ!!」
弩砲内部で生成されたエネルギーが照射される。
砲身に亀裂が入るが許容範囲。そのまま撃ち放ったエネルギーは文字通り世界を白へと変え。
【──……!】
「未来確定。討伐余波、発生。対象『火楽祈朱』──破却。対象は存在しません。『忘却波』、対象喪失により不発しました。──結論。敵対象・第十位、存在消滅します」
砕けるような音がした。
視界に色が戻った後、そこには砕かれた身体で立つ影がいたが、それも束の間。
ガシャンッ、と音を立ててソレは倒れ込む。
これにて終幕。
存在を砕かれた首無しの王は、そこで完全に機能を停止した。




