31 1時間/1000年
……念のため、ここではっきりと明言しておこう。
人類にとって、超抜存在とは厄災・災害そのものである。
戦ってはいけない。
逃亡第一。生存優先。対抗論外。
そこに超抜序列など関係なく。
相手が一位だろうが三位だろうが八位だろうが十位だろうが──超抜存在とは、戦ってはいけない。
相対した時点でこちらの死が確定する。
そういう手合いだ。そういう存在なのだ。
そういうモノに素でホイホイ直面して、当然のように「生き延びる運命」を掴むグレンが、超級の大例外なのである。
ヒケツはずばり、桁違いな天運の強さ。
あらゆる逆境を、逆境とすら認識する前に跳ね返し、これを踏破するもの。
人はそれを英雄と呼び。
彼はそれを悪運と呼ぶ。
だから──
【この状態は少々こちらも予想外だったが……その顔を見る限り、貴様の意表を突けたことは喜ばしい】
────推理小説とかで最初に一人になった奴が死ぬのは定番だけどコレ、ボク死ぬかも。
ここが推理ジャンル系の世界じゃないことを期待する。ついでにボクが初めの「死体役」じゃないってことも……!
「……ゴーメン、ちょっと現実逃避しちゃってた。魔王で侵略者で超抜存在ってなに? 意味ワカンないんだけど。馬鹿じゃないの? は? なに言ってんの? 冗談だよね??」
【涼しい顔で流されるかと思ったが。なんだ、案外まっとうに慌てるのだな?】
「慌てるわ!! 命の危機だよ!!!!」
言いながら裏の思考では脳をフル回転させている。
命乞い。心臓返却。逃亡。説得。話し合い。証明中断──不能。超抜存在に直視されているせいか、ぜんっぜん次元に干渉できないんだけど!
「み、み、……見逃してくれない? っていうか見逃してください。ホラ、アレ、そら、心臓とか、か、か、返すよ……不意打ちしてごめんって、今までの不敬行動、向こう千年かけて謝罪するからさぁ……!!」
【手の平返しが凄まじいな。あの戦王と相対した時はもう少し余裕があったではないか】
「そりゃあ専門家がいたからね!!」
結局見捨てられたけど! やしろさんに助けてもらったけどぉ!
だが、今は一人だ。完全に一人。提督はいるだろうけど万が一助けを求めても裏切られる気配しかない。実験体として確保される未来しか見えない。もうやだ。
【見逃せといわれてもなァ──命を狙ってきた相手に、容赦する必要があると?】
「ですよねぇ──!!」
ザ・正論!
ははははは、言い訳が欠片も浮かばねぇ!!
【なに、安心しろ。楽に仕留めてやる】
「──ッ、か」
直後、壁に叩きつけられていた。
対抗する術式を発動した瞬間、その術式すらぶち抜かれて。
一切の意味をなさぬまま。
児戯に過ぎぬと言わんばかりに、簡単に無効化されて。
【──ほう、便利だな。どうやら今の我輩に錬金術は通らぬようだ。この大陸で生きたおかげか?】
「がッ、ぐう、ああ」
ぎちぎちと首を、見えない大腕に掴まれている。
ルシファーはただ右手を伸ばし、それを覆うような透明腕がボクを捉えているのだ。
……おぞましい。なんだこの感触、明らかにこの世界にない物質の感覚だ、脳が狂いそう。理解しようとしても、理解という行為自体を身体が拒否している────
【形勢逆転だな。……まったく、初めから心臓を分離しておけば、ここまで苦労しなかったのか? いや、『魔王』として振舞う際のカモフラージュとしては、どのみち欠かせなかったか】
「なん……なんだよ。アンタも異世界出身、だったの……? しかも、侵略者って……なんだってそんなの、が、超抜存在、に…………」
【我輩のこの千年という苦労話を語りたいのは山々だがな。今は我が野望の目前だ、忙しい。よって冥府への土産話もない。すまんな】
「ッ……!」
腕の力が強まる。
ゴギッ、と首の骨があっけなく折れる。
即座に肉体に組み込んでいた修復術式が発動するが、ぶっちゃけただの生き地獄。
【おおっと──悪魔は魂が本体なのだったな。身体を壊しても無意味か。では、こうか?】
ぽいっと、空中に放り捨てられる。
首を絞め殺されたと同時に、全身の骨も中身もいかれたので動けない。
まさに人型を保った塵と化したボクは、その視界で、次に襲い来る、実体化した黒い爪を見た。
一閃。
異形の爪は肉体をたやすく切り裂き、破壊する。
器が壊れた後に残るは魂。ボクという本体そのもの。
身体の苦痛からは解放されたが、それも束の間。
本命の二撃目がくる。それで完全にボクは殺される。
この結末は、ただの自業自得。
殺しにいったんだから殺し返されるのは当然のこと。
これにてジ・エンド。
ボク、火楽祈朱はこうして魔境という舞台から退場した。
□
>>【■■の理】、発動。
□
「慌てるわ!! 命の危機だよ!!!!」
力いっぱい、ボクは叫び散らした。
まったく予想外にも程がある! そんな正体アリかよ! ズッルー!
【……、……?】
「あーもう、降参だよ降参! 流石に超抜存在なんかと戦うほど驕ってない、ボクは天才だけどその辺の常識は弁えてる。それでなに? 心臓返せばいいの? もうそっちの野望とやらは邪魔しないよ、ここでの記憶も消してオサラバだ。はい」
どーぞ! と先ほど奪った心臓を工房から取り出し、ルシファーの手元に出現させる。──が。
ばりんッ、と。
ルシファーの手に触れた瞬間、魔鉱は跡形もなく、一人でに自壊し砕け散った。
【──、】
「あっ……ご、ごめん。え? いやボク、何もしてない、何もしてないからねッ!?」
なになになんで!? 本当に知らない、ボクこればっかりは何もしていない!
【……いや、心臓などもはやどうでもいい。そして、襲撃者を生きて帰すほど我輩も魔王として甘くはない。ここで死ね】
「えッ」
抵抗する瞬間すらなく。
いきなり目の前に現れた黒い異形の大腕の爪によって、一撃でボクという存在は殺された。
□
>>【■■の理】、発動。
□
【この状態は少々こちらも予想外だった、が……?】
「ゴーメン、魔王で侵略者で超抜存在ってなに? 意味ワカンないんだけど。オーナー、属性盛りすぎじゃない?」
やれやれとボクは呆れ混じりに肩をすくめる。
まったくとんだ真相だ。こんな初見殺しってある? なんだよ第十位って。ラグナ大陸、マジ魔境すぎでしょ。一体あといくつ超抜存在が潜んでるっていうのさ?
【貴様──なぜ、】
「あーもう、分かったよ。心臓、返せばいいんでしょ? 今回ばかりは喧嘩を売る相手を間違えたよ。まだまだボクも未熟だね」
【違う!!】
「へ?」
は? なんだいきなり。
あんなにキメッキメで正体バラしたくせに、なんで「違う」?
【なんだ──貴様、貴様は何をしているッ!? クソッ……!】
「えっ、ちょ、」
瞬間。
ボクはなぜか激高したルシファーに殺され、グチャッ。
□
>>【■■の理】、発動。
>>カウントXX回目。
□
【………………。……………………、……………………………………】
「だ、第十位って……マジ?」
長い静寂の後、かろうじてボクはそう返した。
ルシファーが超抜存在? なにそれ。どういう経緯でどういう事情? 過去がとても気になりすぎるんだけど。
【貴様──真名はなんだ】
「え?」
【真名だ! 悪魔としての真名を教えろッ!!】
えぇ、正体バラしたんだからこっちも教えろってコト?
どういう心境の変化かは知らないけど、まぁ、絶対強者に抵抗するほど愚かじゃないつもりだ。
「【嘘】──嘘の悪魔、だよ。いきなりどうしたってのさ? ボクの真名なんて、ここで何か重要?」
【嘘……嘘だと? クソッ、そういうことか。だが、ならば……】
「あのー……?」
【おい、その悪魔としての力はなんだ。どういうものだ。時を操ったりするものなのか?】
「……あのさぁオーナー。超抜存在っていうならもっと自信持ちなよ。ボクのことなんか知らなくたって、一撃でぶっ殺せるでしょ?」
【それでは意味がない。いいから教えろ、その理が発動したとき、どんな現象が引き起こされる!?】
発動した時ィ?
いきなりよく分かんない会話の流れだな。どうしたんだろオーナー、突然ボクのこと好きになっちゃったのかな?
「発動したときも何も……十八年と生きてきたけど、自発的に理が発動できたことなんて、一度もないよ」
【──嘘だ】
「いや、マジだって。ボク、錬金術としての才能はあっても、理論使いとしては──」
□
>>【■■の理】、発動。
>>【■■の理】、発動。
>>【■■の理】、発動。
>>カウントXXX回目。
□
【──……見逃してやる。分かったから、もう我輩を解放してくれ……】
「へ???」
カッコよく正体を明かした直後、ルシファーはその場に膝をついてしまった。
え、なになになになに。
どうしていきなり負けモード? ここ、ボクが慌てる番なんじゃないの??
【……既に貴様のことは、三ケタ単位で殺した……】
「えっ」
【だが、だが殺せない……いや、殺せたとしても、「戻っている」……頼む、はやく、この城から出て行ってくれ…………】
「??? えーと、とりあえず、ボクのことは見逃してくれるってこと?」
【……そうだ。だが心臓は返せ……】
「も、もちろんもちろん。はいっ」
工房から魔鉱を取り出し、近寄ってはいっと手渡そうとする。
だがルシファーはそれを受け取らず、近場の床を指さす。
【……そこに置け】
「あ、は、はい」
【出ていけ】
「はーい……」
なんか、よく分かんないけど。
ひとまずラッキー! これで無事に生きて帰れるぜ! ボクの天運もまだ捨てたもんじゃないね!!
さささーっと、足早に玉座の間を後にし、ボクは廊下を走り出す。
いやー、こわいこわい。危なかったぁ。
でもまさか第十位、なんて。一体どうしてそんな存在になってるのかは分からずじまいだったけど、そこはそれ。ボクの関わるシナリオでは明かされない謎ってやつだろう。きっといつかグレンが解明してくれるはずさ。
ってワケで、これにてボクは魔境という舞台から人知れず────
「────いやァ。テメェに帰られちゃァ、困るンだよなぁ?」
□
繰り返す。繰り返す。繰り返す。
永劫無限にループループループ。
【クソッ、「魔王」に戻れぬ……魔王石が我輩を拒絶する……!】
【また貴様かッ!】
【何処で死んだ!? 神殺しと合流してさっさと帰れ!】
【早く帰ってくれ!!】
【我輩の心臓を奪う前には戻せないのか!?】
ここが時間軸の袋小路。
出口はない。同じ時間が積み重なっていく。
ただ一人、その「時間」を記憶できてしまう第十位は────
【……頼む。頼むから、もうやめてくれ……】
着実に、その精神にはヒビが入り始めていた。
□
「『今回』は随分とシナリオが変わったね」
黄昏の荒野を歩きながら、ボクは独りごちた。
戦乱の跡だ。ここには魔物と人類、入り混じる死体と武装が海のように転がっている。
「まさかボクを魔王軍に加入させるとはねぇ。それで魔境統一、人類軍と戦争を起こすとこまでいくなんて、魔王はただ者じゃない。流石は超抜存在の端くれだよ」
「テオフラの野郎が出てこなかったのは残念だったがな」
──と。
足音が一人分、増える。
現れたのは、相変わらず船長服の似合う提督だ。
「所詮は虚構の演算世界か。テメエが『知らない事象』は組み込めないんだな?」
「……、」
まあ、図星だ。天才たるボクでも、“知らないこと”を“知っていたこと”にはできない。
「まだ続けるの?」
ボクは、提督の右手を見た。一丁の拳銃が握られている。
アレでまた、どうやら殺されるらしい。
「でないと『続かない』からな。ルシファーにはここで“折れて”もらう。続かない未来、繰り返される過去、永遠の行き止まりを味わわせて、野望とやらを諦めさせる」
「ふーん。もうボクの持つ【理】は理解してるんだ?」
「【虚構の理】だろ」
ボクはその言葉を聞きつつ、適当に戦場をぶらつく。
顔上げた地平線の果てには、うずくまっている魔王が見えた。
「全てを『嘘』にする理。が、厳密には少し違う。“嘘”は現実──真実がないと成立しない概念だ。だから正確には、今みたいに『嘘の世界』を展開する」
「ボクの演算能力が届く範囲でね。ここは限りなく現実に近い虚構世界。何も知らない相手には、一時の夢を見せるだけのもの。だけど──魔王みたいに存在格が上がっちゃって、俯瞰して時間軸を見て、記憶できてしまうと、地獄の出来上がりだ」
「演算世界を永遠に体験させられるからな。しかも、これは時間操作じゃねェから、どう動こうと突破できない。ここでの行動は全て無意味だ。嘘のように」
「発動者である“ボクを殺す”こと以外はね」
演算中にボクという起点を殺せば、理は「再展開」される。
演算世界は再び始まり、夢の世界は続いていく。
だが、それにも終わりはある。演算が終わった時、ボク本人が「解除したい」と思えば、あっさりこの世界は終わる。全ての権限はボクにある。──この世界における、提督というイレギュラーを除いて。
「なんで提督は意志を持って動けるのさ? ここは演算世界──ボクが作ったシミュレーションゲームと同じだ。GMはボク。プレイヤーはルシファー。提督はNPCでしかないはずでしょ」
目の前にいる提督も、所詮はボクが演算から生み出した産物に過ぎない。
だというのに、それが意志を持ち一人でに動いているなんて、バグだとしか言いようがない。
「そりゃあ簡単な事だ──テメエは優秀な演算回路をお持ちだからな。潜在的に、提督という存在を理解しちまっている」
「……どういうこと?」
「オレ様には、嘘と真実の違いなんか分からねぇ」
──絶句。
こいつ、今なんて言いやがった。
「だって、真実も嘘も大して変わらねェだろうが。嘘も信ずれば現実だ、現実も疑えば虚構になる。『現実』と境界線があるのは『夢』だけだ。それ以外は、全て現実と大差はない」
「やしろさんかよ」
ダメだ、根っからの怪物だ、このひと。
人型をしたクリーチャー。人心なんか欠片も理解していない。
──そんな思考をするのは、ボクの知っている限りあの機械人形だけだ。機械には現実と虚構が分からない。それは機械だからこその欠陥であり。
生命体、知性体であるにも関わらず、そこを解さない提督は──人類と言葉が通じるだけの、別の「ナニカ」だ。
「……最悪。屈辱もいいところだ。提督ってさぁ、昔ボクと会ったことある?」
「その質問にどんな意味がある。もっと自分の才能を誇ったらどうだ?」
演算世界の終わりが近づく。
銃口を向けられる。
ああ──また繰り返しだ。まだ繰り返しだ。
「聞いときたいんだけど。──ルシファーを使って何をするつもりなの、提督」
ニィ、と裂けたような笑いを彼は浮かべた。
まさしく、怪物の笑い方そのものだった。
「この世界に破壊あれ」
つまりそういうことらしい。
やっぱり──この人はどこまでいっても化物だ。
■
>>【虚構の理】、終了。
>>通算演算回数時間、およそ千年。
>>個体・超抜十位の精神基盤、瓦解。
>>証明終了。現実世界に帰還する。
■
目を覚ますと、めちゃくちゃ頭が重かった。
「うー……」
なにこれ、すっごいオーバーヒート。
脳が茹ってるみたいで、あんまり頭がまわらない。錬金術の基本術式さえ浮かべるのも億劫だ。
現実世界ではどのくらいの時間が経ったのだろうか……自分の手の細胞情報を参照すると、どうやら一時間ほど経過しているようだ。
あんな大規模な理の展開は、ボクが死んだ時くらいしか発動しない。強制ループだってこれが初めてだ。身体への負担は計り知れない。
とりあえず起き上がろうと、うつ伏せの状態で腕をつき、
「動かないでください」
可憐な──テレーゼさんの声が降ってきた。
視線だけ向けると、あの白い長杖が向けられている。
……動かないで、っていうか、動けないんだけど……
「よォ、マイフレンド。そろそろ計画を始めるのはどうだ?」
【……ギルトロアか……】
次に聞こえた喋り声の方向に顔を向ける。玉座のある方だ。
そこには座り込んでいるらしいルシファーと、それを見降ろして立つ提督らしき影が。
「準備は完了した。後はオマエの号令を待つだけだ。いつでも『始め』られる」
【……それは、それは無意味なのだ。我が盟友よ。我々は、いや我輩はどこかで間違えた。この世界はやはり手に負えない。どこかで狂っている。手を出すべきはなかった……】
「ああ──この『繰り返してる』らしい状況のことか? それならもう大丈夫だ、対策ができた」
【──ッッ!?!?】
視界はぼやけている。はっきり見えないが、今のやり取りでルシファーの心境は察することができた。
……最悪だ。本当に最悪だあの提督。ここで割り込まないと、全部あの人の思い通りになる──
「ルシ──」
「届きませんよ。防音障壁があるので。貴方の行動は全て無意味です」
ばっさり言ってくれるテレーゼさん。
うぐぐ、油断も慢心もないじゃないか。ボクが弱ってるからって、介入する隙も作らないとはなんという。
「三回前にようやく自意識を確立できてな? 動けるようになるまで時間がかかった。遅くなってすまなかった──だが次もこんな奇跡が起きるとは限らねェ。見た様子、『超抜存在』としての枠を取り戻したみたいだな? なぁに絶望には早いぜ、大天才たるオレ様が考え出した作戦は、今のオマエじゃないと出来ないことだからな」
今のオーナーには、さぞかし提督が“救世主”か何かに見えてるに違いない。
ループし続ける世界でようやく生まれた希望の光だ。暗黒に光ってるケド。
【ほ──本当か!? ああ、我輩にできることならば如何なる無茶でも協力しよう!! 流石は歴史に名を残す大錬金術師だ、協力者に貴様を選んだ選択は間違っていなかった!】
歓喜に溢れたルシファーの影が立ちあがる。
ボクは半分悪魔だけどもコレ、ここまで騙されっぱなしだと居たたまれない気持ちになってくる。あの提督野郎、善人ヅラが上手すぎる。それとも単に魔王が馬鹿なのか?
「あの謎の信頼はなんなの……提督と長い付き合いなら、邪悪な面も把握するはずでしょ……?」
「提督が魔王ルシファーに危害を加えたことは一度もありません。また、向こうが信ずる『友情』を裏切るような真似も何一つ。“過去には色々やらかしたが、今は改心している”体を装っているのです。実に素敵ですね」
「クズ野郎じゃん……」
「ですが、ルシファーにとっては紛れもなく信頼にたる人物です。それとも、『嘘』である貴方自身が詐欺について説くのですか?」
「そんな野暮なことはしないよ……権謀術数、好きにやればいい。嘘は嘘が大好きだからね、ただ──」
「罪悪感があると?」
「……今の状況に関しては、ね。だけどさ、それ以上に……あの魔王は、今まで千年も生きてきたんだよ?」
ボクの言い分に、上でテレーゼさんが瞬きしたような空想をした。
「千年の人生、憧れるよ。そんなに長く錬金術を研究できたら幸せだ。でもさぁ、そんなに長く生きてきた果てに、裏切られて終わっちゃうなんてのは、あんまりでしょ……」
千年も頑張ったなら、千年分に相当する救いがあったっていいはずだ。
たとえそれが侵略者だろうと、世界の敵であろうと。
積み上げてきたその時間への敬意を、想うことくらいはしたっていいはずだ────
「……そういう事ですか。貴方は、彼をこのような結末から助けるためにその討伐を決定した。錬金術師の才児である貴方ならば、千年と生きてきた魔王の死体、及び素材を余すことなく有意義に転用できる、と」
「……まぁ、一回殺しても後で復活するだろうし、って思ってたからね。でもルシファーが魔王石から生まれたものじゃないんなら、余計な配慮だったね……」
あの魔王ルシファーは、きっと一度殺したらそこで終わりだ。
魔境の魔物たちは死んでも蘇りがある。以前までの記憶を保持して、永遠に争い生き続ける。
……それは人類側からすれば、永遠に終わらない生き地獄。だが魔物たちにはそのような思考がない。彼らにとって命は軽いもの。死んだならまたやればいい。それだけだ。
そんな彼らを率いてきて、一度しかチャンスのない、異世界出身の魔王様はどんな風にこの千年を歩んできたのだろう?
だったら尚更──提督に利用されて終わるなんて、見ている側からしたら、やるせないじゃないか。
「一度は己を殺した相手でも……ではなく、彼が生きてきたその時間を尊重したいと。ですがイリスさん、一つ忘れています。我が提督もまた、千年をこの世界で生きてきた身ですよ」
「……!」
目を見開いた時、揺れがあった。
何度か瞬いて玉座に近づく二人の人影を見る。物体A──龍神の眷属が閉じ込められた黒いキューブは、中央の琥珀を輝かせ始めていた。
「ロックしている工房術式をこっちで外す。ルシファー、おそらくとんでもないものが飛び出してくるだろうが──それに身を預けろ。そうすれば超抜存在としての枠が外され、お前は自由の身になり、そしてこのループ世界も終わるだろう」
う、嘘八百────ッッッ!!
スゲェ、あそこまで嘘だけの発言、中々聞かない!! よくあんな素面で真面目なカオして言えるなあの野郎ッ!! 人類の風上にも置けないよッ……!
【……ッ、ほ、本当か? 何故かゾクゾクと嫌な予感しかしないのだが……直感が今すぐ逃げろと言っているのだが!?】
「ダイジョーブダイジョーブ。オマエは最強! 触れただけで惨事にはならんさ! 友人だろう? 信じてくれよ」
【……、う】
ルシファーから迷い、嫌疑、不安の感情波が放たれている。
引き返してオーナー。今すぐにッ! 今すぐその悪人をブン殴れば、世は事も無し──!
「ストォオオッッップ!! ルシファー、今だけは提督を信じるなッ!!」




