29 終わりは始まり
「おや。おはようございます」
目蓋を開けると、ボクはマッサージチェアのようなものに座らされていた。
謎のVIP待遇。
周囲は広い。壁に大きいモニターが取り付けられた鋼鉄製の部屋だ。どうやら提督管理エリアに軟禁されているらしい。
で、右手傍には完全にリゾート用みたいなテーブルと、お茶がセッティングされていた。ちょうどやってきたらしいテレーゼさんがトレイを置いたのを、ぼんやりと眺める。
「……なんでメイド服」
「シチュエーションを大事にするので。提督の記憶はいかがでしたか?」
言われて、先ほどまで見ていたものを思い出す──
爆破される荒野。ゲスト的な三流錬金術師。どっかの軍で起こった凄惨な虐殺の犯行現場。
うーん、どこを切り取っても浮かぶ感想は同じだ。
「最低最悪の魔王だったよ」
「そうでしょうそうでしょう」
「なんで誇らしげなのさ……」
うんうん、と得意げに首肯する外見推定十四歳美少女。
あんな過去を持つ奴が目の前の彼女を作るって、ホントどういう精神遷移があったんだろ。
そこで椅子から起き上がって、持ってきてくれたお茶菓子に手をつける。
この軟禁室からは出ようと思えば出られるけど、せっかく用意してくれたものを無下にするつもりはなかった。
「最後の方の俯瞰映像は私が加工したものです。被写体がよく決まっていたでしょう?」
「あそこだけ映画っぽかったのはそういう事かー」
にしても、凄い時代を垣間見てしまった。
アレは過去といっても、錬金術が広まり発展し始めた黎明期だ。まさに歴史の実録。提督の生きてきた千年間のほんの数十年ちょびっとだったが、情報量が凄いのなんの。
「ナハトデウス帝国って……ボク、学院で習った覚えがないんだけど」
「歴史書からも消去された人間国家の一つです。もうご存じの通り、現代の錬金術師的には違法と禁忌まみれの国だったので、一部年季の入った昔の術師からは他言無用の激ヤバ国家です」
「激ヤバ国家」
「時代によっては国名を口にするだけで死罪級だったとか」
「ヤバすぎでしょ……」
もっというと、そんな国家を錬成材料にしちゃった提督がもっとヤバイよ!!
ヤバさのレベルがこっちの想像より桁違いだったんだけど!!
「……人造生命に聞くのもヘンな話だけど。テレーゼさんは提督のコト、どうなの? まぁ今までの様子を見る限り、完全にメロメロっぽいけどさ。アレが旦那でいいの? お嫁さんとして、何か思うところはないワケ?」
こっちの質問に、対面席に座ったテレーゼさんは紅茶を飲みつつ、そうですね、と言葉を置いた。
「あの方の在り方、生き方、方針への不満は特に何も。多くの恨みを買い、多くを傷つけ、多くに迷惑を叩きつける側面全てを私は愛しています。──ええ。『ただ破壊の光景を見たい』という動機だけで稼働ているだけのモノだったとしても、そんなお方が『私』というものを創造してくださったことに、私は大いなる意義と、奇跡を感じているのです」
虹色の瞳は真っすぐに。
一点の曇りなく、そう断言した。
「……ッ、」
思わず神聖光線を幻視してしまった。なにこの子、いい子すぎ。
いや、いい子っていうか……その、なんだ。
さらっと「愛」という言葉が出てきた辺り、彼女が人造生命というのが信じられないレベルの完成度だ。
人造生命、ホムンクルスの錬成工程で特に高難度とされるのは、その精神基盤。
精神こそあやふやで不確かなものはない。故に「基盤」──元となるテンプレート、大まかの性格・思想の方向性を決める「板」を、ホムンクルスは培養段階で組み込むのが基本だ。
「提督」という存在を愛する生命体。──というのがテレーゼさんの設計コンセプトにあるのは当然だと仮定しても。
……それが実現する成功率は、限りなく低い。対象が現行の人類社会で「悪」とされているのを加味しても、「愛」という感情を生成させ、しかも自覚させる精神の成熟を実現させるのはボクでさえも困難の極み。
まさしく神業。賞賛の意味で。
破壊を突き詰めた先、あの提督は真反対に位置する「創造」という概念さえもマスターしているのだ。
全てを破壊するためには、ひるがえって、その全てを把握する必要がある。
緻密に積まれたブロックの一つ一つ、微粒子単位での構成を見抜き、理解して、その上でようやく「完全な破壊」というのはもたらされる。
提督はただ、その錬金術の基礎を行っているだけにすぎない。
たとえ彼の中身が虚と同等のものだったとしても、ボクは同じ錬金術師として、そのスタンスには脱帽する他ないのである。
「貴方にも、迷いはないように見えますが」
「?」
「──その在り方を、後悔したことはないのですか?」
……。
後悔。
随分と──古い、懐かしいような、そんな印象の言葉だ。
それは果たして、“今”を、今生を生きているボク自身の感想なのかは、怪しいところだけど。
「後悔……する隙間は、無かったかな。気が付いた時には『こう』だったし。うん、実際、迷いはないよ。やるべきことは模索中だけど、やりたいコトだけは沢山あるからね」
そうだ。過去とか前世とか、そんなの関係ない。
今ここにいるボクが持つ意志。重視すべきはそれだけだ。
迷いが生まれる余地なんてない。そんなコトに思考を割くぐらいだったら、未来のことを考える方が建設的だ。当然のことだ。
「はぁ……まったく」
ボクは紅茶の入ったカップを置いて、虚空を見た。
「時間が足りないね。いっつもこうだ。ボクには──足りないものが多すぎる」
錬金術師の知識。その才能。
悪魔としての魂。その能力。
そして人間としてのボク──その時間。
足りない。足りない。足りない。足りない。
これだけ恵まれて、積み上げてきたっていうのに、肝心のそれを活かすための時間は、たぶん、何度生まれ変わったって、一生足りない。
「……貴方は。もしかして──」
「ごちそうさま。お茶菓子、美味しかったよテレーゼさん。改善点が浮かばないぐらいには」
席を立つ。
憩いの時間は終わりだ。立ち止まるのは刹那でいい。
「? どこへ行かれるのですか? 貴方は元々あの『神殺し』についてきただけの客人、本当の部外者だったはず。“姉を殺す”という目的がもう達成されない以上、後は傍観者として終幕を見届けるだけでいい……そのハズでは?」
「あっはは。もっと映画を観た方がいいよテレーゼさん。ここまで茶々を入れてきた奴がただの観客なワケないでしょ? そりゃあ、初めはグレンの影に隠れて、興味本位だけで来たけれど──ボクにも、初めから“ボクの目的”っていう最低限は設定してたんだからさ」
「目的……確かに貴方は他の誰とも共謀も協力もしていない。本当の異分子です。この魔境に、身内以外での『狙い』があったと?」
「そうだよ。ボクは錬金術師だ。ただの、部外者の錬金術師だ。だったら──魔境に来る目的なんて、決まり切ってるだろ?」
ヒントをあげすぎたかなぁ、とテレーゼさんの様子を伺うが、まだ疑問顔。
どうやらボクの天才錬金術師フィルターが強すぎるようだ。仕方ないけどね。
「じゃあそういう事で。提督によろしく。次はメインステージで会おう!」
「あ、ちょっと──」
引き留める声がけはスルー。軽く手を振って、一瞬でその部屋から脱出する。
パパッと便利な空間連結! そんでボクが足を向けた先は、主人公陣営がいる外界ではなく。
もちろん黒幕がいる準備室でもなくて。
「お。いたいた」
魔城のある座標にその反応を見つけて、一気に次元間を跳躍する。
やってきたそこは、この魔王城の最終エリア。
謁見の間。
魔王が座る玉座がある──あの「異物」がある決戦場だ。
そこには、
「……あ? なぜこのタイミングで?」
やっぱりというか当然というか。
そこには金髪碧眼の城主──魔王ルシファーがいたのだった。
◆ 魔王城 外界
「やっっぱり、裏切られたわっっっ!!!!」
「まあ、予想の範疇だろ」
怒りの形相で叫んだ久遠桐架に、サクラは当たり前のことを当たり前に言った。
「サクラくんも怒った方がいいわよ、その方が健全よ! 諦めてないで、ちゃんと怒りたい時は怒っていいと思うの、私!」
「そういう方向にエネルギー使うのメンドくさい」
「もー!! この燃え尽き症候群!! 倦怠期もそろそろ卒業しないと身体に悪いわよ!」
提督の司令室から出て、彼らは魔物たちの行き交う市街地を歩いていた。
ぶらぶらと。文字通りの暇つぶし目的で。
というのも、
「……魔王城には出入りできない、オーナーはいつの間にか城内入り、後はただ悪の二人組が事を起こすのを待つだけ、か」
「最後の隙間時間ってやつね、分かるわ! イリスくん、大丈夫かしら? まぁ最後の最後、『実は生きてましたー』でひょっこり出てくるのがオチかしら」
「……どうだろうな」
正直、それが一番の懸念点であり、最も警戒すべき事柄なのだ、とサクラは思案する。
「そうなの?」
「心を読むな」
「顔に書いてあったのよ。それでイリスくんがなーに? やっぱり『信用できない語り手』? でもあの子、嘘は一回もついてなかったわよ」
「つく必要なんかないからな。あいつにとって、そんなの使うまでもない。間違いなく俺たちより頭いいんだから」
「……『言わない嘘つき』?」
「そういうこと」
本心の隠ぺい。目的の未提示。
嘘は言ってない。火楽祈朱が行ったのは、そんな単純な屁理屈である。
たったそれだけでも効果はてき面。随分と精神を消耗させられた。
得体の知れない登場人物A、火楽祈朱を警戒させる。
あの少年はこれを徹底していただけだ。どういう視点で今回の事件を追っていたかはサクラの知るところではないが、この単純な作戦は最適解といえた。
「つまり……今回のお話で、イリスくんはどういう立ち位置だったの?」
「殺人鬼だよ」
答えたのはサクラの声ではなかった。
振り向いた先には、簡素な屋台。のれんがあってカウンター席があって、赤い屋根の看板には「麺店」とだけ書いてある。
ヒュバッ!! と小動物じみた素早い動作で、久遠桐架が彼の背に隠れる。
それは明らかに声の主を警戒したものであり、恐れているが故の行動だった。
「っつーかトリックスター? ダークホース? ジャイアントキリング? そういう感じのイミの……あー、なんだっけ?」
「『番狂わせ』だろ」
「あ、そうそう」
サクラが屋台に近づいていくと、そこで久遠桐架は無言で離脱していった。それこそ脱兎の如く。
気にせずサクラはカウンターの一席に座り、右隣の人物がすすっているモノを見て、挙手をした。
「店長、麺一つ」
「アイヨー!」
一瞬で目の前に麺料理が出てくる。注文から三秒も経っていない。
突き刺さっていた割り箸を取り、キレイに割って食事を開始する。
「いただきます」
ずずず、とすすって食べる。火傷しそうな熱さが舌を焼く。
味は醤油に近い。人間文化の料理、“ラーメン”を模したもののようだった。
「店長ー! ギョーザおかわりぃ!」
「アイヨー!」
ドシャッ、と隣の席には大盛りになった山のような料理が出てくる。
なにあれ。ギョーザ? 知らない食べ物だ。美味いのか?
──そうサクラが凝視していると、
「攻略おつかれー。どうだったよ、私の部下たちは?」
ぱくぱくと麺と交互に食べつつ、隣人──アガサがそんなことを言ってくる。
髪は未だ金色。しかし何かしら錬金術で認識阻害をかけているのだろう、周囲を歩いていく魔物たち、店長とやらも、今の彼女の強烈すぎる存在感には気付いていない。
「なんか、お前の部下だなって感じの濃さだったよ」
「楽勝だった?」
「強かったよ。二人組に分けられてなかったらと思うとゾッとしない」
魔王城攻略──記憶にある第十三部隊の面々をサクラは思い出す。
初めの斧使いと槍使いはアレ単騎で挑む相手じゃないし、次の鎌使いの半獣だって冗談じゃなかった。糸使いは完敗だし二度と会いたくないし、大砲使いと銃使いの敷いていた地雷平原は悪夢だった。──と。
「アガサって本当にとんでもない要職に就いてるんだな。普段どうやってあのメンバーをまとめてるんだ」
「ノリと勢い」
「教育機関のサークルかよ……」
「学校な。でもまぁ、みんな優秀だし聞き分けいいし、なぁんで私みたいな小娘に従ってるのかワカンねーよ」
「謙遜か?」
「本心だよ」
「自信持てば?」
「そうするー」
ずるずるずる。
ラーメンすすりながらの会話は極めてユルい。誰も食事中に堅苦しい空気になんかなりたくない。真面目に会話しようとしても、やばいなコレ結構美味いぞレビュー最高点で、ぐらいしか今は思いつかなかった。
「ギョーザいっこくれ」
「醤油っぽいソレちょうだい」
「店長、唐揚げってある?」
「アイヨー!」
魔物の食文化は人類文明の先を行っている。
それが味わえただけでも有意義な時間だった。
「そんで弟はどうだった?」
約十分後。
お互い完食し、水を飲みつつアガサが話を再開した。
「おとなしかったよ、比較的。神獣の奴にはなんかやったみたいだが」
「ていうと?」
「宇宙がどうとか」
「なんて??」
その辺はサクラにもさっぱりだった。後でイリス当人に聞いてみよう、と思う。
問題は、今だ。全ては今にある。
「イリスの目的、分かるか?」
「分かってて訊いてるだろ──そんなん、あいつの異名を思い出せば簡単だ」
「……『魔王殺し』」
「そういう事」
やっぱりか、とサクラは息を吐いた。憂鬱からだ。
故に、今のこの空き時間というチャンスに、あの少年錬金術師が何をしているかも予想がついた。
■ 魔王城 玉座の間
ルシファーは玉座の前に立っていた。
より正確にいえば、「物体A」の目の前に。
「やっほー、魔王様。お城が戻って来た気分はどう?」
「そりゃあもちろん清々したというか『ようやくか!』という感覚だが。さんざんブッ壊された時は貴様らどうしてやろうかと思ったが、大まか修繕されているからそこはいい。だがトラップシステムは許さん」
「悪かったってば。──はい、コレでいい?」
記憶を探って、手元にあのトラップカードシステムのデータを詰めた、小さい長方形状の鍵を錬成する。ぽいっと投げると、ルシファーが慌ててキャッチした。
「マジか貴様。まさか神か?」
「言葉選びには気を付けてねオーナー。『神』って単語、今の時代はただの罵倒語だから。純粋に賞賛を示したい気持ちはひとまず『天才!』って言っとけばいいよ」
「あ、ああ、そうか。細かな指摘、感謝する……で、」
鍵を仕舞い、じろりとこっちを見つめてくる。
「──なんの用だ? 我輩、これから起こす逆転劇の準備で忙しいのだが」
「ふーん? やっぱり攻略者たちは生きて帰さないんだ?」
「……、そんなつもりはない。そちらの思惑がどうだろうと、我が城の奪還に協力してくれた功績を我輩は忘れない。だがこちらにも目的がある。本来起こす予定だった目的がな」
「世界征服ってやつ? アレ、本気でやるの?」
「当然だ」
思いのほか、はっきりとルシファーは返答した。
「我輩は元々そういうモノだ。凡百の魔王と一緒されるのは心外だな」
「──?」
言葉の真意が掴めず、ボクは眉をひそめることしかできない。
魔王ルシファー。思えば、この相手に関する情報はあまりにも少ない。
魔境きっての変人魔王。まともで、気さくで、カリスマがあって、苦労性。
そこに「正体」なんてものがあるとしたら──一体ソレはなんだというのか?
「もう行け。別れの挨拶には充分だろう? ここはすぐに戦場になる。この『異物』も、またいつ活性化するか分からんからな……」
「──ソレ。なんで利用しようと思ったの? グレンから聞いてるかもしれないけど、ソレはボクたちの世界では手に負えない危険物だよ。異世界から来た侵略者の眷属。それをどうするつもりだっていうのさ?」
「どうしようと我輩たちの勝手だろう。指向性は同じだ、問題はない。我が城の良いリソースになってくれるだろうさ」
「ま、まさかお城と融合させるつもりなの……死ぬよ? ていうか死ぬより酷いコトになりそう……」
「これ以上は聞いてくれるな。本当に帰せなくなるぞ」
シッシッ、と魔王はこっちに手を払って、背を向ける。
玉座では何かしら錬金術の融合術式が稼働しているようだ。……、無駄のない作動音からして、アレ提督が構築したやつだろうか?
「まったく、しょうがない王様だなぁ──」
ボクは辟易した声を出し。
くるっと立ち去る足音を響かせて。
「──殺しやすいから、別に構わないんだけどね?」
ようやく、本性を現した。




