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Logic Tale《剣豪神子は最強無双するより帰りたい》  作者: 時杜 境
第二章 魔城デストロイヤーズ
71/97

28 終焉齎す戦艦の王

>>圧縮記憶データ解凍中…………


>>データ開封。再生開始。


     ■


 ソレはある人造生命の失敗作だった。

 左目を欠落した隻眼。造物主たる錬金術師は、錬金術の祖にあたる存在だったが、その事実を踏まえても酷い出来だった。


“在りえない。これではとても人間とは言い難い”


 それが、かろうじて人型を持って生まれたものが初めに聞いた言葉。

 どのように己が失敗作だったのかは、予め細胞に組み込まれていた知識が教えた。

 魂こそある。錬金術師は造り出したソレを失敗作としたが、魂を人造できる術師は、確かに神の領域に踏み込んでいた所業だった。


 問題は、造物主がソレに設計していた種族にある。

 この世の人間とは、理そのものを魂とする知性体と定義される。

 理なき魂など、凡百の魔族となんら変わりない欠陥品だったのだ。


「造物主の生体反応の停止を確認。これより命令の実行に移る」


 ──二年後、かの錬金術師は逝去した。

 死因は単純な活動限界。

 幾度も肉体そのものの稼働限界は超えてきたようだが、とっくに動かすための燃料は尽きていた。


 精神の摩耗。生存欲の減衰。理想の見切り。

 積み上げてきた歴史と超えてきた旅路は、一人の錬金術師の命を使い切るには充分なもの。

 超抜序列第六位・創始錬金術師トリスメギストスの生涯は、黄昏の端でひっそりと終わりを迎えた。


「設定座標に到達──」


 失敗作と判定された、襤褸だけまとったソレは、渡されていた装置を片手に崖上まで来ていた。

 数百エートル先に見えるのは、かつての拠点。鉱山の地下に構えていた叡智の工房も、今日、主の手順通りに廃棄される。


「爆破」


 カチ、と終わりの音。

 起爆装置のスイッチを押した途端、炸裂する破壊の旋風。

 世界を轟かせる超抜規模の爆音は大陸を揺らし、鉱山地帯のあった場所を消滅させた。


 そこに残ったのは破壊の痕跡たるクレーターのみ。

 錬金術、その始まりの欠片もなにもかも、爆炎と共にこの世から消え去った。


 ──たった一人を除いて。


「……う…………あ……?」


 爆風の余波をまともに食らい、“失敗作”はクレーターより少し離れた位置に転がっていた。

 立っていた崖地帯も崩れ去り、辺りは黄昏の日があまねく照らす荒野のみ。

 終わりの片隅。

 ある一つの歴史の終焉の中で、ソレはうつ伏せに倒れ込んだまま──数秒前の記憶の再生を続けていた。


 閃光。

 爆裂。

 破壊。

 有を等しく無に帰す、絶対の災害があった。

 それは起こるべくして起こったものだ。

 造物主の定めた理、渡された起爆装置を自分が押した故にもたらされたものだ。


 その事実を今一度確認し。

 このたった一回きりの、痕跡隠滅のためだけに生かされていた“失敗作”は──そこで顔を上げた。


 地平の向こうには大いなる落陽。

 目の前には天災の名残りを示す消滅孔(クレーター)


「……は、ははは……」


 自分自身、わけも分からず、笑った。

 ソレに自意識が生まれたのはこの時。


 苛烈かつ鮮烈すぎた爆轟と崩壊。

 それらは、本来ここで終わるはずだった使い切りの中に、ある衝動をもたらした。


 ──もう一度。同じものが見たい。


 こうして。

 意志も、人格も、感情も、精神基盤さえ与えられなかった生命体は、破壊の音で目を覚ました。


     /


 年月が過ぎた。


「儂はそろそろ行く」


 旅行鞄を携えた男が、ある日そう告げてきた。

 老年に差し掛かった頃の、くすんだ金髪を持つ錬金術師だった。長年、彼が研究室としてきたスカーレット調の部屋は、この日も全てが計算されているように一寸の乱れなく整理整頓されていた。


「アルベルト。お前もさっさとここを出ろ。なにも国の滅びに付き合う必要はない」


 アルベルト・マクスウェル。

 それが現在の“ソレ”の名称だった。目の前の男がつけた、平凡な記号だった。


「先生はどこに?」


「大陸を出る」


 きっぱりとした命知らずな物言いに、「アルベルト」は僅かながらの沈黙と共に瞬きした。


永命種(エルフ)から航海技術を?」


「奴らはまだ造船中だ。それに長命種などと関わるつもりもない。下手に恨みを買えば、文字通り末代まで対立することになる」


「なぜ彼らは故郷の森を切り始めたのでしょう? 彼らの感知能力は魔族の中で最も優れている。その気になれば大陸の覇権を握るのも容易いでしょうに」


「お前は最後まで質問が好きな小僧だったな、アルベルト。いやいいだろう、これも奇縁だ。いつも通り『先生』として教えてやろう」


 老いた錬金術師は、弟子の少年をいつも野鳥を見るような目つきで見ていた。

 嫉妬、羨望、苛立ち、諦念、呆れ、憐憫──そのような感情が複雑に編み合った焔色(ひいろ)の瞳は、観察対象として奥深いといえるものだった。


「奴らの長が未来視をしたという話だ。事実は知らんが。数千年後、いずれこの大陸には『厄災』が降臨し、現行人類が半数にまで落ち込むという。人類は石器を用いた時代にまで文明が逆戻り、その時、永命種(エルフ)も巻き添えを食らって酷い目にあう……らしい。連中が躍起になって海を目指すのは、とうに未来の他の種族を見捨てているからさ。ま、一部は離反して陸に残る準備を進めているとも聞くが。それだけだ、後は知らん」


「先生もその未来を信じるのですか?」


「知らんといった。どうでもいい。今の儂の意志は千年前から決めていたことだ。人生の計画は速やかに実行する。錬金術師として当然のことだ」


「先生のお歳は五十と六年でしたよね。千年前というのは矛盾しているのでは?」


「……フン。物の例えだ。お前の質問もこれで終わりか?」


「なにか特別な言葉を言うべきでしょうか?」


「本っ当に礼儀というものを知らん奴だよなぁ」


 将来はロクなものにならんぞ、と言い捨てられる。

 ……“彼”にとって、この上司は総合して平均的な錬金術師だったが、この適当に言い放たれた言葉はまさしく予言だった。


「出会いから何も変わらんな──十二年。儂がお前を見つけて十二年だ。しかし、まるで変わらん。いや、単に意志を表に出していないだけか。やはりあの時、野垂れ死ぬのを見届けるべきだったか?」


「私を危険因子と判断するのなら、今からでも処理は遅くはありませんが」


「そうだな。だが、十年以上も弟子として過ごした相手を手にかけるほど非道ではないつもりだ」


「それは──」


 それまで滔々と話していた少年は、初めて言葉を選んだ。


「──それは、“情が移った”、という?」


「勿体ないだけだ。知性体一人の価値は計り知れん。人的資源ほど高いものはこの世には無い。……たとえどんな罪人、悪行を積もうとな」


 その時、男は窓から外を見た。

 そこから見える眼下の街並みでは、今日も市民によるデモ活動が行われているのだろう。


「善悪の価値は対等なものでしょうか?」


「等価に有益か無価値かは観測者次第だ。ま、そんなもん設定せずとも生きていけるのが人生唯一の長所だ──問題は短すぎるということだがな。ハァ」


「先生の今の器の強度では、せいぜい百年程度で限界がくるかと」


「そうか。肝に銘じよう──お前にしては有益な助言だな。感謝する」


「──、」


 その、たった数秒で変化した感情の遷移の目まぐるしさに、少年は目を丸くし。

 ピシッ、とすぐさま目の前に突き出された封筒に、反応が遅れた。


「……これは?」


「退職届だ。それをゲルメールの机に叩き込んでこい。それが儂からお前に与える最後の重要課題だ」


「大陸を出て、どこへ行かれるのですか?」


「新大陸」


「そんな存在は観測されていませんが」


「うるせぇな。早く行ってこい。撃ち殺すぞ」


 またもや感情が反転していく。

 それを知らぬ少年にとって、この観察対象は、実に観察しがいのあるモデルだった。


 陽炎の錬金術師。名をメイシェル・ライングハート。

 彼は当時、創始たる錬金術師の次に優れた賢人と名高かったが、後に異名をなぞるように失踪した、謎多き人間であった。


     /+22years later.


「南西区だ。それで足りるだろう」

「それでは当面の危機にしか対応できません! 補給先を増やすべきです!」

「使える物資などもう底を尽いておるわ。そろそろ軍部施設も切り崩すべきか」

「先日連れてきた捕虜たちがいるだろう。所詮は異国の民、使()()()()()()

「では資源の変換効率を更新するべきでは? 大陸諸国の錬金術研究に、我が帝国は未だ遅れをとっている」

「開発部の無能どもも炉にぶち込んでやれ。自らが母国の礎となるのだ。彼らも本望だろうよ」


 軍の上層部たちが言い争う様を、青年となった“ソレ”は部屋の片隅で見つめていた。

 彼はただ学習していた。「人間」という、己がなるハズだった者たちを。

 彼は解析していた。──人間になるためには、どのような要素が必要なのかを。

 彼は認めていた。


 人間こそが、この世でもっとも「破壊」に長けた生命体であることを。


 帝国ナハトデウス。この軍事国家がその証左だった。

 消費資源に見合わぬ極小の戦果。

 彼らの寿命の半分以上も用いて築き上げた傑作を、たった数年で惜しみなく塵のように「次の計画」のために投げ捨てる目まぐるしい精神性。


 同時に。

 たった一瞬のためだけに十年、百年もの時間を利用できる者も。

 決まり切った死という終わりを前にしても、なにかを掴もうと手を伸ばす者も。

 ……あの、在るかも分からない存在を追って消えた、無謀としか言いようのない賢人も。


 “ソレ”は、人間が区分けた善悪全てを記憶し記録し、学習を続けていた。


 そうして彼の中に蓄積したデータは──今日、一つの形骸を持って顕れる。


「報告いたします」


 芯を伴って発された一声に、会議室の誰もが注目した。

 疲弊し切っていた聴衆の心情は一致していた。この不毛な会議から一瞬でも目を背けることができるのなら、たとえどんなに無益な話題でも耳を貸そう、と。


 それを知ってか知らずか。

 或いは計算済みか。

 舞台の階段を登り始めた“彼”は、次の言葉を発音する。


「『兵器』研究担当のエーヴィッヒ博は病衰し、先刻息を引き取りました。僭越ながら後続として私が公務を引継ぎ、今後の兵器運用の方針を決定した次第です」


 室内全体に走った衝撃はわずかなもの。

 しかし「決定した」という確定事項に、上の権限を持つ個体たちは眉をひそめる。


「委員会からそのような報告は聞いていないが。君の独断かね、マクスウェル大佐?」


 これ見よがしに煙草をふかし、不愉快そうにこの会議の主は睨みをきかせる。

 次の瞬間には怒号が響き渡る未来を想像したのか、他の下位職たちは縮み上がった。


「『申し訳ありません』。しかし現行の演算回路に手を加えられる人員が私しかいなかったもので。それに──」


 緊張度4.5。

 “彼”は視界内で計測した感情値に合わせ、学習していた謝意の単語を口にする。

 朗々とした口調に淀みなく。

 己の立場を理解した上で発言している、と今の自分に対する周囲の認識をコントロールしつつ、“彼”はトリガーとなる台詞を言い放つ。


「元々()()は私が発案した術式です。

 ですが、エーヴィッヒ博がその名を使って公表したことを、今や私は気にしておりません。むしろ博士には、こうして術式を見直す猶予期間を設けてくれたことに感謝を。おかげで素晴らしい効率の資源変換式を完成させることができたのですから」


 動揺値2.1から8.9へ。

 ざわ、と会議室に見えない波が立った。

 それはエーヴィッヒ博の犯していた窃盗罪ではなく、明確に断言された「現状打破」という希望が示されたことへの期待だった。


「お……おお! なんだ、早くそれを言え! それでどうなのだ、『工房』は!? まだ動かせるだろう!? 資源はどこから──」


「はい。帝国の勝利を確実なものとするため、皆さまを火薬として運用することにしました」


「…………、は?」


 ドンッ、という発砲音。

 硝煙が漂ったのは、会議の「主」たる人間が握っていた拳銃からだった。


「ぐっ……が、……!」


「閣下!」


 そして椅子から転げ落ちたのも同一人物。

 突っ立っていた“彼”は、そこで初めて左手に拳銃を錬成して見せた。


「……ッ、貴、様……推進力と同時に、弾丸を──」


 起きたことは単純明快。

 閣下と呼ばれた人物は銃身が無ければ弾を撃てず。

 一方、“大佐”は「飛ぶ弾丸」を閣下の心臓に着弾する空中座標にそのまま錬成しただけだった。

 結果、一秒早く弾丸は片方の心臓を撃ち抜くこととなり、発砲した瞬間に照準がブレた方の弾道は、会議テーブルの端を削っただけに過ぎなかった。


 そして次に起きる展開も明確。

 合図なしに、“彼”以外のその場の全員が手元に小銃を錬成し、銃口を一か所へと向ける。


「帝国万歳」


 意味のない詠唱。

 同じ光景が繰り返される。


 推進力を伴った弾丸が「発生」し、場にいた軍兵を一撃のもと絶命に至らせる。

 ただ一人。

 展開に追いつけず、手元に銃も錬成できず、棒立ちになっていた若い兵士は、すぐ目の前にいるものを見つめたまま、呆然と訊いた。


「……どう、してだ? どうしてこの方法を選んだ……?」


「おかしなことを聞く」


 失敗作。ソレ。彼。大佐。──すなわちアルベルト・マクスウェル。

 その人物はゆっくりと兵士に振り向き、口元に笑みを作ってみせる。


「リシュティオン強制収容所、ハイト刑務所、第五十四区、グレイ・スケール、『地下の路地裏』、帝国機動部隊廃棄場、()()()北東丸ごと──更に南西区。()()()()()


 記録を参照する。資料を羅列する。事実を提示する。

 この数十年間、この軍議室に集まっていた者たちが行っていたことを暴露する。


「『私』は貴方がタ“人間”ガ「行ってきたことヲ「模倣しタ「だけに過ぎない──」


 声質が、徐々に変化していく。

 学習装置でしかなかったそれの中に、「意志」を示す精神(じんかく)が誕生する。


「湯水のように“人理”を──人命を『炉』にくべてきたオマエたちが、今更『オレ』の決定に異を唱えるってのかよ?」


「……マクスウェル、大佐……?」


「ああ──『オレ』は『オレ』だ。オレだけだ」


 クク、と不自然にそれは嗤う。

 なにせ起動したばかり。人間たちのデータを元に錬成した精神基盤は、まだ彼の中で馴染み浅い。


「えぇーと……そうだ、こういう時の礼儀は……『言い残す言葉はあるか』?」


 銃口を向けられた若い兵士は。

 質の悪い冗談を真に受けたような半笑いの顔で、こう返した。


「……化物め」


 礼儀には礼儀を。

 瞬間、最後の銃声が会議室で轟いた。


     /


 軍本部を制圧した男は、その足で地下へと向かっていた。

 施設内は真紅に塗れ、生きているものは制圧者唯一人。

 逢魔時という、多くの市民が寝静まった時間帯もあって、未だ軍内部の異常を感知した者はいなかった。仮にいたとしても──もはやその男を止める術など、誰も持っていない。


「全行程更新……完了。構造演算回路、基本骨子完成……構築図参照──『飛行』『殲滅』『移動』『要塞』『拠点』…………ああ、だったらコレが最適か」


 地下室に踏み入った途端、空間が歪曲していく。

 壁、床、材質、形状、強度、用途の全てが、ただ一つのカタチに向けて収束する。


()()()()


 それが、人間たちが“炉”と呼んでいた兵器の正体。

 呑み込んだあらゆる物質を、任意の素材へと変換・還元する戦争道具。

 豊富な資源がある内は心強いが、しかし彼らは「消費」することしかできなかった。結果、どんどん国家そのもの──市民でさえも──を材料として投入し、全て燃え尽きるまで使い潰す他なかった。


 だが、この日。

 その最悪の兵器は、完成した。してしまった。

 ──他ならぬ、真の発明者自身によって。


「コード:錬成開始(アルス・マグナ)ッ!!」


 瞬間、引き起こされる大規模錬成。

 軍部基地のみならず、その世界にあった大気が、空間が、次元全てが「素材」となって組み込まれていく。


 記憶映像は切り替わる。

 「帝国」の領土らしき風景が、総て閃光に染まっていく。

 光は動植物、無機物も有機物も老若男女、なにもかもを平等に理不尽に呑み込んで。


 抵抗する猶予も、

 気がつく機会も、

 対応する時間も、

 何一つとして──素材たちに与えられることはなく。


 やがて大地は丸ごと消失し、領土のあった場所からは海面が覗いた。

 その真上。空中に滞空出現していたのは、鋼鉄の飛行物体。最大規模の質量を持った、巨大戦艦の姿。



「さァ破壊の時間だ。この地に在る全てのモノを使って、もう一度あの光景を錬成する──!!」



 甲板には、歓喜と狂気の笑いを響かせる怪物一人。

 彼の軍服が新たに錬成し直される。艦に見合った、征服者としての象徴、すなわち海賊服へと。

 直後、戦艦に積まれた砲台群が動き──破壊の厄災が地上世界にもたらされた。



 地上歴4102年。この年、一つの厄災が黄昏の地に誕生した。


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