24 未来は現在になる
「……鍛冶師なの?」
彼女のまとう、貴金属のエーテル粒子を見てボクは言った。
コードネーム:ハンマー、改めてエヴァと名乗った老永命種は、ああ、と頷く。
「アタシはチームのオーダーメイド係さ。一部のメンバーのメインウェポンも手掛けてる。……何か欲しいのかい?」
「そういうわけじゃないんですけど……」
老齢の永命種──それだけで彼女は人類史に名を残すほどの価値がある。
彼らの寿命は千年から四千年前後。エヴァという永命種は、およそ二千歳半ばだろうか。その身に積み重ねた知識、技術、経験を思うだけで畏敬の念がわいてくる。
「エヴァの姐さんおりますー? おっ? 弟クンやないか!?」
その時、背後から新たな来客があった。
振り返ると、そこには二十代後半ごろの青年──昨日、魔王城でも見た「弓使い」さんが立っていた。
「どうも。えーと、一応初めまして?」
「いやぁ、お初にお目にかかります~。昨日はわいとシエルが面倒かけたみたいで、すんません。しっかし戦闘アーカイブ見たけど、わいの爆撃錬成を一瞬で消してもうてて、あんさん化物かいな? ド天才とかいう領域超えすぎやろーて、その歳で極めすぎちゃうの?」
クセのある口調だ……
しかも立て板に水のごとく話される。昨日の無機質な寡黙性からは想像できない、気のいいあんちゃんだ。
格好も、派手な着物にズボン、イヤリングときて行商人感が溢れ出ている。明るい茶色に金が混じった髪は短い一つ結びで、彼からは少し煙草の匂いがした。
「人類軍の人に褒めていただけて光栄だよ。昨日は軽く精神に干渉しちゃったけど、後遺症とかは大丈夫?」
「あーあー全然平気──……と言いたいとこなんやけど……、」
そこでアルクさんは一瞬ボクから視線を外し、目をつむり、覚悟を決めたような面持ちで再びこっちを見た。
「……とりあえず……後ででいいから、わいの術式の改善部分、全部教えといてくれへんかな……」
後ろで吹き出す音がした。エヴァさんだろう。
「あははははっ! どうしたんだいArc、アンタもそんな顔するんだねぇ!」
「ぐぅっ……常、学びの姿勢が錬金術師の基礎でしょーが! 弟クン、このことは他言無用で頼むでホンマ!?」
「別に構わないよ、昨日の慰謝料ってことで。はい」
ボクの手元に、一枚のメモ用紙が錬成される。そこにはペンで書くまでもなく、びっしりとアルクさんの望んだ、「改善点」が文章として出力されていた。
手渡すと、弓使いのあんちゃんのオレンジ色の目が、メモ用紙とボクを交互に見る。
「……思考出力はっや。はぁぁ、そんでマジで容赦ないわー……メンタル折れるわぁぁぁー……」
「血反吐を吐きそうなとこ水を差すけど。Arc、なにかアタシに用向きだったんじゃないのかい?」
「あ。せやったせやった」
スススとArcさんがメモを懐に仕舞う。
ボクはちょっと二人の間から離れて、空間の隅に寄った。
「魔王軍側から、武器の質を上げたいっちゅー声がありまして。そこで! エヴァの姐さんに、魔物用の武装を大量受注できへんかなーっと!」
「要するに、いつもの商談じゃないかい。魔境でもやること変えないんだねぇ、アンタは」
武器って……その辺は、裏で提督が大量生産してるんじゃないんだろうか?
大錬金術師──錬金術師界隈でもトップクラスのアレが作る製品なら、どんなものでも質の良し悪しに差はないと思うけど……
「わいは軍人とか弓使い以前に『武器商人』なんで。部隊の資金繰り考えるのが本業ですしー?」
「そうだったね。で、稼いだ資金の使い道はもう決まってるのかい?」
「そんなん、Readerが合流してからで間に合うでしょう。ルシファーオーナーんとこは物流が安定してますし、他の魔王軍相手よりも荒稼ぎしやすそうですし?」
悪い大人の話を聞いている気分だ……
しかしこうして彼らが動くなら──そうだ。
ボクは軽く挙手した。
「……あの。二人とも、ボク今、すっごく欲しい素材があるんだけど……その商談、参加させてもらえないかな?」
■
──小一時間後、白い少年は鍛冶屋を後にした。
残された武器商人と鍛冶師は、鍛冶屋の前で黄昏ていた。
「……アカンですわこれ。アレ? わいら、まんまとあの子の口車に乗せられてません?」
「今更かい。錬金術師の天才児なんてそんなものだろう。錬金術師は金の引き出し方もなってないと続かないものだからねぇ」
しかし、と老女は空を仰ぐ。
「……はっきりしているのは、アタシたちがしくじれば世界が終わる──ってことだけさね」
「霊鉱メテオライト……確かに魔物の素材店にはなんでも置いてあるけどぉ……神聖武装にも使われた素材を使うって、あの子、一体どんな兵器を錬成するつもりなんや……?」
■
龍神の眷属を倒す目途が立ってきた。
素材の入手難度から無理ゲーな気がしてたけど、姉さんの部下さんたちならきっと上手くやってくれるはずだ。
──異界からの侵食者。絶対の絶望。
だが異世界の敵に関するデータは、やしろさんがとっくに取得済みなのだ。
グレンの本来の仕事は、そういう奴らの殲滅だし、用意する武器に、どの程度の火力数値があればいいかもボクは導き出せていた。
目標は対異界特攻兵器、その錬成。
まぁ、どうせ最終的にはグレンがどうにかしてくれるだろうけど、保険をかけておいて損はないはずだ。
そのためにエヴァさんとアルクさんには協力してもらった。
ズバリ、資金を集めて素材を入手してもらう係。論理とリターンを提示すれば、大人は動いてくれる。こういう時、自分の錬金術の才覚には結構大助かりだ。
「お前、なにか企んでるだろ」
──ちょうど司令室に行く途中でグレンと合流し、エレベーターの中でばっちり言い当てられた。
……ボクってそんなに分かりやすいだろうか……
「企むなんて人聞きの悪い……なんで分かったの?」
「上機嫌だから。その頭の中で、もう一体いくつのシナリオを描いてるんだ?」
「グレン、君はボクを過大評価する傾向にあるよね。いくらボクでも、やしろさんみたいな未来予測はできないよ?」
「過小評価の主張も程々にな。そういうのは余計な敵を作るだけだぞ」
「それってグレンが言えることなの……」
「俺は自分の力が及ぶラインを正確に把握させられている」
……誰に、とは問うまでもないだろう。あの厳格すぎる機械人形の下で鍛錬なんかしていれば、そういう言い方にもなる。
「ところで、魔法使いの使い魔を見たか?」
「今日は見てないよ。まぁ、どこか近場に潜んでるんじゃないの?」
「誰かさんに邪魔されていなければな」
「やっぱり提督辺り?」
「白々しさもそこまでいけば潔いな」
そこでエレベーターが止まった。扉が自動的に開く。
ボクは、自分でも口元が緩んでいるのが分かった。
「一応これだけは言っておく。俺はお前と殺し合う気はないからな」
グレンが出て行く。
ボクは反応がちょっと遅れて、その背を追いかけた。
■
「配信をします」
司令室に着くや否や、出迎えたテレーゼさんが挨拶代わりにそう言った。
「……なに……?」
困惑気味のグレン。意味を捉えかねているらしい。
「配信です。終戦して昨今、エーテルネットワークも随分と賑わい戦火の如く、でして。それに本日は提督同行による攻略イベント。これを大陸全土配信しなくていつするのか、と」
「なに言ってるか全然分からなくてこわい。イリス、解説」
「えぇっと……」
グレンがボクの背に隠れてくる。盾にされた。そこまで怯えなくても……
「ボクもそんなに詳しくないけど、要はエーテルと電子技術を配合した新カルチャー、だよね? 戦時中、民間の一部で開発されてたっていう……」
「正解。流石は若者、流行に敏感ですね。もっと分かりやすく言うと、錬金術師版のインターネットです。人間文明のアレンジですね。今おっしゃったように、民間技術だったものを国が拾い上げ、技術班たちが汎用性を持たせると一気に広まりました。『次元窓』もその一環ですね」
最近は携帯電話型の工房も出回る勢いがあると聞いている。
ま、ボクはとっくに思考と同期させていつでも接続可能だ。でも今のネット世界は池みたいに小規模なものだし、これといって役立つ情報もないから、あんまり使わない。
でも次元窓、顔が見れるのはいいけど、通話距離や通信強度はまだ次元式トランシーバーの方が上なんだよね。神の支配下で、人類の遠距離伝達をこなし続けた超技術は現役だ。
「なる……ほど……?」
「ご理解いただけましたか? それで配信の説明に戻りますが、これも一種の遠距離通信……それをより娯楽性へ発展させたものです。その名も『テラチューブ』──畏れ多くも私が発明させていただいた動画配信サイトです」
「でぇぇ!? テレーゼさんが第一人者だったの!?」
「イリスさんは未来を見すぎなのです。百年後の技術は百年後に使えばよろしい、真の出来る錬金術は、『今』必要なものを技術提供すべきでは?」
ぐっ……ぐぅの音も出ない。テレーゼさんの理論は完璧だ!
これが至高の究極理想体、完全なる人造生命の実力だというのか──!
そこでボクはハッとした。
「ま……まさかまさか。例の新星がごとく現れた配信者のトップオブトップ、『提督ちゃん』って君のこと──!?」
閃きに動揺しすぎて「まさか」を二度言ってしまった。誤植じゃないよ!
「フッ……私をたかが一配信者と同列に扱わないでください、反吐が出ます。真の配信者とは電脳アバターそのもの。──意味、分かりますか?」
「……直、接、顕、現……だとッ……!?」
「ごめん、お前らの話が高尚すぎるのか、俺には理解がまったく及ばないんだが」
「テレーゼさんはネット上に直顕現して配信してるってことだよ! 人造生命ってレベルの存在変容じゃないでしょ! 電脳体になれるの君!?」
まさにリアル電脳少女!? この子も時代を先取りしすぎてるよ……ッ!
「まぁ……美少女は提督に創られし究極完全体なので……たかが一有機生命体では戦いの土俵にすら立つ資格がないと言いますか……」
「なぜか勝手に敗北宣告されてるけど、本当に錬成の次元がヤバすぎるから、もうボクの負けでいいよ……」
──馬鹿だ。あの提督は真正の馬鹿だ。
電脳体に自力で変身できる人造生命なんて聞いたことがない。なんて高度で無駄な能力だ。もはやテレーゼさんは、人類種として一つ上のステージに立っている。
おそらくは──次世代の人類種。
遺伝子からして、既存人類種・知性体とは異なる新種族にして新人類。
種族:完全人造生命体とでもいおうか……いや「理想の嫁」コンセプトにしたって限度ってもんがあるだろ────!! スッゲェ──!!
「──ええと、ともあれ本日の攻略は配信するので。ゲスト、神殺し様。数億人単位の前に素顔をさらすことは可能ですか?」
「……いや。それはちょっと」
「分かりました。では音声のみの参加ということで。そちらの方がプレミア性も出るでしょうし、構いません」
「……要するに、生きた商品にされるってことだな……?」
波乱の予感がする。
今日の魔王城攻略、一体どうなってしまうんだろうか……




