23 過去から追ってくる影
ピピピピピ、と電子音が聞こえた。
「朝焼六時です。最適健康維持のため、起床行動を推奨します」
やしろさんの声で目を開ける。知ってる天井だ。キリカさんの列車工房、その宿泊室のベッドの上である。
シャー、とカーテンが開けられ、窓から黄昏の光が差し込む。
そこでようやくボクは起き上がって、再起動したらしいその人を見た。
「……おはよう、やしろさん」
「おはようございます。自動報告。当機の残量バッテリーは十六パーセントです」
こちらを見たやしろさんの動きは、ややカクついている。
透き通るような真っ白な髪と肌。淑やかな旅装は、やっぱりまだ見慣れない。
「あれ、グレンは?」
向かいのベッドはもぬけの殻。きっちり折りたたまれた布団だけが黙している。
「一時間前に起床し、外出しました。行き先、不明です」
「……ちゃんと寝れたのかな」
「バイタル値は正常を記録しています。本任務に支障はありません」
……そりゃ表面上はそうだろうけどさ。
グレンは根源的にボクら魔族を恐れている。外で寝る、なんてどこだって野宿と変わらない。彼にとっての唯一の安寧の地は、境内しか存在しないのだから。
「やしろさんはどう? もう戦えそうなの?」
「最高権限の行使につき、当機に搭載されていた八十パーセントのリソースは現在修復不可能です。戦闘行動には七十五パーセント程度の支障を引き起こすと懸念されます」
「──え」
……そ、そんな重い代償を支払っていた必殺技だったの、アレ!?
てっきりバッテリー消費だけかと思い込んでいたけど、とっくにこの人形は死に体だ。いくら二号機、いや前バージョンの古い機体とはいえ、あの「封社やしろ」がここまでなるなんて──
……い、今の内に情報を聞き出しておいた方がいいかもしれない。
「……ねぇ、やしろさん。異世界の存在だっていう『物体A』ってなんなの? 姉さんは『侵略者』なんて呼んでだけど、龍暦になにがあったの……?」
「申し訳ありません。情報検索に失敗しました。データ復元を開始。失敗しました」
うわぁ。
あまりにも時間がなかったとはいえ、これは絶望的だ。今からでも境内にいる方のやしろさんと連絡をとれないだろうか……
「ほ、本体の方に連絡とれない? 情報だけでもどうにか……」
「──更新体とのネットワーク上にデータ出現。ファイル名、『龍神ニーズヘッグ』」
「!」
さすが! やっぱりやしろさんはやしろさんだった。ボクの質問を予測して情報を送ってくれたみたいだ。
「本情報データは機密性を保持するため、展開後に消滅します。ファイルを開きますか?」
ボクの答えは、もちろんイエスだった。
◇
「……やっぱ無理ゲーじゃない? これ……」
列車を出て、ボクは一人、市街地を歩いていた。
かんかんかん、とどこからか聞こえる鍛冶の音。まばらに通りすぎていく魔物たちの目には、ボクの姿は映っていない。
錬金術の光学迷彩でぶらつき散歩中だ。
真名持ち悪魔、外からの部外者、おまけに真っ白なボクの身なりは少々目立つだろうし。
が。気晴らしに市街地を見回っても、特に気分は晴れなかった。
「絶望」という二文字が頭にのしかかる。やしろさんから聞いた「侵略者」の情報は、天才の自負があるボクでも、ちょっと、諦めを覚えるぐらいの話だった。
──龍神ニーズヘッグ。
そんな名前の神はこの世界に存在しない。やしろさんの記録情報によるとソレは、太古の時代にやってきた、まっとうな侵略存在──分類としては「侵蝕存在」というものらしい。
龍暦5000年ごろ、当時の人類種の半数を滅ぼした災厄。
人類……といっても、その頃の覇権人類はボクら魔族や、あの有名な人間種でもない。一番初めに世界に生まれたという「始祖人類」というものだ。
彼ら「始人」は、現行人類を軽く上回るスペックの持ち主たちだった。
一人につき寿命は千年。
真空世界でも生存可能な強靭性。
錬金術なんか比じゃない古代の超技術。
つまりまぁ、当時の世界は人類全員やしろさんだった、みたいな想像をしてもらって結構だ。たぶん大体あってる。
そんな超オーバーパワー人類を、億単位で殺し尽くした災害が、龍神。
だが根本的に始人たちのスペックが強すぎたため、やがて龍神は打ち滅ぼされることになった。
問題はここから。
龍神の眷属、「龍神の仔」。
それが今、姉さんが精神力だけで抑え込み、やしろさんが最高権限術式で、この世界への侵蝕を食い止めた──今回の本命敵だ。
◇
「『龍神の仔』は、基本的に細胞分裂で増加します。しかし現在は親元の龍神がいないため、侵蝕増殖を行うと予測します」
「し、侵蝕……?」
「他の存在を『自分に上書き』し、統一した侵蝕本能をもって世界を攻撃します」
「こわいこわいこわいこわい」
「また、時空貫通を持ち、神子の持つ境界防御や、結界で攻撃を防げません。傷を受けた際の侵蝕付与は現行のエリクサーでも治癒は不可能と予測します」
◇
「……、」
ボクは顔を両手でおおってしゃがみ込んでいた。
絶望。あまりにも絶望。なにそれ、完全にこっちを滅ぼす気しかない、ご都合みたいな絶対敵じゃないか。
「……いや、じゃあ、それを相手に、一人で抑え込んでる姉さんってなに……?」
……なにかを見落としてる気がする。
超抜存在の魂を持ってるから、異界存在にも対抗できる……っていう理屈だけで説明しきれない、空白がまだどこかにある。
それが暫定・黒幕疑惑の提督が隠している部分なのだろうか?
わからない……
「はっはっは! こりゃあ見事にやられたもんだねぇ」
──不意に快活な声が聞こえた。
顔を上げて、声のした建物に向き直る。立ち上がって入口に近づいてみると、そこはどうやら鍛冶場のようだった。
「聖剣、神剣級の業物が全滅じゃないか。どんな辻試斬が来たんだい?」
「『神殺し』だよ。フラッと歩いてたとこを捕まえて、使ってもらったんだ。見ろ、最高純度のアダマンタイトが真っ二つさ」
やらかしの気配。
中は広々としており、台座には粉々に砕け散った武器の残骸が置いてあった。十数本とあるどれもが、元は神の眷属を屠るくらいはできる名剣だと分かる。
また、鍛冶場の奥にはボクの背丈ほどはある漆黒のアダマンタイトが鎮座しており、それはそれはキレイに斜め切りされていた。
「こっちの短刀は?」
そう言ったのは、永命種らしき老女だった。真っすぐな背筋に、後ろで一つ結びにした白髪混じりの金の髪。最初の快活な声の主だろう。
彼女が手に取ったのは、台座の隅で唯一無事だった真っ白な短刀。ああ、と土鉱種のように低い身長の、角の生えた魔物鍛冶師が応える。
「そいつはここで打った作品じゃない……いつだったか、かなり昔、外界との貿易で流れてきた逸品だ。ワシはそいつを師として、鍛冶を始めたんだ」
「……これ、エルヴァインの武器じゃないかい? 驚いた、まだ現物が残ってたなんて」
「えるヴぁいん? 鍛冶師か?」
女性がじっくりと短刀の刃先を眺める。
「エルセル・エルヴァイン。生前は大した名声もなかったが、奴の鋳造した武器は千年経っても錆びることがなかった。感銘を受けた土鉱種間の一部では、伝説の名工って有名なんだよ」
「ほー。鍛造のことになると高慢ちきなどわぁふ共が認めるとは相当だな」
「ああ、だからめちゃくちゃ嫌われてもいる。連中が目標とする境地に、たった十数年で辿り着いちまった人間だからね」
「うわ。出た……人間……」
「な。人間の逸話が出ると、魔族も皆そういう反応だよ」
……、エルなんとかっていう鍛冶師のことなんて知らないけど。
千年経っても錆びない程度の武器のどこが凄いんだか。あの白い短刀だって、試作品もいいところだ。失敗作にもならない不良品。精鍛も造りも甘いし、さっさと壊してしまいたい────
「…………?」
なんて、訳の分からない衝動があった気がするが、すぐに忘れる。
なにを考えてたんだっけ?
「──ところで、そこにいるのはReaderの弟さんかい?」
不意に声をかけられて、ボクは瞬きする。
光学迷彩の術式は発動中だ──それなのに、永命種の老女は見えているかのように、ボクのいる座標を見つめていた。
術式カット。おとなしく姿を現す。
「初めまして。よく分かったね」
「気配の隠し方が雑だったからね。ウチのChainの方がまだ上手い」
「……ウチの、ってことは……」
「ああ、まだ名乗ってなかったね」
そこで老女は短刀を置いて、こちらに向き直った。
肌にはシワが刻まれているが、見据えてくる緑の瞳は炎のような輝きがある。
パチッと彼女が軽く指を鳴らすと、その肩には黒い軍服コートが羽織られた。
「第十三部隊所属、コードネーム『Hummer』だ。ま、本名のエヴァって方で気軽に呼んどくれ」




