21 バーサス
「オーナーはさ、なんで魔王とかやってるの?」
剣豪VS神獣との恐るべき死地からだいぶ離れて。
その戦闘音と余波の轟音が遠のいてきたところで、廊下を小走りしながらボクは話題を振った。
「……こんな時に、ナゼそんなことを訊いてくる?」
「気遣いを察してよ。お互い、今日が初対面なんだよ? こういう空き時間にこそブレークタイムが必要でしょ」
『今破壊の話をしたか?』
してねぇ。テロリストは黙ってろ。
「そう言われてみれば謎よねぇ。『どうして魔王たる者は、魔王として振る舞うのか?』。魔王石から伝わる意志なのか、なぜ魔王は魔物を従え、魔物はそれに従うのか? もうそういう存在なんだー、って勝手に解釈していたけど、理由があるなら聞いてみたいわ!」
流石はキリカさん、空気の読みは一流だ。この会話への溶け込みやすさ、まるで数年前から知り合いであったような気さえしてくる。
「……逆に問うがな、悪魔の小僧。貴様は『なぜ錬金術師なのか?』と訊かれて、用意している答えはあるのか?」
「ん? そんなの、世界のことをもっと知りたいからに決まってるじゃん」
錬金術とは万物理解に通ずる学問だ。
前世、前々世、あるいはずっと前の人生から、ボクはそうやって生きてきた。
今のこの身には知識しか無いけれども、膨大に積み重なった知識から、「なぜ錬金術師でいるのか」「錬金術師でなければならないのか」は明白だ。
「ボクは自分のことだけは知りすぎてるからね。もう、『知りたい』って思えるものが外界にしか無い。そのために錬金術が一番手っ取り早くて、一番楽しいから、結果的に錬金術師をやってるだけだよ」
「……なるほど。まさしく、だな。ちなみに我が盟友ギルトロアよ、貴様には『動機』なんて存在するのか?」
あ、それはボクも気になる。
稀代の大錬金術師は、いかなる理由でそう在り続けているのか?
転生し続けてきたボクとは違い、「ずっと」生き続けてきた提督は、どういう──
『そりゃァ、己が手でこの世界という盤上を、破壊の光景で埋め尽くすためだが?』
「……」
「……」
「……」
期待したボクが愚かでした。なんだよこいつ、なんで万物を創る錬金術で、万物をぶっ壊す方向で行動理念が一貫してるんだよ!
「ねぇ。私の妄想だと思うけど、提督って『魔王』個体の亜種とかだったりしない……?」
「そもそも種族不明だよねぇ。自己改造って言ってたから、この世の『錬金術という概念』の代弁者だったり? ハハハッ、ごめんテキトー。そんな存在知らなーい」
『ンな超越存在じゃねェよ。オレ様だってただの生命体に過ぎん。造物主が死んでから、暇を潰しに錬金術かじってたら数千年経ってただけの人生だ』
「ぞう」
「ぶつしゅ?」
えっ。今、さらっと歴史の謎が開示されたような。
「……え!? て、提督って、人造生命だったの!?」
てっきりマジな異界生命体とか、神々とは別種の破壊の僕みたいな存在かと思いかけたけど!
同じ人類なんだ!? へー!!
『出自の情報をバラしただけでそう食いつくモンか?』
「食いつくよ! ぞ、造物主って誰。名のある錬金術師!?」
『知りたいか。ならば対価だ。テメエもその過去を丸々明け渡すんだな』
「うっ……」
ぐぅ、いいところで。
過去を明け渡す──過去の記憶を抜いて譲渡する、って意味だよなぁこれ。
そんなことはできない。このボクでは不可能だ。
──だって十歳以前の本物の記憶は、あの棺の中に持ち去られてしまっているのだから。
「ッ!! 総員待て! 来るぞ!!」
ルシファーが警告したとき、遅れてボクも新手の気配を察知した。
ガゴン、とまず聞こえたのは駆動音。
刹那の後、前方の天蓋から爆撃が降ってきた。
(──、)
カッと視界が白み、床に亀裂が入ったのを悟る。ボクは素早く壁へ跳び上がり、周囲の爆風と衝撃波を錬金術で無効化する。
「二人──!」
キリカさんから情報が上がってくる。粉塵が視界を邪魔しているが、彼女もどこかで無事なようだ。
……ルシファーはまぁ、借りてる身体が身体だから、あまり心配する必要はないとして。
「逆算終わりッ!」
今の射線を元に、攻撃位置と術師を特定する。
再び装填されるような音がしたが──それよりこちらの干渉の方が早い。
廊下を抜けた空間に着地し、狙撃者と凶器の姿を目視する。
その青年は宙を踏んでいた。黒コートに隠れてるけど下は洒落た格好だ。背後には、威圧するように漂う巨大な──四エートル弱のボウガンが見えた。
「錬成干渉……!」
ボウガンの支配が完了する。術式の分解を実行する。
バキン、と一瞬でボウガンは砕け散ったが、直後に首筋に冷気が走った。
「イリスくん、伏せ!」
「ッうっわわ!?」
倒れ込むように屈んだ瞬間、後頭部の端を風が薙いでいく。
いや、風じゃない。きっと刃だ。
転がったとき、背後に迫っていたもう一人も視界に入る。──こちらも若い青年。両手には美しい双剣が握られていて、一発でそのコードネームに予想がつく。
「──ッ!!」
だが、それに思考を割いている場合ではなかった。
頭上で錬成の気配がする。中空に陣取った弓使いが、四十近い矢で空間を埋め尽くしていく。
発射は錬成とほぼ同時。見事な腕前だ、防御なんて考えたらすぐに串刺しである。
──相手が天才でなかったらの話、だけど。
「錬成却下ッッ!!」
一声のもとに、矢雨が青い光となって砕け散る。
崩壊していく相手の術式。たった今ばらばらになったそれらを、こちらの支配下で再錬成する。
「っ……!」
だがそんな間にも双剣使いの刃が首に迫る。ぎりぎりで剣先を避けるも、流石にこれ以上の速度からは逃れられないと予感する。
「Swordくん、こっち!」
「!?」
こちらを襲ってきた白刃が、赤い影に弾かれる。ギャィン、と打ち鳴る金属音。双剣使いが横やりを入れてきた第三者──キリカさんを振り向く。
その一瞬、ボクも彼女の得物を目にした。赤い赤い、柄のない刀。
見る者の肌が粟立つような、赤。おぞましいまでの生命の脈動。痛々しすらある鮮烈さは、血液を思わせた。
「──錬成完了」
考察は後。
ボクはボクで弓使いの術式への干渉と再錬成を終わらせる。一瞬前に砕けた矢は緑光のエーテル弾へと生まれ変わり、中空の術者へ向かって射出された。
城内に轟き渡る炸裂音。エーテル同士の衝突で空間が揺れ、軽い爆風が巻き起こる。
(……防がれた!)
弓使いに直撃だったが、障壁がそれを阻んだと察知する。
その時、すぐ左手側で起きた剣戟音に目を向けると、赤い刀を持ったキリカさんがこっちに背を向けたまま、双剣使いを後退させたところだった。
……意外なことに、彼女の立ち姿はグレンにも引けを取らない、一人の鍛えられた剣士のものだった。
「キリカさん、戦えたの?」
「私のお義父さんが誰だったか忘れたのかしら! 剣術、剣法、剣理、ぜんぶ教えてもらったわ! すっごいスパルタだったんだから!」
『負けろ負けろ』
「提督は黙ってて!!」
そうか──剣聖テオフラトゥス。
彼女の養父はかつて提督ともやり合った生きる伝説。ならば彼女が今持っている武器も、その伝説になぞらえた「血刀マスカレイド」か。……見たところ、模造品っぽいケド。
「じゃあ、そっちの人は任せていい?」
「お安い御用よ! でも私、スタミナ無いからさっさと加勢してね! あとやばいと思ったら、この辺一帯吹き飛ばすから!」
吹き飛ばす用意があるのかぁ。実に錬金術師だ。
……ところで。
「提督、オーナーは?」
『そこから座標31。最初の爆撃で意識と精神が吹っ飛んでる』
ちら、とこの広いホール場に入る廊下の手前を見ると、目を回して雑巾のように転がっている黒い狼が。
うーん、まるで身体の性能を活かしきれていない! 魔王に憑依術はまだ早かったようだ。
「……そもそもオーナーって、自分の城に弾かれてる身よね。器を借りたところで、戦闘なんてできる状態になれないと思うけど」
「キリカさん、それ追い打ち」
城主としてのプライドまで批評したら何も残らなくなってしまう。
憐れ、魔王ルシファー。いいとこナシだ!
「イリスくん、Arcくんは手強いわよ。接近戦なんてしちゃダメだからね!」
「……もしかして超武闘派?」
「当ったり前でしょ!」
キリカさんが双剣使いへ飛び出していく。それを横目で見届け、こちらも地上に降りてきた弓使いと相対する。
距離八エートル。相手の目は虚ろで、自動的に戦う機械のようだ。まるで戦う意志というものが感じられない。さっきから全然喋らないし、やっぱりあの半神獣・エリファレット君が超例外なのだろう。
──さて、相手の手札を整理しよう。
一つ、飛行術式。これは今も阻害中。ボクを倒さない限り、彼はもう空へは上がれない。
二つ、大ボウガン。ボクには脅威とならないが、また展開されてキリカさんを狙われたりしたら面倒だ。
三つ、大規模掃射。素晴らしい。シンプルかつ量産型。火力もあり。これだけ使ってくれれば、こっちは打ち返す作業だけで戦闘は終わる。
四つ、体術。どうにもならない。ボクじゃ無理。彼との戦闘は、この距離を保ったまま迅速に終結させる必要がある。
以上、高速思考で熟考終わり。
結論は一秒で出た。
「展開。方程式:虚光界」
あっけなく。
ドスリ、と弓使いの青年の身体を、十数本の光の細針が串刺す。
ボクの錬金術の主素材は「光」だ。光速で攻撃が発生するので、よっぽど運が良くないと逃れることはできない。
けれど今回に限っては、死なないよう設計・設定してある。肉体ダメージはゼロだ。痛みだってないだろう──ただし、青年はもう動けない。
「……ッ、カ……?」
こちらを見る青年の瞳に、一瞬意識が戻る。
光針が刺したのは青年の精神のみ。この直接干渉で、洗脳は解けるのか否や?
「気分はどう? 話せる? 自分の名前は言えるかな?」
「……なん、……あんさん、誰や……」
意識の表層は覚醒したらしい。しかし針を抜けば元通りだろう。
それでは意味がない。
「うーん、どうしようかな……」
『今の城内ルールに則れ。要は、相手に“敗北した”と思わせりゃいい。それで晴れて向こうの駒は「追放」される』
「思わせる、かぁ。随分と高度な要求だね」
まぁ──グレンだったら余裕でクリアできる条件だ。あの剣士と戦えば、誰だって「負けです見逃してください」って精神にはなる。
ボクの場合は……そうだなぁ。
そこで針に貫かれ、棒立ちになっている青年に笑顔を向ける。
「──恐縮だけど。君の錬成術式、効率悪いし間違ってるよ☆」




