17 - World Execution -
「追加敵性反応あり。総数八名。第十三部隊の人員と推測します」
「「!」」
ガゴッ!! とグレンのいた床に衝撃音が響く。
──斧だ。細い長柄の斧を持った、仮面の女性らしき新手。黒いコートをまとっている。彼女は姉さんによる理論の産物ではなく、間違いなく、今、そこにいる生きた人類だった。
「──っ!?」
ゾワリと喉元が冷たくなる。半歩、反射で前によけた時、左一ミリ先を黄金の光が過ぎ去っていった。
「あれッ、外した」
ボクのすぐ左脇。そこに、十四歳くらいの見知らぬ少年が出現していた。
爛々と輝く碧眼は狩りを知る獣のソレ。被っている軍帽越し、羽のように左右にハネた金髪が眩しい。軍服の上からまとう真っ黒なコートは、やはり姉さんの部隊員の証だろう。
──けど、なんだこの子。人じゃない──?
「どちらさま!?」
言いながら左手に、白い拳銃を錬成して引き金を引いた。
追尾性能もばっちり付与しているハズの弾丸だが、少年はひょひょいと素早くかわし、あまつさえ餌のように弾丸をガリッと嚙み砕いた。
「な゛」
「無味無臭! オヤツには悪くないですね!」
うわぁなんかキャラがどこぞのバイト君みたいだぞぉ。
所業に本気でドン引きする中、謎の少年Aはくるっと身軽に宙を跳び、姿勢の角度を変える。
「──そっちの人形さんが邪魔と見たァ!」
刹那──ばちんっ、と光となって消えた。
いや、違う消えてない。ただの身体能力の範疇、ただの「駆け出し」で、彼は光速となって空間を駆け抜け、
「やしろさん!」
「戦闘実行」
トランクが変形する。大刀剣のカタチとなった得物で、やしろさんは頭上から奇襲をかけてきた光の獣を迎撃した。
「ッぬわー!? 余裕の対応ですー!?」
がこーんッ、とどこかコミカルに吹き飛ばされていく謎少年。
その様を流し見しつつ、ボクは周囲のエーテル反応に意識を尖らせる。
(──北西三十に一人、玉座の右に一人、真上に三人、──背後に一人。これだ)
排除の優先度を決定する。術式を発動する。
「再錬障壁」
背後から銃弾の雨が叩き込まれた。ガトリングだ、と相手の情報を把握しながら、こちらに着弾した弾丸を全て、障壁が自動的に飲み込み、再構成し──一秒で反射する。
──あわよくばここで一人、と思ったが。
「なるほど。部隊なんだね」
後ろを見やると、ガトリング銃を持った少女らしき人影。それを庇うように、手前には双剣を持った青年が立っていた。ボクが反射した銃弾を、彼が全て打ち払ったのだ。
……ふーむ。
錬金術で防御しないってことは、彼ら彼女ら、操られてる……のかな?
するとそこで、二人が足元から影に呑まれて消えた。ハッとグレンのいる方角、玉座側を振り返ると、
「っわ!?」
なにか、脳天の左上をなにかが掠めていった。銃弾だ。
狙撃──一番離れた位置にいる気配からか!?
「侵蝕率30パーセント。術式実行まで残り六十秒です」
なんの術式なのさソレ。
そう尋ねたかったが、そこでグレンが目の前まで飛びさがってきた。その背から覗き込むように、ボクも玉座の方を改めて注視する。
「……!」
玉座前で立つ姉さんを中央に、左右両側に分かれ、ズラリと参列する総員八名の人影。その気配に息を呑む。
女性、少年、少女、男性、青年と年齢層はバラバラ。一見、若い見た目の人が多いだろうか──それでも全員に共通しているのは、黒コートをまとっている、という点だった。
彼らのほとんどは佇んだまま、まるで人形のような能面顔で動かない。例外一人の先の少年だけは、こっちをにこにこと見てきている。たぶんあの子だけ洗脳? されてない……のか?
見慣れない顔ばかりだったが、確信する。
──彼らこそが第十三部隊。<ARMS>とも呼ばれる、人類軍における超戦闘特化の特殊部隊──
そしてカオス先生と姉さんの職場でもある。見た目だけの印象だけど、なんか全員、一筋縄じゃいかなそうな人たちだ……
「アガサの奴、悪魔としての強度が増しているぞ。異界のものと繋がっているにしろ、どういう理屈だ?」
「……悪魔として? じゃあ、どこかの領土でも支配したんじゃないの? 悪魔って支配地が広ければ広いほど、それに見合ったバックアップを受けら──れ、」
あ、と言っていて思い至った。
あの姉、まさか。
「魔境を支配しているのか? いよいよ本格的に魔王に転職したようだな」
「嘘でしょ!? そんなのどうやって!?」
全ての魔王を倒した、なんてことは起きていないはずだ。実際、ボクらはここに来る前、まだ生き残っている【大罪王】クラスの魔王を見ている。
提督やルシファーもそこまでのことは言っていなかった。ますます手段が分からない。
「────すごく嫌な理屈を思いついた。イリス、魔境って要は、年中、統治者権を争っている場所なんだよな?」
「え? そうだよ、魔王たちがこぞって、『誰が真の魔王か』を決めようと──」
「だけど、決まったことは一度もない」
「────ぁ」
そこでボクも思考が追いついた。
本当だ、すごくヤな理屈だコレ。身内の恥とかいうレベルじゃねぇ。
「「『“魔境は自分の支配領域だ”と勝手に言い張って手に入れた』……?」」
グレンと意見が重なる。
うわー、やだなぁ。でもやりそうだなぁー! あの人!
魔王たちへの暴挙にも程があった。「ここがまだ誰の土地でもないなら、じゃあ今日からここは私の家です」の宣言一つで丸ごと全部手に入れたようなやつだ。これが事実なら、詐欺師だって真っ青だ……!!
「残り三十秒」
「──、ねぇそこの君! 君は操られてなさそうだけど、なんで今のその人に従ってるわけ!?」
ボクが声を投げたのは、比較的正気そうな金髪の少年。
すると彼は、はて、と目を丸くして。
「? なんでも何も、小官はリーダーに呼ばれたから来ただけです? なんでそちらと戦うかは分かんないけど、面白そうだしいっかな、って感じです!」
「……リーダーに呼ばれた……?」
──彼ら第十三部隊が現れたタイミングを思い出す。そうだ、そうだよ、グレンが姉さんに真名破壊を行った直後に、彼らが現れたんだ。
結果的に、姉さんが昇天することはなかったけれど──あの魂への介入で、姉さんと「異物」側で、精神内の拮抗がなにか変わっていたのか──?
「ガ、ァァ──【固有理論】──」
「!?」
呻きながら、指揮刀を床に突き刺した姉さんに力の奔流が収束する。
──まずい。この気配、最初のアレだ。触媒がある状態となしとじゃ、技の安定性が違う。相殺カードの残り三百枚分で凌げるような威力であることを願うが──
「それはもう見た」
その一閃はどんなあらゆる行動よりも迅く。
刹那、ガクンと姉さんの身体が指揮刀を支えに脱力する。そこで、異常に高まった力の気配はその場から完全に霧散した。
……え、今のも斬撃? どういう斬撃だ? 目視できるとかそんなレベルじゃない、なんか概念への攻撃っぽいかな、今の!?
「残り十五秒」
「それでリーダー? これから小官たちは誰を相手にすればいいんです? 命令命令、早く早く!」
はしゃぐ小型犬のように無邪気な謎少年。アレ、ホントになんなんだろ。今のところ、命令に忠実すぎる戦闘犬、ってイメージだけど。
場は膠着している。動きがない静止の状態。
──それは、向こうがまるで、やしろさんを待っているようでもあった。
「……全、メンバーに通達……」
魔王の口が開く。
絞り出した声で、しかし明確な意志を伴って。
「『魔城攻略者の相手をしろ』……敗者は、例外なく、追放するものとする……」
そのたった一つの命令に。
『了解』
その瞬間、部隊の全員が声をそろえて応答した。
そうして──一斉に、“攻略者”たるボクたちの方を向いた。
「ッッ……!」
馬鹿姉、最後の最後でふざけた命令を!
双剣使いが、弓使いが、槍使いが、斧使いが、糸使いが、鎌使いが、大砲使いが、銃使いが──完全完璧に息の合った動きで、こちらに武器を向ける。
うわ、やばい、怖いくらいに隙がない。
これぞ人類の技の突き詰めた姿か。集団戦を挑まれる側ってタイヘンなんだなぁ!
「侵蝕率38パーセント──最高権限術式、展開します」
だけどタイムリミットも同時だった。
やしろさんの手から武装が消える。
くら、っとボクは強い眩暈がして、敵前なのに倒れそうになる。
「ゲームリセットだ。イリス、脱出するぞ」
そう言ってグレンが右の二の腕を引いてくれる。……はい? 脱出?
「逃がすとお思いですか──!?」
楽しそうに、それはそれは愉しそうに飛び出してくる黄金の弾丸。
今はその手に光の鎌を振り上げて、獲物と定めたこちらに襲い掛かってきた──が。
「──後にしろ神獣。安らぎが欲しいなら、いつでも殺してやる」
「う……!?」
金色の少年が、かすかに鈍る。ていうか真横にいたボクだってゾッとした。
──殺気。純然たる、シンプルすぎるほどの殺意。
決して放ったわけではない、それを向けられただけで「神獣」と呼ばれた彼は、あっさりグレンの一刀に弾かれた。
「全多次元封印層、アンロック。──世界暗号鍵、認証」
奇妙な感覚がした。
世界の変革。観測していた次元の新生。
機械人形を起点に発生した眩い光が、影を消し去っていく。それは玉座裏のキューブにも到達し、強く輝きを増す一方だった琥珀光が、徐々に明かりを落としていく。
ザァ、と全てが白紙に染まる。
玉座の間も、魔王城も、黄昏の空も、全て。
きれいさっぱり、役者たちを置き去りに、元に戻っていく。
「世界の修正を開始します。異常値をリセットします。侵蝕を除去します。世界の修正を開始します。異常値をリセットします。侵蝕を除去します。世界の修正を──」
繰り返されるアナウンス。
無機質になされる、人形による神の業。
されどもその機械仕掛けは、決して道具の域から出ることはない。
「世界構築理論:Logic Tale」
──なんだ? なんと言った?
聞き取れない言語。
理解不能の音。
情報が意識からすり抜けていく。
自分の存在すら消し去りかねない、目が眩む白光。
それを見届けながら、まだ、ここからが始まりなのだと自分の予感が告げていた。




