16 闇黒演奏会
一閃。初手先制必殺。
「──、」
ドンッ、と袈裟斬りにされ、金髪の影が揺らめく。
や、やった!? とボクは目を見張り、思わず拳を握った。
だがおかしい──確かに彼は斬ったハズなのに、血潮が散る様子はない。なにか別の、また彼にしか認識できないなにかを斬ったのか──?
「──なるほど。これは難敵だな」
ット、とそんな声と共に、すぐ左手にグレンが帰ってくる。ていうか現れた。そうか、やしろさんの転移術だ。周りの空間に乱れがない。
視線を再び姉さんの方に向けると、少したたらを踏んだ様子だったが、すぐに持ち直す。
動きは、かなり鈍い。まだ精神の方で主導権を争っているのだろうか……
「グレン、何を……?」
「あいつと異物との繋がりを斬ろうとしたんだが、外した。いや、一瞬は斬ったのかもしれないが、そんな間もなく復元されたのかもな。俺の技量じゃ、まだあの異物を『捉え』られないらしい」
…………。
……あの、すいません。それってつまり。
「グレンでどうにもならないってことは……グレンの刃が届かないってそれ、終末神以上の危険存在ってことじゃないの!?」
「ああ、そうだよ」
実に冷静だ。見習いたい。いや見習いたくはない。動揺できる時に動揺した方が真っ当だ!
ヴァっ!? マジで!? しかも今のグレンって最高のコンディションだよね!? あの姉、とうとう異世界と繋がって地上侵略か! そんでもってここで殺しちゃマズイとか無理ゲーすぎない!? 世界終わったんじゃねッ!?
「イリスはいつも楽しそうだな……」
彼の呆れ声に、ボクは自分の口元がニヤけていることを自覚した。
……いやぁ、だって。
こんな未知の危機、面白くないわけがなくない?
「敵攻勢、きます」
「【固有理論】」
ゲ。
姉から聞こえた第一声に身が冷える──触媒もなしに初っ端からそれって、ハードにも程がない!?
「終末理論・創世闇黒説」
「ッ」
しかもそれは、彼女が持ちうる中でも最悪を極めたものだった。
咄嗟にボクは白羽織の内ポケットから、一枚のカードを取り出す。
一瞬で姉の足元から伸びてくる影の触手の海。それに、加速をつけてカードを叩きつけた。
キン、と空気を割るような音と光。
一瞬の後、影は消え去り、とりあえず今の攻撃をキャンセルできたことは確認できた。
「イリス、今のは──」
「平気。こういう時のために作っといたやつだから」
──ロストエンド。さっきのアレは、触れるだけで相手の記憶を奪う極悪技だ。
姉さん自身も滅多に使うものじゃない最終奥義。それをボクは、予め姉対策で錬成しておいた、「不要な自分の記憶」を結晶化したカードで無効化……まぁ条件を強制達成させて、退去させたのだ。
「対象へのリソース還元の反応を感知。──火楽赤桜の人格数値、完全消失。【判読不能】による異界侵蝕、開始します」
「え、」
直後だった。
ボクが自分の過ちを解する前に、玉座からブワッと影束が広がる。キューブの琥珀光が輝きを増し、姉だったモノが右手を伸ばす。
「“闇黒式刀”──」
現れる漆黒の指揮刀。
「【固有理論】。終演楽章、第四章・魔王の奏音」
空から縦横無尽に放たれる、四十四本の影槍。
そのどれもが侵蝕系の呪いでできた一撃だ。触れれば大体のものは死へ直結するだろう。
「相殺します。接近、来ます」
「【終わりの死よ】」
やしろさんが影槍の処理に動いたと同時、漆黒色の敵は目の前にいた。
刀身にのせた黒い魔力が、斬撃となってこちらの首を刈り取りに来る。しかし、そこで隣の白刃が割り込んだ。
「斬説」
雷光のような一閃が的確に、指揮刀を握る右手首のみを斬り飛ばす。
「──っ」
即座に邪魔になると踏んだボクは、素早くやしろさんの背後へと撤退した。
普段から相性は悪いと思っていたが、今はそれよりも最悪だ。何を錬成しても、何を攻撃として叩き込んでも、「リソース」として吸収されてしまう。相手を強化してしまうだけだ。やしろさんの言う通り、ボクが打てるような手がまるで無い。
「洗霊術式・破邪消却」
神聖さに満ちた光が場を照らし、雨として降ってきた影槍が、こちらに害をなす前に一掃される。悪魔としての本能がその光に寒気を走らせるが、それも一瞬だ。ボクのことは浄化の対象外に設定してくれたのだろう。
「【冥界式・黄昏斬撃】」
「……は!?」
聞こえた技名のトンチキさに目をむいた。いや技名にも度肝を抜かれたが、一瞬前に斬り飛ばされていた手首の指揮刀が、ひとりでに動いてその斬撃をぶっ放してきた現実も驚きだった。
「そんなのも作ってたな……」
──即座に鳥居が壁として顕現し、黒と黄金混じりの酷い色の斬撃が遮断される。大悪魔はそこで玉座側へと大きくさがり、飛ばされていた手首を指揮刀を影に戻すと、何事もなかったかのように腕の切り口から再生させた。
「なにパクられてるのさグレンッ!? ライセンス料支払わせなよ!?」
「ここを乗り越えたらな。やしろさん、分析の方は」
「現行世界への侵蝕率4パーセント。訂正、6パーセントに上昇しました。第一対抗案に最高権限術式の使用を、第二案に真名破壊の試行を提示します」
「侵蝕率のギリギリは」
「99.99パーセントを超過した時点で術式は起動不能となります。火楽祈朱の生命・存在維持には侵蝕率50パーセント以下が必須、朔月の神子は侵蝕が完了した時点で死亡します」
侵蝕侵蝕言ってるけどそれってなに。
なんて口にして、二人の余計な時間を取るのも嫌なので勝手に推測する。
姉さんは物体Aを「侵略者」と呼んだ──ならば異界からの敵とやらは、文字通り、この世界を支配しにやって来ているのだろう。
侵蝕率というのは、いわば支配率。
どれだけ今の世界が、異世界からの魔物によって「書き換えられているか」を示す数値状態といったところ──、
■
>>証明破綻
黒。
一面の暗黒。
>>証明開始。顕現完了。
■
「──ッ!?」
一瞬、意識を失ったと理解する。
ブツッ、と画面が途切れるように、先の刹那、ボクはこの世から消えていた。
「イリス!?」
「侵蝕率、12パーセントです」
……頭に重みを感じる。指先の動きさえ少し、鈍い。
マズった、と遅すぎる確信を抱く。
これ、ボクが来ちゃいけないやつだった。戦王の時と同じく、またボクは選択肢を間違えた。姉さんがいるからってなんだ、身の程を弁えて、おとなしく観客に徹しておくべきだった────
「終演楽章、第三章・混沌の調べ」
ズッ……と空間内に広がった影海の中から、敵の背後に一体の翼持つ海蛇が現れる。
体長六メートル前後の闇の眷属。──なんだっけアレ、“闇蛇ゲネシス”とかって姉さん呼んでたっけ。本当の生物じゃなくて、理論で作った疑似使い魔だったような……
「第二章・悪夢の行進」
いつの間にか姉さんの左手には、真っ黒な楽譜帳が開かれていた。
パラリとページがめくられる音がすると、ボクたちの目の前に、また影から四十名ほどの黒い──無貌の兵士たちが立ち上がってくる。
まさに魔王の軍勢といったご様子だ。
兵士たちの恰好は現代的な軍服から、金属甲冑的なものまで無駄に豊富。ていうか一部のアレ、結構前に見たサルベージアニメに出てきてた服装じゃないか……?
「侵蝕率、18パーセント」
「……やむを得ないな。真名の破壊を試みる。無駄撃ちに終わったら即時、第一案を実行に移せ」
グレンの声が聞こえるが、意味が、あまり頭に入って来ない。
……そこで気付く。ボク、どうにか立ってはいるけれど、ここに在るだけで限界だ。
もっと緻密に。もっと高速に。もっと円滑に。
旧来の方法じゃダメだ、もっと効率的にやらないと今の世界に耐えられない。考えろ、考えろ、考えろ、所詮は自分のことだ、これくらいの負荷、いつもみたいにとっとと「対応」してしまえば問題ない──
(──再証明開始──『虚構の狭間』を世界線に連動──活動履歴から現行の座標時刻を算出──仮説→実説に再構築──錬成開始、顕現完了──)
瞬きをする。
混濁しかけていた意識がクリアになる。
そのときちょうど、黄昏を連想させる黄金炎が、立ち上がっていた影の兵士たちを焼き払ったところだった。
「空斬説」
「極夜暗月説」
拮抗は──一瞬。
距離を一息に詰めた白髪の剣士が、襲い掛かった漆黒斬撃もろとも、黒蛇も一撃で斬り払う。
余波のように、今度は悪魔の両腕が落とされ。
間髪入れずに、その細首をグレンが正面から掴み上げた。
「【冥府に汝の名を問う】」
唱えられる音は神聖言語。
上位存在たちが扱う、共通語のオリジナルともいわれる原初のことば。
悪魔の浄化、退魔の術は神子職としての一般教養。グレンはその道の一流だ。
「【悪魔に門は要らず。【狂気】の代弁者よ、これより汝の全てを清算する】」
──狂気の悪魔。それが姉さんの、悪魔として得た真名だった。
「【聴視せよ。想起せよ。以って朔月の神子が破却を告げる】──」
持ち上げられた金髪の敵影の気配が揺らぐ。
その魂に干渉され、危機本能から、わずかに、抗うように両足をバタつかせる。
いや──ダメだ、グレン。きっと今の姉さんは……!
「【洗霊理論・破門粛清】」
トドメとなる一声が完全詠唱される。
本来ならば、並の真名持ちの悪魔ならここで打ち止め。真名を、魂を「破却」され、この世から消滅する。
真名を破壊されるとはそういうことだ。魔を打ち破り、人界の境界を守るのが彼の本業なのだから。
──だが。
「『真名破壊』の実行を観測。──【狂気の理】・第三位の存在率、共に不動。侵蝕率26パーセント。最高権限術式の起動準備に入ります」
「ッ!!」
やしろさんの観測結果に、グレンが悪魔から手を離す。
いや、そこで離さざるをえなかった。
その一瞬、彼のすぐ左手から、新たな刺客が現れていた故に。




