15 玉座の間にて
「オーナー復活した?」
『今テレーゼがリフティングで叩き起こした』
欠片も想像できない絵面を実行するな。どういうことだよ!!
『ぐふっ……美女に蹴られて目が覚めると、メンタルへのダメージが尋常ではないな……』
「そっち、他の魔王軍からの襲撃はないのか?」
ルシファーの映るホロウィンドウから、テレーゼさんの声が聞こえてくる。
『今は比較的落ち着いています。戦王が顕現した影響でしょう。また、それを「送り返した」という事実も、魔境で衝撃が広がっているそうです』
ああー……
そりゃそうだ。超抜存在を魂だけでも召喚したというのも偉業だが、それを帰還させたというのも、第三者から見ればまた大いなる謎である。
ルシファーの近場で何が巻き起こっているのか、他の魔王たちは戦々恐々として様子を窺っている……というところだろうか。
「中枢の玉座までもうちょっと、ってところだけど。なにか気をつけた方がいい罠とかある?」
『我が謁見の間にそんな無粋なモン仕掛けておらんわ! ていうか今どこだ』
「なんか竜の燭台? がたくさんある廊下」
『ホントに最終エリアではないか! そのまま真っ直ぐ行けば中枢の場だ、とっととクリアして出て行け破壊魔ども!!』
「口が悪いなぁ、どっちが財産握ってるか分かってる?」
『スマン悪かった反省する頼むからもうこれ以上壊さないで……』
超切実な声だった。お城って管理とか大変そうだもんね。
「そういえば確認してなかったけど、『魔王石』も玉座の間にあるの?」
魔王石。或いはキングストーン。
実のところ、誰がいつ何のために作ったのか、どう発生したのかも分からない物質だ。
それは魔王と魔物を生み出す石。彼らは幾度となく死を経験しては復活するが、それは魔王石があるからだと言われている。
魔王石が生み出すものには、魔物の他に無尽蔵の金銀財宝という特徴がある。
そんな魔王石からの資金を基盤に、魔物たちが巣を作り、『外界と貿易し始めた迷宮』を「魔王城」と呼ぶのだ。
まぁ、貿易といっても結局魔物しかいないから迷宮扱い、だから錬金術師も略奪オッケーとされているので、魔境では年がら年中、資金繰りのための「魔王城攻略」が行われているのだが。
『──黙秘する。魔王石の在処は全魔王・全魔物にとっての秘匿義務だ。おいそれと話すワケにはいかん』
「そっか。まぁ在処とかはどうでもいいんだけど、最悪の場合、その『魔王石』も乗っ取られちゃったりとかって可能性はないの?」
『ああ──それはない。他の魔王はともかく、我が魔王城、我が魔王軍において、そういう懸念は不要だ』
「ふうん?」
妙に自信ありげだなあ。
相当に強いプロテクトを張っているのだろうか……それとも魔王城にはないとか? 普通、魔王石を守るために作った巣が、結果的に魔王城と化す……という流れなのだけど、魔王の中でも特殊例のルシファーはまた、異なる対策をしているのだろうか……?
「この先だな。開くか?」
廊下を突き進んだ先、ボクらの目の前には豪奢な造りをした大扉が待ち構えていた。
グレンの刀で斬った方が早いのだろうが、それをしないのは彼なりの城主への配慮だろう。
「うーん……内側からがっちり固められちゃってるね。やしろさん、どう?」
「物質測定完了。開錠しますか?」
「もはや万能鍵だな……」
『その機械人形、なんの技術を使っているのだ。錬金術ではなさそうだが……』
「企業秘密──」
『科学だろ』
グレンの言葉を遮って、提督が断言した。
『人為的に理を「成立させる」ロストテクノロジー。かつて、世界資源全てを“消費”することで文明を発展させた、人間の得意技だ』
『ああー! いたなそんな種族! では──』
「攻略時間の遅延を観測しました。魔城パンデモニウム中枢口、オープンします」
──一瞬ボクはぎくりとしたけど、それはやしろさんの行動が解消してくれた。
今、魔王ルシファー、とんでもないことを言い放とうとしたよね。
“ではサクラ殿は人間なのか!”──なんて、下手にこの大陸で暴露されると、今後のグレンの行動に更なる支障が起きかねない。……個人的には、特にあの提督のいる前では。
『まだ我輩が話してるだろうがぁ!? っええい、行け勇者ども! 我が城を奪った狼藉者、魔王ルナティックを打ち倒せッ!!』
ルシファーの声が響きながら、大扉が重い音を立てて開かれる。
鉄網の床。その下に広がるのは、ぐつぐつと煮えたぎるマグマの海。
だだっ広い空間奥には、一席の漆黒玉座。階段状になった広い台座に置かれた様は、まさに魔王と呼ぶべき人物が座るにふさわしい貫禄がある。
「──本ミッションにおける最大警告を発令。『朔月の神子』に境内の全バックアップ機能の使用を許可。現時点における最善策を提示します、『今すぐこのエリアを消去してください』」
「!?」
「え」
一瞬にして。
傍に立っていたグレンの気配の圧が増す。存在規格の強度が跳ね上がる。見た目に大きな変化こそないが、今この瞬間のみ、グレンは神殺しの時と同等の力を持ち合わせた。
……突然の全力支援に彼自身も困惑しているようで、やしろさんの方を二度見している。なにやってんのポンコツ? とまったく現状を把握しきれていない。
「えっなに!? グレン、そんなにボクの意志に賛同を!?」
「いや知らん」
「ちょっと提督! オーナー! ここ、一体なにが──あれ?」
「次元窓の通信を切断しました。復帰に十四時間ほどかかる計算です」
「えええええ……!?」
なんてことだ! なんてボクにしか都合が良すぎる状況! まさかやしろさんまでも姉さんの完全抹消に賛成とは、遂に弟逆襲の時代がきたとみたっ!!
「──言っとくが別にお前の時代がきたとかじゃないぜー、弟よ。調子乗ってんじゃねー、たかが一個人の殺意に、社が協力するワケないだろうが」
ばんっ。
玉座方面から聞こえた声に、ボクは発砲した。
超自然体に。なんのためらいも迷いもなく、姉の気配がした座標に、拳銃の弾丸を撃ちこんだ。
「おいコラ」
キンッ、と弾丸が弾かれる音がする。
そこでようやくボクは玉座へと目を向け──彼女の姿を視認した。
玉座で頬杖をつき、足を組んだポーズでふんぞり返るその姿。
黒い軍帽。闇に溶け込める黒のコート。紅色の裏地が見える黒マント。人類軍のものと思しき制服の黒シャツに紅いネクタイ、赤が入った黒スカート。底のすり減っている編み上げブーツ。
髪はストレートロングのハーフアップで──その端々には、金の色が入り混じっているのが見てとれる。
こちらを睥睨してくる深紅の瞳には、いつもより余裕がない。不敵に嗤ってはいるが、ポーズだけだ。虚勢、ともいう。存在感と圧だけは魔王らしかったが、中身はどうやらギリギリらしい。
「久しぶりだね姉さん。──二度とは会いたくなかったよ」
「たった二日ぶりだろうが。いちいち大仰なんだよお前は」
「二日前に鍋つついてた人が、なんで魔王に転職してるのさ」
「そりゃあ仕事に決まってる。じゃなきゃこんな趣味悪い椅子に座るか」
「ルナティックを名乗ることがどういう意味か分かってる?」
「お前の解釈はいつも正しいだろ」
「知った風な口をきくんだね」
「お前の姉さんだからなぁ?」
よーし、殺していいな。
覚悟も決意も必要ない。そんなものは十年前に済ませている。
「やしろさん、ここでアガサを殺したらどうなるんだ?」
「未来演算のパターンF、世界滅亡シナリオに突入します」
「今なんて???」
爆弾どころじゃない発言に耳を疑う。
ぐるんとボクは視線を姉さんから外し、隣のクールビューティー二名を凝視した。
「やっぱりか。おい二号機、そういうのは前もって伝えるよう設定し直せ。ついでに、ここでやったらワールドアウトな選択を全て教えろ」
「『1:火楽赤桜の殺害』『2:物体Aのみの消去』『3:賢者の石の錬成』『4:火楽祈朱の完全消失』『5:火楽赤桜と火楽祈朱の戦闘行為全般』『6:朔月の神子の帰宅』となります」
「放置ムリかー……」
溜息をつくグレンに、玉座から呆れの声が届く。
「……サクラお前、ガチで直前まで魔境を見捨てる算段だったな?」
「ワールドエンドクラスとは思わなかったからな。いや、魔法使いが絡んできたんだから、その時点で察しておくべきだったか……」
はぁ、と本気で肩を落とす主役様。
その姿には哀愁をさそうものがあったけど──ていうか待って。今の選択肢開示で、ボクの行動が完全に封じられちゃったのはどう文句をつければ!?
「──待って。殺し合っちゃマズイの、今」
「マズイんだろうな。せめて今の一件が終わってからにしてくれ、イリス」
「嘘ぉー……」
ガクン、と膝をつく。網目ごしに感じるマグマが熱い。
「なんだよ、案外諦め早いな弟。世界を犠牲にしてでも私を殺す覚悟はないのかよ?」
「あのねぇ。世界か姉さん、どっちを優先するかってボクに訊く必要ある? 他人に迷惑かけてまでアンタを殺したいとは思わないよ。この世界にはボクの弟子もいるんだよ……?」
「えー。普段から殺す殺すっつってるのに、その程度かよー」
「──その程度だよ。優先順位は決めてるんだ、ボク」
言い訳はしない。世界が天秤に乗ってくるなら、ボクは姉さんの殺しは諦める。
実に中途半端な殺意だ。世界か一人、どちらか選ぶならボクは世界を選ぶ。
たとえ世界に等しい一人だとしても。
一人のために世界を、なんていうのは、もう卒業した。
もう二度と、そんな選択は選ばない。
「アガサ。そっちの事情を説明できる余裕はあるか?」
グレンの問いかけに、玉座の姉さんから少しの沈黙があった。
それは考える──ための思考時間ではなく。
ただ単純に、今もなお、意識不明寸前の状態で会話しているのだと、この時のボクは気が付かなかった。
「……ん、長話は、ちょっと」
「では──端的に」
おう、と姉さんはそこで右の親指で背面を指し示した。
「──こいつをどうにかする方法を見つけてくれ。じゃなきゃなんにも解決しない」
そこでボクは初めてその存在に気が付いた──いや、視界には映っていたが、初めて意識を向けた。
立ち上がって見えたのは、黒い、十エートル幅の正四角形。材質は金属……おそらくはオルティウム黒鋼材。エーテルの長期保存に長ける物質だ。その闇色のキューブの中央からは、琥珀色の光が淡く輝いている。
……なんだ、アレ。炉心? いや違う、炉心というよりエネルギーの凝縮体というか、もっと近い表現でいうなら、化石のような──……?
「やしろさん、アレなんだ」
「超超超級の危険存在と断定。過去の全データログ検索。該当データ算出、龍暦5000年ごろの古代超異物と判定します」
「提督が言ってた古代兵器か」
「──りゅ、龍暦って」
また随分と古代の名称が飛び出したなぁ。
現在の地上歴の一つ前とされている、古い旧い時代。未だ人類がなく、古竜たちが覇権を握っていたという神代だ。
そんな時代からあった──異物? 異世界の遺物? あの提督、なんてとんでもないモノを材料にしようとしてたんだ……!
「古代兵器ぃ? ンな生易しいモノじゃないぜ、コレ。明らかに今の時代、この世界に在っちゃいけない危険存在だよ。つか本人に会ったなら分かるだろ、あの提督が今回の件の元凶にして黒幕だよ、絶対」
「あぁー……やっぱりそうなんだ……」
薄々察してはいたけど。
しかしここで提督を殴りに戻っても、何も解決しないような気もする。
「それを、今はアガサが抑え込んでいるというワケか。あとどれくらい耐えられそうだ?」
「────正直もう無理。今、自我もぎりぎりだし。『何もさせないようにする』のが精一杯だ、とんでもない侵略者だよ」
「──、」
──思わぬ弱気な発言に耳を疑う。
ぎりぎりらしいとは思っていたけど、この姉がここまで言うなんて相当だ。あの提督、さてはボクたちをここでまとめて始末する算段だったのか……!?
「っと、その顔、察したみたいだな弟よ? なんだ、同じ錬金術師として提督に憧れでもしたのかよ?」
「しねーよ。じゃあなに、姉さんもその後ろの物体Aもぶっ飛ばせないんじゃ、ボクらはここで何をすればい──」
ゾワリ、と。
全身を襲った怖気に、ボクは言葉を止めざるを得なかった。
「……ああ、悪いな。存外お前らが早く来てくれたから、話をする余裕もあったんだが──」
姉さんが玉座から立ち上がる。その動作は、彼女自身の動きというよりも、どこか、糸で操られているような挙動に似ていた。
「──火楽赤桜じゃ、ここが限界らしい。後は任せた。気をつけろ──今の大悪魔は超絶強いからな」
垂れた黒髪が、毛先から金の色に変色していく。
存在が変質する。魂が逆行する。彼女の存在が、ここから喪われていく。
「……っ、姉さん!」
呪いの気配が強まっていく。
大気を焦がすような魔力の気配に、眩暈がした。
──耳の奥で、十年前の雨音が残響する。
あの日、あの時を境に全ては変わった。
では今は?
今、彼女と対峙すれば、今度は一体なにが変わるというのだろう──
「──超抜存在の出力を感知。対象合致データ、“第三位ルナティック”。殺害、及び討伐行為、非推奨。早急な無力化を提案します」
黒の髪が、完全に金の色に染め上がる。
開いた深紅の瞳が、正気が完全に途絶えたその赤が、ボクたちを視た。
「……っ、」
それだけで、見られただけで、威圧感に押しつぶされそうになる。
……かつて地上全ての悪魔を従え、「冥界」を支配したという深淵の主。
大悪魔ルナティック。遥か昔、一番初めに斃れたという超抜存在が一角。
──まったく。一日で二度も超抜存在に出くわすなんて、やっぱりこの大陸終わってる……!
どうする。どの一手を打てばいい。
やしろさんは姉の殺害も、物体Aなる異物だけの消去も推奨していなかった。火楽赤桜が消えた以上、ボクは戦闘に参加しても構わないのか? けど、ここでボクが消失してもダメだってさっき────
そんな刹那の思考の間。
ボクが迷い、惑い、怖れている間に、彼は、とっくに自分の行動を決めていた。
「神門転換」
短い命令にして詠唱。
直後、大悪魔と化した姉の目前に、赤い鳥居が出現し──ボクの隣から、グレンが消失する。
──え、ちょっと待ってグレン。君のその技、ボク知らないッ……!?
そんなこちらの心情に構わず、鳥居が消え、その位置と入れ替わるようにして。
「【神殺す黄昏の刃】」
一瞬で敵の眼前に飛び込んだ剣客は、その宿刀を情け容赦なく振り下ろしていた。




