13 敵
しばしの沈黙の後、提督が首を傾けた。
「……とある場所ォ?」
「場所の詳細については、今回の事件が解決してから話すよ。そっちも、色々と込み入っているらしいからね──?」
とある場所、なんて濁す座標はたった一つ。
──アルクス大陸。グレンと姉さんが迷い込んだ、未知の未踏大陸。
そこへ再び行くための航路、道を拓くこと──それがボクの、提督に対して要求する「願い」である。
だけど今、それについて詳細を詰めている場合ではないだろう。ここでアルクス大陸について語っても、情報量がごった返す。
魔境の異変に、未知の大陸は何の関係もないのだから。
「フン……納品だけじゃ飽き足らず、ここを生き残る気満々か。──だがいいだろう、オレはその願いを了承する。オマエがこの魔境から生還した暁には、オレ様の次に取り掛かるべき予定として入れておいてやってもいい」
「やった! ありがとう提督! 悪評の割には優しいね!」
「見て、カオス。アレが悪い子供の顔ってやつよ──あ、腕治った?」
「お陰さまで。感覚も戻って参りました」
おや、キリカさんとカリオストロ先生がこっそり距離を取ろうとしている。
くるっとボクが振り返ると、鬼に睨まれたかのようにピタリと二人の動きが停止した。
「見逃し──」
「命乞いを──」
「テレーゼ。こいつら保管庫にぶち込んでおけ」
「はい」
シュン、とそれまで姿を透明化していた魔砲少女が、逃げ出しかけた二人の背後に現れる。
パッと軽く杖が光ったとき、例の次元連結とやらで、キリカさんとカオス先生はその座標から消え去ってしまった。
「……納品者が訊くのもなんだけど。あの二人、どうするの?」
「ハッキリ言って使い途がねェ。が、テオフラトゥスの野郎──今は『統括長』だったか? あいつらは奴と縁深い。そしてオレは奴が大嫌いだ。命を握ってるだけでテオフラ野郎の神経を削れるなら、しばらく『保護』しておくさ」
「……意外。てっきり殺すのかと思ってた」
「あぁ? オマエな、法律書を読めよ。合意なき殺人には罰が下るんだぞ」
と言った提督の左手に現れていたのは、分厚い一冊の法律書だった。金をまぶしたような表紙で、素材の真新しさから最新版だと分かる。
「悪名悪評だなんだと言ってくれたが、オレ様は現行の法律を守ってコトに当たっている! ルールの隙を突いた裏技を見つけんのは大衆秩序に則る醍醐味だな」
すいません、むしろ自白してないかなそれ。
ツッコミどころしかないけれども、しかし逸話通りの挙動だ。
──逸話そのいち。かの提督は、法律しか守らない。
ラグナ大陸には、錬金術師たちが絶対遵守する法律が存在する。
唯一国家アルカディア、唯一王が定めた錬金術に関する法。これを、この破天荒まっしぐらな提督さえ、守っている──のだが、その実態は本人が今のたまった通りである。
ルールの穴を突いた破壊活動。
これが認められているならこれも合法。
法律を守りながら法律を無視する悪逆公。
おかげで今や国家のよりも、錬金術の法律書の方が分厚いという事態らしい。対ギルトロア用の法律がいくつも作られ、それに関しては毎分毎秒書き換わっているとも噂で聞く。
「錬金術法、第三十八条。『ラグナ大陸の錬金術師は、年齢性別種族思想を問わず、合意のもと交わしあった契約書は、絶対遵守しなければならない』──」
提督の背後の方に立っていたグレンが、そう言葉を差し込んだ。
こちらを見ている紫眼はいつもよりやや不機嫌そう。どうやら提督へピンポイントに、殺気を飛ばしているらしかった。
「協定契約書の作成が完了しました」
次に響くはやしろさんの声。そういえばどこに居たんだろ、と首を向けると、彼女はボクらが転送されてきた位置より左側にズレた空間に佇んでおり、その足下や周りには、斬り裂かれ無力化された、十数台のガトリングガンの残骸が散らばっていた。
……はわわ。
アレ、もしかして提督に銃撃された瞬間のボクたち、正面と左側から、蜂の巣にされかけてたのかなッ!?
「天空王ギルトロア。お前がルシファーと手を結んでいるのは聞いた。今回、俺とそこの使い魔は、お前と同じようにルシファーに手を貸すことになるが、それに差し当たって──」
そこでやしろさんに近づいたグレンが、その手から一枚の紙──契約書と称された紙を受け取った。
「──コレにサインしろ。でなければ俺たちはルシファーに協力する前に、まずお前をここで確実に殺す」
「!」
「ちょ、」
テレーゼさんから殺気が放たれ、ボクもグレンの発言に身構える。
……が、ガチ警戒体勢とは感じていたけど、まさかそこまで!? ほんとこの提督、グレンに一体何をしたっていうんだろう……
「あ? なんだ話が早ェな。別にイイぜ、それくらい」
「提督!?」
「ん、なにビックリしてんだ? 味方の味方が敵じゃねぇ保証なんてこの世のどこにもない。それに、こと協力関係ってのは、対人交流において最も留意すべき事柄だろ」
「し、しかし──提督の活動にどんな影響があるか……」
グレンに突き付けられた契約書を奪い、予想に反して提督は冷静そのものの態度で紙面を眺めていく。
「いいかテレーゼ。この世で信用できるのはカネと契約くらいだ。義理人情だの絆だの謳う奴は同じ理由で裏切る。この千年間、オレ様がそうだった……アァ、『理想の嫁』であるおまえだけは例外だけどな、テレーゼ?」
「り?」
りそうのよめ?
凄まじい設計コンセプトが聞こえてきたんだけど、なんて?
思わずテレーゼさんを見ると、ジト目になったその頬はやや赤みを帯びている。
「……伴侶として当然の心配をしたまでです。提督の決定に異論はありません。ではっ」
そうささやかに言い返して最後、パッと杖を光らせ、彼女は消えてしまった。なに今の夫婦漫才?
「……テレーゼさんは、提督の自作なの?」
すると一度、提督は契約書から視線を外し、こっちを見下ろしてくる。
「──フ。渾身の自信作だ、イイ女だろ?」
思い切りドヤ顔された。いや嫁を自作ってアンタ。……冷静に考えると、すごいな?
「サイン」
「分ァってるって。――――チ。なんだ、面白みもクソもねェ契約だな。オラよ」
錬成した羽ペンでサインを書き加え、ぽいっと書類がグレンの手へ戻っていく。
提督なりに文章の粗を探したのだろうが、やしろさん印の契約書だ。法律書の中身よりも厳格で弄りがいもなかったに違いない。
「──確認した。これより『月界線の社』は、契約書の内容に則り、『天空王ギルトロア』との協定を締結するものとする」
グレンの言葉に、ほっとボクは息を吐く。
これで最低限の協力体制は構築された。もうこの場が戦場になることはないだろう。
「っぐっはぁぁぁぁ~~~~……よ、ようやく片付いた……ぞ……」
「あっ、魔王」
扉が自動的に開き、ぐったりした顔のルシファーが現れる。
完全に疲労困憊の社員って感じだ。邪悪さと余裕っぷりでいえば、むしろ提督の方が魔王らしい。
「よォ、マイフレンド。今日も人気者だな?」
「け、経営者として当然の苦労だ……それよりッ! ギル貴様、戦王が出ていたとき何をしていた!? 我輩、何度も援護を要求したハズだが!?」
「そいつは買い被られたモンだ。なァルシファー? いくらオレ様が大陸最高峰の大錬金術師とはいえ、分別はある。なぜ無駄弾、無駄死にを許容するような戦場にリソースを割く必要がある?」
「友を助けるという発想は貴様にはないのかぁ──!?」
「いやいや、友達だろルシファー。オレ様の友人だからこそ、たかが第八位、オマエ一人でどうにでもなると踏んだんだ。コレを信頼といわずして他になんという?」
丸投げじゃないかな。
あくまでも友好的な顔をしてオーナーに肩組みする悪人に、ボクは半目になる。やっぱこの人の性格終わってるよ。ついさっき、同じ口で義理人情だか絆は信用ならんとか言ってたクセにさ。
「……し、しん……らい……?」
あ、あれっ!?
なんでオーナー、そこで心に響いたようなカオをッ!?
「そ、うか────ま、そういうことなら致し方ないなぁ!! 我輩、貴様の友人だしなギルトロアッ! 応とも、貴様ほどの男からの信頼ならば、友として応えぬワケにはいくまいよ!」
「「騙されてる……」」
ボクとグレンの声が重なった。
「ガゥルルルゥ……」
黒狼さんも複雑そうな声を上げていた。ルシファー、こっちだよこっち。君の本当に心から信頼すべき友人はこっちの使い魔の主だよ!
「……当事者が揃ったところで本題だが。提督、ルシファー。結局お前たちは何と戦っているんだ? 今の魔境で何が起こっている?」
グレンの一声に、オーナーがうむと応える。
「えー……あー、コホン。まずとある魔王が、偉大なる計画を立てていた!」
口調はどこかぎこちない。なんか怪しい流れになってきたかも。
バサリとマントを広げ、徐々に堂々とした態度で、ルシファーは話を続けていく。
「──それは魔王城地下から発掘した、古代兵器を要に置いたものだった! それを見て超絶頭脳明晰すぎる魔王は思いついた! コレを上手く使えば、魔境統一の夢も近づくのではぁーと! しかぁし! 魔王は、いや魔物たちは兵器に関する知識が致命的に欠けていたッ! 科学なんてロストテクノロジーもいいところだからなぁ! そこで古き知己の一人の、とある天才大錬金術師を呼び、計画は魔境統一から世界征服へランクアップした!」
「世界征服」
「……あー、しかし、ザンネンながらそれは頓挫した。謎のエラーで古代兵器は暴走し、我が城と、我が友の工房を奪い、制御不可能状態に陥った……のだ」
「工房って……」
提督の方を見ると、ああと肩をすくめられる。
「──オレ様の戦艦工房『ベルヴェルク』だ。兵器は工房のエンジン全開で分析・制御・運営していたからな。暴走したついで、リソースの一つとして奪われた」
「自業自得じゃん……」
なんだこの馬鹿二人。助ける必要ある?
とある魔王って完全にルシファーだよね。どこからどう見ても、どういう角度から見ても、自業自得って一点しか見当たらないんだけど!
「それで? 結局、敵の名前はなんなんだ?」
凍てついたグレンの問い詰めに、ボクも肝心なことを思い出す。
……そうだ。これで事件の原点は分かったけど、現状の説明はなにも判明していない。
だいいち──魔城に向かったっていう、第十三部隊はどうなったんだろう……?
「魔王ルナティック」
ルシファーが告げたその名詞に。
刹那、全ての思考が空白となる。
「我が城攻略のため、二日前に向かった人類軍の戦闘部隊、その指揮官。
──アガサ・レーヴェルシュタイン。古代兵器に呑みこまれた奴はそう名乗り、今も我が魔城パンデモニウムの最奥に陣取っている」
「更に面白い追加情報だが」
提督の言葉が停止した意識を叩く。
「奴の魔力反応はそこらの魔族の比じゃねぇ。さっきの戦王のデータでより明確になった。相手の存在規模は、超抜存在と同格だ」
──知っている。
そんなことは、嫌というほど、思い知っている。
「以上の情報から、オレが下した結論は一つ」
聞くまでもなかった。
その結論を、ボクとグレンは、十年前から知っているのだから。
「『魔王ルナティック』は超抜存在・第三位。この世にあってはならない──明確な、地上人類全ての絶対敵だ」




