11 オーナー
──戦っていた。
「……は、ははは。流石は我が旧友、『語り手』の選んだ援軍なだけはあるッ! なかなか……けっこう、骨があるというか……そのー……いや強すぎる気がするがッ!?!?」
ギャイン、と白刃の峰打つ音が木霊する。それに素手で渡り合っているのは、金髪角男の貴族服──魔王ルシファー。
テレーゼさんに案内された「合流地点」と称される荒野の一領域まで来たボクたちは、そこでグレンと、なぜかルシファーが軽く戦闘している場面に出くわしていた。
「いけいけオーナーッ! 押されてんじゃないですよー!」
「カタナの方に賭ける。アレ普通に魔物より上位個体じゃん、絶対」
「なんかどっかで見たことあるような……やっぱないような……?」
そんな二人を囲むように、輪となって眺めているのは野次馬の魔物ども。
雰囲気からして、そこまで剣呑なものではない、らしいが……
「……ちょ、ちょっと。煙狼さん? どういうコトになってるの、これ」
「キュゥーン……」
野次馬から少し離れた位置で、尻尾を垂れてしょぼんとしている黒狼さんを見つける。
魔物たちの盛り上がりに反して、こっちは明らかに落ち込んでいる。なにがあったんだ、一体。
「現在地点までの経緯を推測。神子、魔王ともに敵対感情値の低さから、いわば“腕試し中”と思われます」
「腕試しぃ?」
なんだってそんな無意味なコトを。
グレンに勝てる相手なんているわけないじゃないか。
「あの魔王さま、あれでも一応群れを束ねるトップだし。『援助は助かった、しかしお前の手を借りるかは実力を直に確かめてからだ!』って、まず周りに実演してるのよ。立場の問題ね。魔王ともなると、素直に助けを受け入れられないのは大変ねー」
と付け足してくるのは、列車を虚空空間にしまったキリカさん。
ちなみに、あれから彼女とカオス先生は、ボクとやしろさん、テレーゼに続いて、ほぼ徒歩でここまでやってきていたりした。
「おい、もういいだろ。ここまでに──」
「まだまだいけぇ! 魔王様―!」「魔物の底力ッ!」「あんたはその程度のお人じゃないじゃないハズだッ!」「人類にその恐怖、思い知らせてやりましょうよ!!」
「う、うるさぁい! オーナーと呼べぇ!!」
ルシファーから距離をとったグレンに殺意はない。むしろ超絶手加減しているのがボクでも分かる。
一方で魔王の方は、ぶっちゃけもう体力気力ともに限界、無理矢理残業させられているような顔で、必死に足腰を立たせているような様子だった。
「……止め時失ってない、アレ?」
応援されている故か、簡単には倒れられないらしい。かといって、グレンもグレンで、ここでトップを倒すと体裁が悪いと、積極的に動けないのだろう。
「仕方ありませんね。私がなんとかしましょう」
と、ここで前に出たのはテレーゼさん。
杖を構えて、魔力を充填し──充填し?
「ちょこっと☆ブレイカー」
カッッッ!! と神気の閃光が場を染め上げた。
破壊砲撃簡易版。神気を操るのは相当に繊細な技術が必要とされているのに、なんて無駄に洗練された無駄な技なんだろう。
グレンとルシファーのいる空間へ放たれたその一射は、周囲の野次馬を吹き飛ばす。いきなり爆発が起こったようなもので、ひっくり返った観衆たちは目を回し、戦っていた当事者たちは──これ幸いと、騒ぎに紛れて雑に倒れこんでいた。
「何をやっているんですか、貴方たちは。無駄な時間を使うくらいなら、他の魔王を相手にしてください」
「……う、うむ。助かっ──いや、そうだな、テレーゼ嬢の言に一理あり! いいだろう、旧友からの助太刀よ。同盟が続く間、貴様を我が軍に加えるものとするッ! お前たちもそれで分かったな!?」
「はーい」「オーナーが言うなら」「で、結局どっちが勝ったんだ?」「カタナっていいなぁ、俺も使いてー」「つーか友達とかいたんだな、オーナー……」
好き放題言いながら、魔物たちは一応の決着と納得に顔を見合わせる。若干、魔王様に対するやや悲しい意見があった気がしたが、ここは気付かないフリをしておくのが気遣いというものだろう。
やれやれと、ルシファーに続いてグレンも立ち上がり、コートの砂埃を払う。お疲れ様です、とボクは一人呟く。
「それでテレーゼ嬢? そちらは何を引き連れてきたのだ。ああ、その白い悪魔……まとめてギル関連の連中か?」
魔王様の眼がボクたちに向かう。呼応するように魔物たちの視線も一斉に集まり、内心ぎくりとなる。
「はい。取引相手とその使い魔、それに人質、更に人質のお付きだそうです」
「ハイこんにちは魔王ルシファー! 私、人質の久遠キリカッ! ここにいるのは、ほぼ私の独断で、政治的意図はないから安心してちょうだい!」
「私はお嬢様のお目付け役、カリオストロと申します。──ところで、そちらと我が人類軍の第十三部隊は、一体どういうご関係で?」
「クオン? 久遠って統括長の息女の? サーティーンは二日前、我が魔王軍と一時臨時協定を結んだ集団だが……関係者か?」
てゆーか統括長の娘が人質ってドウイウコト、と魔王様の目がぐるぐるしている。
うん、確かにごちゃついてるよねこの辺り。それもこれも、キリカさんが人質に立候補したせいだけど。
「──そのカリオストロっていうのは、第十三部隊の監督役みたいなもんです。信用しちゃダメだけど気にしなくていいっすよ、オーナー」
いつの間に現れたのか。
ルシファーの右手側に、あのフードの鎖使いが立っていた。
「そうか、戦場を共にした者の進言なら信じよう。白い悪魔、カリオストロ、人質……の三人は分かったが、そちらの……なんだ、おい白い悪魔の後ろにいる美しい使い魔。ソレ、生物か?」
やしろさんは直立不動だ。完全にこの場の備品に徹している。
道具故に一切の気配がない異様さ。魔物たちは口々に「キレー」とか「なにあれ?」と目を輝かせたり首を傾げるなり、反応は様々だ。
「ううん、コレは精巧な機械人形だよ。魔王様たちの声は聞かないだろうけど、とりあえずボクの言う事には従うから安心して」
「……、ふむ。ならこれ以上の詮索は止しておくか」
一瞬、魔王様は警戒するような目をやしろさんにやってから視線を切る。
……へえ。てっきり彼も見惚れるものかと思ってたけど、有能なのはホントらしい。しっかりとこの場で、やしろさんがトップクラスにヤバイと悟ったようだ。
「──では改めて名乗ろう。我が名はルシファー! 魔王城パンデモニウムの魔王だ!」
「知ってるけど……」
「我輩のことは『まおう』、ではなく魔王と呼ぶがいい。そっちの方がカッコいいからな」
「どう考えても魔王の方が貫禄あるけど……」
「オーナー! オーナーと呼べ! 魔王は他に六百人以上いるんだぞ? こういう細かいところからの差別化が重要だろう」
「色々考えてるんだ……」
ただのキャラ付けではないらしい。名声を重視するらしい当人たちからすれば、死活問題にも匹敵するのかもだ。知らないけど。
「ではそちらも名乗りを上げよ、外界の使者。我が旧友の盟友よ。奴に見込まれた者だ、相応の戦績があるのだろう?」
「どちらかというと、盟友じゃなくて仕事仲間だが……」
ルシファーに指を差されたグレンに注目が集まる。
魔物たちの方は、そういえばコイツ誰なの? という雰囲気。それにもう、ボクはこの後の展開を察していた。
そしてグレンは、ゴーグルを額に上げて、普段通りの口調で自己紹介を言い放った。
「俺は“月界線の社”所属、『朔月の神子』。三年前に神殺しした張本人だよ」
■
静寂──
恐れ、怖れ、畏れ。
言葉を理解した瞬間。彼という存在の正体を完全に理解した瞬間、魔物たちから、種々様々な感情の波が放たれた。
それを感知したのは、おそらく悪魔であるボクと、カリオストロ先生だけで。
異様とも呼べる二.五秒の静けさのあと。
『ぎゃあああああああああああああああッッッッ!?!?!?』
散った。
その場の魔物たちが、一斉に、絶叫しながらその場から──逃げ出した。
完全離散まで、ものの十秒半。
一気に物寂しくなったその場には、固まったままの魔王ルシファーと、呆気にとられたカオス先生と鎖使いにテレーゼさん、うわーこりゃ凄いと呆れるボクとキリカさん、全く興味ナシに欠伸をしている黒狼だけが残っていた。
「蜘蛛の仔を散らすように……」
沈んだ声でグレンが俯く。アレ、ちょっと傷ついてるっぽい。
「そりゃあ、地上最強の知名度だからねぇ……」
「魔物じゃあ、格上すぎて恐怖が勝っちゃったのねぇー。現代最高の有名人だものね、グレンくん。って、もう正体割れたからサクラくんって呼んでいい?」
「好きにしろ。あとイリス、無事で良かったが、なぜその機械人形が?」
やしろさんをスクラップ呼ばわりするのは、地上どこを探してもグレンだけだろう。
「トランクから出てきたんだよ。たぶん、今より前の機体だろうね」
「超キレーな人よね! ねえ貴方、お名前、なんていうの?」
「はい。AI名、『封社やしろ』と申します」
あ、キリカさんの声には反応するのか。
やしろさんは基本、人間の血を持つヒトにしか応答しない。久遠家の末裔であるキリカさんは、ボクやグレンと同じく、やしろさんを使う権利が認められているらしい。
「──お、おい。そこ、なんか学友のサークルがごとく和むなッ!? 終末神て……貴様、昨今超絶噂になっている、あの『剣豪サクラ』なのか!?」
「外界での評判は知らんが、終末神を倒したのは事実だよ」
淡々としたグレンの声に、ルシファーが目を見開いて後じさりする。流石に衝撃が強いらしい。
──神を殺し、今の世をもたらした偉人の新星。
それがラグナ大陸でのグレンだ。魔物の社会ではともかく、今の人類社会では、あの唯一王にも匹敵するレベルの知名度を持っている。
ある日突然に現れて、ひょーいと平和の基盤を投げて寄越してきた、辺境の隣人。
名声の高さに反して、大衆が抱く彼へのイメージはそんなところだろう。基本、グレンって境内に篭りっぱなしだからね。
「か、語り手ぇ!? 援助は助かるが過剰戦力か!? 一体どんな禁忌に手を出したッ!?」
「ガゥ?」
はて? と首を傾げてみせる黒狼。それを見て、ルシファーの顔がやや青みを帯びてくる。
「ッッッ……! い、いや、友の厚情を無碍にはすまい。我は魔王ルシファー……! この程度のイレギュラーさえも乗りこなす……ッ! 魔王たるもの、この程度の豪運を物にせずしてどうするかッ……!!」
後ろを向き、頭を抱える自称オーナー。
なんかめちゃくちゃ困ってるような、苦悩に満ちているような。
今まで見てきたどの魔王とも違うタイプだ。変わり者とは聞いていたけど、ここまでルシファーが弱そ──頼りな、否、威厳に反した親しみやすさを持っているとは思わなかった。
「……それより、そこの魔砲少女。まさかこの魔王と手を組んでいるのか?」
不意にグレンの紫眼が、テレーゼさんを射抜く。
……? なんだこの緊張感。グレンって、テレーゼさんと面識あったんだろうか?
「私は提督の指示に従っているまで。私たちがいて、なにか不都合が?」
「不都合というより……いや、はぁ。……魔王、先に伝えておくが、俺はストーリーテラーに協力しているから、お前には味方する。だけど、お前と手を組んでいる奴を信用し切れるとは限らないぞ」
「っ……? あ、ああ、提督のことなら心配はいらん。少々過激な奴だが、我輩の古くからの友の一人だ。同じ戦線を請け負う上で、あれほど頼もしい存在は他にはいない」
「──、」
ルシファーの言葉にグレンの顔色が曇る。コイツ大丈夫かよ、と本気で心配している顔だった。
ドン引きとも言う。
「──やしろさん、早急に対提督用の契約書を作成しておいてくれ」
「要求を承認しました。契約書作成プログラムを起動します」
ガチガチに警戒していた。ルシファーとは別に、協定を結ぶ用の契約書作成って。
「……あの提督、どこぞで彼の恨みを買っていたのでショウネェ。憎悪と因縁の種を全方向にバラまく因果収束存在、流石です。その胆力、いつの時代でもあっぱれですネ」
いつもより片言が増しているがようやく復帰してきたカオス先生の推察に、なるほど、とボクも得心する。
大錬金術師ギルトロア。
まだ見ぬ取引相手だが、歴史書にも残されているレベルの、その偉業・悪評には枚挙に暇がない。
曰く、法律無視して平気で人体実験をするとか。
曰く、兵器を量産錬成しまくって、一時は国同士の戦争を煽り倒したとか。
曰く──国を、滅ぼした、だとか。
歴史の問題児。ロード・デストロイヤー。超抜存在嫌疑筆頭候補者。造物王。常習テロリスト。破壊の錬金術師。万物を操る者。自称法律。法律しか守らない男。対神錬成者。
ざっと思い浮かぶ彼の異名がこれだけある。どう考えても危険人物、グレンとはどういう「因縁」があるかは知らないが、これから自分がそんな相手と“取引”するとなると、
──不安だ……!
なんかもう、嫌な予感しかしないのであった!




