10 “最強”
「報告。完全演算終了。146秒を以って全行程、完了します」
初っ端からそんなことを言い放って、やしろさんが飛び出した。
向かい来る戦王の一閃を、色のない大鎌で打ち払い──その後ボクが分かったのは、戦王ゼルドが防戦一方に陥った、ということだけだった。
耳をつんざく、金属同士がぶつかる続けざまの戦闘音。
大気を斬り、次元を裂き、空間を破るのではと思われるほどの激しい打ち合いが、まず十五秒前後。
【──】
「技巧観測。世界線A-a裁断」
一瞬、戦王の影がブレた。
この世界から、この現在という時間軸から外れかけたのだ、とボクが理解するまではコンマ三秒ほど。それが戦王なりの、「未来予測殺し」──予測・確定された自分の未来から外れる絶技の一つだったと理解しえるのは、もう少し後だ。
けれどそれを、機械人形は世界線ごとぶった斬ることで無効化した。
──ふ。彼らの戦ってる土俵の次元が高すぎて、自分でも何言ってるか分からない!
「技巧観測。世界線C-b裁断。演算時間軸を連結、書き換え完了。現行時間軸と同期。対象の解析進捗、86パーセント──」
ところでボクはこの戦闘中、巻き込まれないように全力で防御壁を展開していたりする。
一寸先は闇、という言葉があるが、今この状況がソレだ。今いる座標から五センチ先は、時空値がとんでもない勢いで変動している。
つまり時間も空間も不安定化した領域で、二人は戦っているのだ。
それが生物的にどれだけヤバいことなのか? うん、とりあえず今、自分が現在にいるのか未来にいるのか過去にいるのか──自己認識の有無が消失する、そんな戦場と化しているのだ、あっち。
こわい。超こわい。
一寸先は闇っていうか、奈落というか、地獄よりもエゲつない。
……アレでも一応「生物」カテゴリだと思うんだけど、そんな中で自意識を保って戦ってる戦王、精神とか自我状態、どーなってんの?
「解析完了。対象の送還プログラムを構築します。戦闘終了まで残り66秒──」
ギャコン、と重々しい音を立てながら、振るった大鎌が変形する。
斧槍から大剣、或いは大剣から槌の形状へ。戦いながら、瞬間瞬間の「最適解」として、やしろさんは可変型の兵器を使いこなしている。
優美かつ無機質。
技巧ゼロの戦闘プログラム。
生命では決して辿り着けない極地の技。
やしろさんの戦い方は、ただの芸術だった。無駄なく無情で、無意志的。蝶のように跳ね、織紐のように軽やかで、空中を舞うスケートのように滑らかだ。
「……っ」
その戦う様を。
彼らの戦う一つ一つの動作を、全ては追いきれないまでも、ボクは目を見開いて必死に「目視」する。
認識し、記憶し、分析し、学習する。
ここでボクがやしろさんに加勢することはできない──やしろさんの動作プログラムは完璧すぎて隙がない。どうボクが動いたところで、結局、やしろさんに負担を強いることになる。
……いや。こんな思考、グレンに言わせれば、“機械に負担を強いることこそが人間の義務”、なんてところなんだろうけど、さ。
【──屑鉄め】
「送還プログラムを構築完了。対象座標、次元固定。逆算座標に基づき『召魂退去術式』、発動します」
ギャィン!! とやしろさんの斧槍が戦王の動きを完封する。
瞬間、敵から五エートルほどの距離をとったやしろさんが右手をかざす。戦王は時間ごと停止したように動きが固まっている。刹那、その座標空間に、なにかの術式が青い光を伴って上書きされていく。
「術式実行」
閃光が──散った。
風と空気を巻き込んで、瞬きの後に。
その場から、第八位の超抜存在は、姿形もなく消え去った。
■
「ぉ──終わ、った?」
世界に、平穏が訪れる。
強烈な存在感が失せ、ようやっとボクは深く息を吐き出せた。
「肯定します。火楽祈朱の生命危機要因の対象、その完全退去を観測しました」
ガィン、とまた重い金属音を響かせつつ、やしろさんの武器が変形、トランク状に戻っていく。
ボクも膝をついていた体勢から立ち上がり、軽く服の砂埃を払った。
「やしろさん……なんで?」
「質問内容の情報が欠如しています」
「えーっと……なんでボクを助けてくれたの? っていうか……」
疑問はコレに尽きる。
封社やしろは完全な存在だ。完璧な機械であり、永遠不変の道具人形だ。
彼女は無駄なコトを行わない。となると、ボクを助けてくれたのも、なんらかの理由があるに決まっている。
「先刻の当機の行動理論を列挙します。
一つ、AI『封社やしろ』は『朔月の神子』より貴方の保護・監視を設定されています。
二つ、火楽祈朱の死亡・損失は現行の人類文明に2%未満の影響をもたらします。
三つ、火楽祈朱は今後の『魔城攻略』において90%以上の確率で戦況を左右する要因となりえます」
「思ってたより多いね!?」
個人的には最初の理由だけでお腹いっぱいだ! グレン、君って奴は!!
……でもたぶんコレ、小さい頃とかに設定したヤツを放置していた系だろうな。本人も忘れてるパターンとボクは見たッ!!
「って、待って。『魔城攻略』ってなに」
「現未来演算の内容を伝達することになります。本当に回答しますか?」
「あぁ、ほぼ決まってる未来ってコトね。じゃあいいや。あと聞きたいのは──」
チラ、と戦王がいなくなった先の座標地点を見やる。
「……あの戦王、なんだったの? 本物だったんだよね、一応……?」
「戦王ゼルドの魂が召喚されていたものです。召喚術式からの逆算結果、召喚者は──」
「──【大罪王】が一人、『最も強欲なる魔王デザイア』がルシファー打倒のために召喚した存在です」
「あ、知ってる。二年前に殺したことある……ん?」
知らない声──いや知ってる。けっこう最近に聞いた覚えのある声が、ボクらの会話に介入した。
「──あ。人妻系魔砲少女」
「……事実ですがその呼称は遠慮させてください。照れます」
ボクの背後、地上五エートルほどの上空。
そこにはテレーゼさんがいた。さっき見たのは赤いフリル衣装だったのに、今は紫を基調にした新たな少女服に変わっている。やはり魔砲少女たるもの、変身段階とかあるんだろーか。ロマンを感じざるをえない。
「補足事項追加。現時点でデザイアの反応が消失していることから、デザイアの死亡と同時に戦王が召喚されたと推測されます」
「……その通りです。デザイアはルシファーに返り討ちにされました。魔境全ての生命ともども道連れのつもりだったようですが、悪事はそう簡単に運びませんね」
やな道連れトラップだ。二年前に実装されていたらボクが死んでいたことだろう。
「ところで、その被造物はなんですか? 明らかに現代の錬金術学、科学技術からも逸脱したオーバーテクノロジーの作品と思われますが」
「え? あぁっと……やしろさん、自己紹介をどうぞ」
「こんにちは。よろしくお願いします」
「挨拶設定が初期状態のままッ!!」
あんなに高性能なのに、こんなことある!? まぁやしろさんって境内にいるだけだから、自己紹介する機会なんて絶無だろうけど、これは……
「……話になりませんね。格上の高度AIと期待したのですが、まさか自己意識すら構築していないポンコツだったとは。──それ、感情すら会得していないのですか?」
「うん。しないよ」
「──、」
ボクの即答に、テレーゼさんの表情が曇る。なにそれ、と言いたそうな顔だ。同じ被造物としての立場から、なにか思うことがあるのだろうか。
「それで、テレーゼさんはお迎え? 取引の通り、ボク、提督に会いたいんだけど……」
「取引材料の人質がいない以上、貴方を提督の元に案内する理由がありません。私がここに来たのは、そこの人形が気になったからです。今の通り、期待外れでしたが」
それはお気の毒。
しかしここで再会したのも何かの縁だ。テレーゼさんの言葉を汲むなら、つまり「人質さえいれば」案内してもらえるというワケで──
「やしろさん。キリカさんと先生──どこにいる?」
「ここから東六キロ地点で素材狩りをしています。干渉しない場合、六時間後に『久遠桐架』と悪魔Aは魔境領域から離脱します」
「オッケー。『今すぐ』、『ここに』『喚んで』」
「了解しました。対象二名の強制転移を実行します」
「──は?」
テレーゼさんから怪訝な声が上がる。だけどそれを無視して、事は実行に移された。
「存在転移理論、構築完了。次元接続。座標連結。証明終了──術式実行」
パッ、と軽い発光が空間に起きた。
するとボクたちの目の前に、巨大な──八両編成型の列車が、現れる。
「うわっ!?」
ズドッ!! と中空から大地に落下する列車。これは流石に予想外で、ボクもちょっと飛びのいた。
──あ。コレ、工房だ。
そう理解したとき──
「きゃーッ!? なに、なになになに!? ここドコ!? ってイリスくん!? 嘘よ、死んだハズじゃ──うわわわわっ!? 見ちゃダメ見ちゃダメ──!!??」
慌てた様子で中からキリカさんが飛び出し、こっちを見るとブンブンと両手を振って必死に列車を隠そうとしてくる。
そんなコトしなくても手遅れだよお嬢様。もう基礎理論、把握しちゃったし。
「……嗚呼。もう諦めるしかなさそうデスネェ、これは……」
そして列車内から、トボトボと肩を落として出てくる老紳士。
可哀想に。もう嘆く元気もないらしい。
「これでいい、テレーゼさん? 案内してくれる気になったかな?」
ボクの呼びかけに、空中の魔砲少女がハッと我に返る。
数秒程度、現状を吞み下すような沈黙を挟んでから、
「──そうですね。その人形の情緒機能の低レベルさはともかく、能力の高さだけは認めざるをえないようですから……」
そう、諦めたように息を一つ吐いたのだった。
■
「──チ、ゼルドを消しやがったか。アーァ、回収できれば、良いサンプルになると思ったんだがなァ……」
巨大モニターの光が照らす、金属製の空間にその男はいた。
声は落胆を帯びているが、その実、彼の眼は昆虫のように無機質だ。
『申し訳ありません、提督。介入、間に合いませんでした』
男の頭に響くのは、エーテルの経路を繋いでいる使い魔……否、自ら「伴侶」と定めた少女の声。
「責めてねェよ、テレーゼには命令してないしな。なに、チャンスがあればモノにしてみたかっただけだ。無くなっちまったモンは仕方ねぇ、切り替える」
『はい。……魔王ルシファーの様子は?』
「五体満足、あとなんか面倒な犬ッコロと──……」
モニターに映した、ゴーグルをかけたコートの人影を目にし──男、「提督」はしばし、言葉を詰まらせる。
「……ん~~~~ン??」
『提督?』
「なんでもない、いや気のせいだ。どうでもいいのが一人ついてきただけだ。ああ、今回ばかりは見なかったコトにしよう。因縁は増やしてばっかだと後で消化が面倒だしなッ!」
『提督、率直に言って意味が分かりません』
「面白くなりそうだって話だよ」
ギッ、と艦の指揮官席を思わせる、椅子の背もたれを鳴らす。
足組みし、まるで王のようにふんぞり返った大錬金術師は、肘をついてモニターに笑う。
その中央画面には、黒い影と同化したような、一個の魔城の映像が映っていた。
「地獄の底に役者は揃った。正直崖っぷちギリギリだったが、ああ、こいつは案外、どうにかなるんじゃねェか?」
『また悪だくみを……』
伴侶の呆れ声に、提督はただ、不穏に嗤い声を返すだけだった。




