09 ラストピース
──砂漠で彷徨える王に出くわしたら、全力で死んだフリをしろ。
唯一国の子供の多くは、戦王ゼルドの名を、親の脅し文句から知って育つらしい。
嫌いなものを残したら戦王がくるぞー、とか、言う事きかないと戦王に千切りにされますよー、とか。
超抜存在に列席しているにも関わらず、現代の民間では、そんな風に戦王ゼルドの伝承は親しまれている。
して真面目にその伝説を語ると、ラグナ大陸において、彼が「英雄にして厄災」と語られ、戦「王」と呼ばれる理由は明確だ。
ラグナ大陸における原初の王。
一番初めに興った人類の国、その統治者の成れの果て。
今は“辺境砂漠”と呼称される戦地から、基本ゼルドが出てくることはない。
あの終末神でさえ彼にはノータッチ。殺害も排除もせず、本日まで「第八位」が居残っているのは、「何者も戦王に関わるべからず」という先人の警告を、神が認めた証左に他ならない。
本来、平穏に生きていれば出くわすこともない、伝説上の存在。
神話の時代から現代の終末まで生き続ける最強の英雄──それが戦王ゼルドという超抜存在だ。
■
姿を視認した瞬間、本能が警鐘を訴えた。
「ッッ……!」
ドッッ、と鼓動が大きく響く。
生命としての存在本能、生存欲求、己を構成する全てが、「今すぐ逃げろ」と叫んでいる。
いっそ、ここで自刃した方が生物として真っ当な死に方ができるだろうと。
──しかし、あんな戦王に、絶対存在かつ絶対強者のアレに、相対する影がいた。
「鎖の! 足止め以外になにかできんのか!!」
「小細工だけで生きてきたんでねぇ!! 死に際に無茶ぶり止してくださいよ!」
戦王が降り上げる大剣の一撃を、数瞬だけ鎖の束が巻き付き、その威力を殺す。
それだけではない、よく見れば毎秒毎瞬、四肢を拘束するように銀鎖が錬成されてはすぐに壊されており、瞬間、僅かにできた隙に、金髪の影──ルシファーが一瞬で接近し、拳で攻撃を入れては離れての動きを繰り返している。
錬成反応の元をたどれば、ルシファーの影、戦場の死角に隠れるようにして、フードを被った人影が存在していた。鎖使い──アレが先ほどカオス先生に連絡をとっていた、“チェイン”という青年だろうか。
【……】
大剣を振り抜く戦王は無言。敵対者を排除するだけの機構のように、だが人らしい、修練と技巧が突き詰められた老練の一撃を、二人に向けて見舞っている。
「チィ……! 黒鎖!」
チェイン青年の命令と同時、虚空から現れた、真っ黒な鎖が白銀大剣を絡めとる。
だが、やはりそれも一瞬。拘束は数秒ともたずに破壊の一途を辿り、
「術式介入。黒鎖再錬・黒銃神弾」
──粉々になりかけた欠片に干渉を開始する。たちまち残骸たちが、別のカタチに生まれ変わっていく。
鎖を構成する術式の分析・分解を一気にやって、最速で銃身へと書き換える。周囲のエーテル値が足りてるので丸ごと使用。
オーケー、一発分の銃弾にはなりそうだ。
そんな思考と実行をコンマ単位の時間速で完了させ、
「射撃!」
装填した弾丸を撃ち出す。
即興モノだったが、その一弾は戦王の胴を直撃。僅かにのけ反らせるという奇跡を引き起こし、
「空斬絶刀」
バイクごと、飛ぶように戦王へ突貫したグレンが、そのまま上から斬撃を振り放った。
【!!!!】
刹那、戦王の気配が揺らいだ。
しかし不可避の斬撃を、迷うことなく欠けた左腕で受け流す。バケモノかよ、と内心愚痴ると、そこで戦王の目標が、完全にこちらへ──正確にはグレン一人に向いたことに気が付いた。
「ッ!」
ぞわっと生命危機を感じた瞬間、ボクは積み荷のトランクを持ってバイクから離脱した。
直後に、光と音。戦王の剣撃が、バイクを叩っ切ったのだ。
巻き起こった爆風の中、ボクはどうにか転がるように大地に着地する。
「何奴!? 悪魔か! 何者だ!?」
背後からは魔王様らしき声。
その丁寧なフリに、振り返らないままボクは応答する。
「イリス! 提督との取引に釣られて来た錬金術師だよ!」
「ギル関連の奴か……! こんな時に取引って、あいつ暇か!?」
「提督にゃ文句言ってもしゃーねーでしょう……向こうのもう御一方は?」
【──Blade Ender】
「「「!?」」」
戦王ゼルドから聞こえた、明瞭な言語音声にボクらは息を呑む。
喋るんだ、アレ!? 人格とか意志があるような存在とは思ってなかった!
ボクは戦王の視線と意識が向かう先、燃えるバイクの残骸より少し離れた位置を見やる。
粉塵の幕が晴れると、そこには無傷のまま佇んでいるコート姿のグレン。ゴーグルはつけたまま、刀の鯉口を切っている。
そんな彼の足元には、煙狼が顕現していた。明らかに尋常ならざる一人と一匹の立ち姿は、戦王の存在感に引けを取らない。彼らのいる空間だけ、別の領域から切り取られたかのようだ。
「……あくまでも目標の保護を最優先とする。それでいいな?」
「ガウ」
──? グレンと黒狼、今なにか話したかな?
打ち合わせるような間隙の直後、グレンに肉薄した戦王ゼルドが、再び大剣を振るった。
「っ……!」
ギャリィイイン!! という衝突の音だけで、大気が割れた。
繰り広げられる、修羅と達人同士の目視不可能剣戟。発生した衝撃波と暴風にボクは吹き飛ばされかけ、咄嗟にトランクを盾にする。
「ガウガゥ!!」
「!?」
黒狼の吼え声に顔を向けると、視界の端にその黒い影が映る。
風のように地獄の斬り合い場から抜け出した一匹は、一直線に──魔王ルシファーの元へと向かっていた。
「オウッ!? なんだきさ──おおおおっ!?」
「オーナー!?」
フードの人が謎の呼称でルシファーを呼んだが、煙狼の動きの方が早い。
素早くルシファーの背後へ回った黒狼は、その衣装の首根っこ辺りに噛みつき、上空高くへと飛翔した。
──そっか、戦線離脱……!
黒狼は魔法使いストーリーテラーの意志の具現だ。ならば、魔王ルシファーの安全を確保するのが何よりも最優先。今の一瞬で、ルシファーは「この場」から強制離脱させられたのだろう。
と、なると。
その魔法使いの使い魔と、今は志を同じくするグレンも、目的は同じのハズで──
ぎぃんッ!! とジャストタイミングで、剣戟の音が区切れた。
グレンの方を見やると──いやマジでどういう剣舞の果てにそうなったのか、戦王ゼルドが片膝をついていた。
……いやー、マジで。
なんなんだろうね、あの最果ての野良剣豪?
「ここまでだ。──じゃ、イリス。後は頑張れよ」
「エ?」
えっ?
などと呆気に取られている内に、グレンは足元から鳥居を射出し、黒狼と同じく、上空彼方へと離脱していってしまう。
離脱していってしまう。ていうかもう離脱した。姿形もない。
「……あれ?」
──必然、その場に残されたのは、膝をついていた状態から身を起こした第八位様と。
「……えーと。じゃあ、囮役頼んだぜ、貧乏クジ!!」
「はぁぁぁ────ッッ!?」
フッと鎖使いの姿がかき消える。直前に彼にかけられた言葉で、ボクは己の現状の全てを把握した。
……お、置いてかれた! 置いてかれたんだけどボクッ!? 超絶望オンリーの戦場で、主役様に置いて行かれたんですけどどういうコトッッ!?!?
【──】
「……えっとぉ……」
ひとまずトランクを持ったまま立ち上がり。
同じく場に売れ残った、地上最強様の一角とご対面する。
戦王ゼルド。
超抜存在、第八位。
相対した者を区別なく差別なく、平等にぶっ殺しにくる、逆博愛主義者の人畜災害。
視線が合う。
互いの位置を認識する。
……この状況を、改めて、受け入れる。
「ご、ごきげんよ──」
【I kill you. 】
挨拶失敗。慈悲はないっぽかった。
■
結論から言おう。ボクは死ぬ。
つーか死ぬ以外になくない? なんだよこの貧乏クジ、っていうか自業自得。そっかー、グレンが「死ぬぞ」って忠告してたのってこれかー。あっはっは、こんなことになるなら、おとなしく先生やキリカさんと待っていればよかったッッッ!!
「ぎゃ──!!」
トランクを掴んだまま、荒野を全力疾走する。
身体能力は持てる魔力で最大強化済み。プラス、錬金術で空気抵抗を無にしながら、ボクは今、地上で一番速い存在となった。
【──!】
ハイ嘘。嘘です。もうなんか、背後六エートルのトコまで、おっそろしい老兵の怪物が迫ってきてるんですけどぉ!!
「ぐぉあああ──!? 戦王ゼルド──!?」
「ギャフッ」「ごぺッ」「ぐわああああ──!!」
「こっちに来るなぁぁあああ────!?」
ボクが走り抜けていく道中には、もちろん他の、逃げ遅れていた魔物たちがいる。
悲鳴、血潮、大絶叫。そいつらを生きた肉壁にしつつ、ひたすらにボクは走り続ける。
ちなみに痛む良心はない。悪魔である以上、彼らの絶望に伴う負の感情に、旨みを覚えているくらいの人でなしだ。しかも錬金術師なんで、視界に入る魔物全て、ぶっちゃけ素材にしか見えていない。
「途絶反応、九十二、九十六、九十八────百」
──通り抜けた道で、もたらされた死をカウントする。
空気中に飛び散った血の一滴、細胞の一つに至るまで、ボクは「観測」した。
「──即興式、百魔錬成:白光斉射!!」
百体分から百門分。
戦場で散った魔物たちの死体を素材化し、そこから新たに白い砲台を展開する。
戦王を囲むよう、立体的渦状に銃口が展開されるまで、およそ一.五秒。
パチン、と合図に指を鳴らした瞬間、空間を圧殺する銃声地獄が背後の方で実行された。
────足止めにすらなっていない……!!
銃声が響き渡ったと同時、旋風が起こった。戦王ゼルドが、射撃されてきた砲弾の嵐を、大剣の一薙ぎで、空間・次元ごと切り裂いたのだ。
……いやもうボクでも詳しい事象は分からない! とにかくなけなしのエーテル雨は、戦王の一撃で吹っ飛ばされた!
「ヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイ────」
過去かつてなく、命の危機を実感している。
走る足がコンマ一秒でも遅れたら、終わる。
スタミナの後先なんてもう考えない。肺が焼き切れても、地平線向こうまで走り抜かなければ、ボクが無事である明日はない……!
「っ、うわぁッ!?」
瞬間、視界が裏返った。
いやそう感じただけだ──視界が上下さかさまになって、身体が吹き飛ばされたのだと理解する。反射で受け身をとったが、もう、ボクに明日はなかった。
「──────」
眼前には、大剣を持った老兵が。
無機無情の貌で、こちらを見下ろしている。
あ、とか、それらしい断末魔も上げられない。
最期に言い残したいコトとか、なにもない。
何もない。
何も無い。
死が迫る。白銀の刃はボクの首を、胴を斬り裂くだろう。その未来がやってくるまでの思考猶予で、ボクは錬金術師らしく、悪あがきに熟考する。
痛いだろうなあ、嫌だなあ。
だけど肉体を殺されても悪魔は死なない。魂を傷つけられない限り、悪魔に死は訪れない。
ボクだって、身体を殺されたら、自動的に器を再錬成する術式くらい知っているし設定もしている。
……あー、でも。ダメだなこれ。
戦王の攻撃は、グレンの一刀に通ずるものがあると直感する。
アレは、魂をも斬る一撃だ。ありとあらゆる敵対者、有象無象を確実に叩きのめし、鏖殺する──そういうコトに特化した、熟達し切った究極の一撃だ。
生存不可能/存在証明不能。
さあ、現実の時間がとうとうボクの思考速度に追いついてくる。
振るわれてくる大剣による空気圧が肌を撫ぜる。
走馬灯すら機能しない、絶死の際に、
「たす、けて」
────十年前には遂に言えなかった、その一言を、今度こそ口にした。
「戦闘実行」
極光が瞬いた。
キィン! と甲高く響き渡る迎撃音。
思わず目をつぶり、再び目蓋を開いた時、ボクの目の前には、新たな人影が立っていた。
「自動設定式・次元障壁の破壊を確認。──システムソフトウェア、再起動完了。予測時間座標に到達したので規定プログラムに従い、行動を開始します」
「──ぇ、」
信じられない、と目を疑った。
風に吹かれる、焦げ茶色のケープ。背面でも分かる、着物のような袖と合わさった、クラシックなデザインの白いワンピースに編み上げブーツ。
赤いリボンで一つ結びにされた白い髪、頭に被った黒い三角帽子。
「や……やしろ、さん……?」
振り返られたことで、その首元に赤いレースの胸飾りが見えた。
右目を隠す前髪から覗いた、赤い左の瞳は、真っすぐにボクを見つめている。
「なん──で、!」
どこから、と思った時、彼女の足元に、開け放たれた例のトランクが転がっているのが見えた。
……まさか。アレに、入っていたというのか──!?
【──】
聞こえた唸り声に顔を上げる。
やしろさんを挟んだ位置に、戦王は未だ健在。闘志も殺意に依然として変わりないが、大剣を握りこんだまま、じっ、とこちらを警戒するように停止している。
「【人理起動】」
彼女が唱えた命令に、トランクの形が変化する。
錬金術的な法則を無視して、たちまち箱だったモノは、一振りの大鎌へと変形し、磁石のように引き寄せられて、旅装風やしろさんの右手に収まった。
「……」
……ありえない。ありえない事態が発生している。封社やしろが境内の外にいる姿など、ボクは見たことがなかった。
だけど、そうだ、確かに外出する時、「やしろさん」はボクたちを見送った──ハズだ。
なら、目の前にいる彼女は一体? いや、「再起動」と彼女は言った。ってことはなに? コレ、まさか複製体……もっというと、いま境内にいるやしろさんが稼働する前に動いていた機体──ってコトになるのかな!?
「これより当機体は【嘘の理】の監督、護衛、設備として再稼働します。差し当たっては──」
鋭く大鎌を振り、目の前の機械人形は──
ボクの知りうる限り、真なる「最強」の機械人形は、戦王の方を見据えて告げた。
「当面生命危機、最大要因の排除を推奨。実行しますか?」
「──ぜ、全力でお願いします」
知らず、ボクは早口で応え、首を縦に振る。
しかし正直言って、まあ。
──コレ、勝ったな……
内心、そんな確信に満ち溢れていた。




