08 戦王
魔境の第一関門は突破した。
いよいよボクらは、この領土の中間地点へとやってきた──のだが。
「……地獄だね」
「……地獄ね」
先を見渡せる高台、切り立った崖上に登って、隣に並んだキリカさんとボクは意見を同じくした。
──黄昏照らす赤色の大地。
そこでひしめき合うは魔物の軍勢。あちこちで衝突を繰り返し、時に地形を変えながら屍を築き上げている様は、まるで生きた嵐そのものだ。
人型から異形のもの、巨人や竜種までが激闘する光景には言葉も出ない。
地獄絵図に千鬼夜行。
戦場に叩き込まれる業火と暴風、雷撃乱舞。
終わることのない破壊。終わることのない闘争。
地獄とはまさにこのこと。果てのない戦いが、そこでは永遠無限に続いている────
「今からあの中に行くのかぁ……」
「いや無理、無理よアレ。地上のルートは諦めましょ? なんだったら、ここからは私の工房で──」
「それはいけません、お嬢様」
と、横から鋭くカオス先生が言葉を挟む。
「『見て』ご理解していらっしゃるでしょうが、イリスさん相手に錬金術師としての基礎たる工房をお見せしてはいけませんっ。構成する錬金術式、その『全て』を学習されてしまいマスヨッ」
「えー。カオス先生、それはボクを買いかぶり過ぎダヨー」
「──あ、これマジのやつね? イリスくん、なんて恐ろしいショタっ子なの? 貴方の本質ってそっちにあるのね、理解したわ……」
そんなぁー、とボクは棒読みで半笑いになる。
学習。そう、それこそがボクをボクたらしめる原点だ。
あらゆる術式をあらゆる理論をあらゆる錬成式を分析し理解し学習し。
そこから全て自分用に調整するに飽き足らず、特化・量産・再構成まで果たしてみせよう、まさに学者たちの大天敵。
神才イリス、と俗称され。
神から奪った才能、とまで言わしめられた人類最新。
それが、ボクという錬金術師の本質である。
「恐ろしいコトこの上ないわね……イリスくんって、友達とかいなさそうだけど、お弟子さんとかはいるの?」
「いるよ? 直弟子が三人ほど。しばらく会ってないけどね」
でもキリカさん、スルーしたけど前半のイメージは傷つくからやめるんだ。事実だけど。
「……おい。なんか魔物の様子がおかしくないか?」
「え?」
グレンの言葉に、ボクは眼下の戦場に目を凝らす。
……確かに、少しずつ大軍の進路が変わっているようだ。さっきまで指向性なんてなかったのに、どこかで指揮が変わって……?
「──……北の方から数が増えてる……?」
「違う──彼ら、逃げ出してきてるんだわ。どれも上級の魔物ね、最前線でなにかあったのかしら──」
目を細めたキリカさんが、しばらくジッ、と遠方の魔物たちを見やり。
──瞬間、顔色が青くなる。
「っっ……!? え、嘘。流石に嘘よね!? イリスくん、ここ魔境で間違いないわよねッ!?」
「また思考の行間が飛んでるよ……なにを見たのさ、キリカさん」
「それはー、うう、ええっと、ダメ、怖すぎて口にすらできないわッ……!」
「??」
キリカさんは完全に怯えている。頭を抱えてその場にうずくまってしまった。
それだけ直視しがたい、とんでもない事態が北で起こっているらしいが──
「おや。失礼」
プルルルル、とそこで着信音が響いた。カオス先生の方からだ。
「ハイ、コチラ『Rod』。ただいま別件中です──おお! 生きていましたかChain君!」
ジャケットの中から取り出したのは、軍で使われている通信機器。
この人って、本当に軍属だったんだな……ロッド、というのはコードネーム的なアレだろうか。
「あぁイエ、某魔砲少女から貴方がたは魔王城の奥へ行ったまま未帰還だと聞いていたもので……何があったのですか? Readerは?」
リーダー=姉。
即座に回答を導き出したボクは、こっそり聴覚の感度を上げた。
ザザザザ、というノイズ音混じりに、通信機の内容が聞こえてくる。もちろん暗号混じりの音声だったが、そんなのクロスワードより簡単だった。
『落ち着いて聞いてください。えー、諸々の経緯を省いて現状を報告させてもらいますよ?』
若い青年っぽい声だった。ジャラジャラと音がするので、名前通り鎖使いなのだろうか。口調は落ち着いているが、あまり、余裕があるようには感じられない。
『魔王ルシファーと共闘していたら戦王が出てきました。俺とHummer以外は城に突貫したまま戻ってません。オーバー』
「ごほっ」
ボクはむせた。大丈夫かとグレンが背中をさすってくれる。
戦王──戦王と言ったか、今!?
「……………………」
「……もうダメ、おしまい、おしまいよ……ふふっ……」
黙り込んでしまったカオス先生から、しゃがんでいるキリカさんの方へ視線を向ける。それでさっき、彼女が何を「見た」のか分かってしまった。
「大軍が崩れてきた。なにか、戦ってるな」
「!?」
再びグレンの声で戦場へ目を向ける。
おびただしい数の魔物の群れは、北側からなだれ込んできた魔物たちと衝突を始めている。更に北方の向こうからは、一個の強大な魔力の塊が、周囲の雑魚たちを蹴散らしながらこちらへ移動してきていた。
「あれって──」
目を凝らす。舞い上がる粉塵の先、苛烈な戦場を上塗りする災害の渦中にいるその人影の一人を、目視する。
「えぇ────いッ!! 力ある者は誰でもいいから手を貸せェ!! コレ我輩一人でなんとか出来る相手じゃね──から────ッ!!」
──すごい、心の底からの悪態を、命がけで叫び散らしていた。
漆黒マント付きの立派な貴族服。長い、明るいブロンドの側頭部からは、捻じれつつ上向きに生えた二本の赤黒い角。
二十代前後に見える綺麗な顔立ちからして魔王個体。キリカさんとはまた異なる昏い青眼は、金の髪と親和し、高い品格を思わせる──
まぁ、現在進行形でその衣装も容姿も血みどろにしながら戦闘しているらしい、のだが。
「──あっ、あの金髪のほう、ルシファーじゃない!? へー、思ってたよりもカッコいー!」
興奮気味にはしゃいで指を差すのはキリカさん。
──ルシファー。
魔境において、ラグナ大陸においても、最も名声高い、「非戦主義者」の変わり者。
そして此度の事件においては、中心に位置しているだろう──重要人物だ。
「ガゥルルル……」
ハッと聞こえた唸り声に振り返る。黒バイクの影からは、魔法使いストーリーテラーが置いていった使い魔、黒い煙狼が姿を現していた。
──我が知己の名を、ルシファー。魔王ルシファー。狂乱と狂騒の劇の立役者が一席、その助力となることを期待する──
社を去る直前、あの獣人のお爺さんが告げた言葉を思い出す。
アレがルシファーだというのなら。
今まさに、彼が危機に陥っているというのなら、グレンは──
「──目標対象を確認した。約定に基づき、行動を開始する」
魔法使いの目的に協力するというカタチで。
あの魔王に手を貸すことが、神子としての今回の仕事内容となるのだろう。
グレンがバイクに跨ると、咄嗟にボクもその後ろへ乗り込む。煙狼もいったん姿を消失させた瞬間、エンジン音が鳴り響いた。
「えっ──ええ!? 行くの!? 待って待って、私も──」
「お嬢様の身柄の安全は私にお任せを。エエ、巻き込まれないよう全力で隠れていますとも!!」
「堂々と何言ってるのよカオスッ!? 晴れ舞台よ、晴れ舞台! 私も行きた──い!!」
「ごめんキリカさん、もう主演席は一杯だから」
「うわ──ん! ズールーイ──!」
先生に取り押さえられ、暴れもがく人質役。
そんな彼女を尻目に、発進したバイクはそのまま崖を飛び降りた。
「グギャァ!?」
「失礼」
真下にいた魔物を下敷きにしつつ、地上を走り始める一陣の風。
混沌と混乱の極みに至った魔物の軍勢は、動くバリケードのようだ。道の邪魔になるそれらを、
「抜刀理論・空斬説」
「連続装填開始。永久射撃」
不可視の斬撃が、光の弾丸が掃討していく。
四台ほどの白い銃身を背後頭上に浮かべて起動させつつ、ボクは立ち上がって、先の目的地──戦場の中でも一際凄まじい魔力と魔力がぶつかり合っている座標を見た。
嵐。まさしく嵐だ。それ以外に例えようがない。
さっきまでの魔物たちによる小競り合いなど比にならない。あの渦中にいる化物たちは、一歩動くだけで他の戦場を消し飛ばせるだけの威力を誇っている。事実、この周囲にいる魔物たちも、
「ひぃっ……! 逃げろ、逃げろォ! 巻き込まれるぞぉおお!」
「戦王だ、戦王がいやがる、なんだって魔境にッ!? 砂漠からどうやってきやがった!?」
「誰が戦犯だーッ! どこの馬鹿が召喚しやがったぁぁ──!」
「魔王ルシファー万歳! 万歳! 万歳! 助ける余裕なんてないけどなあああ!!」
ヒッデェ言い草だった。やっぱり魔物は自身の主たる魔王にしか従わないものなのか。
凄絶な争いとはいえ、この程度の範囲で済んでいるのは、全てルシファーが戦っているおかげだ。彼が倒れれば最後、ここら一帯の生命は、「戦王」の前にひれ伏し朽ちるに違いない。
「グレン、接敵する! 十秒切ったよ!」
「了解した。……ところで訊いてなかったが、なんでイリスが付いてきてるんだ? 死ぬぞ」
「物見遊山!」
「酔狂だな、全く」
狂言回しが現場にいないでどうするってのさ!
などと会話している内に──道を塞ぐ魔物の数が減っていく。否、ある一定のラインを超えた時点で、ある一定の範囲から先、
そこに、生きている雑兵は存在すらしていなかった。
■
地に這え平伏せよ有象無象。
此方に在りしは熾天の英雄。
輩は悉く散った。
志はされど陰ることなく。
戦地にて、かの者は敵を屠り続ける。
戦王ゼルドの伝説譚、未だ健在なり。
■
更地すら過ぎ──
今もなお戦闘の余波で、大地を砂漠化している存在が在った。
長身だ。三メートルはある。
削がれ切った痩身を覆う、錆びた鎧甲冑に、砂塵まみれの古い緋色のマント。
兜から長く伸びた白髭から、ソレがかろうじて「老兵」であることを察せられる。
その左腕は肘の辺りから欠けている。明らかに万全ではない、生命の全盛も過ぎ去った頃だろうに──常に放たれている重圧は、もはや生命の範疇にはなかった。
残った右手に握られているのは一振りの白銀大剣。
それは何十年、何百年──何千年単位で使い込まれた業物だろうに、欠けてすら、いない。
彼がいる周囲の空間は、蜃気楼のように歪んでいる。
立っているだけで、あらゆる生命は畏怖し、恐怖し、死さえも彼に捧げるであろう。
──超抜存在・第八位。戦王ゼルドが、そこにはいた。




