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Logic Tale《剣豪神子は最強無双するより帰りたい》  作者: 時杜 境
第一章 境界トワイライト
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04 絆などない

「あははははははは! はーはははは! だーれーかぁぁああああ――――!!」


 ヤケクソ気味な明るさに満ちた声。

 一周まわって「大丈夫なのでは?」とサクラも思いかけたが、猛ダッシュしている青年自身はそうでもないらしい。


「まぁ……情報源にはなるか」


 背負うリスクと得られるリターンを冷徹に計算し、サクラは鯉口を切った。

 今度の結晶獣は、体長六メートルはあろうかという大型の四足獣の形をしている。獅子に似ており、牙と鉤爪らしきもので地面と木々を破壊しながら、獲物を狙う背中が見える。


「捕らえろ、社門」


 サクラが下へ指さした瞬間、結晶獣の首の上に赤い鳥居が落ちる。門は首輪のように獣を大地へぬいつけ、その身動きを完全に止めた。


 ……炎竜の前では「刀を使って鳥居を出している」風にしているが。

 実際のところ、鳥居を出すことに関しては特に制限はない。数も範囲も。これだけは昔から、彼の思いのままだ。


「飛ばせ」


 次の瞬間、紅蓮の影が跳ぶ。射出機代わりに出現させた鳥居で一気に空を移動し、また空中に鳥居を一基生成すると、壁として踏みつけて地上へと降下する。


 鯉口は既に切られている。


 白刃が鋭く閃いた。


「抜刀理論・空斬説」


 上から放った斬撃が結晶の巨体を切り崩す。

 鳥居が消え、解放された獣が咆哮を轟かせる。──仕留め切れていない。


【□□□□ッ!!】


「こうか?」


 追撃を叩き込む。核らしきものを斬る感覚がした。

 トッ、とそこで着地する。敵が地面へ倒れこむ中、納刀でシャリンと涼やかな鈴の音が鳴った。


 結晶の怪物はもう動かない。亡骸の表面から、魔力らしき粒子に変わって消えていく。

 周囲を見回し、辺りの安全を確認してから、サクラは後ろを振り向いた。


 木々の影に気配。そろーっと幹から顔を出したのは、追われていた白衣の青年だ。緑の瞳を見開き、こちらを凝視している。


 声から受けた印象の通り、若い。だが魔族には外見の年齢はあまり意味がない。

 乱雑にはねた腰まである長さの黄緑の髪。黒いハーフフレームの眼鏡をかけており、整った造形だが、長い前髪と眼鏡で顔は見えにくい。はっきり分かるのは、研究者、という風貌だけだ。


「……だ、」


「?」


「誰だい君ッ!? つっっっよ!!!?」


 木陰から飛び出した青年に恐るべき瞬発力で近づかれ、がっ!! と勢いよく両肩をつかまれた。

 サクラよりやや背が高い。少し見上げる形になる。


「大型遺生物(いせいぶつ)を一瞬で!? 凄い斬撃入ってる! 殺意を感じるね! さっきの門はなんだい!? もしかして理論使い(ロジックホルダー)とか!?」


「やかましい」


 此方の正体を言い当てる辺りは鋭いが。

 ロジックホルダー。「異能使い」は昔からそう呼ばれる。“異能を理論化して扱うから”、というのが由来だった筈だ。


 サクラの異能は、主に鳥居の顕現と斬撃発生。

 ……ではあるが、それらは派生に過ぎず、本来の効果は別のところにある。


「あ、ゴメンゴメン。まず自己紹介だったね!」


 我に返ったのか、ぱっと離れる眼鏡の青年。軽く白衣をはたいて砂埃を落とし、更に内ポケットからハンカチを出して眼鏡レンズを拭いてから、改めて眼鏡をかけ直す。


「僕の名前はジェスター! 助けてくれてありがとう!!」


「はぁ」


「いやぁ、危機一髪だった。今日こそは流石に死を覚悟したね! 頭の中で助手たちに遺言状をしたためかけていたよ──別に思いつかなかったけど。この通り、僕は科学者でね。はるばる帝国から派遣されて、王国で遺生物の研究を任されてる。それで、君は!?」


 中々よく喋る。

 更に言うと早口で、やや胡散臭い。


「……連れと一緒に、遭難しているところだ。近場に人里があったら教えてくれないか」


 遠い目になりかけたサクラだったが、ジェスターと名乗った青年の話には、地味に情報もあった。


 あの結晶の化物は「遺生物」というらしい。

 そして、「帝国」に「王国」という名称。

 うるさいにはうるさいが、勝手に情報を喋ってくれるのはありがたかった。


「ほう。遭難。こんな魔境地帯のどこから遭難できたかは分からないけど、それは災難だったね。一体どこの国から来たんだい?」


「国というか……別大陸、らしい。信じるかどうかは自由だが──」


 と、そこまで話してからサクラは一つ得心した。


(……言語が通じている)


 互いに使っている共通語は、唯一神がこの世に初めに創ったとされる第一の言語だ。なるほど、確かにこれは異世界ではない。大陸は違えど世界は同じ、というのは間違いないようだ。


「ほほーう、別大陸。ってことは、さっき見かけた凄い光の柱は、君たちが来たせいか。何事かと思ったけど、次元移動の類なら納得だね」


「光の柱……? そんなのが起きたのか」


「一瞬だけね。またぞろ遺生物の突然変異でも生まれたかと思ったから、たぶん調査員が向かってきてると思うよ。この僕も、フィールドワークって言って三日ぐらい失踪してるし!」


「……三日もこの森にいたのか、お前?」


「うん。もうどっちが王都かどうかもさっぱり」


 ──水を打ったような沈黙。

 それは、時間と労力が虚無になったことをサクラが悟る数秒であり。

 見つけたのは不運な役立たずのようだった、と理解するまでの数秒でもあった。


「じゃ、俺はこれで」


「待ってぇー! 遭難仲間、遭難仲間!! 仲良くやっていこうよ僕たちぃ!」


 サクラが歩き始め、その羽織をつかんだ科学者がずるずると引きずられていく。

 異邦の冒険は、まだまだ始まったばかりであった。


     ◇


「あぁっぶねー……」


「き、危機一髪であったな……」


 ずぶり、とアガサとリュエは、影の中から立ち上がった。

 崖が崩れた時、咄嗟にアガサは車ごと自分たちを影に呑み込ませた。おかげで落下の衝撃もなく、車両が破損することもなく、五体無事。


 その代わり、崖上に取り残された剣士とすれ違うことになったのを、彼女たちは知る由もない。


「……なんだったのだ、アレは。石人形(ゴーレム)にしても放し飼いにするようなものではないぞ……?」


「サクラは?」


「まだ上ではないのか? ……うーむ? 気配が辿りづらいな? というかあやつ、魔力の気配が全然しなかったではないか!」


「……あー」


 それはそうだ。今のサクラは魔力が使えない。

 神殺しの代償の一つ。というよりは、後遺症か。

 あの剣士は今、あれでも大幅に()()()しているのだ。


「魔族にとって魔力は生命の源……次に会った時、死体でなければいいがな」


「……知らないってこえー」


 その発言は流石に彼を舐めすぎだ。

 ラグナ大陸での功績を知らないから、そんな口を叩けるのだろうが。


「!」


 アガサは反射的にその場を飛びのいた。

 ガガガガ! とどこからか降ってきた光の矢雨が、一秒前までいた位置に突き刺さる。奇襲だ。

 それも、あの結晶獣のような無差別的なものではなく──


「……今のをかわすんですね。さぞや名のある上級悪魔と見なしますが」


 少女と思しき声。

 だが口調からは、敵意が滲んでいる。


「ですが不法侵入者には変わりありません。お、おとなしく退散してくれると有難いのですが!」


 新たな人影は、リュエを庇うような位置に立っていた。


 白い杖を、まるで弓のように構える一人の少女。

 人間換算でいえば十七歳ほど。ツーサイドアップにされた長髪は鮮やかな水色をしている。リボンタイを付けたホワイトのワンピースに、紺色のケープ。アガサからすれば、まるで一昔前の錬金術師のような格好だった。


「……へえ。第一村人にしては大物だな」


「……っ!」


 距離五メートル。その金の両眼が悪魔を睨む。

 炎竜と同じ瞳の色。少女の種族はおそらく、上位存在に最も近しいとされる精霊種(ルーツ)だ。髪色からしても、水精霊(ウンディーネ)の血縁であることは明白である。


 その金目を、アガサはよく知っている。

 幾度も、戦場で目にしたことがある。


 ラグナ大陸における精霊種は、その多くが生みの親である神霊……神側につき、人類とは敵対関係にある者が多かった。当然ながら軍属、指揮官だったアガサは、そういった「反逆者」と相対する機会も多く。


 こうして出くわすのは、本当に久々だ。


「そ、率直に言いますよ! 貴方みたいな上級悪魔の相手をしている余裕はありません! どうやってこの土地に入れたのかは知りませんが、お帰りください! 冥界とかその辺りに! ていうか、こんな小さい女の子を連れて、どうしようっていうんですか!?」


「ん?」


「ヌ?」


 アガサはリュエの方を見た。リュエもアガサの方を見た。


 確かにあの上位存在、正体さえ知らなければ、ただの火精霊(サラマンダー)の血縁としか思えないだろう。なるほど、つまり少女からすれば、「謎の強そうな悪魔が、精霊種の幼女を拉致している図」にも見えなくもない。


「……なるほど。よし、そっちが私をどう見てるのかはよく分かった。理解した。いいな? だが待てよ少女、私たちは文明人、そう、文明人だぜ! 今の時代、“暴力で分かり合おう”なんて、それはナンセンスだよな?」


「……っ? 何が言いたいんですか……? あ、わ、私を騙そうとしてるんですね!」


「おかしい。会話をしようとしているのに話題がズレるな……」


 “正義感に満ちた純粋少女”──という想定人物像は外れだ。なかなか警戒心が高い。

 侵入者に対する態度としては、申し分ないが。


「おーいリュエ。なんか私が喋っても誤解されるから、仲裁してよー」


「……仲裁、と言われてもな。そもそも汝からは精霊様の血臭がするぞ。今まで何人をその手にかけてきたのだ?」


「……」


「……」


 その場の空気が完全に終わった。

 悪魔の脳裏に「コノヤロウ!!」「役立たず!!」を始め、共通語で表現しきれない無限のスラングが一瞬で駆け抜ける。同時に上位存在に刹那でも頼った判断に押し寄せる、一世紀分の後悔の波。


 そりゃあ殺しはしたよ。仕事だったもの。軍人だし? 向こうは人類の敵でこっちは人類の味方をしてたんですし?


 ──だが、そんな経歴を少女に包み隠さず話したところで、ここからどうやって信頼を勝ち取れるというのか?


「……少しでも対話を期待した私が愚かでした。外の悪魔は本当にろくでもないんですね。よく分かりました」


 名も知らぬ少女の目が冷え切る。

 あの瞳は知っている。もはや敵意や殺意を越えた軽蔑、嫌悪感だ。感情を無にし、こちらを「敵」だと断じる開戦の合図──


「──待てよ。やり合う前にこっちの言い分を聞いてもらおう。これは説得じゃなくて告白だ」


 アガサは両手を挙げた。降参の姿勢に、僅かに少女の顔が動く。


「私が殺した精霊連中は、私の知り合いの家族を数えきれないほど殺していた。それも生きたまま実験に晒し、兵器として運用し、あらゆる尊厳を弄ぶクズの集まりだった」


「……っ、そ、その話を信じろとでも言うんですか!」


「別に。君が私をここで殺したところで、私は君を悪魔差別者の殺人犯として認識するだけだ」


 少女の動きが完全に止まった。

 迷い。隙。

 逃げようと思えばアガサは逃げられたが、両手を挙げたまま、じっと何もしない。


「……むう。嘘ではないな。貴様、正義の悪魔だったのか?」


「この世に正義なんてないだろ、頭お花畑かよ。私の行いを善悪で計れるほど現代の道徳教科は発展してんのか?」


「ぬ──」


 今度は炎竜までも黙り込む。

 良し良し良し、とアガサは近づいてきた対話の道に、慌てず騒がず、釣り人のような気持ちで待ち続ける。


「……分かり、ました。……ええと、リュエさん? あの人、貴方になにか酷いことはしませんでしたか?」


「え? ああ、一度殺されかけたぞ」


 “対話”という名のサカナはここで逃げ出す。釣り人は釣り竿を投げ捨てるどころか握り潰す。

 すなわち──アガサの忍耐もそこまでだった。


「ッッたり前だァこのクズ野郎!! テメー人類じゃねぇだろうがぁぁあア──!!」


「なんだとこの不敬者がぁあ!! やはりここで我が直々に焼き尽くしてくれるわぁぁ──!!」


 戦争の火蓋は一瞬で切られた。

 両者の均衡を保っていた青年がいない以上、仲裁など他の誰にも不可能であり。


 ──そもそも仲間ですらない悪魔と竜の衝突は、必然であった。



2024.05.26追記:展開の加筆・修正

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