06 荒野の一幕
「──ネタバレしますとネ、私は『第十三部隊』の一員なのデスヨー」
クッッッソやる気のない声でカリオストロ先生はそう自白した。
声に力がなさすぎて逆に信じづらい。適当な法螺なんじゃないかと普通は疑うところだが、しかしボクの視点においては、そんな無駄な工程は必要ない。
ボクには嘘が分かる。
どこに嘘があるかを判別することだけは、誰にも引けを取らない。
それこそ、あの自称最強の錬金術師・提督と比べられても──だ。
「……そんな。嘘でしょ、カオス先生……」
しかし嘘がないと分かるぶん、ショックは大きかった。
だって。学院時代からカオス先生は、普通に尊敬の対象だったのだ。皮肉でも誇張でもなく、ボクはカリオストロという錬金術師を敬意を払うに値する存在と認定していた。
そんな人が──まさか。
「申し訳ありません、イリスさん。職務上、これは隠さざるを得ない事実だったのですが──」
「先生、《b》姉さん《/b》の奴隷だったの!? そんな酷い現実、あんまりだよ!!」
「──待ってクダサイ。今、私の告白を上回るレベルの衝撃の事実を聞いたのですが??」
「え、なんのこと?」
本当になんのこと? とボクは小首を傾げる。
「イリスくんとアガサちゃんが姉弟、ってことよ。名乗ってる苗字が違うじゃない、貴方たち」
そう補足を入れてくれたのはキリカさん。今は走行するボクらのバイクの右側について、白いオープンカーを右奥の座席で運転している。
「あぁそっか。お互い、同じ家名なのが気に入らないから、唯一国や学院には別名で登録したんだよね」
「どっちがノーヴェルでレーヴェルだっけ?」
「ボクがノーヴェルシュタイン、姉さんが後者だよー」
グレンのどうってことない質問にボクは律儀に答える。
今、その場に誰がいようと、ボクの中ではグレンの言葉が絶対最優先対象だ。学院長が演説していても、グレンが声を上げればボクは即座にそれに答えるだろう。
「ところでイリスくんって、グレンくんのこと好きなの?」
「愚問だね! この思いの丈を語り切るには概要だけでおよそ二十三時間ほど貰うけど覚悟はいいかな!?」
「後にしろ、後に」
ちぇっ。
「……その……グレン君かグレンさんで迷いますが、貴方はどういったご用件で魔境へ? 見たところ、どうやら『イリスさんが貴方についてきた』という風に私は捉えているのですが……」
「俺が誰の味方で誰の敵か?」
「ええ、まァ。オブラートを捨てて言うと、そうデスネ」
カオス先生には僅かながら警戒の色がある。
キリカさんは──アレ、たぶん察してるけど言わないんだろうな。
「気になるなら、そこのお嬢様にでも聞いてみればいいんじゃないのか?」
「え、私? それはナイわよグレンくん。私はもう、魔境がどんな状況にあるのかぜーんぶ知ってるけど、貴方たちには教えない。だから貴方たちのことも、カオスには教えないもーん」
「お嬢様ぁ……」
ある種の公平さ、というコトか。
カオス先生は憐れだが、「全部知っている」というキリカさんの発言は驚異的だ。いつ、どこで、どうして、どうやってそんな情報を知りえたのだろうか──
「ああ──私自身のコトについては、私とお父さんが損するだけだから言ってもいっか。
──久遠桐架はね、『見れば大抵のコトは分かる』のよ」
「──、」
それはまた。
超能力者という一言では説明し切れなさそうな、デタラメだ。
「とにかく私の存在はそういうもの! これでオッケー?」
「……じゃあ、一つだけ確認。というか質問。キリカさんはさ、『人間の末裔』なの?」
久遠家。
それは確か、例の如く、例によって、『紅蓮』『火楽』『黄昏』に並ぶ、かつて社に属した者たちの名称の一つではなかったか────
「その質問の答えは本来トップシークレットだけど……ええ。そうよ。だから統括長の娘。正確にいえば、義理の娘、なのだけど」
「お、お嬢様……」
それは流石に喋りすぎでは、とじいじの顔が青くなる。ほんとに不憫だなこの人。
「いいのよカオス。他ならともかく、グレンくんとイリスくんが相手なら問題は起きないから!」
「……お嬢様がそう言うのであれば。して、話が逸れてしまいましたが、グレンさん。貴方の目的は──」
その時だった。
「──おーい、そこのイカしたお前ら! これ以上先は止めておけー!」
「あ、グレン。ちょっと止めて」
走行音と風の音に紛れて、荒野の向こうから聞こえてきた人の声を、ボクはエーテルの波としてキャッチした。
バイクが止まる。それに応じてキリカさんたちも停車した。
声のした方角を見ると、ちょっと過ぎた岩陰の辺りには、人が一人、佇んでいた。
「止まってくれてどうも。お前ら、今の魔境は最悪を極めてるぞ。終末戦争で拾った命だ、無駄死にだけは止めておけ」
恰好からして錬金術師──だろう。左腕を負傷しているのか、おさえている。特徴のない魔族の男性だが、装備はしっかりしているようだった。
「外界が最悪だろうことは承知済みだが……何がどう最悪なんだ?」
グレンの問いに、男性は肩をすくめる。
「生き残ってる全部の魔王たちが進軍を開始してるんだよ。魔王ルシファーの城が陥落したって話でな」
ボクの肌に嫌な汗が滲んだ。
「だからどんな手練れでも、今の魔境には近寄らない方がいい。アレは死ぬ。フツーに死ぬ。なんで俺は今からダッシュで帰る。家で嫁さんが待ってるからな……!」
「アンタ、帰りの足は?」
「そんなの魔物のエサになったよ。だから生き延びられたんだがな。で、どうだ。戻ってくれるってんなら、アンタら三人、どっちかのに乗せてもらいたいんだが──」
そう言った彼の目には、ボクの姿が映っていなかった。
「!」
あ。
凄い人だ、この人。
「え……? 貴方、今……」
キリカさんの呆然とした声が聞こえる。
そうか。「見ればなんでも分かる」が売りのこの人でも、ボクのホントのホントの正体は、看破できていなかったらしい。
「……錬成開始」
パチン、とボクは指を鳴らし。
男性の横、空いている空間の横へ術式を生成する。四秒としない内に、そこには一人分のオートバイが錬成完了した。
「っ、え!?」
突然のマジックに男性は驚いている。こちらを横目で見てきたグレンに、ボクは一つ頷きを返した。
「戦場での忠告は命の礼に値する。それを使え」
「え、あ、おお……あ、ありがとな! 凄ぇなアンタ! 生還を祈ってるぜ!」
意気揚々とオートバイに跨る、名も知らぬ錬金術師。
あっという間にその姿が砂塵と地平線の向こうへ消えてしまってから、ボクは視線を外した。
「……じゃ、行こうか」
「ああ」
少し、余計な時間をとってしまった。
けどまぁ、まだ感動できるだけの人間性が自分にあったことを知れたのは、個人的に、少し嬉しかったりするのだった。
■
「──ちょっ、ちょ、待って待って。さっきのどういうこと!? イリスくーん!?」
バイクを発進させ、追いついてきたキリカさんが空気も読まずにそんなことを訊いてきた。ご丁寧に今度はオープンカーをこっちの左側につけてきて、だ。
なんだよ。
個人的にはもうちょっと感服の余韻に浸っていたいんだけど。
「チッ、なんだよ……」
「今までのキャラ性を捨てるほどのガラ悪ッ!? 気分を読まなかったのは謝るけど、私が分からない以上、他の人には絶対分からないわよ!」
「お嬢様が言うと妙な方向の暴言にしか聞こえませんな……」
えー、説明いる?
だってボク、主役じゃないし。語り手だし。興味なんて持たなくていいんだけど。
「イリスを認識するためには条件があるんだよ」
とか渋っていたら、主役の方が口を開いてしまった。
「『生涯、ただ一度でも嘘をついたことがない奴』には、イリスが見えない」
──それは、ボクがこの世に再臨する時に得た特性。
火楽祈朱の持つ原罪にして功績。それは、「嘘」に集約されている。
「人を騙すでも、自分を騙すでもいい。真実を隠して『嘘は言っていない』とか抜かす奴も該当する。逆に、たった一度でも嘘をついたことがない──嘘を許容したことのない奴だけは、こいつの姿は見えないし、聞こえないし、認識しないんだ」
「……え、なにそれ。実質、正直者さんにとってイリスくんは、透明人間ってコト?」
まぁ、そういうコトになる。
ボクは嘘で、嘘そのものだ。嘘つきなんかじゃなく、虚構という概念存在に当たる。
火楽祈朱は存在しない。
それが正しい世界秩序。
だから、ボクを認識しないヒトは凄いのだ。だってその人は、まさしく、『正しい世界』で生きているというコトなのだから。
「……他者の認識依存の幻覚体──イリスさん。その状態は、いつから……?」
「……先生に訊かれたら答えないワケにはいかないね。ざっと、十年前からだよ」
──十年前。
あの日が全てだった。あの日から全てが変わった。
ボクも、世界も──姉さんも。
「……何があったの?」
「キリカさんって他人の過去や秘密を暴かないと親しみを感じられない人なの?」
「キレ味すっごい!! ──でもそうね、そういう性質なのは否定しないわ! だって私は他人の全てを見ながら、暴きながら生きてきたんだもの──ま、今のグレンくんやイリスくんの履歴は、ちょっと靄がかかっていて、色々と見えづらいけど」
「だったら知り合った記念に、この言葉を送っておくよ。『この世には、知らなくていいことがある』ってね」
「グレンくん!」
「……」
返事はなかった。その件についてはノーコメント、ということだろう。
ボクとしても、その方がありがたい。
「……ん、」
乱れのあるエーテル波をキャッチする。
進行方向、その先の地平線──約一キロ遠く。
そこに、魔物の大群の反応が密集していた。
ゴゥッ、と風の強さが変わる。空気が変質する。
同じ黄昏時の空だというのに、これ以上先は、明らかに「違う」世界だと本能が察知していた。
「……ここからか」
グレンも直感的にそれを悟ったらしい。
魔境淵底ラグナディア。
そこには知性ある魔物たちが生息し。
666人もの魔王を名乗る存在がはびこる、黄昏の地獄の底だ。




