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Logic Tale《剣豪神子は最強無双するより帰りたい》  作者: 時杜 境
第二章 魔城デストロイヤーズ
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05 Entry

 何も残らなかった。残骸の一つとして残っていやしなかった。

 キャンプがあった大地は抉れ、キャッスルに至っては存在したという痕跡すらない。

 舞い上がっている粉塵を、錬金術で風を操作して吹き飛ばしつつ、ボクらはクレーターの地点までやってきた。


「嗚呼、お嬢様……多少お転婆な人柄でしたが、まさか消滅死とは……お労しや……」


「先生? もうちょっと生存に希望を持ってあげよう? キーリッカさーん! 意識があるなら返事してー!」


 しかし返事はない。無情だ。

 まぁ、あんな超級の破壊砲撃を受けて生存していたら、錬金術師としてではなく、生物として普通に引くけど……


「は────い!! 生きてる、生きてるわ、超生きてるッ! 天上天下、過去現在未来、久遠(くおん)キリカ、ここに在りッ!!」


 意味不明な口上と共に、砂煙の中で立ち上がる人影。

 砂塵を越えた先に、その人物はいた。


 鮮やかな明るさを放つ、腰まである桜色のロングヘアー。青の混じったインナーカラーが目を引く。

 発育したボディラインの分かる、白いシャツに赤ネクタイ、ロングブーツ、膝上ぎりぎりを攻めている青いミニスカは学生じみている。その上にはアシンメトリー型の、左側の裾の方が長い、布が厚く重なった青緑色の外套をカッコよさげに羽織っていた。


 大体、十七歳くらいの美少女。大きい、澄んだ色の青い瞳からは、利発そうな印象を受ける──同時に、人ならざるような、得体の知れない、全てを見透かすような深みも感じたが。

 以上を踏まえて、ボクとあまり年が変わらなそうだな、とも思った。もちろん精神年齢的な意味で。


 ……アレ? ていうか久遠って……


「なんと。あの破壊砲撃で無傷ですか? お嬢様、いつの間に肉体の再錬成の式を完成させましたので?」


「最初っから無傷でしたー! あの砲撃、お城だけ壊しちゃったの! やることが盛大な割に、器用なことするわよねぇ」


「──当然です。今のは『有機生命体非殺傷モード』。破壊にバリエーションは付き物です。狙った対象のみを消すことくらい、造作もありません」


 上空からはクールな声色。

 見上げると、そこには例の破壊魔……もとい、魔砲少女テレーゼとやらが滞空していた。

 ……いや、アレ普通に飛行能力の一環だな。見た目はともかく、あの少女に搭載されている機能は、現代の錬金術でも特に高レベルなものが詰まっているとみた。


「出たわね物騒魔砲少女。宣戦布告どころか挨拶もなしに、私の傑作を消し飛ばすってどうゆう了見!? 魔王城を乗り回して、魔境を蹂躙するのが夢だったのに!」


 消し飛ばしておけそんな夢。


久遠(くおん)桐架(キリカ)。アナタの造形センスはサイアクです。害虫を模した移動機関など何を考えているのです? あんな汚物、しかも巨大版など、この世にあってはいけません」


 ……ああ、虫、苦手なんだ。

 それは分かる。確かに多足って、見てるとぞわぞわするよね。


「えー!? で、でもカッコよかったでしょ!? 動くお城! 前にサルベージされたアニメで見たもの! 居城ごと動くとか、凄く画期的だって思ったわよ私!?」


「蜘蛛のデザインが悪かったんじゃないかなぁ……」


「そんなぁー!? ──っていうか貴方たち初対面よね。登場がシームレスすぎて、今存在に気づいたわ……」


 まぁ、その辺の自己紹介は後にした方がいいだろう。


「そうね。自己紹介は後にしましょ」


 ……、ん?

 今なんか、思考読まれた?


「──ご無沙汰しております、テレーゼ殿。提督はそろそろくたばり遊ばれましたかな?」


 空間に介入したカリオストロ先生の声が、緩みかけていた空気を切り替えた。

 左手で杖をつき、右手は帽子を押さえている。両手の塞がっている隙だらけの立ち姿のくせに、その雰囲気は尋常じゃなく、邪悪かつ剣呑だった。


「……『指揮無し(ノーバートン)』。なるほど、統括長の命令ですか。随分と過保護なのですね」


 ……統括長って。

 ソレ、唯一王に次ぐ、事実上の今の唯一国のナンバーツーなんだけど。ってことはこのキリカって子、もしかして統括長の娘さん? 超お嬢様じゃん。


 ていうかカリオストロ先生──長いからカオス先生でいいや。この人も統括長と一体どんな関係なんだ。あと「提督」ってのも錬金術師的に聞き逃せないんですけど!


「ご安心ください。現状、提督(マスター)の目標に久遠桐架は含まれていません。この爆撃行為は私の独断です。生理的に受け付けなかった醜悪なオブジェクトを処理しに来ただけにすぎません」


「ねぇ、好みに合わなかったのは仕方ないけど、いちいち私のセンスをディスるのやめない?」


「それは結構。しかし今度は魔境で暗躍ですか。遂に全魔王の掃討でも決めましたか?」


「……」


 テレーゼと呼ばれる少女は、そこで黙った。

 図星で言葉が出ない……ではなく、なんだかちょっと、気まずい感じだった。


「──え゛、なにそれ。テレーゼちゃん大丈夫? 今すぐこんな所ほっぽって、リゾート地にでも逃げた方が賢明よ?」


 と、なにやら突然、話題が飛躍するキリカさん。

 テレーゼさんは何も言っていないのに、しかもついさっき爆撃してきた相手だっていうのに、キリカさんの表情はテレーゼさんを案じている。


 今の一瞬で、彼女たちの間になにが? やっぱり心を読んだ、とかそういうのだろうか。


「……貴方の心配など無用です。錬成品を消去した謝罪代わりではありませんが、命が惜しければ、早々にここを立ち去ることをお勧めいたします。──ああ、それと」


 思い出したように、テレーゼさんはその先の言葉を続けた。


「先日、魔王城に突入した『第十三部隊(サーティーン)』は()()()()()()()()()です。職を失いましたね、ノーバ──」


「えっ!?!? それ本当!?」


「っ!?」


 ──瞬間、ボクは転移していた。勢いあまって空間連結で、ひょいっとテレーゼさんのすぐ真正面に。

 ガッと華奢な両肩を掴んで、希望に目を輝かせる。


「ねぇ、ねぇねぇねぇ! 消息不明ってことは存在不明!? 遂にこの世から消え去ったのあの害悪!! 自爆? 自滅? 自殺? どういう末路を辿ったくらい記録してない!? してない? そっかぁ残念……この先の人生、それを肴に愉しみたかったのになぁ……」


「な──なん、ですか、貴方は。空間転移なんて、どうやって──!?」


 至近距離で見たテレーゼさんの瞳は、宝石なんて表現が失礼になるくらい綺麗だった。

 白い結晶に閉じ込めた、虹色の輝き。自然には絶対に誕生しないその虹彩は、彼女が被造物であることを物語っている。とんでもなくハイクオリティだなぁ。


「おい、その辺にしておけ。消し飛ばされるぞ」


 ──地上から聞こえたそんなグレンの声に、ハッとボクは我を取り戻した。

 テレーゼさんから手を離し、中空そのものを足場にしつつ、軽く頭を下げる。


「あ、そうだね。ごめんねテレーゼさん、つい舞い上がっちゃった。初対面なのにいきなり触るなんて、礼儀がなってなかったよね。反省するよ。重ねてごめんなさい」


「──い、いえ。それより貴方は一体……」


「ボク? ボクはイリス。イリス・ノーヴェルシュタイン。錬金術師としては最近参入してきたばかりの新参者だよ」


「イリス!?」


 テレーゼさんが目を見張った。

 おお、表情の遷移も普通の人と変わらない。彼女、ただの人造生命(ホムンクルス)じゃないな。筋繊維どころか、細胞レベルで作りこまれてる。一種、生命としての完成形に到達した至高品に違いない。


「『白の錬金術師』──今のあらゆる錬金術書の基礎を塗り替えた最新の天才が、貴方……?」


「塗り替えたは言い過ぎだよ、最適化しただけ。あんなの趣味の範疇だったし」


 世に功績だと広まっているその話は、実際のところ、世に出回っていた教書の品質に、文句をつけてやりたくなっただけである。

 それで普通生徒として入学するところを、生徒兼臨時講師として入学(スカウト)してきた学院の対応の早さは、今思い出しても痛快モノだ。


「──まぁそんなことはどうでもいいんだよ。ボクのコトなんて一文字の意味もない。今肝要なのはさ、テレーゼさん。()()()()()()()()()()()()だよ。『気に入らなかった』なんて理由だけで、君ほどの完成品が、わざわざこんな寄り道をして八つ当たりするくらいに()()()()()()()ってどういう事なの?」


「──なにを、」


「あれ、違った? さっきの明らかに無駄な注意勧告、SOSでしょ? 先生とどういう繋がりがあるかボクは知らないけど、煽りに見せかけた救援宣言じゃ──、?」


 そこまでボクが、つらつらと名探偵気取りに弁舌した時だった。

 ガクン、と目の前のテレーゼさんの首が不自然に折れた。いや、折れたは言い過ぎだったけど、強く、後ろっ首を掴まれたようにして、項垂れた。


 ──外部からの干渉だ。テレーゼさんの意識はここにはない。


 そう察しがついた時、少女の口が開いた。


『あー、テステス。発音良好、音響最適。──精神掌握完了、ごきげんよう地上の凡俗(カス)ども』


 先ほどの丁寧な少女とは、似ても似つかぬ乱暴な口調。

 声は元のテレーゼさんのものと二重になっている。剣呑と殺伐を音声言語にしたらこうなるんじゃないか、という低音が重なり響いていた。


『オレが()()、世紀の大天才にして最強野郎の大錬金術師──ギルトロア様だ』


「──……!」


 威風堂々とした傍若無人を上限突破したような自己紹介。

 それに、ボクは驚愕の声も出せず、本気で戦慄した。


 ……なんてことだ。覚悟はしていたけれど、流石は魔境。もうなんでもアリのキャストじゃないか。


 彼こそは千年を生きる伝説の大錬金術師。

 誰よりも破壊を好み、〝破壊のための錬成〟を座右の銘にする、歴史の問題児(ザ・マーヴェリック)


 ギルトロア・アドミラル・アルス・マグナ。

 それは人理兵装(レリック)に並ぶ究極兵器──()()()()()()()()()()()()()()、正真正銘、本物の化物が名乗っている名前だった。


     ■


『そこに居らっしゃりやがンのはいつかの悪辣爺じゃねェか。フレッシュな若人たちを(たぶら)かしてる最中だったか? 暇人極まってて非常に結構、それでこそ悪魔だ。ンで──』


 頭を持ち上げたテレーゼさんの目は、金色が帯びている。竜種の鋭さを思わせる眼光は、およそ同じ人類が持つべきものではない。見ただけで他の生命を射殺しそうだ。


『アー……アア!? なんだそこのお前、おい。なんだその無駄と浪漫だけで錬成したヨーナ大型二輪はッ!? まさかそれでこの荒野を駆けてンのか!? 遠まわしに全飛行物体を嗤う高度なアジテーションかよ!? 終末ここに「至った」な……!』


 グレンの方を見たのだろう、少女の身体を借りている提督が、興奮気味に指をさす。

 ──前言撤回、こいつもただの錬成バカだ。ラスボス気取りの登場が二分も持たないって、自称最強として恥ずかしくないのか?


「無駄口の口車は健在のようだな。──率直な疑問なんだが、お前、生きていて恥ずかしくないのか?」


 ビリッ、と。

 空中という距離をとっているボクでも、今のグレンの声には鳥肌が立った。


 ……え? 今の、明確に殺気がこもった返しだったんだけど。確かにグレンには、少し不機嫌な時と、ちょっと不機嫌な時と、物凄く不機嫌な時しかないけど、ここまで露骨に表に出すのは珍しすぎる。話す相手が上位存在でもない限り、こんなグレンは滅多に見ないのに。


『あん? どっかで会ったかゴーグル野郎? こっちはテメエみたいな暇人、記憶にないんだがな』


 売り言葉に買い言葉か。いやこの提督にとっては平常運転なのか。

 この二人、ただ会話するだけで殺し合い一歩手前の空気感になってない?


 がしかし、そんな空気を一切読まない人材がこの場に一人。


「て、提督ギルトロアって──あの噂のアレよね!? ねぇカオス! 私サイン欲しいわ!! 紹介してよ紹介して!」


「いけませんお嬢様、あんなのと貴方を関わらせたら(ワタクシ)の首が飛びます。統括長には強く言い含められております故……」


「えー! お父さんの過ー保ー護ー! でもそんなこと言われたら、反抗するのが正しい子供よね。てーとくさんてーとくさーん!」


「ちょっ、お嬢様」


 カオス先生の制止を振り払って、下にいるキリカさんがぴょんぴょん跳ねる。アイドルを見るファンの如く、ブンブンと手まで振って、


「私キリカ! 統括長の娘! お父さん煽りたいから(さら)って──!」


 すると魔砲少女が、人質希望の馬鹿を視界に収める。


『……フム。スクラップにもなれねェ産廃だが、その提案には価値があるな。後のリスクを度外視してでも受ける意味はある────が』


 眼前の少女の──その奥にいる錬金術師の視線が、ボクに向けられてくる。


『誘拐は外聞が良くない。おいそこの新参錬金術師、その産廃をオレ様の所にまで連れてこい。そしたらソイツを取引材料に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。マ──その先の戦場を抜けて、こっちの拠点にまで来られたらの話だがな!』


「えっ」


 ──思いがけない方向から、思いもよらない幸運が舞い込んできた。


 ……史上最強の錬金術師が、「なんでも一つ望みを叶える」。

 極まった錬金術というのは、それこそ「なんでも」できる技術だ。それは悪魔の誘い文句よりも信憑性のある、夢のまた夢のようなドリームチケットに等しい。


 しかもこの人、()()()()()()()()

 ボクは今、マジモンの幸運をこの身に受けている。


『──っと時間だ。こっちも忙しくてな。せいぜい──いや、割と本気で奮闘してくれると此方としても都合がいい。諸君らの、盤上に乗る気概と覚悟を期待しよう』


 そこで声は途絶えた。

 再び、カクリとテレーゼさんは一瞬意識を失い、すぐにその目を開く。


「……大胆な提督(マスター)。突然精神を乗っ取るなんて、伴侶のことをなんだと思っているのでしょう……」


 呆れたように息を吐く飛行少女。

 まさかの既婚者。魔砲少女としての理想像をブチ壊しかねない爆弾発言だ。

 つーかあの提督の趣味がどうなってんだよ。羨ましいにも程がありすぎるだろ。


「──それでは、提督(マスター)が待っているので私もこの辺で。皆様、どうか見ごたえのある悪あがきをご披露ください」


「あ、はい。お幸せに……」


 素でそんな返事をしたボクに、テレーゼさんは一瞬柔らかく微笑を浮かべると、すぐにその場を離脱していった。


 ……さて。

 地上を見やると、カリオストロ先生がキリカさんを守るように前へ出た。


「……今すぐに逃げてくださると助かるのですが、お嬢様」


「嫌よ。失職して処刑されてちょうだい、アルシオン」


「そんな殺生な」


 アルシオン。知らない呼び名だ。無名のクセして、先生はあといくつ名前を持っているんだろう。


 なんてテキトーに思いながら、ボクはこの降ってわいた舞台入り切符を、どう活用しようか考え始めていた。


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