03 Setup
黄金の朝焼けが地上を照らす──といっても、ボクはこの黄昏空以外、見たことないが。
文字通り、境内を時空震が揺らした日から、二日後。
ボクの精神は最高に爽やかだった。あの真っ黒な姉がいねーためである。
社にもたらされた平穏の空気は素晴らしい。こうして、棟の回廊から見えるいつもの景色が輝かしく見える程度には。
「あ、グレン!」
鼻歌を歌いながら地上を眺めていると、見えた紅蓮色の影に声が跳ねる。
瞬間、ボクは手すりから向こうへ身を投げた。なお今日の高さは、地上まで軽く八十メートルちょい。流石のボクでも、このままでは落下死を避けられないので、
「空間連結」
飛び降りた真下の空間に、白い虚が現れる。重力に任せてそこへ飛び込むと、シュタッ、とボクは地上に着地した。
目の前には、紅蓮羽織を着た目的の人物が、
「……え? どこから?」
不思議そうに棟を仰ぎ見る。いきなりボクが目の前に来て驚いたらしい。落下するまでの空間距離をカットしたのが、ちょっとしたサプライズになったようだ。
しかし、ボクは彼の姿の方が意外だった。
が、すぐに原因に思い当たる。
「あ、稽古の直後だった? 大丈夫?」
グレンの羽織はあちこち焦げてボロボロだった。そんな事ができる存在は、この社に一人、いや一機しかいない。
封社やしろだ。
まさに死闘帰り。疲弊していないのが不思議だ。怪我がないから、回復されながら鍛錬したのだろうか。
「まあ、そんなところだ。昨日は全敗だったが今日は八日ぶりに一本取れた」
「……それって何戦中?」
「千」
千……
「……ちゃんと鍛錬してるの、偉いね。もう終末戦争は終わったのに」
「いや、正直言うと面倒くさい。いい加減に解放してほしい」
超本音。やっぱり疲れているのだろうか。
「自分でもこれ以上、伸ばせる能力がないのは分かってるからな。細かい技術ツリーを見直して確認するだけの作業となりつつある。はぁ……」
肩を落としながら、彼は拝殿のある方へ歩き出す。
その横に並びつつ、ボクは言葉を返す。
「やしろさんの強さの限界、どこにあるんだろうね……」
「取っ払ってるんじゃないのか、そういう概念。俺から見てもアレはオーパーツだ。どこからかの未来物としか思えない。……けどアレ、ちゃんと稼働限界があるんだよな」
「あるの!?」
「あるよ。五十年に一度、内部データを引き継いで機体を変えてる。今のアレは三年前に交替したばかりの代物だ」
……そ、そんな新事実が。
封社やしろ。この境内の土地の管理人にして、ボクらが認める、最強の存在。
この世のありとあらゆる賛美賞賛の言葉は、全てのあの一体のためにあるんじゃないかと思うくらいのオーバーウェポン。一体誰が、どんな酔狂であんなのを創ったのやら。
「グレン、今日は朝、食べるの?」
「パフェ」
「極悪食生活、ここにも!?」
君、境内では食事も要らない存在だっていうのに!
朝飯がデザートとかどんだけだよ。アルクス大陸に行って舌が馬鹿になったんだろうか。前は水すら不要とか言ってたクセにさ!
「イリスも食べるだろ?」
「……そりゃあね。お腹空いたし。でもパフェは食べないよ。朝はやっぱりステーキでしょ」
「……」
なにその釈然としなさそうな顔。
ステーキは万能の食品だ。朝、昼、夕、晩、いつ食べても栄養が摂れるスグレ物である。
「……お前って好物とかあったっけ」
「いや、特には。ステーキが一番食事した気分になれるってだけ。食べごたえあるし」
「イリスが一番食生活を管理された方がいいんじゃないの……」
そんな殺生な。
やしろさんの手にかかったら、毎日サラダとおかゆ生活である。修行僧を目指してるワケでもなし、冗談でも止めてほしい。
「──、ん」
拝殿が見えてきた頃、グレンが足を止める。
その理由は問うまでもなかった。ボクだって立ち止まった。
賽銭箱の前。そこに、見知らぬ参拝者がいたからだ。
「──訪問者は待ち人に恵まれた」
それが第一声。
しわがれた声だ(老年か?)。焦げ茶のケープ、ローブ、コートが重なった外套(凄い厚着だ)。同じ色の大きな三角帽子の存在感(茸みたい)。帽子からはピンと立った、細い二本の獣耳が突き出ている(ロバかな?)。外套の隙間からは大きい黒毛の尻尾が覗いていた(ふさふさ)。顔は黒いベールで覆っている(見づらい)。その口元には立派な髭があった(長老! 長老だ!)。
しっかりしたT字の杖先が、コン、と石畳を叩く。明らかに獣人なのに、指は人のように五本ある。
いや、ていうかアレ、本当に人かな?
「トモダチ?」
とか、横のグレンが呑気に問うてくる。
目の前の絶対にヤバそうな老人に危機感を覚えていない……いや、する必要がないのだ。
ここは境内。彼の領域にして縄張り。ここではあらゆる戦闘行動、殺生行為は却下される。
入れるのは──ただの参拝者だけだ。
「知らないよ。お客さんじゃない?」
……三角帽とかいうミエミエの恰好で、正体には見当がつくけれど。
「来訪者は肯定する。我、『神殺し』に依頼したい」
「依頼?」
嫌そうにグレンは眉をひそめる。
構わずに客人は言葉を続ける。
「二度、我らが眠りの闇に身を浸す前。魔境にて、魔の知己が危機に陥った。城と艦は主を失い、閉ざされた。闘争の声、猛り。黄昏の底は魔の物たちの血潮に染められるだろう」
へえ。
たった二日で、なんか面白そうなコトになってるなあ。
「……イリス、翻訳してくれ」
「ん? だから二日前の時空震の原因だよ。魔境でこの人の知り合いがなんかやらかして、魔境全体が活性化してるみたい。このままだと魔物たちで殺し合って大変だねー、って」
確認するように視線を向けると、コクリと獣人のお爺さんは頷いていた。
「依頼は、かつて結んだ同盟のもとに在る。魔の知己の元へ、“神殺し”を送りたい」
「お爺さんの友達をグレンに助けて欲しいんだってさ。同盟っていうのはボク、分からないけど……」
「……社と、魔法使いたちの間に取り決められた、不可侵の条約だな」
苦々しい、そんなグレンの説明にボクも現状を正確に把握した。
魔法使い。それは、理を従える者たちの呼称である。
世界のルールを捻じ曲げる力を持つ超越者。彼らは率直にいって、ボクや姉、グレンといった、「理持ち」を操ることができる、絶対的な天敵だ。
そんな魔法使いからの依頼、となると──
「……ぐ、グレン。これって、脅しなんじゃ」
そう、お爺さんが暗に言いたいことはこうだ。
依頼を引き受けなければ、不可侵の条約無視して操るゾ☆ である。
「はぁ~~……」
見上げた彼の顔色は諦めに満ちていた。
仕事したくねぇ外出たくねぇ。
そう、心底から世の理不尽性を蔑む表情だった。
だけどそれも数瞬のことで、
「……同盟に基づく一件だというなら」
じろり、と紫眼が魔法使いを見つめる。
「そっちも援軍くらい寄越せ。社は貴方の知己に協力するのではなく、貴方に協力するものとする。故にこれは共同作戦だ。知己を助け抜くか、中途で見捨てるかは全てそちらの判断に委ねる。その程度の判断もできないなら、この話はここで終わりだ」
……まぁ、当然の返しだろう。
言い出した側なんだから、友人への対応、最終決定はお爺さんが決めるべきだ。協力関係だからって、その辺を曖昧にちゃあいけない。
すると獣人のお爺さん──魔法使いは、カツ、と杖を鋭く鳴らして、
「──委細承知したものとする。供には我が番犬を使うがいい」
今までの、まるで「語り手」じみた口調ではなく────
その一瞬、そこには歴史という過去を積み重ねた、一人の老爺が立っていた。
「アオーン」
あ、と思った。
遠吠えと共に、魔法使いの足元に現れたのは、いつか庭に見かけた黒狼だったからだ。
「我が知己の名を、ルシファー。魔王ルシファー。狂乱と狂騒の劇の立役者が一席、その助力となることを期待する」
つい最近、とても聞き覚えのある名前を口にして。
それきり、魔法使いは境内を後にしていった。
■
「行きたくねぇえ──……」
お爺さんが去った後、拝殿の階段に座り込んだグレンが開口一番そう言った。
先ほどまでの毅然とした態度はどこにもない。外界には面倒事しかないと分かっているからだろう。
それを、彼はもうアルクス大陸の一件で身に染みて味わっているのだから。
「報告。本日の累計参拝者数は一名です」
と、カウントを伝えながらやしろさんが現れた。さっすがオーパーツ、一見しただけでボクらに何があったかを正確に読み取ったらしい。まあ、この土地の管理者はやしろさんだから、魔法使いのお爺さんが来たことは感知していたのだろうが。
「やしろさん。さっきのアレ、結局誰だったの?」
「データーベース検索。回答します。『ストーリーテラー』と呼称される、『懐旧』の魔法使いです」
カイキュウ……懐旧? 呼び名といい異名といい、また能力が想像しづらい魔法使いだ。
しかしストーリーテラー、という名はしっくりくる。狂言回し顔負けの、あの語り口調の会話は、まさにそれとしか言いようがない。
「じゃあ……あっちの狼の種族はなに?」
ボクは拝殿前、石畳の隅っこで待機している黒狼を指さした。
金色の目は鋭い。モフい真っ黒な毛並みは闇そのもの。体長は……その、十二歳体型のボクより少し大きいというか、ボク一人くらいなら乗れるくらいの大きさがある。
正直超乗ってみたい。生命的、存在的上位階級を感じるから、あんまり馴れ馴れしくするの、ためらうけど。
「質問意図、不明。存在を感知できません」
「えっ」
やしろさんの目には映らないってコト!? 機械……文明の敵対者か対立者にあたる存在なの、アレ!?
「現状数値より正体を推測します。予測該当データ、『カドの煙狼』を提示します」
「えんろう……煙のオオカミ?」
そういえば確かに、出現するとき、少し煙っていたような。
「……使い魔にとんでもないものを置いていくな、あの魔法使い……」
はあ、とグレンが白い息を吐き出す。流石はやしろさんの英才教育を受けた身だ、ああいう存在に関する知識は叩き込まれているのだろう。
「怖い動物なの?」
「……個体によるだろう。清浄なものを嫌い、悪性なモノをよく好むと聞く」
なんだ。それじゃあ悪魔のボクはセーフだ。
そろそろと歩み寄り、黒狼の前にしゃがみ込んで右手を差し出す。
「よろしくお願いします!」
「……」
フイ、とそっぽを向かれた。
──むぅ、コミュニケーション失敗。全然認めてくれていないようだ。というか対応からしてこの黒狼、さては相当に気位の高い個体だな?
「それじゃあ、さっさと行くか。仕事は早く終わらせてしまうに限る」
「えっ、朝ごはんは?」
おもむろに立ち上がったグレンは、反射的に放ったボクの言葉に動きを止める。
「……食べた方がいいか?」
「当たり前でしょ。パフェでもなんでも、一日はなにか食べてから始まるものなんだよ」
「そうなのか……」
今ボクがテキトーに言ったことを、グレンはあっさり信じたようだ。
いつもの慎重性はどこに行ったんだよ。君、ボクの真名忘れてない……?
それはともかくとして、いったん屋敷に入ってからボクたちは朝食タイムとした。
もちろんグレンはやしろさんに再現させたパフェ三杯を(!?)、ボクは自前で錬成したステーキ一皿を。
ごちそうさまでした、まで済ませると、グレンは別室に引っ込んだ。その間、手持ち無沙汰に拝殿前で待機していると、やがて、
「……うん? イリスもついてくるのか?」
「そりゃグレンが行くならとうぜ──ふぉお!?」
そこに現れたのは白髪になったグレンだった。髪もすっきりと後ろで一つ結びにしている。
服装は茶鼠色のコートにベスト、胸元に赤いリボンが留められたシャツ、黒ズボンに黒革靴。それから指ぬきグローブまで。
──神子度、ゼロ! どこの異世界人かな!?
「ど、どうしたの、その恰好……」
「変装。あの正装、目立つからな」
……その変装ファッションも、別の意味で注目を集めそうだけど。
刀は? と聞いたらコートの中から出してきた。社式収納術なのか、そうなのか。まぁオーバーテクノロジってるしね、ここ。
「移動手段は? やっぱり転移? それとも徒歩で?」
「魔境の近くに転移する。そこからは──」
「報告。移動手段の生成、完了しました」
生成って言った今? と思いながら、やしろさんの声がした方向を見た。
「──な」
瞬間、ボクの中で時が停まった。
境内には、ででーんと、景観に合わぬ黒塗りの自動二輪車が!
──しかし。
「……ねえグレン、ちょっとこれ、大型にしてみない?」
「なんで」
「やしろさん、お願い。コレ、大型バイクにして!」
「命令を拝受しました。オブジェクトAを再生成します」
え゛、というグレンの声がした気がしたが気のせいだ。
やしろさんがバイクに手をかざすと、たちまち形が変容し、そこには黒い大型の自動二輪車が、どどーんと出現していた。
「うわー! カッコいーぃ!」
「えぇー……」
なぜかグレンのテンションは下がり気味。
バイクとか錬成ろうとも思ったことなかったけど、こうして実物を見ると錬成意欲がわいてくる。……見た感じ、コレは錬金術で創れそうなレベルを超えたスペックを感じるけど。
「あ、このままじゃ煙狼が乗れないから、サイドカー──」
「……」
その時、やってきた黒狼が、ぬるっとバイクの影に溶け込んだ。いや潜り込んだ。
……。
……さらっと移動手段、人質に取られた……
「伝達。追加荷物の携帯を推奨します」
「へ? なにこれ?」
横にやってきたやしろさんが、ボクに一つの灰色トランクを押し付けてくる。重そうに見えたが、持ってみると空っぽのように軽い。なにが入っているんだろう?
「生命危機のポイントで自動開封します。火楽祈朱がお持ち下さい」
……死にかけるってこと? ボク……
ま、まあ! 魔境が物騒なのは今に始まったことじゃないし、有難く受け取っておこう! 念のためにね!
──なんて虚勢を張っても、やしろさんの未来演算の確度は驚異的だ。生命危機、ぜひとも詳細をここで教えてもらいたいし、訊けば教えてくれるだろうが、それで今のボクの気が変わるのも嫌だ。下手したら狂言回しの座を投げ捨てかねない。
とりあえずトランクはバイクの後ろに積んで、錬金術で固定する。
バイク用のゴーグルをかけたグレンがハンドルを握り、その後ろにボクがつく。
エンジンが、重い音を響かせて稼働した。
「座標転移、開始します。──行ってらっしゃいませ」
そんなやしろさんの声を最後に、ボクたちのいた空間は白い閃光に満たされた。
カッと視界が眩んだ直後──そこは、もう境内ではなかった。
「うわっ……!」
ごおっと強風が顔を撫でつける。
目蓋を開けた視界いっぱいに広がったのは、黄昏の陽光。それから、地平線のどこまでも続く──荒廃した、岩と砂でできた終末の大地。
……っていうかアレ、足元がなんか安定してないっていうかコレ、バイクごと空から落ちてないかコレェ────!?!?
──初手落下死。ラグナ大陸、そういうことだってある。
「ちょちょちょ──! グレンッ!!」
ボクが叫んだ時だった。
「Guruaaaaaaaaaa────!!」
ドゴァッ!! とバイクの真下──すなわち地中から、巨大な、細長い管状の魔物──砂竜が飛び出してきた。
そう、竜、である。あくまでも。竜のような頭部に黄色い鱗、確か短い四本の手足があると文献で見たが──うん、流石にこの状況じゃ確認はできないね!
ボクたちを乗せたバイクは、綺麗にその背へ着地。華麗に束の間の宙の旅路を体験し、道が途切れた直後、
「抜刀理論・空斬説」
「錬成式:白刃掃射!」
グレンの一太刀が竜の頭部を斬り落とし、
虚空から放ったボクの錬成弾が、刃を模した弾丸の雨となって砂竜の身体を撃ち抉った。
落ちていたバイクはそのまま、無事に着陸。背後では、一瞬にして蜂の巣となって絶命した大型魔物が、地響きを上げながら失墜していった。
「っあ~~、もう! 死ぬかと思ったぁ!!」
「嘘つけ。しっかり捕まっていろ」
はぁい、とボクはおとなしくその背にしがみつく。
──停止した落陽が荒野を照らす。
地平の向こうから感じ取れる、強大な気配たちに、知らず、口角が上がる。
黄昏のラグナ大陸。ボクらの故郷であり、魑魅魍魎がはびこる地獄の土地。
終末を超えた先に何が待っているのか、確かめる時がきた。




