01 アバン・序説・プロローグ
>>証明開始
提示:証拠材料『虚構の狭間』
仮定:火楽祈朱/カグライリス/かぐらイリス/etc…
世界線:XXXXX XXXX
座標:月界線の社
時刻:黄昏暦603.12/XX
活動履歴参照元:以下
構築仮説:虚構理論
錬成開始:【■の理】
実説構築。情報記録開始。顕現完了。
>>EXISTENCE:Q.E.D.
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意識を覚ますと、まだ微かに充足感と達成感が残っていた。
目蓋を開ける。脳の稼働に五感が鮮明になっていく。畳の匂いがする。冷たい空気が肺に入っていく。──六畳間の私室だ、と現状を把握する。
「……ふ、ふ、くくく……」
昨晩成し遂げたことを思い出して声が漏れる。
机に突っ伏したまま意識が落ちていたらしいがお構いなしだ。最高に気分がいい。
そう──やった! 遂にボクは成し遂げたのだ! 錬金術の知識を思い出してからの十余年、机上の空論として未完成だった、史上最高の錬成物をッッ!! 錬成!! したのだ────!!
「は、は、はは、はっはははははははは……!!」
「────何してるんです弟先輩? いつもの発狂ですか」
は、と笑い声が止む。
我を取り戻して辺りを見ると、いつの間にか自室から廊下に出て、両手を広げながら外に哄笑していた。
──まぁ。
テンションが最高潮になると、よくあることだ。寝起きだったしね?
後は目撃者を消すだけで、今の醜態は虚無に還すことが可能だが──
「……オハヨウ、バイト君。いま何時?」
右横の気配に向き直ると、そこには最近、ちょくちょく社で見かけるようになった若者が立っている。
「七時ッス。超健康的生活周期ですね。弟先輩といい姉先輩といい、紅蓮先輩といい、この世界の人たちって体調管理、上手すぎません?」
──校舎でもないのに学校のブレザー制服、下に着込んだパーカーのフードを被った青年が、そう肩をすくめる。
金髪銀目で、歳は十七から十九くらい。棒付きキャンディをくわえたまま、器用に話しやがっている。
「僕は今から夜食の予定ですけど、一緒にいかがです?」
「なにその極悪食生活。遠慮するよ。君もやしろさんに健康管理された方がいいんじゃない?」
「やー。あの美人さんは最高ですけど、それはちょっと。感情でも起こしてくれたら考えますケドネー」
それは永遠に無い可能性だ。天地が裏返ってもあり得ない。
「ところで弟先輩、さっきなんで笑っ──あ、いいっス。その笑顔だけで察せました。観測かったコトにするんで勘弁してくださーい」
「賢明だね。夜食はお断りだけど、ボクも今起きたトコだ。途中まで一緒に行こうよ」
了解ッスー、と空気に溶け込むような抜けた声。
横並びで廊下を歩き出しつつ、そっとボクはこの青年を盗み見る。
平和という概念、学生という存在情報が凝縮したような彼は、いつ見てもこの世界とマッチしない。……それも当然の話だが。
「つーか今日の気温設定、寒くないすか? 雪でも降らせるつもりなのかなぁ、やしろさん」
「そろそろ冬らしいからね。外界は季節概念が消失してるけど、境内だけはそういうの、ランダムに再現するんだってさ」
『月界線の社』──ラグナ大陸の座標にありながら、独立した空間地帯。異空間、と言い換えてもいい。
ここはその屋敷本館の裏手、霧の奥にある多層塔の一つだ。ボクの部屋は現在、地上からおよそ百メートルの高所にあるが、この階層はちょくちょく変わる。住み着いているボクでさえ、未だに社の構造と仕組みの全貌は把握しきれていない。
そんな建築物や設備、境内の気候から風景まで、その全てを管理しているのがあの真っ白な機械人形──封社やしろという巫女である。
「多機能だなぁ。でも僕はやっぱ夏が好きっすね! 夏! 青い空、澄み渡る青空、クッソ五月蠅ぇセミの声! こっちじゃ聞けないから寂しいナー」
同じことを二回言ってるような気がするけどスルー。
「……セミってなに。虫?」
「ですです、ご名答。あ、先輩たちって虫の声とか聞こえるのかなぁ。育った環境に応じて、聞こえるモンが違うって話ありますけど」
「脳の使い方が違うんじゃないの。こっちは色んな言語があるし、聞こうと思えば聞こえるかもね」
ト、タ、タ、と軽い足音が木造の回廊に響く。
適当な雑談で移動時間を浪費しながら、ボクたちは階段を下り、廊下を歩き、階段を下って──辿り着いた、直近の空き部屋の襖を開いた。
そのまま二人して中に踏み入り、戸を閉める。
「「本館」」
移動の呪文を唱える。
途端、ごぅん、と部屋の外が動いたような音がすると、三秒ほど置いて、入ってきた襖がシュパッと自動で開く。
部屋から出て広がった景色は──庭だ。
裏手の棟から、本館の一階へ。部屋が上下に動いたわけではない、座標そのものが入れ替わったのだ。それこそワープ装置みたいに。
社の屋敷は、テクスチャだけは古っぽいのに、中身の文明レベルがおかしい。普通に外界のソレを超えている。ここだけSFの世界である。
「あーァ、もう地上は雪が積もってるじゃないですか。冬ですねコレは冬。道理で寒いワケですよ」
自称後輩の言う通り、地上の庭は白に染め上がっていた。
ボクの服装は白いパーカーに白羽織、白髪ときているので、飛び込んだら保護色になりそうだ。
「弟先輩はショタっ子なので紛れたら見えなくなりそうですねぇ」
「これでも十八なんだけどね?」
「マジかよ合法ショタ。え、身長の呪いとか気にするタイプですか?」
「自覚がなきゃ年中短パンなんかはいてないよ」
「ひ、開き直ってるんだ……いや弟先輩の場合、そういう風に細胞を管理して……の線もありえそうですよね……」
「その辺はご想像にお任せするよ」
見た目は十二歳、中身は十八歳。ひとまずボクに関しては、この情報だけ覚えてもらえれば結構だ。なんなら短パンの情報だけ覚えてもらえれば結構だ。
「弟先輩って、自分の視点を悪用して胡乱な情報ばっかり提示しそうですよね」
「なにバイト君。消えたいの?」
「じ、地の文の濫用だ! 次の行まで僕、生き残れますか!?」
──とかまぁ後輩をからかっているのも面白かったが、メタ的反則を抜きに、そこで彼とは進行ルートを別にしたので別れたのだった。
ちなみに。
三人称から一人称に視点が変わっただけで、別にボクは主人公じゃないのでそこは安心してほしい。
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自己紹介。或いは自己概要の振り返りと確認。
ボクの名前はイリス。火楽祈朱。
別でノーヴェルシュタインという名前も使ってるけど、本名としては「火楽」になる。悪魔としての真名も持っているけど、それはおいおい。
もはや説明不要の少年外見。恰好をつけるつもりはないけど、白紙のように白い存在、とでも思ってほしい。
だってボクの存在は嘘だからね。
しかし語る内容に関する真実性は保証しよう。そこは守らないと、ボクは存在できない。
虚構は現実あってのものだ。ボクは世界を詐欺にかけるが、目撃した世界を騙ることはできない。
それもまぁ、結局は、嘘を認めてくれる、信じてくれる観測者様がた次第なんだけど。
ともあれ貴方はもうボクの話を見た。読んだ。目撃した。
だったら、ボクがいるという証明になる。存在を成立させるには十分な材料だ。
ならばボクは──語ろう。これから起こる、ちょっとした騒動を。
「──ん」
廊下の曲がり角で、足を止める。
視界の端に見えた気配に、視線を動かす。
白く降り積もった庭の向こう。
そこに一点。黒い靄のような、シミのような「黒」が。
「……狼……?」
漆黒のソレを見た。
思わず一度、瞬いてしまう。次に見えた白い視界には、生物の残り香すら存在しなかった。
幻か見間違いか白昼夢か。
どれもありえそうだったが、どれもボクが見るには酔狂すぎた。となると、今のは現実だったんだろう。
黒い狼。
さて、さっぱり心当たりがない。境内に入って来られるということは、害のないモノか、それともこの次元より高次な存在か……
「……まぁ、面白そうだし」
見なかったことにしよっと!
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黄昏暦六〇三年、冬。
彼らが異邦に迷い込んだ事件から、一月後の話。
それは終末戦争以来の、黄昏の大陸を揺るがしかねなかった大戦争の断片。
或いは「神殺し」に間に合わなかった、本筋から零れ落ちてきた者たちによる逆襲劇。
さぁ──あまりにも遅すぎた、ボクたちの最強決定戦を始めよう。




