40 顛末Ⅲ
「炎竜エリュンディウスは死んでいる」
「あの炎竜を名乗る者は、いったいどこの誰なんだ?」
地竜の言葉を受けて、サクラは直立不動だった。
虚ろだった目が、今度こそ本当に死んでいたが。
それから、ゆっくりと右手が動き、
「………………………………………………………………………………………………………………またこのパターンかよ………………」
顔を、覆う。
もう、うんざりだと。
「? また、とは?」
「……こっちの話だ。で、答える前に、情報を整理したいんだが……炎竜が死んでいる、という主張にはどんな根拠がある?」
「奴が落命したのは、神代大戦終結の折だ。我が看取ったのだから間違いない」
神代大戦──
聞いた覚えのある単語、読み漁った歴史書で学習した覚えのある出来事に、サクラは記憶を掘り出す。
(……何千年も前に、アルクス大陸で起きた大規模な内乱……だったか? 最後に炎竜が大陸全土を焼き尽くすことによって、全てを終わらせた大戦争──)
“炎の七日間”。その時に、オーク、ゴブリンと呼ばれる一部の下級の魔物たちが大絶滅した……と言っていたのはサリエルだったか。
「……非礼を承知で言わせてもらうが、記憶違い、という可能性は?」
「それはあり得ない」
はっきりと、地竜は即答する。
「我々、上位存在……特に始祖竜とは、世界の均衡を保つバランサーだ。神代大戦よりも以前に起きた戦の時、それぞれ四属性を司る大精霊様に創られた。我の創造主は地の大精霊様だな。我たちの使命は、この世界を護り、行く末を見届けることにある」
だから、と続ける。
「一度見たもの、聞いたものは決して忘れない──我々始祖竜は、全て覚えているために、永遠を生きるのだから」
「──、」
それを聞いて、サクラは一つ思い出す。
この大陸に来た直後、あの砂漠地帯を横断していた時の会話だ。
「……そういえばリュエは、最後に覚えている記憶を訊かれて、『あまり覚えていない』と言っていたが……」
「──なんだと?」
地竜の声が硬くなる。
そこに込められているのは怒りか。一瞬、首筋が寒くなりなりつつも、サクラは次の言葉を待つ。
「ならばやはり、アレは偽物だ。それに我の記憶にある同胞は、決して、生命に区別をつける者ではなかった。超抜存在の咎を他に押し付けるなど以ての外だ。そんなことをするくらいなら、相討ってでも、自らが絶龍の呪いを引き受けただろう」
「あぁいや、咎に関しては俺は別になんとも思っていないぞ。その辺は気にしなくていい」
「え゛」
ピタリと一瞬、地竜の動きが完全に止まる。
「本気……本気か? 本気だな、本気で言っているのか……え? 知人友人に忘れられても、何も感じないのか? 人間なのに? 正直、我でもかなり精神にくるぞ……?」
やや引いた表情で、その顔色が青くなっていく。
なんかさっきも似たような話をしたな、とサクラは話題を流すことにする。
「……まぁ、話は分かった。けど、お前の知る『炎竜』はなぜ死んだ? 始祖竜は永遠を生きるんじゃなかったのか」
「……大陸を一日焼き尽くすということは、世界を一日閉じるも同義だ。それをあやつは七日間も続けた。七回も世界を終わらせるほどの力を、奴はそこで使い切ったのだ。
多くの知恵ある人類は地下でやり過ごしたが、炎竜を侮った強者らはことごとく焼け死に、大戦を継続する意志は失われた。あんな……あんな戦が起こるなど我々さえも予想しえなかった。それを無理矢理にでも終わりに導いたのは、炎竜の献身あってこそだ」
「……なら、どうするんだ? あの炎竜の偽物は抹殺するのか」
「……わかんない……」
「わかんないじゃねーよ」
急に弱気になるな。
「というか、そっちの能力? 権能、とかで分からないのか。見ただけで種族が分かるなら、あいつの正体だって──」
「分からん。分からぬから、咎を負ったという貴方にまず尋ねたのだ。信用できるからな。我が目でアレの中身を視通そうとしても、まるで不明だ。なにかの上位存在の魂のようだが……何故、炎竜を騙っているのかはまるで見当がつかん」
「……だから扱いに困っている、と」
「そうだ。だからどうか、『炎竜を名乗る何者か』を、皆一様に炎竜と認めていた時の、我の恐怖心を察してくれ……」
「それは……怖すぎるな……」
つまり現状は、地竜から見て紛れもないホラー体験なのだ。
喋る死体を生物だと周りが認めている異様な光景を、ずっと見続けるようなもの。
「……正直、迷っている。なぁ、異邦の神子よ。そちらの大陸に、今一度アレを連れ帰るのは──」
「──推奨しない。ラグナ大陸を甘く見るなよ、上位存在。向こうにはまだ千年分の怨恨と憎悪と殺意が渦巻いてる。始祖竜だろうとどんな大役があろうと、上位存在だと露見した瞬間、生きたまま捕まるぞ」
「……ぐ、具体的には」
「生きたまま実験体とか、生きたまま素材にされるとか、肉体と魂をはがされて、別々に永久のエネルギー源にされるとか。不死って便利だからな……」
「ひっ」
地竜の尻尾が大きく震えた。心なしか、少し涙目だった。
「とにかくロクな事にはならない。ま、あいつを殺してほしいというなら引き受けてもいいぞ。王国の無事は保証しないが、この世から上位存在一体を消せるなら、俺もやぶさかじゃない」
「……いっ、いやいや。そ、そんな物騒で剣呑な対応ではなく。そうだな……せめてそう、監視、監視とか引き受けてくれる気はないか……?」
「あ?」
なんか話の流れが変わったな、とサクラは顔をしかめる。
「いや、だから……第四位を倒した貴方なら、あの炎竜もどきの行動を監督できないか、と……むろん、支援はする。だからアレの正体を暴くまで、こちらに留まっ──」
──ふっ、とサクラは軽く息を吐いた。
やれやれまったく。
衝撃のある真実だったが、やはりこいつも上位存在。
話はできるが、話にならない。
なので満面の笑みを作って言う。
「どうでもいい」
「えっ」
「帰る」
「えっえっえっ、エッ、待って待て待て待て待って────!?!?」
ぐるんと踵を返すと、腰に地竜がしがみついてくる。ガッ、と強めに蹴るが、ビクともしない。チッ、と舌を打つ。
「邪魔。離せ。殺すぞ」
「嫌わないで……殺さないで……いかないで……」
「上位存在は全員嫌いだよ」
「ハヴッ」
ダメージを受けたような嗚咽が聞こえる。無視だ無視、とサクラはそのまま歩き出そうとするが、流石は始祖竜(真)、人間程度の力では動くことも許してくれない。
言葉の兵器で対抗するしかないらしい、と地竜を見下ろすサクラの目が据わる。
「これ以上のサービスは無しだ。お前の役割は俺とアガサを無事、ラグナ大陸に送り返すこと。ただそれだけだ。あの炎竜の処遇に関して、そんな甘えた処置をとるなら、俺は協力しない。仲良しごっこなら他所でやれ」
「じ、慈悲なし容赦なし! あの、歩み寄る方法も、世の中にはあるんだぞ……?」
「だから他所でやれと言っている。話し合いの場で武器を振り回されたくないだろう?」
それにな、とサクラは息を吐き出す。
「──そういうのは、よそ者の俺に頼るな。相談するな。お前はどこの国の守護竜だ? この王国を護る竜だろう? だったら王国を頼れ。ヴァンにサリエル、アルトリウスやガルドラにエメル、シンシアやルシウス、国王ロアネスだってここにいる。連中を頼れ。相談しろ。俺はそこには参加できないしする気もない。とる手段は殺すか死ぬかそれだけだ」
「……し、しかし……」
「なんだ」
「わ──我は、しくじった。世界樹に呑まれ、何百年もの間、守るべきこの国を脅かし続け、多くの民を傷つけた──そんな我が、今更になって、また彼らに負担をかけていいのか? そんなことが許されるハズが……」
「そんな考えをしてるんだったら、またしくじるぞ」
冷徹な目で剣士は続ける。
失望の紫眼が地竜を覗き込む。
「信じるのが嫌なら利用しろ。利用するのが嫌ならいっそ逃げればいい。誰の負担にも迷惑にもなりたくないなら、その永劫の命が尽きるまで独りでいろ。それすら選択できないのなら、お前には守護竜なんて使命、重すぎたんだろ」
「………………。……もう少し、優しい言葉で言って…………」
「そうか」
瞬間、サクラは地竜の首をつかみ上げた。
「っが──!?」
そして、力任せに壁へ叩きつける。ドガッ、と鈍い音が静謐な廊下に響き渡る。
音もなく、鞘から刀を抜き放つ。
「俺とアガサをラグナ大陸へ帰せ。じゃなきゃ殺す」
「え、い、いや────」
「断るなら、ここでお前を少しずつ斬り落とす。本物の始祖竜の素材だ、アガサも喜ぶだろうな」
「ほぁアッ!? 正気か!?」
「いや、心臓の方がいいか。リュエのものは結局獲り損ねたし……」
「ッ……! な、汝ら、ああそうかっ、初めから奴を殺すために奴と出会っていたのか! だから和解の余地が──え、あ、待て、待て待て待て! 刃を出すな! わ、分かったぁ! 分かったから!!」
その一言で、ぱっ、とサクラは地竜の首から手を放す。
ドッ、とその場に角持ちの青年は膝から座り込み。
シャ、と首筋に白刃が添えられる。
「──……分かっ、た。汝とあの悪魔を、元の居場所──ラグナ大陸へ帰そう。我が身を災厄から解放してくれた者への、せめてもの礼と、させてくれ…………」
「それでいい。その言葉、違えるなよ」
シャリン、と鈴が鳴る。
踵を返した剣士の羽織の背へ向かって、地竜は声を放つ。
「……汝は、孤独を望むモノだろう? なのに、なぜ、我に『他を頼れ』と『他を信じろ』と、『他を利用しろ』と……そんな事を言えるんだ?」
足を止めたサクラは、振り返らないまま、言う。
「……俺は、身の程を弁えなかった結果、失敗した。頼ることも、信じることも、利用することも、もう手遅れになった」
大敵を倒しても落とし穴が待っていた。
どころか、もうとっくに手遅れだった。
それが彼の、終末戦争の結末だった。
「だがお前はまだ間に合う。まだ打てる手がある。俺はもう、機を伺うしかなくなったが、お前たち王国には『これから』がある」
行動回数も可能性も残っている。
それを自ら切り捨てるなど、傲慢を通り越した愚かしさだ。
「お前に教えたのは、そういう昔の実体験からくる教訓だ。せいぜい活用しろ。──絶望したくなかったらな」
シャン、と鈴の音を残して紅蓮の彼は消えた。
奇しくも夜は満月。朔を司る神子とは真反対の月影。
青年が歩き去った道の先を、残された地竜はしばらく眺めていた。




