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Logic Tale《剣豪神子は最強無双するより帰りたい》  作者: 時杜 境
第一章 境界トワイライト
38/97

37 決着

 大樹の竜が燃えていく。

 ごうごうと黄金の焔は燃え盛り続ける。


 ……だが。


【■■■■、■■■■■……!!】


 全身を灼かれながらも、未だ、まだ第四位には足掻くだけの息があった。

 もう大地を震わせるほどの咆哮も、地上を蹂躙するだけの力もない。存在を保つために再生を繰り返しながら、後は徐々に削られていくだけ。


 それでも、その中でも、境界竜イグドラシアは、最終目標を欠片も諦めてなどいなかった。


     ◇


 上空の鳥居から、サクラは一人、その様を眺めていた。

 アガサは先に砦へ戻った。念話曰く、地上では兵士や魔術師たちも少しずつ意識を取り戻しつつあるらしい。


 目が覚めていたら仇敵が薪にされていたなど、まぁまぁ衝撃の光景のようだが。


(……初めに奴が放った詠唱……対魔族特化……なら、やはり『魔法』の線が強そうだな。言うなれば、魔族という存在を否定する理か)


 こちらの戦力のほとんどを、一瞬にして機能不全に陥らせた術。

 それをサクラは魔法──神気によってもたらされる術と推測していた。


 魔法とは、理そのものに干渉する超越術。サクラやアガサといった『理持ち』にとっての天敵だ。

 理論という道筋を無視して理を発現させるそれは、彼らの魂を操ることにも等しい行いなのだから。


【■■■■■■……──!】


「!」


 その時、炎に焼かれながら、境界竜がその両翼を大きく広げた。

 場の空気が変わる。イグドラシアのいる時空間が歪み、背面に現れた赤色の線という線が、青空へ、まるで枝のように伸びていく。


「──あいつ、まさか……っ、【神殺す黄昏の刃(レイヴァテイン)】!!」


 行動の意図に思い当たった時、サクラは即断して空を黄昏に塗り替える。空間距離を無視して境界竜本体へ突き刺さった黄金斬撃は──しかし、無数の赤線の一本を消し去ったのみだった。


「っ──」


 ──根本からして、存在格が違いすぎる。

 敵との純粋な()()()に目を見開いた時、頭にアガサの念話が叩き込まれた。


『ちょいちょいちょ──い!? 何が起こり始めたんだアレ! 有識者ァ!!』


「逃亡だ……! 第四位は他の世界線──もっといえば、『自分が存在可能の世界』に移動しようとしている! 俺の人理兵装(レリック)ではどうにもならない!」


 斬撃で境界竜の逃亡という可能性自体を斬る──サクラならできそうな話だが、生憎と【神殺す黄昏の刃(レイヴァテイン)】では、先の通り、境界竜の存在格に押し負ける。


 サクラの持つ「裏技」をもってしても、今行われようとしている術は、境界竜にとって“脇道へ歩きだそう”としているだけだ。()()()()()()()()()()()()()には、なんの効果もないだろう。


『──チィ、だったらもう一度……!』


 念話の向こうでアガサが何を考えているかは分かった。今一度、“逆行輪廻”で使える権能を用い、世界線の移動を封じようというのだろう。


 だが先ほどとはもう状況が違う。炎竜が見ている上、王国勢の目もある。

 いくら錬金術で目くらまししたところで、ただならぬ気配の顕現は隠しようがない。

 たとえ今は元・■■■であろうと、露見した時のリスクがあまりにも高すぎる──


『──逃亡か。それは困る。勝ち逃げなど、私が最も嫌うものだ』


「……!?」


 念話に、強く割り込む声があった。

 サクラがその正体に思い至る前に──砦から、覚醒状態のアガサにもひけ取らぬほどの、禍々しい魔力の波動を感じた。


『〝(なんじ)冥闇(めいあん)の息吹より来たりし深淵なり。

  死を言祝ぐは墜落の楽園。死を忘れんとするは我らが原罪〟』


 紡がれるは魔術の詠唱か。

 そこで砦の方角を向いたサクラは、その屋上に、黒い宮廷魔術師──サリエルらしき影を見た。


『〝叡智の罪過は天を穿つ。終局の破壊は地に(あまね)く。以って顕れし混沌こそが原理を創る〟』


 砦上空に黒の大魔法陣が開かれる。周囲の魔力、エーテル、神気が黒い放電と化す。

 すると、今も炎に包まれている竜がいる地点にも、同じ大魔法陣が展開され──


『我が(いみな)において招来せよ──【永罪楽園・深淵死曲(エンド・レクイエム)】』


 地上から吹き上がる漆黒の極光。

 炎に塗り重ねるように発動された大魔術は、境界竜背後にあった無数の赤い光を消し去っていく。どころか、今も炎から再生を続けるイグドラシア本体にも、更に腐敗と石化混じりの呪いがもたらされているようだった。


(きゅ、宮廷魔術師……)


 あまりに埒外の大魔術に、サクラは賞賛の言葉も思いつかなかった。むしろ震えすらある。

 ──王国、絶対に敵に回したくない。

 そんなことを思っていると、今度こそ、境界竜が地響きをあげながら大地に倒れこむ。

 全ての力を使い果たし、もはや動くことすらままならない。


 ……そう。ここまでやっても、アレはまだ、()()()()()()の状態だ。


 後は一息に、誰かがトドメを刺すだけ。そしてこの地点に至ってようやく──


「あとは……俺の仕事か」


 死に体の第四位の元へ、異邦の剣士が向かう。

 この戦いの決着と──その全ての咎を、持っていくために。


     ◇


「……うわ……」


「ほう。やるな、あの末裔っ子悪魔」


 サリエルの大魔術の光景を、砦の外でヴァンも見ていた。すぐ横には、少女体に戻ったリュエが感心した様子で立っている。


「だが、やはりしぶといな。伊達に四位ではないというコトか」


「!? アレでまだ生きてるってのか!?」


 リュエの言葉に、ヴァンは視覚を魔力で強化して、たった今地上に崩れ落ちた敵を見る。

 顕現した時に感じた威圧感も、存在感もまるでない。全身を焼かれ、呪われ、力を使い果たした樹々の身体は黒く変色している。


「あと一息、というところだろうがな。行くか?」


「──当然だ。前は倒し損ねたが、今度は違う。絶対に今回で終わらせる……!」


 魔剣の柄を握り、境界竜を睨む。

 そんな彼の様子を見て、薄くリュエが笑った。


「フ──いい覚悟だ! ならば我が運んでやろう。()()()()()()()。それでいいな?」


「────、トガ?」


 一瞬、言われた単語の意味を思い出すのに時間がかかった。

 怪訝な声を上げたヴァンに、おや、とリュエは小首を傾げる。


「汝も知らんのか。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。アレにトドメを刺すとはそういうことだ」


「……は……?」


 何を言われたのか、分からなかった。


「む、報いって……アレは俺たちの国を何百年も苦しめた災害だぞ!? なんでそんなのが発生する!?」


「アレは絶龍がこの世に残した呪いのようなものだ。ま、要は最後の嫌がらせだな! というか、汝ら人類社会でも殺人には罪が課せられよう? それと同じだ」


「お、同じって……」


 なにか、違う次元、違う世界同士で会話しているような気分だった。

 目の前で話している赤い少女が、徐々に、別のモノに見えてくる。


「っ……その報いってのは……なんだ。まさか、殺したら殺されるとか──」


「そんなもので釣り合うか。人類一人分の命の価値など我の鱗一枚にも及ばぬわ」


「──」


「ま、何が起こるかは我にも未知数。ただはっきりしているのは、その咎は必ず、()()()()()()()跳ね返ってくることだけだ。──して、どうする。汝には、他の者にその咎を負わせる覚悟があるのか?」


 ……時間はない。

 魔剣の柄を握る指先が冷えていく。

 恐怖が、騎士の決断をわずかに遅らせる。


「……いいや。それなら、やっぱり俺が──」


「──それは止めてください、師匠」


     ◇


 境界竜と、十メートルほどの距離まで来る。

 一帯の大地と大気は呪われ、腐食し、酷い有様だ。舞っている黒い粒子は、悪魔たちによる呪いの粒子そのものだろう。


 しかしサクラが近寄るだけで、粒子は消えていく。

 鳥居から飛び降り、真っ黒な地上に降りて歩くだけで、大地の黒さは勝手に浄化されていく。


「お前も災難だったな、第四位」


 黒ずんだ生きた躯に、そう声をかける。

 動くことはない。微かに周りの樹木や根が蠢いているが、それだけだ。


「介錯は一瞬だ。だから、存分に恨むといい」


 シャリン、と鈴が鳴る。

 切った鯉口から、白刃が閃いた。


     ◇


 その場に響いた声が、俯いていたヴァンの意識を引き戻した。

 目の前には、水色髪の少女が立っている。


「シンシア──」


「炎竜様も、師匠を連れていくのは止めてください。……それでも行くっていうなら、ここで止めます。必ず」


 白杖を向けられる。

 金の瞳には迷いがない。毅然とした意志が、そこにはあった。


「師匠がなんと言おうと、誰に恨まれようと、()()()()()()()()()()()()()()。だから──諦めてください」


「諦めるって……アレをこのまま残しておくつもりか!? そんなこと……!」


「──そんなことにはならねェよ。奴はここで終わらせる」


「安心して。誰が行くかは、もう決まっているから」


「!?」


 後ろを振り向くと、ガルドラとエメルが立っていた。

 砦で目覚めて、すぐに転移してきたのか。止血こそしているが、二人ともボロボロだ。


「決まってるって……どういう事だ。誰が行くって──!」


「作戦前に、陛下から直々に命令があってな」


 龍人の言葉に、ヴァンは息を呑む。

 その先を、エメルが冷然に続ける。


「トドメを刺すのは異邦の剣士──『朔月の神子』。()()()()()()()()()、と。だから私たちも貴方も、ここで大人しく待つだけ。自分たちの手でカタをつけられないのは残念だけど、これが王国にとっての最善よ」


「ほう、サクラが行くのか! とうに覚悟が決まっていたとは、見直──ギャンッ!?!?」


 リュエから上がった悲鳴に、場の視線が集中する。

 赤い少女の背後には黒いコートの指揮官──アガサが現れていた。どうやらリュエの脳天に、思い切り手刀を入れたらしい。


「なァーに上から目線でモノ言ってんだテメエ? 今まで欠片も働いてなかったクセに、ブレス一つ吐いただけでお疲れみたいだなァ、アァ!?」


「っ、なんだその言われようは! 我は地竜の解放に協力するとは言ったが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ぞ!!」


 ──悪びれることなく叫び散らしたその物言いに、今度こそヴァンの芯が冷え切った。


 こいつ……もしかしなくても、敵なのでは?


 一方でアガサは見惚れるくらいの笑顔を浮かべ──瞬間、ギッ、と赤い瞳が殺意に燃える。


「──あ~~もういいやッ! やっぱ死ね竜の屑(ドラカス)!! 上位存在死ねぇぇぇ────!!」


「ギャッギャァァァアアアア!?!?」


 一瞬で黒鎖によって拘束された炎竜が、宙へ投げ飛ばされる。そこへ更に黒銃の連射が叩きつけられ、地平線彼方に赤い影が消え去った。


「……、ちょ」


 なんかシリアスだった空気が、今の一連でどこかに行ってしまった。

 ふしゅー、と大きく息を吐いたアガサが素早く振り返り、王国勢はビクッとなる。


「……な? よく分かったろ? 上位存在ってクズだぜ!!」


「それは分かったけど……いやその話は後だ、サクラがトドメを刺すってどういう事だ!? 報いが何のことか、お前は知ってるのか!?」


()()だよ」


 無表情になったアガサが、淡々と返す。


「超抜存在を殺した罰は、殺害者に跳ね返る──より正確にいえば、この罰とは殺害者を()()()()()()に、()()()()()()()()()()()ものだ」


「それ……って……」


 そこで悪魔は空を仰いだ。

 視線は、境界竜へ向かっていった、紅蓮の影を追うものだ。


「──あいつが神を殺した時もそうだった。三年前以前のサクラにまつわる記憶は、大陸中全ての生命から抹消された」


「「「──ッ!?」」」


 アガサの証言に息を呑んだのは、ヴァン以外の魔術師たちだ。

 ふら、と倒れかけたガルドラがしゃがみ込む。


「……っかぁ~~~~、やたら強ェとは思ってたがそういう事かよ!? いやでもマテ、アンタ謁見の時、第一位を倒したのは、一番の兵装保有者(レリックホルダー)だって──」


「……明言はしていないわ。彼女は『かの者』が第一位を下したと言っただけで、誰が倒したかは伏せていた。──騙したのね?」


「そっちが勝手に誤解しただけだろー。嘘は一個も言ってないぜ、私」


「師匠……気付いてたんですか?」


「……薄々はな。だけど──」


 ヴァンはただ、悪魔を睨む。


「……じゃあ、今回も同じことをさせるってか。それは、あいつの──」


「ああ、サクラからの発案だ。裏で国王陛下に、この話を通しておいたんだとよ」


「……、」


「そう怒るなって。リュエの野郎はあの通りだし、私は悪魔だから、これまでのお前らとの記憶が消えると、お互いに色々都合が悪い。──だったらサクラだ。あいつしかいない。あいつに関する記憶が消えたところで、何か悪いことがあるか? それとも──」


 愉しむように、憐れむようにアガサは嗤う。


「お前は耐えられるか? そこの弟子に、剣の師匠に、他の仲間に──今までの自分との記憶を忘れられて、平気でいられると?」


「……ッ、」


 それは──一体どんな世界なのか。

 かつての自分が忘れ去られた世界。自分しか相手との記憶はなく、だが相手は己を知らない──その孤独に、たった独りで、誰が耐えられるというのか。


「──……待て。だったら、なんでお前はサクラのことを知ってる? どうして大陸中からサクラの記憶が消えたことを、覚えてるんだ──?」


 ヴァンの問いに、クッ、と黒い彼女は喉で笑う。

 それから大仰に両手を広げて、言った。


「──そりゃあ、これから分かることだ。歓迎するよ、『黄昏家』の子孫──ヴァン・トワイライト。私たちは終末に残された、()()()さ」


     ⛩


 死を前に、大樹の竜は何を想う。

 否、何も、何も──無かった。元より死を恐れる余分(しこう)など、ソレに備わっていない。


 人間たちが地上を離れ、■■の者たちが今の世界の支配権を握るのなら──この存在は、(たお)れるまで厄災として在り続けるしかない。


 生存と存在を求めた果てに、境界の竜はその終焉を見た。



     「朔月理論・天幻絶刀」



 ──終着の刃は次元の彼方から。

 それはこの剣士が至った剣技の最奥。朔月の月光を宿した刀身は、一つの命を、存在を確実に葬り去る。


 刹那、大地から奔った白い閃光が──全てを完全に覆い尽くした。


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