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Logic Tale《剣豪神子は最強無双するより帰りたい》  作者: 時杜 境
第一章 境界トワイライト
37/97

36 第四位

次元を彷徨う。

求むは安寧のみ。

もたらすは破滅のみ。

枝が目指すは地上の楽園。

咎を恐れぬ者のみが挑むがいい。

汝に、境界を踏破する覚悟はありや?


     ⛩


 ──ヴァンの意識が戻った時、戦場の風景は一変していた。


「……ぁ、」


 デタラメにかき混ざって隆起した大地。

 地割れから伸びた数百メートルはある樹々の根。うつ伏せになっていた状態から天を見上げれば、その一つの大存在を──かつての嵐の日のように──目視する。


【■■■■■■■■──ッッ!!】


 五感を揺さぶる、大自然の叫喚。

 声量は大気を伝わり、アルクス全土に響き渡らせているかと錯覚するほど。


 大樹らが竜をかたどった異形の頭部。

 地面と縫いつく五、六十メートルはある樹の四肢とその胴体。

 数多の枝葉と絡み合いながら広げられる、空を覆う樹の両翼。


 ──超抜存在、第四位・境界竜イグドラシア。


 地上を脅かす、動く天災がそこに顕現していた。


「っ──! ガルドラさ……、!?」


 周囲を見渡すと、そう遠くない位置で龍人は倒れていた。近づくと、息はあるし脈もある──ただ、意識だけが完全に消えていた。そこへ、


「なにかの術を行使されたな。お前は平気か?」


 辺り一帯から生えてきた巨大な根をよけつつ、サクラが近寄る。

 大規模な破壊と顕現の一撃だったが、反射でかわしきれる程度のものだった。今も低く、遠く、雄たけびを上げる竜を警戒しつつ、生存者たちを確認する。


「ああ、特に問題はない……アガサは?」


「今、少し向こうで砦に連絡をとっている。念話は繋がるか?」


 言われてヴァンは通話を試みる──だが、応答一つない。


「……っダメだ。使えはするが、何も……」


「ダーメだダメダメ、全っ然ダメ! この気配、純魔族の奴らは全員やられてるんじゃねーの?」


 と、アガサが悪態と同時に合流してくる。片手には通信機。参った、というより面倒くせえ、という顔だった。


「対魔族に特化した術、か。……ん? じゃあヴァンは……」


「……あ、つい先刻分かった事実なんだが、先祖(ザカリー)がタソガレ家? の人間だったらしい。そのせいか……?」


 サクラとアガサが固まった。大きく目を開き、ヴァンを凝視する。


「──そんな、馬鹿な」


「え、本気で? そんなコトある!?」


「???」


 なぜか二人は心底から驚愕を露わにしている。その原因はヴァンには掴めなかったが──


【■■■────】


「て──んな事言ってる場合じゃねぇ! 魔族の全員がやられてるってことは、まさか、俺たちだけでアイツをやるってのか!?」


 今のところ、第四位に目立った動きはない。空洞を響かせるような声を上げてはいるが、足元の生存者たちには気づいていない──相手にすらしていない、という様子である。


「そりゃ人手に頼れないんじゃあなぁ。──やれる?」


 アガサの赤眼がサクラに向く。


「……やろうと思えば単騎(ひとり)でも。ただ、砦や他に倒れてる連中を庇いながらだと、拮抗できて一分だろうな」


「オーケイ。よしヴァン、お前はガルドラ連れて砦に戻れ。んでリュエの奴を起こしてこい。こっちで最後の人理結界を壊したら、奴の火で一気にダメージを稼ぐ」


「それは……けど」


 ヴァンのためらいの理由は二つ。

 第一に、二人をここに残していくことと。

 第二に、第四位という「王国の障害」を、彼らに任せてしまうことへの罪悪感──


「転移を使えるのはお前しかいない。それに、今の俺たちは同盟関係だろう?」


 それを読み取ったか、サクラがそう言葉を差し込む。

 ……ヴァンの覚悟は、そこで決まった。


「分かった──死ぬなよ!」


 ガルドラに肩を貸して、魔術師は転移術用の札を消費する。

 その間際、おや、と不意に彼は思う。


(……そういや、サクラもアガサも、純粋な魔族じゃなかったのか──?)


     ◇


 人理結界や超抜存在と戦う際は、どれだけ切り札を切れるかどうかが鍵となる。

 もちろん相性の問題もあるが、用意している切り札の数が勝敗の行く末を決定する──それが最大脅威との決戦だった。


「口が上手くなったじゃねーか」


「あの手の人種は、筋の通る信頼を見せれば簡単に信じる」


 ヴァンがガルドラを連れて砦へと消えた後、二人は脅威を前に言葉を交わしていた。


 当然ながら他に人気はない。都合のいい助けなど見込めはしない。

 で、あるならば。

 ここが彼ら二人の()()の出し所、ということになる。


 パチン、とアガサは指鳴らしをし、この周辺空間の一帯に、軽い仕掛けを施した。


「神子の慧眼、恐れ入った。性格わるぅー」


「お前やイリスほどじゃない。自信を持て」


「性格のほう?」


「いや、どっちも」


 ズズン、と再び地鳴りがした。

 大地の亀裂からは徐々に大樹の根が伸び、境界竜自体も、少しずつ自由を獲得してきているようだ。


 放っておくことはできない。


 しかし、たかが人類二人で何ができるのか。


 その答えを、今、この瞬間だけ彼らが示す。


     「【洗霊覚醒(アーツドライヴ)】」


     「“逆行輪廻”」


 ──顕れた二つの強い気配に、大気が軋む。


 詠唱と同時に、サクラは自身の精神状態が固定化されるのを感じた。

 自我、自意識、人格といった「紅蓮朔空」を構成する要素が薄れ、存在がより理に近づき、精神が極限の戦闘状態へと切り替わる。それに応じ、エーテル色素に染まっていた紅藤の髪色が、元の白髪へと戻っていく。


 一方、“逆行輪廻”と唱えたアガサも在り様を変えていた──その変わりようはサクラの比ではない。

 黒髪が輝くような()()へと塗りかわるだけに留まらず、彼女の気配、存在自体が人類からかけ離れる。

 それは悪魔よりも禍々しい──()()そのもの、深淵という概念を具現したモノ。


 変貌した髪色と存在起源の由来は、彼女の前世。

 遥か遥か昔────「大悪魔」と恐れられた、原初の悪魔の力に他ならない。


 その隣で、白髪の剣士が鯉口を切る。シャラン、と鈴の音が響いた。


     「これより竜を廃滅する」


     「粛清の時間だ、()けよ同胞」


 脅威に挑むは、終末越えの人類二人。

 異邦の土地に、その存在が今、刻まれる。



     ⛩


【■■■■■■■■────!!!!】


 地上世界で樹海の竜が吼え猛る。

 伝播する震動は重力となり、二人の挑戦者を押しつぶそうとする。


 ──作戦も合図も不要。

 彼らは互いの戦闘スタイルの根幹にあるものを理解している。なぜ、どうやって、それを選び構築し習得したのかを、知っている。


「宿刀理論・空絶(くうぜつ)説」


 第四位のいる空間に向けて斬撃が入った。竜を構築する樹木の鎧が斬り落ち、地上に残骸として降っていくが、二秒と経たない内に再生が始まっていく。そんな竜の麓から退避しつつ、サクラは次に起こった衝撃の根源を見た。


「【闇よ、(ブレイク・)黒よ、(バースト・)終わりの死を(エンデッド)】ッッ!!」


 ──撃ち放たれるは黒の正拳。

 拳撃にまとった魔力の黒波が地表をえぐり抜く。

 それは眼前の大地ごと、大樹の根本をも引き千切って、境界竜を軽く()()()()()()


 直後に、境界竜の目が動く。視線は地上の悪魔一人。

 虚空が歪む。そこから出現した無数の岩の大槍が、一斉に外敵へ向かって降り注ぐ。


 ──敵と見なしたな、とサクラとアガサの思考が重なる。


【■■■■■■!!!!】


「ッルッセェ、死ねぇ──!!」


 黒拳、二撃をもって迎撃す。

 岩槍が破砕され、意識が悪魔に向いている境界竜(イグドラシア)の左側面で、紅蓮の剣士が刀身を閃かせる。


終論(ついろん)・空斬絶刀」


 空斬説の奥義にあたる絶技が現れる。一閃は竜の片翼を叩き斬り、それに対抗してか、サクラの側に樹々の根が束となって襲い来る。


「“残照”──【神殺す黄昏の刃(レイヴァテイン)】」


 放たれる黄昏の焔と黄金斬撃。

 樹々を灼く一撃は、そのまま境界竜本体にも攻撃を及ぼすが──その瞬間、境界竜の姿が、色が、空間ごとブレを起こし、無傷のままそこに実存する。


「──世界線を飛んだな?」


 剣士がそのロジックをすぐさま看破する中、再び地上の大悪魔が動き出す。


「融けろ融けろ融け落ちて死ね──【黒天厄災(ガストレイン)】!!」


 アガサが指さした先、境界竜の頭上に、黒い天球が現れる。

 直径三十メートルほどの漆黒太陽。そこから滴るのも黒い水滴。それは鋭さを帯びて刃と化し、敵と地上へ無差別に放たれた。


 境界竜と同等──いや()()()()()の権能が発動し、世界線移動などという暴挙は、彼女がいる限り、永続的に封印される。


【■■■■ッ!!】


 雨粒の触れた個所から、境界竜の肉体が黒く侵食していく。侵食される先から再生を続ける中、再び、イグドラシアが強く大地を叩いた。

 急激に隆起した地面に変革が起きる。地上の化身の命に従い、大自然はその有様を()()()へと変貌させ、反逆者たちを飲み込もうとする。


「──、」


 降りしきる黒い豪雨の中でも、サクラは顔色一つ変えずに、不定の地形を疾走していた。

 雨は特にかわす必要がない。雨粒そのものが彼の肌に触れる前に弾かれ、蒸発しているからだ。

 神子である彼の身には──たとえ大悪魔のものであっても──あらゆる呪いは通じない。


「【神殺す黄昏の刃(レイヴァテイン)】」


 鳥居で自身を上へ飛ばし、イグドラシアと地上の変容から逃れた位置。

 そこから放たれた宿刀の一閃が陸津波の勢いを殺し、


「──それイイな。私もやろ。【冥界式・黄昏斬撃ルナティック・レイヴァンテイン】ッ!!」


「お前な……」


 魔力のこもった悪魔の声はよく通る。

 いつの間にかアガサが右手に握っていた指揮刀から、黒を帯びた黄金斬撃──サクラの“残照”と酷似したものが解き放たれ、進もうとした大地の津波を焼き払う。


 ……あえてレイヴァ()テインなのは、偽作という慎みからか。まさかの自分の模倣という所業に呆れながら、当の剣士は着地した鳥居の上から、次の攻撃行動へ移る。


「空論・絶月(ぜつげつ)


 異常な魔力の高まりから予測した、境界竜の次の行動を概念的にキャンセルする。放った斬撃が、攻撃そのものを斬ったのだ。

 生まれる一瞬の隙。そこで迷いなく、敵正面にいる悪魔が火力を装填した。


「ちょっとはダメージになぁーれ! 【闇黒撃墜/混沌の一(カオスリロード)】ッ!!」


 稼働したのは、彼女自身の魔力によって作られた一丁の巨大黒銃。錬金術によって用いられている黒銃のオリジナルたるソレが吐き出すは、悪魔の魔弾。

 ドガッッッ!! と凄絶な爆音を轟かせながら飛翔した一弾は、境界竜の頭部を直撃し、その半分を消し飛ばした。


【ッッ■■■■…………!!】


「悔しいか第四位──! 恨むなら()()()()を恨めよなぁ──!」


「煽るな煽るな」


 などと言っている間にも二人は後続の攻撃の準備を済ませている。


「殺神論・黄泉斬朔月(よみきりさかつき)──()()()()


 第四位を見下ろせる位置に出した鳥居の上から、容赦なく、宿刀から()()()()()()の一撃を振り抜く。

 真説顕現の効力を持つ黄金の一閃は、鮮やかに人理結界を裁断した。


「──我が罪業にして再誕の一、【深淵戯曲・失墜罪園メインフェトゥルス・ダウンフォール】……!!」


 金髪の影も空へと跳び上がる。

 振り下ろされた指揮刀の動きに呼応し、雨を降らしていた黒い太陽が形を変える。

 瞬間、発現したのは七十二の暗黒の光柱。

 黄金斬撃への退路を断つように発動された大災厄の雨は、境界竜の翼を、胴を打ち抜き、その場の地上をも暗黒に塗り替えていく。


【──■■■■──】


 最後の防壁たる人理結界が割れ、空から赤橙の黄昏が去っていく。

 災厄の大雨を受け、肉体が欠けた境界竜の巨躯が、大きく揺らぐ。


 それでもまだ、生きている。


 超抜した存在は、未だ完全に崩れることなく、その存在を保ち続けている──


「あ、来る」


「む」


 滞空したまま片手を挙げたアガサの合図に、サクラは自身にかけていた【洗霊覚醒(ブースト)】を一瞬で解除した。毛先がまだ白いが、髪色も大方、紅藤色へと戻っていく。

 一方のアガサもまた、同じようにブーストモードを解除し、世界を威圧する存在感が一つ消える。眩い金髪も、元の黒髪に戻っていく。


 ──そして。


『──ふはーっはっはっは!! 苦戦しているようだな、じんる──ってアレ、結構もうダメージ入ってるぅ!?』


『いやそんな馬鹿な──マジかッ!? い、一体どんな手を使ったんだお前ら!?』


 脳内に響き渡る念話の声。リュエとヴァンだ。

 ……最初にアガサが錬金術による蜃気楼(幻術)で、こちらの戦況(けしき)を誤魔化していたのが、どうやら上手くいったらしい。


『最後の人理結界は斬ったぞ。炎竜、やれ。早く』


『え、これ我いる? そのまま汝らが──』


『やれっつってんだろ呪うぞテメエ。火力足りてねーんだよ!』


『頼み込む者の態度ではないなァ……ま、よかろう。よぅ~やくの出番だからな!! 下がっているがよい、下級存在ども!』


 はいはい、とサクラとアガサは地上で合流しつつ、境界竜から距離をとるため走り出す。

 その時、イグドラシアが咆哮した。


【■■■■■■──ッッ!!】


「ッ……!!」


 地響きが再び世界に伝播する。

 蹂躙された大地の割れ目から生えた大樹の根という根が絡み、欠けた部分の肉体を再構成し、この世に新たに息吹を得る。


「チィ、折角叩き込んだダメージもお構いなしか……! ……!?」


 隣で並走するアガサが、まさかと息を呑む。サクラも気付いて顔をしかめた。

 直後、砦の方角で炎の奔流があった。


『ふふはは! どうやらやる気十分のようだな第四位! 望むところである……!』


『ちょ、ちょっと待て炎竜様! まだサクラとアガサがそっちに──』


『待つ必要なぞあるまい! 奴らなら勝手に生き延びるであろう!』


「カスか?」


「テメエ!!」


 退避中の人類の抗議もなんのその。聞く耳もたず。

 砦で吹き上がっている黄金の焔の苛烈さと勢いは増すばかりで────


「!?」


 途端、サクラを襲う浮遊感。アガサによって肩に担がれたのだ。

 即座に指示が飛んでくる。


鳥居(ブースト)!!」


「ッ……!」


 ダンッ、とアガサの足元から鳥居が射出される。それを空中でも連続で繰り返し、カタパルトにして、一気に彼らは境界竜から──主にこれからこの戦場を襲うだろう災害の射線から、全力で逃げていく。


『【我こそが原初の焔、聖なる炎を司りし者】──』


【■■■■────】


 戦場の南北で開戦の合図が響き始める。

 砦では、黄金の焔が一つの形を作り上げていた。それは境界竜の威容にもひけをとらぬ、巨大な竜。炎そのものとなってその真の姿を顕した、始祖竜が一角。


 そんな天敵の気配に脅威を感じてか、大地の竜もうなり声を上げ、戦場全体の大地から魔力が集約されていく。


 動きは同時に。

 この決戦を終焉へ導く、超次元の号令がかけられる。


『──刮目せよ! 【滅亡を謳え、我が聖火セイクリッド・カタストロフ】ッッ!!』


【──■■■■■■■■──ッッッッ!!!!】


 黄金焔の竜と、

 新緑樹の竜との口から、絶大な威力を伴った咆哮(ブレス)が吐き出される。


 サクラとアガサの位置は、どうにか射線外上空。

 こちらにくる吹き荒れる轟音と爆風をアガサが錬金術で防ぐ中、眼下では黄金の魔力と緑色の魔力とがぶつかり合う地獄が繰り広げられている。


「……今あそこに飛び込んだら、塵になれるな」


「……塵も残らないと思うが」


 余波で地表どころか地形ごと変えていく大激突。

 それを地上百メートルの空に出した鳥居の上から、サクラたちは目撃していた。


「……ところで、戦場の兵士たちは大丈夫か?」


『炎竜様に声がけする前に、俺の方で安全圏に回収しておいたよ……連絡に時間かかって悪かったが、これは正解だったなぁ……』


「「英断」」


 それなら自分たちも境界竜を足止めした甲斐があったというものだ。

 と、十秒ほどの拮抗をみせていた竜同士の咆哮合戦も、動きがあった。


「──勝つ」


 平然としたアガサの予見通り。

 徐々に魔力は炎竜の焔が押し切り──やがてイグドラシアの魔力が、黄金火に飲み込まれていく。


 やがて勝敗は訪れる。

 黄金の炎の勢いは衰えることなく、境界竜を護る大樹の鎧ごと、第四位の姿を、完膚なきまでに灼き滅ぼした。


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