34 前哨戦Ⅲ
あの時のようだ、とサクラは思う。
──轟音がすぐ横を通り過ぎる。
──衝撃が背後で炸裂していく。
──強風が肌を撫でつけ、前へ突き進む身体を押し返してくる。
地上を駆ける走者の前に広がっているのは光耀の空。
黄金の光の槍が、地上のあまねく全てに降り注がれる。
掠れば絶死。竦めば必死。惑えば即死。
どこかで悲鳴が聞こえ、途切れる。
どこかで怒号が聞こえ、途切れる。
──走り抜けた先、最後に聞こえたのは大地を蹂躙する破壊の音だけだった。
それはかつて見た戦場の光景。黄昏の大地で行われていた過去の断片。
「──まぁ、アレに比べればマシか」
実際に眼前から降られてくるのは黄金の光槍ではなく、色とりどりの魔力の光線。
照準はいいが追尾性能はない。網の目ほどもある隙間を縫って抜けてさえしまえば、前に進むこと自体は困難ではなかった。
なので後はただ駆け抜けるのみ。
前傾姿勢の羽織の影が駆けていく。
無数無尽の射撃の嵐の中を、掠り傷一つ負うこともなく。
その先で、
【■■■■──ッ!】
「“残照”」
嵐を抜けると同時、飛び出してきた植物の獣を一閃の元に消去する。
なんだアレ、とサクラは半目になりつつ、更に襲いかかってきた獣の群を、続く黄金の斬撃で一掃した。
「──サクラ殿か!」
「アルトリウスか」
横から聞こえた声に振り向けば、やや鎧に傷を負っている銀騎士がいた。
「あの黒騎士は──」
「倒した。状況は」
流石だな、というよりマジか、という驚愕を表情にしつつ、騎士団長は簡潔に述べる。
「劣勢寄りの拮抗状態だ。師父とエメル殿でかかり、一度追い詰めたが、先ほどの──」
【──■■■■■ッ!!】
直後、上空から魔力の射撃が降り、周囲から二人に獣の群衆が襲い掛かる。
「“残照”」
「【術式・銀庭殺刃】」
それぞれ射撃の光をかわし、放たれた黄金と銀の斬撃が、害獣どもを消し去ることで鎮静化させる。
互いに背を向ける形で、更に押し寄せてくる獣を迎撃しながら、彼らは会話を続ける。
「──この攻撃の最中、エメル殿を狙われて落とされた。現在治療中だ。今は師父とアガサ殿、ガルドラ殿で抑えているが、決定打がない」
「というと?」
「攻撃が通らない……いや、届かないらしい。周囲に、魔術で次元的な断層が作られているとアガサ殿が、ああ、貴殿に伝えるよう言っていた」
「──なるほど。役割は理解した」
サクラの言葉に、アルトリウスが肩をすくめる。
「あー、サクラ殿。流石にここで理を展開されるのは──」
「分かってる。ところで近場に高台はあるか? 弓兵が置けそうな位置とか」
急な質問だったが、騎士団長は淀みなく即答した。
「それなら南西がいい。地形が変わってなければ、小高い丘があるはずだ」
「ありがとう。こっちは上手くやるから、そっちは頼んだ」
「うむ、任された」
──それが最後の会話だった。
あっさりとその場の迎撃を打ち切り、サクラは最前線が見える位置を目指して疾走を再開する。
◇
昔から弓は得意だった。
というか、昔は弓しかできなかった。
それは適正、または才能とも呼べる天性のもの。まだ少年と呼べる頃、初めて弓を握り矢を射ると、その矢は自分の身長の二倍はあった大岩を粉砕した。
そして同時に弓矢も爆散した。
その場には粉々に砕けた岩の破片が、手には弓だったモノのガラクタが。
「測定完了しました。武装:弓の適正ランク、規定Sを超越。成長期待値、ゼロ。他武装の使用状況から、神子は〝熟練者〟の人材と結論します」
横から聞こえる、無機質な女性の機械音声。
白髪の少年が隣を見ると、そこには着物を着た、真っ白な人影が立っている。
「やしろさん、熟練者ってなに」
「人材分類の一つです。〝熟練者〟は先天的、無意識的に道具を理解し、素材耐久値の限界をこえての使用を可能としますが、用いた道具は確実に全損します」
だから使った武器がことごとく壊れたのか、と少年は納得した。
「神子は特に弓術限界に到達しており、弓は鍛錬による工夫・発展・成長ができません。修練武装は成長余地ありの適正ランクA、武装:刀剣類となります。よって、これより神子には武装:刀の修練を重点的に行っていただきます」
「……どうやって修行するの? 何を使っても壊すんだろう?」
「こちらを」
そこで人形が何かを差し出してきた。
紅色の鞘に収まった、一振りの刀。屋敷の奥で見たことがある。神刀として、この社に奉納されていたものではなかったか、と少年は思い出す。
「四番の人理兵装です。この刀には物質の耐久上限値が存在しません。神子の特性にも左右されず、ただ積んだ技量に応じて最高切断値が変化します」
「…………話は分かったけど、なんか凄いこと言わなかった?」
少年は、呆然と紅鞘の刀を凝視する。
人理兵装といえば、先日この人形からの講義で習った、伝説の武器というやつだ。そんなものが、まさか長年、実家の奥で置き去りにされていようとは。
「……俺が使っていいものなのか、これ」
「回答不能。使用武器を変更しますか?」
「……謹んで使わせていただきます」
じっと、手に感じる鉄の重みを眺めながら、どこかぶっきらぼうに彼は言う。
刀って使いづらそうだなあ、と憂鬱に肩を落として。
◇
──そんな話も、もう昔のことだといえるくらいの時が経ってしまったが。
アルトリウスから教わった丘陵は存在していた。そこからはちょうど、草原と化した前線を見通せる。
距離およそ六十メートル先。
そこでは四つの人影が衝突しており、周囲を魔力の暴風で削り合っている。
「あれが……」
四人の中でもひときわ強力な気配、あの黒騎士と同じ脅威存在を注視する。
紫ローブの三つ編み紫髪の少女……魔術師に見える。アレが偽ザカリー。女装とは思えぬ完成度だ。見た目だけなら十六歳前後の少女にしか見えない。
まぁ──模倣体である以上、オリジナルの彼とどう違うのか、サクラには分からないが。
(で、ガルドラと──)
高速で動き続ける複数の影。
そんな戦場で宙を飛翔しているのは、人と同程度の大きさの二体の黒・白の召喚龍。見えない斬撃やら防御の援護役のようで、当のガルドラは、まるで相手の動きを予測しているかのように無駄がない立ち回りで、続々と炎や氷の魔術を打ち出している。
(アガサに──)
指揮刀を片手に、四十規模の銃身を侍らせつつ走る黒影。ザカリーの攻撃を片っ端から迎撃し、隙を作り、ある一定のラインをザカリーが超えようとすれば、影という影から障害を錬成し、その行動範囲を限定しにかかっている。
以上の二人が、主にあの戦場の援護部隊であり──
(──ヴァンか)
主戦力。積極的にザカリーへ接近戦を持ち込んでいる人影。
剣を振るう様も元騎士団長さながらだが、なにより恐ろしいのは、おそらく戦いながらザカリーの魔術を分解しているらしい動きだ。
例の光線爆撃がくれば、
「邪魔だ……!」
何らかの術式を起動させ、直撃する前に、その攻撃が中空で溶けるように霧散する。
直後にザカリーの周囲が強く瞬き、爆散したところで、分解と攻撃を並行してやっていたことが伺える。
──だが未だに大魔術師は無傷のまま。
即座にヴァンが魔剣を振るい、直撃しようとするが──
「ぐッ……!!」
刀身が見えない壁に阻まれる。透明な壁で、魔剣の一撃は止められる。
ザカリーが銀の杖を一振りすると、その場に大地を割る雷撃が降り注ぐ。
だがそれを受けた者はいない。人類代表の三人は、距離をとったザカリーを追って、再び追い込むように動き始める。
「よし──流れは分かった」
一連の彼らの動きを頭に叩き込み、サクラは射撃タイミングを推しはかる。
……鳥居を狙撃地点にするという手もあったが、ここはもう敵の侵食下だ。下手にこちらの理を察知されると、数少ない奇襲のアドバンテージが消えてしまうだろう。
なのでこのまま魔導炉を稼働させ、手元に魔力を集中させる。
イメージするのは魔力の弓矢。そう難しいことではない。
連日、魔術に関する指南書も読み込んで、魔力への命令の仕方というのもおおよそ掴んでいる。残念ながら習得できたのはそこ止まりで、その先の「魔術」の理論を理解し、モノにするには及ばなかったが。
(……魔術国家の日々も、悪くはなかったか)
得たものはあった。
今はそれを実技として用い、証明するのみ。
「“終の残光、闇月の矢。無神の咎が我が逆理を示す”──」
唱えた言の葉に魔力が励起する。
構えた左手に、大弓が形作られる。
黒く、細い造りのソレにつがえられるは紅蓮の矢。
弓兵の紫眼が戦場を見る。的を見る。
──中る、と直感して。
「一射撃滅──【絶天豪矢】」
ばんっ!! と銃声と聞き紛う爆音がした。
砲身たる大弓が砕け散る。赤矢が、弓の構築に用いられていた魔力全てを呑み込んで、一気に飛んでいく。
大気を割って放たれたその一矢は必中絶殺。赤い流星は豪速で空を打ち抜き、六十とあった距離を刹那に一へと変じた。
【──!】
大魔術師の紫眼もまた、狙撃手を目視する。
紅蓮の一閃が間合いに入った時、とっさに後ろへかわそうとするが。
「「止、ま、れぇぇ────!!」」
広がった影が大地を砕き、その足場を陥没させる。
起動しようとした転移の術式を、黒鱗の龍の斬撃が破壊する。
瞬間。次元断層の壁を抜けた紅蓮の矢が、人理結界の頭部に直撃した。
魔術師の三角帽が落ちる。ソレを起点として発動していた、全ての魔術が消失する。
──そこへ。
「く、た、ばれぇぇぇ────!」
魔剣の一撃が振り下ろされる。
刀身は紫の人影の胴を切り裂き、その動力炉の核が両断された。




