33 前哨戦Ⅱ
【千の大地の波壁】
大地が揺れる。地上が唸りを上げる。
黒騎士が地面を斬るように放った大斬撃は亀裂を生んだ。すると次の瞬間、そこから無数の岩壁が波打つように立ち上がり、紅蓮の剣士めがけて襲いかかる。
「空斬絶刀」
黄金を宿した刀に鋭利な光が帯びる。陸津波といって差し支えない眼前の災害を、一閃が斬り砕く。鳥居を、更に未だ拡大を続ける岩波を足場に跳躍したサクラは、上から敵の姿を見た。
「【神殺す黄昏の刃】──!」
【既知、故ニ解アリ】
黄金の斬撃が、物的距離を超えて黒騎士に迫る。
だがそれを弾くは青炎。信じがたいことに、あの英雄は決して認識できないハズの斬撃を認識し、正確に打ち払ったのだ。
(──理がほとんど機能していない──いや、瞬間的な魔力の過剰生成か……! 力技にも限度がある……!)
追ってくる岩壁を、鳥居と斬撃合わせて迎撃しつつ、サクラは自身と相手の能力差を把握する。
【新月の理】──こと魔族戦においては猛威を振るう超反則級の理。魔力を持つ者は、総じてこの理の前では無力になる。
だが、あの黒騎士はどうだ。
魔力が消えるという結果には当然、魔力がある、という前提が必要だ。
そこを、消える前……つまり生成した瞬間、ほんの一瞬、魔力が存在する時間を、膨大な魔力量でたった一秒引き延ばし、「魔力が消える」という結果を辿る前に使い切っている。
普通の魔族がやれば魔導炉の壊死は避けられない自滅行為。けれども人理結界という生物ならざる機構存在なら、話は違う。
──極論。敵を殺すための時間など、一秒あれば充分すぎる。
攻撃する瞬間のみに限定して、あの黒騎士は、この赤空の下、魔力の行使を可能としているのだ。
【千の大地の斬撃】
「──ッ!!」
疾走していたすぐ真横に、黒い刺客が出現する。
座標移動と幻視しかねない高速移動。と同時、一に集約された千の斬撃が放たれる。
「宿刀理論・斬絶説」
速さを突き詰めた絶技の一つを使用する。
千なる一撃、なにするものぞ。
其を、剣豪は剣撃の発動が確定する前に却下した。
斬り払われた黒斬撃の余波が、周囲を刻む。
黄金が閃き、
黒斬が猛る。
払い、切り弾き、打ち返し、突き放って、剣戟と為す。
修練、経験、機構機能。総括した剣技の差は、互いに同等。
仮に、この騎士が本物のエディンバルトだったなら違う話となったろうが、現状は拮抗状態。
そう、現状は。
どれほど剣技に優れていようと、どれだけ反則技能を持ち得ていようと。
青年は人間という枠から外れない。長期の戦闘において、圧倒的有利を誇るのは黒騎士だ。
(……能力差、性能差の不利なんて今に始まったことじゃない。黒騎士はココで倒す──それが今の俺の役割だ)
互いに最後の一撃を弾き飛ばす。
コンマ速く、黒影が動き出す。
「退かせ」
ドッッ!! と真正面から、鳥居の群を叩きつける。
一瞬、黒騎士が対抗しようとした動きが見えたが、無意味。斬撃は門を超えず、傷つけず、連続顕現した赤門は、一つの生き物のようにうねって、そのまま向こう二十メートル先を目途に黒騎士を突き飛ばす。
「神域展開──塗りつぶせ」
地割れと赤空に満ちていたフィールドが、急速に侵食されていく。
生まれるのは赤、赤、赤、赤赤赤赤赤────地を覆いつくすほどの鳥居の海が、そこに現れる。
「【神殺す黄昏の刃】」
神子の姿が消失する。それは転移魔術にも似た現象であり。
鳥居群に突き飛ばされ──たった今、着地した《《黒騎士の背後に出現する》》。
【運命超越──】
しかし。
いかなる不意打ちも必殺も、この黒騎士の前では無意味。
どんな死を用意したところで、たちどころに蘇る──それを。
「【朔の理】」
剣士は、たった一手で踏破した。
【──、──!?】
その一手は、黒騎士にとって埒外の攻撃だった。
不死だった者の運命は、ここで詰む。
「──じゃあな。本物の剣は、もっと鋭えていた」
宿刀の斬撃が首を落とす。
刃は間違いなく、人理結界の核を破壊する。
サクラの背後で、鎧甲冑の人影が崩れ落ちた。
【我ガ死地──分析不可。敗北ヲ通達──不可。主トノ経路ノ寸断ヲ確認。──疑問提起。何をした?】
「敵に馬鹿正直に手札をバラすかよ」
空からは赤色が消えていた。黄昏一色になった空には、暗輪から白く月光を放つ、美しい朔月が浮かんでいる。
……本来、人理結界とは主たる超抜存在の鎧である。このように人型で独立して顕現するのは珍しい。
だが独立と同時に、彼らは主から尽きることのない魔力を供給されている。加え、この黒騎士の例でいえば、第四位自身の能力と合わせて、ただの不死存在よりタチの悪い手駒と化そうとした。
その前提が、今、たった一手で壊れた。第四位との繋がりが、サクラによる何らかの手段によって断ち切られたからだ。
繋がりが途切れた兵士は、もはや不死ではなく。使用できる魔力量も、この紅蓮の剣士を打ち倒すまで、新たに供給されることはない。
──つまるところ。其は、もはや人と同格だった。
「俺はこと、未来視とか運命とか、超次元的な戦法をとる神の専門家でな」
シャリン、と鈴を鳴らして剣士は刀を収める。
もう黄昏の空も鳥居の大地も消え去って、そこには青空と戦闘の残痕だけがあった。
「世界線への干渉くらいは防ぐことができる。こんな感じに」
ハァ、とサクラは憂鬱そうにため息をつく。
油断しない。慢心しない。容赦しないは当然。
そこで鳥居による疑似神域を生み出した時点で、神子は、全力の淵に一歩踏み入れていたのだ。
【──敗北要因──不明。活動継続不可。【第八結界】、機能停止──】
英雄をかたどったものが、末端から土くれに崩れていく、
その土くれすらも、やがて空気に溶けて消え去り、この世から完全に消滅した。
◇
「八──か」
黒騎士が最後に言い残した報告を、サクラはしっかりと聞いていた。
その言葉の意味するところは、あの黒騎士は八枚目の人理結界だったということであり。
(残り一枚は偽ザカリーとして……あとは、もう一枚か)
本来、超抜存在……中でも序列五位以上は、十枚の人理結界を保有する。
しかし先日のあの遺生物の主と合わせて、第四位の持っていた結界は四枚。うち他の六枚は、約二千年前の竜退治伝説の中で、本物のザカリーとエディンバルトがとっくに破壊していたのだろう。
(……『聖人』がきっちり仕事を果たすと、こうも楽になるのか……)
やや複雑な心境になりつつ、羽織の袖から通信機を取り出す。アガサへ報告しようとした時、
「──!?」
遠方から、飛来するものがあった。
わずかな既視感にサクラは正体を看破する。それを目視する前に鳥居の防壁を築き、こちらに放たれてきた遠距離攻撃を防ぎきる。
「ザカリーか……!」
粉塵の遥か向こう、二百メートルの距離を挟んだ位置に敵を察知する。
そこでサクラは足元の違和感に気付いた。黒騎士と自身の攻撃で破壊を尽くした大地が、緑化してきている。
「アガサ!」
ザザザザ、と酷い砂嵐の音の後、通信機から馴染みのある声が聞こえてくる。
『エメルが落とされた! 合流を──』
「!」
サクラは再び空を見上げた。第二の遠距離射撃が迫る。
通信機を仕舞うと、上空に魔力の雨が見えた。着弾まで二秒もない。それをはっきりと認識しながら、彼は意を決して前へ──最前線の方角へと飛び出した。




