32 前哨戦Ⅰ
砦の西方、約四百メートル付近。
空間ごと強制転移させられた二人は、互いに距離をとりながら着地した。
──周囲一帯には、無駄な外敵の気配がない。
初めからその位置が定められていたかのように、そこは静けさに満ちた無人の空間だった。
「【新月の理】」
──青空は赤空へ。
禍々しい、魔を許さぬ新月が、騎士の魔力を奪い去る。
「抜刀理論・空斬説」
途端、黒騎士の目前の地表がめくり上がった。
スライスされた大地は、壁か、もしくは蓋のようになって鎧騎士へと斬り飛ぶ。質量に任せた無茶苦茶な障害は、他に観る者がいれば唖然とさせていただろう。
【──、】
黒騎士動じず。この盛大な目くらましを大剣の一撃で粉砕し、無機質に天敵の気配を追い、
【──!!】
衝突の亀裂が空気を割った。
真上からの黄金斬撃。それを黒騎士は受け止め、殺しきれなかった余波が大地を砕く。
【是、強敵ト見タリ】
黒兜の奥から、そんな声。まるで無機質な機械音声。低さからして男性のものだ。この存在に性別の有無があるかは疑問だが、おそらく元となった騎士の影響だろう。
それにサクラはわずかに目を細める。
「……結界が言葉を繰るか」
大剣が刀を弾き飛ばす。弾かれながら、紅蓮の剣士は敵へ斬撃を発生させる。
「斬殺一閃」
【既知】
──それを、この黒騎士は斬り飛ばした。
現象として発生した、絶対不可避の一閃を、はっきりと認識して。
「【神殺す黄昏の刃】」
それを読み切ったサクラが、着地と同時に絶殺の一撃を送る。赤空に黄昏が入り混じり、天が禍々しく染まり上がる。
【千地聖黒・■■両断】
──絶死に対抗できるなら、其はやはり英雄か。
焔のような黄昏の刃を、騎士の頂点を具現した聖剣が撃ち返す。
青炎をまとった黒剣は、奇しくも落陽を帯びた宿刀とどこか似通っていた。
「【神殺す黄昏の刃】」
次弾装填、必殺連撃。
再び黄金の軌跡が大気に奔る。火柱のように吹き上がった灼熱の光は黒騎士に直撃し、その姿を跡形もなく消し飛ばした。
「【神殺す──」
確実に斬った感覚を持ちつつも、一切の手を抜かず、サクラが再び刀身に黄金を集約させた時、
【運命超越認証。戦闘続行】
「──黄昏の刃】」
当然のように死の運命から飛び出してきた黒騎士へ、黄昏の斬撃が突き刺さる。
二度目の手ごたえ。だが黒い影は止まらず、紅蓮の剣士に肉薄する。
【“千の大地の斬撃”】
「却下だ」
技の発動直前に刃を差し込み、斬り払う。そこからは剣のぶつかり合いが始まり、互いに一歩も、一手として譲らず、剣撃の嵐が荒野に木霊する。
(こいつに核があるのは確実だ。なんせ二度も斬った。なのに生きている。……となると、!)
黒騎士が青炎の斬撃を飛ばしてくる。それを回避すれば襲ってくるのは、まともに剣の軌道も目視できぬ高速連撃。刃を交わす、というより、互いがいる座標の空間を斬り刻もうとする剣戟は、傍から見れば剣舞の暴風にしか映らない。
(……魔力だと? 理の範囲内だぞ)
相手の謎と手札が徐々に見えてくる。
昨晩の模倣体との戦闘では、王城だったこともあり、理の展開は控えていた。けれども今は違う。ここはもう、魔力を消し去る環境下のハズだ。
(──こちらの理が作動している以上、魔力による蘇生はありえない。ならもっと高次元の方法……別の世界線にある別のコアをこっちに引っ張ってきている……か? それなら何度『斬る』運命を用意しても、『斬られなかった』結末を継ぎ接ぎされていくだけか)
面倒だな、と思いながらサクラは刃を振るう。
それでもこの黒騎士とは、今、ここで決着をつけなければならなかった。
「──仕方ない。じゃあ、裏技で終わらせるか」
一言の決断。
それは、この戦いの終着を意味していた。
◇
西方で、二度、三度と空が黄昏に塗り重ねられる。
これほど遠くにいても感じ取れる現地の戦闘の苛烈さに、砦の兵士、魔術師たちは生物、生命としての本能から、冷や汗を流す。
──人理結界を単騎で相手取る。
その強さの異常さ、異質さ、異端さ──超越性。
ここにきて、はっきりとかの羽織剣士と自分たちの違いを実感した原因は、サクラと黒騎士が砦から消えてから間もなくして襲来した、「たった一人」の存在に他ならない。
【おはよう。こんにちは。こんばんわ。はじめまして──さようなら】
枯れ広がっていた野原が緑に潤う。乾いていた大気は海のような魔力の濃度に歓喜する。
その魔術師がいる半径百メートルに渡って現れた草原は、遺生物が出現する前の、太古の王国領土そのものの景色だった。
『念話の遮断、確認した! 敵の大規模魔術掃射──来るぞ!!』
左手の通信機からガルドラの報告が届く。
……事前に連絡手段を渡しておいたのが幸いした。次元式トランシーバー。それは大気にあるエーテルを通信網にして通話を可能とする、ラグナ大陸の人類軍で主に使われる連絡機器である。
砦屋上に出たアガサは、正面、三百メートル向こうの上空に浮かぶ敵を目視した。
【久し振りだね。覚えているかな?】
数十──どころではない、六百規模の紫の魔弾が、星空の如く展開される。
魔力を圧縮したソレらは、一弾一弾が彼方の漂流物──隕石に等しい威力を持つ。並んだ魔弾は互いの磁気に大気を歪ませ、周囲に嵐の稲妻を起こし始めた。
発射は直後に。地上を壊す脅威として飛来する。
「前哨戦だ。遊んでやる」
そんな空の魔弾が落とした影から覗くは、黒の銃口群。
迎撃銃の数は魔弾の二倍強。装填されるは、あらゆる神秘を砕くだけの破壊砲弾。
「術式三十番、大規模展開。──撃ぇッ!!」
大地で轟く暗黒の殲滅合唱。天空から降り注ぐ流星群。
中空で衝突し合って発生する閃光、音、煙。
弾幕を逃れて着弾した魔弾はない。しかし、第一射の発射直後に再び放たれてきた魔弾の雨が、第二波となって襲いかかる。
「【境界結界】」
砦から離れた位置で、一つの詠唱があった。
砦を中心に、ドーム状に展開される不可視の壁。ズレた座標に展開された、文字通りの「境界の壁」は、第二波の魔弾嵐を完全に防ぎきる。
そして。
「【人理裁定】」
空の敵性魔術師の、更に頭上。
たった今転移によって顕れた騎士が、その詠唱を紡いだ。
「現存真説顕現──【次元断つ裁きの剣】ッ!!」
魔剣の力が呼び醒まされ、
九番目と冠する兵装の銘が、世に現出する。
【──】
ソレが気配に振り返った時、刃は振り落ろされていた。
雷光のように瞬く眩耀の一撃。浮かんでいた魔術師は地上へ叩き落とされ、展開しかかっていた次の魔弾たちが霧散していく。
(──チ、手応えがねぇ)
敵を追って、ヴァンも自身を地上へ転移し直した。相手の落下で起こった粉塵から二十メートルほどの距離をとり、魔剣に魔力を込める。
【ここはいい国だ。わたしは気に入ったよ】
「……?」
当然のように粉塵を払いながら現れた、紫の敵影の言葉に眉をひそめる。
相手の声は二重になっており、別々の言語が同時に空気に響いている。詠唱ですらない、ただの「声」だ。意味は分かるが、こちらに話しかけたようにも思えない。
【■■■■──!!】
「ッ、な──!?」
瞬間、右横から顕れ出でた気配に目を見開く。
草原と化しているこのフィールド。その地中から、木の根が絡み合ってできた植物体の獣が、続々と生まれていた。
ザザ、とその時、ローブの内側に入れていた通信機から声が聞こえた。シンシアとエメルのものだ。
『──報告! 地上に異変あり! 大地からなにか──遺生物!? じゃない、なんか樹の動物みたいなのが! 数百規模で生成、前進を開始しています!』
『草原地帯が敵の領域になってるみたいね。魔術師団、総員撃滅準備よ。前の七日間を思い出しなさい。今の貴方たちは害獣狩りのプロフェッショナルでしょう?』
「ッ、待て……!」
【■■■■■!!】
植物でできた四足獣が突貫してくる。その攻撃をかわしつつも、ヴァンは人理結界の方から視線を外さない。
ふわ、と敵魔術師は地上を離れて浮遊しようとする。ここで逃せばまたあの魔弾の雨が襲ってくる。それにこの植物獣。周囲から目に見えて増え始めている。目視だけでまだ十数体規模だが、二分もすれば百を超えて王都へ侵攻し始めるだろう。
「敵将はっけーん」
「!?」
直後、植物獣たちが黒い閃光に消し飛んだ。
「〝天よ縛れ〟──【暗黒星の地上】」
間髪入れず、その場に魔力が満ちる。地上から稲妻が走り、浮遊しようとしていた魔術師が落下し、そのまま大地に繋ぎとめられる。
重力魔術だ、とヴァンが思い至った時、敵の顔が此方を向いた。
【君はどちらさま?】
「【術式・竜黒斬舞】」
声に応えるは不可視の竜刃。斬刀の嵐が叩きつけられるが、魔術師の周囲に光が奔り、完全に弾かれる。
「──どうなってんだありゃ。攻撃が届かねーぞ」
「空間の壁、かしらね。こっちで術式を解析するわ。貴方は周囲の塵掃除でもしていなさい」
「いや、そっちは私の弾幕と騎士軍でなんとかできる。古今東西、圧倒的実力差のある相手に対しては、複数人でかかるのが礼儀だ。──そうだろ?」
「……援軍にしちゃ血の気が多くて何より」
敵──恐らくは大魔術師ザカリーを模倣したソレから目を離さぬまま、ヴァンは言葉を放つ。
空に、隣に、共に、地上に並び立つ人影は四つ。
魔女が右腕を伸ばす。
龍人が魔導書を開く。
悪魔が指揮刀を振る。
騎士が魔剣を構える。
現代の強者たちが──過去の英雄と向かい合う。
「よう、ご先祖。悪いが邪魔なんで死んでくれ──!」
挨拶、恨み言は簡潔に。
もう一つの戦場で、もう一つの前哨戦がここに始まった。
◇
「──むぅ、騒がしい」
むくり、とリュエは仮眠室のベッドから起き上がった。
彼女は今朝の内に砦へ移動し、出番まで軽く仮眠をとっていたのだが、竜の聴覚は嫌でも外界の騒ぎを捉えていた。
「炎竜様ー! 起きてますか!? 起きてなくても起きてください!」
バタン! と部屋の扉が開かれる。入ってきたのは、水色髪の少女、シンシアだった。
「おー、水精霊の末裔っ子よ。おはようだな」
「もう開戦してますよっ! ほら起きて起きて!」
ぐいぐいと手を引かれ、リュエは部屋の外へと連れ出される。
正直まだ眠りにまどろんではいたかったが、精霊の末裔たっての頼みとあらば、素直に従う始祖竜だった。
「ふぁ~あ……で、戦況はどうなっておる? 気配的に第四位はまだ、らしいが」
「サクラさんと師匠が人理結界と戦ってます。私はアガサさんに炎竜様を連れてこいと言われてきました。……本当に、こんな時でも寝てらっしゃるとは思いませんでしたが……」
じっ、とシンシアは非難の目を向ける。しかして竜は、そんな視線に気づかない。
なので、今一番気になっていることを問うた。
「──それで? 誰がやるかは決めたのか?」
「え? やるって……何をですか?」
「第四位へのトドメに決まっておろう。……なんだ、まだなのか。しかしこういうのは先んじて決めておいた方がよいぞ」
「ええと……炎竜様が戦果を得たい、というなら──」
竜だし獲物は自分で倒したいのかな、──という少女の淡い予想は大きく外れる。
「──まさか。そんなの、冗談でも遠慮するわ。超拒否るわ。ま、誰だって嫌だろうがな、第四位を打倒すると汝らが決定した時点で、これは嫌でも決めねばならんことだ」
「そ……それ、どういう意味、ですか……?」
悪い予感がしたシンシアは更に問いを重ねる。
会話が遮られることはない。
言葉が途切れることはない。
炎竜は快く、少女の疑問に、懇切丁寧に答えてやった。
超抜存在と相対する意味。対決した後に辿る、決して変えられぬ結末を。




