31 開戦Ⅱ
「やっほーヴァン君! 暇そうだね!」
時は少し戻り、待機室を後にしたヴァンは、砦の一角で出くわした人物を前に足を止めていた。
「……なんでアンタがここにいるんだ──ジェスター」
嫌だなあ、と白衣の科学者はヤレヤレと肩をすくめる。
「──この僕が! 物見遊山以外の目的でここにいると思うのかい!?」
胸に手を当て、ポーズを決める黄緑の野次馬。それにヴァンはゴミを見るような目を向ける。
正直言って今は気分が悪い。虫の居所が悪い、とも言える。そんな時にこんなのと二人きりとか勘弁してほしい。うっかり魔剣の錆にしかねない。
「剣呑だなあ。僕がいることで二割増しになっているとはいえ、殺気、もう少し収めた方がいいんじゃない? 今朝見かけたお弟子ちゃんの顔色も悪かったよ?」
「──む」
……言われて、初めてヴァンは自身の精神がささくれ立っていることに気付く。
顔には出さないよう気をつけていたつもりだったが、殺気がダダ漏れだったらしい。
「……それはそれとして。アンタ、本当に何でいるんだ。王城でサリエルさんの容体を見ていたんじゃ──」
そこまで言いかけ、ハッとヴァンは気付く。
ジェスターもあからさまに目を泳がせている。
「……まさか」
「僕は止めたよ? そして今、現在進行形で砦の医務室で僕の助手たちが全力で止めているよ」
「ここに来てんのかよあの人!? 王都の護りは!?」
「そこは問題ないって。宮廷魔術師第一席の名は伊達じゃない。昨晩の間に、治療を受けつつ魂だけで王都の全警備術式を修復・強化したらしいよ?」
「死に体ってことじゃねぇか……! んな状態でなにしようってんだ!」
「そりゃあ敵に一矢食らわせたいんでしょ。負けず嫌いもあそこまでいくと感服モノだね、尊敬はしないケド」
「──」
……感服というか、呆れる。
内弟子も頭を痛めるわけだ。大人気ないとかいうレベルではない。いつもの冷静さはどこにいったのか──いや、冷静なままでコレなのか。それが、サリエルの持つ「悪魔らしさ」の一端なのやもしれない。
「これで僕がいる経緯は分かってくれたかな? 患者あるところに医者あり、だよ!」
「……納得はした。案外、職務には忠実だったんだなアンタ。普通に見直したよ」
「あっはは。僕って君になにかしたっけ? そこまで嫌われるような覚えないんだけど」
腕を組んだヴァンはギロリと睨んだ。
「──確かにオートクレールの修復に手を貸してくれたことには恩を感じてるさ。けどなアンタ、俺と最初に会った時、開口一番に何言ったか思い出してみろよ」
「えーと? 『やぁ君が噂の「魔剣騎士」! 会えて光栄だよ!』……だっけ? うん? この台詞のどこに地雷が?」
「全部だよ! 初見でその異名を言い放つ奴が嫌いなタイプだって俺もその時知ったよ!」
「え、いいじゃないか。この異名、カッコいいんじゃないの?」
「カッコいいのはオートクレールであって俺じゃねぇ!!」
「あ、なんか物凄い面倒なこだわりを感じたからこの話題はここで打ち切っていいかな?」
さしものジェスターも遠い目になった。マニアの力説ほど傾聴しにくいものはない。
一方のヴァンは大きくため息をつく。なんというか、やはりこの科学者と喋るのは本能レベルで疲れるのだ。会話をしている気がしない。こちらだけ情報を引き出されているような感覚を覚える。
(……なんつーかなぁ。嫌いっつーか、『怪しい』の印象が強すぎるんだよなこの人。永遠に信用できる気がしねぇ……)
騎士の本能が言っている。ここで殺しておいた方がいい、と。
……それは流石に警戒や不信の域を越えているが、こう、少なくとも磔にして地中に埋めておく程度の処置を施さないと安心できる気がしない。なぜかは解らないが……
「……ヴァン君? ヴァン君? なんで魔剣の柄を握っているの……?」
「……物見遊山、っつってたよな。てことはアンタ、患者から逃げてきたのか?」
「そりゃ僕は非戦闘員だからねぇ。暴れる患者を止める助手たちの邪魔をするワケにはいかないでしょ?」
……言葉通り、どこからどう見ても彼は丸腰かつ一般人にしか見えない。呼吸、重心、立ち姿。とても戦闘慣れしているようにも見えず、その辺の一般市民と変わらない無害さ──だが。
「炎竜様の拳を優々と受け止めた、って聞いたんだが……アンタ、一体何の種族なんだ? 上位存在の一撃を止められるような奴が、なんで医者なんかやってんだ」
はぐらかされそうだな、とヴァンは思った。こういう輩は、訊かれたところであまり自分の話をしないような気が──
「ああ、僕は既存の魔族とは違う構造をしてるよ。なんてったって実験所生まれだ。あまり大きい声では言えないけどね、人より身体は頑丈だし、何より無駄に長生きなんだよ」
「──、」
……あっさりした告白に、虚を突かれる。
思わず一瞬、配慮もなく問いただしたことを後悔する程度には。
「……アンタ、それって」
「ん? 別に隠してることじゃないよ? 帝国の同僚……古参勢なら誰でも知ってることさ。古の人造実験体ってことは、ちゃーんと国の書類にも書いてあるし!」
「な──」
カルチャーショックだった。実験体。錬金術師の巣窟だというラグナ大陸ではそういうのも珍しくない、という話を聞いても「そういうものか」としか思わなかったが、まさか隣国でそのような存在が公にいようとは。
「──すまん。今のは本当に俺が悪かった。嫌いな奴でも礼儀をもって接するべきだった……」
「いや気にしな──待って。やっぱり僕って嫌われてたのーッ!?」
ガァァァン、と膝から崩れ落ちるジェスター。両手を地につけ、涙まで流している。そこまでショックか、とヴァンは若干引く。
「お、おかしい……僕の対人コミュニケーションは完璧だったハズ! 誰からどーみても、『陽気で頼りがいのある年長者』をできていると思っていたのにッ……!?」
「なぁ。人類社会で正体が割れた時の化物の言い訳みたいなこと言わないでくれねぇ?」
「言うよ! 普通に生命の常識から外れてるし僕!」
「それってどういう意──」
意味だ、と言おうとした時。
ヴァンの視界に、ジェスターの後ろから歩いてくる一人の兵士が映った。あまり特徴の無い顔立ちで、服装からして騎士団員の誰かと思われるが。
(──ッ!)
直後、科学者の横を抜けて飛び出した。
ヴァンは、名も知らぬ兵士がジェスターへ振りかぶった一撃を魔剣で受け止める。ガギンッッ!! と金属同士の衝突音が大きく響き渡り、空気が震えた。
(重ッ……)
これまでに感じたこともない相手の剣の重みに顔をしかめつつ、
「誰だ……!」
【偽装術式解除確認──対象ヲ兵装保有者ト確認】
ザザッ、と兵士の姿がブレる。
一瞬の後、そこにいたのは黒甲冑をまとった、一人の騎士だった。
「えッ、ええ!? ヴァン君それ──!」
「っ、逃げろジェスター!」
「ごめん腰抜けて動けない!!」
「馬鹿!!」
思わずシンプルに悪態を叫び散らす。振り向かなくとも尻もちをついている阿保の姿が想像できる。──いや、そんな場合ではない。意識を眼前の敵に集中させる。
(コイツはッ……!)
──昨晩、サクラが剣を交わした黒騎士──そのオリジナル──!
相手の濃紺のマントが揺れる。剣の重みこそ変化はないが、間近で食らう威圧感は生中なものではない。目の前にいるだけで、こちらの精神が削られる。
【交戦開始】
「っ、ぐわ!?」
剣が勢いよく弾かれる。体勢が崩れたその一瞬に、目の前から漆黒の大剣が滑り込んでくる。
(死──)
胴が両断された、と覚悟したところで。
その視界に、つい先日、より速く鋭く抜刀されてきた、不可視の斬撃を幻視した。
「野郎……ッ!」
即座に地面を踏みしめ、漆黒斬撃を弾き返す。あの刹那の地獄で思い知った極限の一刀と比べれば、紙のように軽かった。
──逆に、知らなければここで終わっていた、という確信に満ちた予感を抱きながら、ヴァンは次に襲いくる死地を睨み返す。
【大地を刻む聖黒】
それは一面の黒だった。
先ほど受けた斬撃とは質が違う。強度が違う。威力が違う。
これを越えるためには、間違いなく手元の魔剣の真説顕現が必須と直感する。
けれどそこまで。
三年の空白期間も十数年の経験も関係なく。
ヴァン・トワイライトには、即時の真説顕現を為すだけの技量が、能力が、絶対的に足りていなかった。
「あ──」
未曾有の漆黒が音速を超えて振り抜かれてくる。
終わった。
走馬灯の時間もない。コンマ刹那の後の死が迫る。
「社門」
──鈍い撃音。
砦の壁を破壊して、黒騎士の姿が一瞬でかき消える。いや、飛んだ。飛ばされたのだ。物理的に。
ヴァンの目前には、左横から出現してきた巨大な赤門。
金槌よろしく、それが黒騎士を直撃し、砦の一部ごと、外へカッ飛ばしたのである。
(……そういう使い方もできんのかよ……)
ヴァンは消えていく鳥居を見届けて、やって来た羽織の剣士を見た。
「黒いのが来た。座標D2。十二秒後に俺ごと飛ばせ」
壁穴まで来たサクラは、片手に何か、黒い通信機らしきモノを持っていた。必要事項だけ伝えると、ぽいっとヴァンへ放り投げてくる。
「ッ!?」
「念話の代替品だ。持っておけ」
シャリン、と鈴の音と共に白刃が抜刀される。
剣士の目はまっすぐに。下界に落ちた、黒騎士を見据えている。
「サクラ──」
「対人理結界戦の対処法は前に伝えた通りだ。健闘を祈る」
祈りなどまったく信じていないという声色でそう告げて。
ヴァンの返答を待たず、サクラはその場から敵のいる位置へと飛び降りる。
「──!」
「ちょっ、サクラ君!?」
ようやく現状の認識が追いついたらしい科学者と共に、慌てて壁穴から下に目を向ける。
直後、轟音がした。
下にいた黒騎士に、サクラが上から一閃を叩きつける。大地に亀裂が走り、サクラの刀を弾いた黒騎士は一歩、大きく飛びのき、
斬、とその左腕が斬り飛ばされたのを、ヴァンは見た。
「──、っ」
それでもノータイムで黒鎧の片腕は蘇生される。青炎が大剣に帯びると、黒騎士は一直線に紅蓮の天敵へと向かい、
『今!!』
手に持っていた通信機からアガサの一声が聞こえた。
──「【強制空間転移】」、と砦中のどこからか、そんな詠唱が響く。
そこでサクラと黒騎士のいる空間が青く発光し、鋭い稲妻が起きた後、その場からあっさりと二人の姿はかき消えた。
「……──」
「あれ、い、いなくなった? もしかしてサクラ君一人で相手するのかい!?」
「……それしかねーよ。他の奴が行ってもあいつの足手まといになるだけだ」
今の一戦で、それがはっきりと分かった。
あの剣豪と並び立つ実力者など、王国の陣営にはいない。いつか中庭で見た模擬戦や稽古が可愛く思えるほどだ。
──まったく比べものにならない。
彼は初めから、ただの一度だって、本気の片鱗さえ見せていなかったのだ。
『通達。こちらアルファワン、南二百メートル付近に敵魔術師を確認した』
「!」
通信機のアガサの声に顔を上げる。
青い空の遥か向こう。そこに、昨夜も見た敵の姿をヴァンは視認した。
それは、紫のローブをまとった魔術師だった。
ローブに合わせた色の大きい三角帽に、少女風のワンピーススカート。いかにもな魔法使い風の格好。
後ろで二つに三つ編みしているのは、長い紫色の髪。人らしい意志や意識の光がない、虚ろな紫眼。
右手には、銀に光る一本の杖。
まるで御伽噺から出てきたような存在感。現実味がない、だが確かにそこにいる──そんな、気味の悪い敵だった。
【初めまして】
──紫色の人理結界が微笑う。
地上にはびこる敵対者たちを、慈しむように。




