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Logic Tale《剣豪神子は最強無双するより帰りたい》  作者: 時杜 境
第一章 境界トワイライト
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30 開戦Ⅰ

 夜が明け、陽が昇り、空に青が戻ってきた早朝。

 サクラは戦線ユグドヴァルト、南砦の待機室に顔を出していた。


『──早急に部隊を編成し、南方の砦に集めよ。サリエルの復帰を待つ時間はない。相手が動くまで騎士団の指揮権はガルドラが、魔術師団はエメルが束ねよ。総指揮官はアガサ殿として一任する』


 夜の襲撃から一時間としないうちに、国王ロアネスはそう速やかに命令を下した。

 宮廷魔術師の第一席が襲撃された緊急事態でなお、あの国王は揺れていなかった。


 敵がどんな能力を持っているにせよ、王国が最も強い戦力を維持できるのは現在だけだ。次の敵襲に対応できなければ、そこから王国の対抗力は瓦解の一途を辿るのみ。そんな現状を、誰よりも理解していたからだろう。


 故に行動は速やかに。

 いかなる形でも、第四位という敵を見つけ次第、即開戦だと、王国と兵士団には緊張が走っている。


「……、いや、大丈夫か?」


 室内の空気の重さに耐え切れず、そう口火を切る。

 石造りの空間には、サクラの他に三名の人影があった。


「──サリエル教授、過去最高の恐怖(キレ)度合いでした……!」


「あの人、意外ととんでもねー負けず嫌いだったんだなぁ……」


「その通り」


 椅子に座って震えているシンシアとヴァンに、しみじみと頷くのはルシウス。

 熟練の兵士さながら、壁際で腕を組んで佇んでいる。


「チェスで偶に私が勝っても、その後これでもかというほど悪辣な戦略を使ってきます。なんなら魔術込みで、『反則(ズル)? 違うぞルシウス、これはれっきとした対幻影魔術の試練と知れ』……などと、詐欺勝負に持ち込まれたことが幾度あったことか……」


「そんなに」


 ははぁ、とサクラも驚きに目を丸くする。あの鉄面皮からは想像もできない、意外な一面だ。


「……ま、俺は元気そうで安心したけどな。ともあれ、今日だ。襲撃には即反撃。第四位との決着をつけて、全てを今日で終わらせるぞ」


 ヴァンが席を立ち、部屋を出て行く。自分の持ち場へと向かったのだろう。

 残った者たちは、閉められた扉を数秒間眺めてから──どっと疲労を感じて、息を吐き出した。


「……大丈夫か、あいつ」


 サクラの零した声に、シンシアも顔を青くしながら首を縦に振る。


「──いっちばん、殺気立ってましたね……あんな師匠、私も初めてみました」


 ……表面上は見舞いに行った際に触れた、サリエルの怒りの邪気に恐れおののいていたようだったが──その実、この空間で最も激情を抑えていたのはあの男だった。それこそ、サクラをもってしても彼がまとう空気の重さ、剣呑さに生唾を飲み込むほどには。


「しかし昨晩、ヴァン殿が間に合ったからこそ、我が師は助かったのだろう? なにもあそこまで……」


「いえ、そうじゃないんです。サリエルさんの負傷とか、敵に土地を奪われたとか……そういうのはたぶん二の次で……」


「……敵の魔術師(ザカリー)が使っていた、魔術か」


 サクラの言葉に、はい、とシンシアは俯く。


「魔術の完全な模倣(コピー)……相手は、師匠の【術式・崩壊魔砲(アナイアレイト)】を用いたばかりか、光線状に改良していたんですよね?」


「己の特有魔術の再現……までは千歩譲っても、更にその改造か。確かにそれは私も頭にくるな。想像するだけで尾先の毛が逆立つようだ」


(ネコ……)


 あの頭部の構造組織はどうなっているのだろう、とサクラはルシウスの耳を凝視しつつ言葉を続ける。


「特有魔術というのは、自身の魔力属性を最も活かす、魔術の最奥……だったか?」


「そうだ。『特有』はその魔術師一人が単独で編み出す唯一無二の切り札。それを勝手に学習され、成立させた自分よりも上手く使われ……それが味方に向けられたとなれば、ヴァン殿の失意と怒りも当然だろう」


「……」


 確かに追尾性能、威力共に、凄まじい精度を誇る魔力雨だった。

 しかし絶魔力の鎧で防ぎきったとはいえ、無茶をしすぎたな、とサクラは内省する。


 その時、コンコン、と扉が叩かれた。


『──ルシウス、いるか?』


「ああ、団長。今開け──」


 アルトリウスの声に、副団長(ルシウス)が扉へ向かう。

 取っ手に指をかけようとしたとき、はて、とその脳裏に疑問が浮かぶ。


(──? 確かに扉には施錠魔術がかかっているが、団長がなぜ──)


 刹那だった。

 扉に、斬撃が入る。部屋の入口が両断される。

 無論──扉の前にいた人影も例外なく。

 斬撃はあらゆる障害を真っ二つに斬り刻み、


「さ──ささ、()()()()()()!? だ、大丈夫ですか、ルシウスさん!」


 舞い散る粉塵と瓦礫の中、椅子から跳びあがったシンシアが慌てて、()()()()()()()()()()()()()へ駆け寄っていく。


 シャリン、とそんな彼の背後で、サクラの納刀に鈴が鳴る。

 先の斬撃もこの惨状も彼によるもの。起こったことは単純明快で、サクラが後ろから、ルシウスごと、扉の向こうの存在に斬撃を叩きつけたのである。


「……なん、今のは……斬れて、いない……?」


「──釣れたな。お前の読み通りだ、アガサ」


「ッ!?」


 ルシウスのみならず、シンシアもぎょっとする。サクラの影から人影が立ち上がり、そこから黒コート姿のアガサが現れたのだ。


「ナイス神業。あ、褒め言葉の意味でな? やっほーネコ君、トリック斬撃の心地はどうだった?」


「一体何が……、っ外の団長は?」


「偽物だ。見ろ」


 サクラの声に、立ち上がったルシウスが刻まれた扉の外を確認すると、そこには胴を斬られ、倒れた銀髪の青年の姿がある。──しかしその光景も一瞬のことで、あっという間にソレは黒い靄となって消え去っていった。


 クックック、と待機室のテーブルに腰掛けたアガサが笑い声を零す。

 わなわなと震えながら、ルシウスはそんな彼女へ首を向ける。


「……私を、囮にしたのか」


「おう。ちなみに発案者はテメーの団長だとも言っておこう」


「あいつ……!!」


 拳を握りながらも、で、と副団長は思考を冷静に保つ。


「……では──本物は」


「今日の朝から迷彩魔術で隠れてもらってる。今頃は外のガルドラたちと合流してるんじゃね?」


 おそるおそるシンシアが尋ねる。


「え、ええと、作戦のうち……だったってことですか?」


「敵はエディンバルトを複製できる魔術の使い手だ。こっち側の人員のコピーくらいお手のもんだろ。私だったら、まず騎士団長(アルトリ)かヴァンを作って、そこから有能な人材を消していく」


「ひ、ひえ……」


 恐るべき仮想作戦に少女魔術師は杖を握りこんで縮み上がる。

 その横で、ルシウスが怪訝な目でアガサを睨む。


「……開戦前だというのに、妙な指示だとは思いましたよ。シンシア殿を見張っていろ、などと」


「え。私はルシウスさんを監視してほしい、と言われていたんですけど──」


 沈黙。

 両者は互いが被害者(おとり)であったことに気付き、なんとも言えない顔になる。

 が、すぐにシンシアはアガサに向き直った。


「……じゃあ、師匠にも!?」


「いや、今のあいつはなんか怖かったからなんも指示してない。勝手に一人になってくれたから、今度は向こうに第二波がいくかもな」


「ちょっと──!?」


「……そういえば、サクラ殿は……?」


 え、とシンシアは辺りを見渡す。

 紅蓮羽織の剣士は、いつの間にか影も形もない。アガサの方を見ると、ニヤリと笑っていた。


 ──轟音が砦を揺らしたのは、その直後だった。


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