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Logic Tale《剣豪神子は最強無双するより帰りたい》  作者: 時杜 境
第一章 境界トワイライト
30/97

29 決戦前夜

大地を(Black)刻む聖黒(Breaker)


 ──反応は迅速だった。

 放たれた黄金の迎撃に黒が動く。光を呑み込む漆黒斬撃はいかなる絶技か、必殺の一刀を打ち払い、余波を受けたバルコニーが崩壊する。


 襲撃者の影は、その向こうへ。外に飛び降りたのだと理解した瞬間、一切の迷いなくサクラもそれを追った。


「斬殺一閃」


 中空に身を投げながら追撃を発生させる。

 鎧に中身があれば目を剥いただろう、空中で黒騎士は、己が身の内側から斬撃に刻まれた。

 されど流血はない。損傷など認識していないかのように、鎧騎士は大剣を握る。

 石棟の瓦礫が豪雨となって落ちていく。そこに、死をもたらす紅蓮羽織の姿を騎士は認めた。


【“千の大地(Thousand)(Dis)(conne)(ction)”】


抜刀理論・空斬説(“残照”)


 何の感情もない声と人智を越えた災害同士が衝突する。剣士は一に凝縮された千の斬撃を焔に似た黄金光で消し去り、同時に直接発生した一閃が、黒騎士の左腕を肩口から斬り飛ばしていく。

 最上階から地上までおよそ百メートル。黄昏へ逆行した夜の中で、紅蓮と黒騎士は互いを睨む。


(こいつ──)


 違和感にサクラが勘付いた時、斬られた騎士の左肩に魔力が収束し、鎧の籠手ごと左腕が再生したのが見えた。──どころか、全ての傷が完全に復元している。

 落ちる瓦礫を蹴り、重力に任せて一気に滑走したサクラは下の黒騎士へと突貫した。

 互いに退路はない。大剣を両手で構えた騎士は、それを正面から迎え撃つ。


大地を(Black)刻む聖黒(Breaker)


(黒斬撃──やはり、騎士エディンバルトか……!)


 黒の斬撃を受け止め、剣戟音を響かせるは、黄金に覚醒した一刀。

 神刀・斬絶式Aka4ic(アカシック)──改め、宿刀(しゅくとう)レイヴァテイン。

 真説として顕現した黄昏の刃は、名の通り、神を下した得物である。


 自由落下に伴う風圧をものともせずに怪物同士は交戦を繰り返す。大剣の一撃をいなし、弾き、刃による斬撃と、対象へ直接発生させる二重斬撃が、連続して黒騎士へ突き刺さる。

 されども騎士から放たれる圧力には一分の緩みもなし。まるで戦闘人形さながらに、両腕を斬り落とされようと、斬られた瞬間に魔力が身体を再生させ、刹那の内に豪鉄の剣撃が返される。


(なら──次に警戒すべきはコレか)


 果たして襲撃者は一名なのか。

 第四位はあといくつ人理結界を保有しているのか。

 最低でも身を護る一枚は保持していると仮定して、この黒騎士のように自律能力を備えた結界は、あといくつ存在する?


(伝説の通りなら、当然──)


 そこで思考を中断する。ぞくりと、サクラの首筋に悪寒が走る。

 地上まで六十メートルは切ったか。黒い強風と化した一閃をかわした瞬間、黒騎士が大きく下へと飛び退き、魔力の変動をサクラは感じた。


【付加術式承認──大地を(Black)刻む聖黒(Breaker)


「!!」


 噴いた黒炎は竜の咆哮(ブレス)が如く。

 石棟の表面を撫で、防護術式すら貫通する威力のソレは抉るような破壊の跡を生んだ。

 咄嗟に繰り出した黄金の斬撃はそれを半分に割り、攻撃範囲からかろうじて逃れたサクラは、しかし次の瞬間、死角からの気配を察知した。


(魔術──!)


 やはり、と視線を向けた時、上空遥か向こうに見えたのは色彩とりどりの魔力の光線。

 完全に統率された動きのそれは幾何学的な軌跡を描きながら、雨束となってこちらに降り注ぐ。


大地を(Black)刻む聖黒(Breaker)


 そこへ、更に追い打ちをかける黒炎斬撃。

 先ほど回避したものと同等の威力の第二撃が、黄昏の夜を塗り潰す。


 地上まで残り四十メートル。

 一射として外れはないだろう魔力の雨。

 死体の塵すら残さん、と言わんばかりの過剰攻撃(オーバーキル)

 たとえ鳥居で防ぎに動いたとしても、その更に次の一撃が待つだろうと剣士は予感した。


「新月抜刀」


 鳥居を生み出すが、軌道を変えた魔術の光線が壁をかわしてサクラに叩き込まれる。それを受けながらも、紅い剣客は淀みなく抜刀した。

 黒炎を両断する白い一閃。先の回避行動の過程で、相手との間合いは計測済み。

 不可視の斬撃が黒騎士を解体する。魔力による再生は──働かない。斬られた箇所の魔力は死んでいる。【新月の理】を帯びた今の刀身は、魔力殺しの刀と化していた。


 ──地上までの最終距離が二十を切る。

 黒騎士からの反撃は来ない。その隙にサクラは魔力の射撃がきた方角を一瞥し、


「────上か」


 頭上──二十メートル付近。

 唐突としてそこに、先ほどと同じような色彩の光線雨が現れる。

 一定距離に近づくまでは見えない認識阻害の術でもかけられていたのか。棟の瓦礫雨ごと消し飛ばしながら、魔力の雨は黒騎士もろともと言わんばかりにサクラへと迫り降る。


『よーけーてー』


「む」


 念話ではなく、大気に響く伝達音声。

 直感に従い、彼は咄嗟に身を翻す。

 直後、()()()()()()()()()()()()黒の弾幕が、色彩雨と相討っていく。

 相殺に伴う爆風が、自由落下のルートを破壊する。鳥居を足場に、サクラはすばやくその爆風範囲から離脱し──


【“千の大地(Thousand)(Dis)(conne)(ction)”】


「ざけんな死ね」


 すぐ真横。

 先に地上へ墜落したハズの黒騎士──どうやら着地と同時に大跳躍してきたらしい──が、右上半身を失った身体で殺害斬撃を繰り出してくる。

 それを、サクラは再び黄金の軌跡を帯びた宿刀をもって、一閃残らず灼き尽くすが──


「っ──!」


 ガィンッッッ!! と衝撃を殺し切れず、ボールよろしく打ち飛ばされる。

 弧線を描きながらも、サクラは出現させた鳥居の上を滑りつつ着地する。落下の衝撃を攻撃とみなして無効化させたので、身体への負荷はない。


「コホッ……っ、」


 咳き込んで思い出すのは、直撃を受けた時の魔力光線。

 あの時、サクラは今生成できる分の絶魔力を鎧として身にまとい、受けた全ての攻撃(まりょく)を殺したのだ。

 ……無傷で済んだはいいものの、魔導炉の稼働は本調子には程遠い。


「っ!」


 左へ跳んだ瞬間、鳥居のあった場所が黒炎に包まれた。

 着地した地上は、芝生で整えられた空き地。本来美しい緑の床が広がるそこに、火の手が回っていく。

 警戒態勢を維持したまま、サクラは黒炎の壁の向こう、歩いてきた黒騎士を見た。


 ごっそりと抜けた右の上半身は、空洞のように空いている。魔力殺しの斬撃の影響だろう、残存魔力全てをかき集めても、この半壊状態が、今の黒騎士の蘇生限界のようだった。


 ……それでもなお倒れず、立っているのは脅威と呼ぶ他ない。


 しかもだ。


(コア)なしか。お前は複製体というところか?」


 そう──手ごたえこそあるが、まるで嘘っぽい。

 サクラが気付いた黒騎士の違和感とはそれだ。この黒騎士は、確かに自律機能を持った人理結界……なのだろうが、その複製体にすぎない。

 魔力あるかぎり稼働し続ける使い捨ての人形。そんなところだろう。


【────、──】


 更に一歩、黒騎士は踏み出した。

 ──瞬間、足先からその身体は黒霧となって消えていく。

 存在も影も魔力も、なにもかも全て。幻のように霧散していった。


(……あの最後の黒炎で魔力を使い切っていたか。半身を失い、魔力を使い果たしてなお……コレが本物だったらと思うと、ぞっとしないな)


 更に厄介なのが、複製体である以上、先ほどのものはオリジナルより、何段階か劣化しているだろうという確実性。

 もっと嫌なのが、あの使い捨て騎士のおかげで、いくつか此方の手札が割れたのが一番痛い。


 始祖竜暗殺兼、情報収集。アレは、きっちりと与えられた機能(しごと)は果たしたというわけだ。──実にイヤだ。


「──サクラァ──! 無事──って無事だぁ! 完全勝利!!」


 シュタタタタ、と軽い足音と共に、棟の中からアガサが駆け寄って来る。

 寝落ちからの寝起きで飛び出してきたのか、まとまりのない黒髪に、普段の白シャツと青スカート、ブーツ姿だ。


「って火の手やば。消火消火ー」


 数丁の黒銃を空中に生み出し、撃ち出された水弾がフィールドの火災を消していく。

 便利なものだな、とサクラは感心しながらそれを眺めつつ、納刀して黄昏の空を元に戻す。

 フッと陽光が消え、世界は月光だけが差す静寂の夜へ。黒炎も消えた後、改めてアガサがサクラに向き直る。


「まずはお疲れ。こっちも事態は把握してる。敵サンは敷地から逃亡、今ブチギレた魔術師たちが追跡中だってよ」


「……何があった」


 ブチギレた、の部分に酷く不穏なニュアンスを感じる。

 そんなサクラの心情を肯定するように、アガサは頷く。


「率直にいうと、()()()()()()()()()()()()()()()()だ」


「え」


「その影響で、この王国領土の地脈……土地の魔力の支配権が弱まってて、大ピンチ。ギリ完全に奪われたってトコまではいかなかったらしいけど、少なくとも王国領土の南半分、ほぼ向こうの支配下におかれたと見ていい」


「……逆転の目は?」


「全然ある。まー、王国組は怒りと敗北感でお通夜状態だけどねー。悪魔からすれば、負の感情渦巻くフィーバーさ。サリエルの復帰も早いだろ」


 彼女の声色は普段と何も変わらなかったが、安心できる情報が何もなかった。

 一つ分かったのは、あの黒騎士は、サクラの足止めという大役まで担っていたということだ。


「で、そっちは何と戦ってたの? なんか、南棟の窓という窓がブッ壊れてたんだけど」


「おそらく、人型に化けた人理結界……の模倣体だ。何度か斬ったが、核が無かった。目的は十中八九、始祖竜の暗殺。兵装保有者(レリックホルダー)である天敵(おれ)の排除よりも優先していた」


「──そうきたか。暗殺、ね。そりゃあ前兆もクソもない。てか人型の人理結界て……ったく、どこの誰の真似だよ……」


「それは──」


「あー、いい。言っただけだから気にするな。そいつ、どういう姿(カタチ)をしてた?」


「黒鎧の騎士だ。当時のエディンバルトが元にされたんだろう」


 その言葉に、一瞬、場が沈黙した。

 ギギギ、とアガサが首を捻ってくる。


「────マジか。それでなんで無傷なの、お前……」


「頑張ったから……?」


「うん。それは偉い」


 はぁ~ぁ、とアガサは息を吐きだす。


「エディンバルトかぁ……ってこたぁ、サリエルを襲った奴の元ネタは『ザカリー』で違いないな。お前に光線を浴びせたのと同一だろ。私は見なかったけど、そっちは人型人理結界、その本物だったのかもな」


 人型人理結界──それはレリックでしか殺せない不死者と同義だ。

 いかなる強者だろうと、兵装保有者(レリックホルダー)でなければ勝ちの目すら存在しない。サリエルが瀕死にまで追い込まれたのも必然といえる。


「……そういえば、炎竜は?」


「ここに! おるぞ!」


 声は棟の方からだった。振り返ると、石柱に背を預けて、腕を組んだ赤髪の少女が無駄に偉そうに立っている。


「いやはや、凄まじい奮闘ぶりだったぞサクラよ! しかし我の窮地に駆け付けると貴様アレだな? さては天邪鬼、というヤツか? 仲良くなりたいならそう言──」


「アガサ、頼む。アイツ殺してくれ」


「オッケ~」


「ギョワーッ!?!?」


 パチン、と指鳴らしの後、二十丁程度の黒銃が出現し、弾丸が炎竜に発射される。

 無駄弾じゃないか? と言ってからサクラは気付いたものの、しかしアガサの顔を見ると、完全に無表情だった。なぜか自分よりキレている、と心中戦慄する。


「何をするのだ貴様らー! 我と周りへの態度、違う! 全然違う! アレか、汝らツンギレというやつか!?」


「ツンギレはもう少し愛嬌あるだろ」


「ツンギレなめてんじゃねーぞ爬虫類如きが」


「謎の拘りッ!? なぜツンギレに一家言あるのだ貴様らッ!?」


 こと人間文化の中で生まれた概念の論議には厳しい二人だった。娯楽を重ねた年季は、たかだかこの数日でかじった程度の炎竜よりは遥かに上なのだから。


 そこで掃射が止まる。銃弾を避けきった炎竜は、地面に転がってプルプルと震えていた。


「まったくなんなのだ汝ら! 冷たい! ドライ! 初対面の頃からなんにも変わっておらーん!」


「──他人に変化を強要するのは暴力と同じだよ? でも君の場合、もー少し患者としての自覚をもって欲しいなァ、と僕は思わずにはいられないんだけど」


「ッ!!」


 その時、リュエの背後に一人の影。

 彼も急いでやって来たのか、トレードマークの一つである白衣は着ていなかった。

 今は白衣の下のネクタイシャツにスボン姿、黄緑の長髪は一つ結びに。ギラーン、と月光に眼鏡のレンズを光らせて、笑顔の怖い医者が仁王立ちしている。


「……お。おお、ドクター……きき、奇遇であるな。では我はこれにて……」


 そろり、と立ち上がり、その場から離れようとする脱走患者の肩を、ガッと医者の右手が捕まえる。

 そこで軽くアガサが片手を上げた。


「よっすドクター。サリエルの容態はどう?」


「悪くはないよ。僕が治療したからね。ちょっと前に開発した、魂への高位治癒術式が大活躍さ。気絶前の彼の言葉は『その術式教えてくれ』だったよ。あの知識への執着ぶりは恐れ入る」


「……第一席の宮廷魔術師から『教えてくれ』を引き出す魔術の開発って、なんなのお前……」


 どうやら魂に干渉する治癒術式は、さりげなく前人未踏の偉業だったらしい。治療費払い切るの無理じゃないか? とサクラは不安にあおられる。


「え、ええい、放すがよいドクター! このっ──」


「っ、おい危な──」


 そこで無理矢理にリュエがドクターの手を振り払い、軽く拳を打つ。

 ……当然彼女なりに加減はしているのだろうが、その一撃は、まともに受ければ大地に亀裂を作るくらいは容易い威力だ。アガサは声を上げかけ、サクラは即座に鳥居を生み出そうと鯉口を切りかけ、


 ──ぱしっ、と。

 何の苦も無く、まさに見た目通り我儘な子供を止めるように、医師はその拳を左の掌でしっかりと()()()()()()()

 

「「「!?」」」


「はっはっは──君ィ、患者が医者にかなうとでもお思いかい?」


「ひっ……!?」


 炎竜のみならず、サクラとアガサもぎょっとした。

 医者の骨が砕けた様子はない。ぐぐぐ、と受けた少女の拳をしっかりと握り返し、次の瞬間、空いていた右手で、ひょいっとリュエを脇に抱え込んでしまう。


「な、なヌゥ!?」


「それじゃ、病室に戻ろうねぇリュエ様。今夜の分の薬、飲んでなかっただろう。アレ飲まないと君の魔力、生成速度が落ちちゃうんだよー?」


「あ、あの粉末苦いのだ! おーろーせぇー!」


「うーん、注射より恐怖感はマシなはずなんだけどねぇ。ま、粉薬は君の鱗を貫通できる注射針がない代わりなんだから、我慢しておくれー」


 ギャーギャー騒ぐ患者を、そよ風がごとき態度でかわし、名医は歩き去って行く。

 その直前、一瞬だけこちらへ、感謝を述べるようにウインクして。

 嵐の気配が過ぎ去ると、残された二人は各々に口を開く。


「……ジェスター(あいつ)、炎竜の天敵だったのか……」


「……得体が知れないなぁ……何者だよ……」


 以上が、この夜の顛末。

 かくして第四位による宣戦布告は告げられた。

 対して王国人類、次の行動は早く。

 後に今日は、決戦前夜と称されることとなる。


 ──戦場は南方の地ユグドヴァルト。

 翌日、そこで全てを決するための戦いが始まった。


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