28 襲撃者
「──ふむ。四割弱、といったところかな?」
Dr.ジェスターから告げられた診察結果にサクラは首肯する。
研究室──もとい診察室。ここへ来て患者席に腰掛けるのも、日常ルーチンの一つとなっていた。昨日まで白く戻していた髪色も、すっかり紅藤色に戻っている。
「四割弱。それが一日でサクラ君が生成できる限界魔力量だ。それを越えて魔導炉を酷使すれば、本当に治療不可の領域に足を突っ込むことになるから気を付けてね?」
カルテを手に、あっさりした調子で告げられる警告。それにサクラが頷くのを確認すると、医師は言葉を続ける。
「それにしても、一時はどうなるかと思ったよ。魂に作用する高位の治癒魔術を開発したまではよかったけど、『魂そのものが理』ってことの意味を、僕はまだ理解していなかったからねぇ」
医者があえて言葉にするのは、患者が自分の状態を把握しているかを確かめるためだろう、と理解しつつ、サクラはその続きを返す。
「魔導炉は魂に付随している器官だ。そこでお前は、魂に直接、治癒の魔術を施そうと言い出したが、俺の理が示すのは『魔力の否定』──魔術なんて受け付けなかった。そこを俺は、治癒魔術を却下しないよう、理のルールを変更することで解決した」
「えーと、正確には治癒魔術を構成している魔力……地属性だけを受け入れるようにしたんだよね? あれ、でも、今さらだけど、なんで転移とか念話とか通じてたの?」
「魔力を否定するといっても、理を展開しない限り、その効果は外に顕れない。魂は常に肉体が保護しているからな。だから、普段はまったく魔術が通用しないワケじゃない」
「あ……そっか。魔導炉は魂に、魂は肉体に付随してるんだもんね。なるほどねぇ」
肉体はともかく、魔術が魂に直接干渉するものだったなら、念話も転移も通じていなかっただろう。
納得しつつ、ジェスターは更に確認するように疑問を言語化していく。
「じゃあ『魔力を消す』理なのに、絶魔力を体内に許容してるのも、今回の治療法と同じ理屈だったんだね?」
「そりゃあな。放置すればもちろん俺の魔力だって消える。だから自分の魔力だけは殺さないルールに設定してるぞ。俺の理なんだから、それくらいのズルはできるに決まってる」
「つくづく反則だなぁ……けど、魔導炉の回復が進むにつれて、生成できる絶魔力も増えていった。理はルール変更でなんとかしたけど、ここからはいくら治癒魔術をかけても君の魔力がそれを打ち消してしまう。ここから完治させるには、絶魔力を身体に循環させないようにする、魔力操作の技術をサクラ君が習得する必要があるね」
「血脈を一つ止めるようなものだから中々難しいぞ、アレ。だが、もう四割弱も魔力が戻ったんだ。そこは感謝してる」
「うう、やめて。まだ完治まで持っていけてない自分の能力不足に泣きたくなるから」
プロ意識が高い奴だ……そう呆れつつ、サクラは机に用意されているクッキーをもらう。
一方で黄緑のドクターは、カルテを持ちながら、座っている椅子をぐるぐる回している。
「君、帰ったらその道の錬金術師を捕まえた方がいいよ。魂専門の錬金術師とか、いないの?」
珈琲のカップに口をつけたまま、サクラは動きを停止させる。
「……いないこともない、らしいが……」
「らしいが?」
「危険人物なんだよ」
「危険人物」
うむ、と内心頷きながらズズッと珈琲をすする。
「人格破綻、傲岸不遜、傍若無人。自分の工房を作るためだけに大国を一つ滅ぼしたとかいうヤツだ。アレがなんで超抜存在じゃないのかが俺には疑問だな」
「──────あの。純粋な質問なんだけど、なんでそんなのが野に放たれてるの……?」
「功績が凄いから。四柱いた神々だが、その内、三柱を倒した武器は人理兵装じゃないんだよ」
「……え?」
「『神聖武装』。その当時、レリックの代替として錬成された、人理結界を破壊するためだけに特化した人造兵器だ。それを造った功労者として、皆放っているらしい」
引きこもっていたので最近の外界事情には疎いが、終戦してからこっち、あまり噂を耳にしない。アレに治療されなくてもいいから、どっかでくたばっててくれないだろうか、とサクラは思う。
「まかり通るの……? そんなコトが……」
「それくらいギリギリだったらしいからな、人類。相手が悪魔だろうが魔人だろうが手を借りたかったんだろ。……まぁ、魔人は伝説上の種族だが」
ボーン、と時計が鳴る。時刻をみれば、もう午後の三時だった。
そこへ、別室から茶髪の青年と桃色髪の少女が顔を出す。
「ドクタ~、作業台ん上の荷物、運び終わりました~」
「ドクター! 冷蔵庫のプリン食べていいー!?」
「ありがとうデューク。キャロル、食べるなら皆でね」
「「はーい」」
助手たちが引っ込むと、サクラは小首を傾げる。
「そろそろ帰るのか。帝国に」
まぁねぇ、とジェスターは肩をすくめた。
「王国が第四位討伐の計画を公にした時期から、帰還命令が出ていてね。けどま、患者の君を放り投げるわけにもいかないし、錬金術を学ばなきゃいけなくなったりしたしで、ズルズル命令無視してるのさ。だって超抜存在の討伐だよ? こんな世紀の大決戦、見逃すワケにはいかないじゃないか!」
「……お前の上司って、苦労してそうだよな……」
「そうかな? そうかも?」
「観客精神は別にいいが、帰れるならさっさと帰るに越したことはないぞ。帝国からしたら、お前みたいな天才を亡国の塵にするわけにはいかないだろうし」
「おや、弱気かい? 君やヴァン君みたいな規格外が揃ってて、王国が負けるって?」
「……戦う相手が、勝ち負けを考えているとは限らない」
飲み干した珈琲を机に置く。
「勝つ結末よりも、最悪のケースの種類の方が無数にあるんだ。慎重すぎるぐらいが丁度いいだろう」
席から立ち上がると、サクラは部屋の出口へ足を向ける。
扉を少し開けたところで、後ろから声がかかった。
「──ねえサクラ君。最近、リュエ様とはどうかな?」
「鉢合わせないように全力を尽くしている」
「そうかい。ま、それはいいんだ。君たちとあの始祖竜様とのスタンスに口を出したいわけじゃない。ただ、ね」
「?」
もったいぶるような、いや、なにか念を押すような調子にサクラは振り向く。
この医者は話こそ長いが、話題の本質を無意味にはぐらかすような奴ではない。
ワークチェアで足を組んだまま、ドクターはこちらを見つめていた。
「今夜はどうか彼女を気にかけてやってくれたまえ。監視というか、目を離さないように」
「……」
「ほら、彼女、偶に夜に出歩いたりしてるんだろう? 患者が病室を抜け出すのは重罪だ、医者として看過できない。君に頼むのは──まぁヴァン君でもよさそうだけど、彼じゃあたぶん、対処しきれないような気がするから」
サクラは少し姿勢を正して、しっかりと白衣の男へと向き直った。
「根拠は?」
「お恥ずかしながら、ただの直感なんだよねぇコレが。頼まれてくれるかな?」
「……アレに関わるのは気が乗らないが、恩人の頼みくらいは聞き入れよう」
ありがとう、と眼鏡の医者は笑顔を作る。
そこで今度こそ、サクラは白い診察室を後にした。
◇
深夜帯になってから、医務室の扉が開いた。
気配を消して曲がり角の付近で張り込んでいたサクラは、少女の足音が遠ざかっていくのを認識する。
(……本当に出てきたな……)
医者になると患者の行動も予測できるのだろうか? 胸中戦慄しつつ、サクラは炎竜の魔力の気配を追う。
王国に滞在して数週間。
初めは弱々しい、上位存在らしからぬほどの弱体化をみせていた炎竜だったが、ここ最近は魔力も幾ばくか回復してきたと聞く。
アガサによれば、炎竜の魔力は第四位を滅ぼす際の最終フェーズに利用するつもりらしい。人理結界を破壊した後、あの黄金の焔で燃やし尽くすとのことだ。上位存在の最大攻撃なら、確かに良いダメージソースにはなるだろう。
(この道の先は、確か──)
追跡対象と十数メートルの距離をあけながら城内を進んで行くと、やがて南棟のエリアへ入り、階段を上へ上へと登っていく。
最上階。ひらけた中規模程度のホールの先、見晴らしのいいバルコニーが月光に照らされている。
そこに、赤髪を風になびかせた竜の少女はいた。
(……)
ホールの手前の廊下、壁の影にサクラは隠れる。
連れ戻すべきか話しかけるべきか。
このまま無関係でいられる方が、彼としては一番楽なのだが。
「──フ、フ、フ。隠れても無駄だと言ったハズだがな! ついに罪悪の念が積み上がったか。よいよい、我は許そう。全て許そう! 殺されかけたり、ずっと無視されたり、会えたと思ったら暴言を吐かれたりしてもッ! 所詮は下等種族、人の子による可愛い悪戯だと目を潰って海よりも広い寛大さで汝が罪を赦そうではないか──!」
なに言ってんだあいつ。
サクラは心底冷めた心地になった。
上位存在に慈悲の心など、感じたこともなければ感じたくもない。
「…………おい、返事をせい。誰がいるかはなんとな~く気配で分かるが、名を口にしないのは気遣いなのだぞ? そう、バレていないだろうと思っている貴様に対して、実はバレバレなのだと指摘しないという我の心づか──……む?」
バルコニーに背を向け、ホールの向こうの通路へ話しかけていた炎竜は、ふと後ろを振り返る。
満月輝く闇夜の中。
前兆もなければ兆候もなし。
まさに。突然。前触れもなく。
──死神のように。
真っ黒な全身鎧の刺客が、大剣を少女に振り下ろしていた。
「──ほへ?」
呆気に取られたような声が響く。
無意識に、炎竜は少し右によけて一撃をスレスレのところで回避する。
ゴッッッッ!! と瑕一つなかったホールの石床に、爆発したような亀裂が走る。
事態を理解できない少女は、呆然と、襲撃者を見つめることしかできない。
【“千の大地の斬撃”】
二撃目。
奇襲を外し、必中の追撃が繰り出されようとする。
上位存在の第六感は機能を果たした。後はただ本人がそれに対抗するかのみ。
──だが憐れかな。この竜は、自分に害意を持つ存在が目前にいるという現実を、まったく受け入れられていなかった。
「え、え?」
金色の瞳は、あれ、死ぬのかな殺されるのかなと半信半疑。
そのまま竜殺しの刃は振り抜かれ、
「──」
一瞬の、凄絶な激突音に散る火花。
割り込んだ白刃が、騎士の斬撃を発動前に却下し、敵を空間の壁へと叩きつける。
刀を構えたまま、奇しくも炎竜を庇うような位置で、サクラは敵影を凝視した。
正体は何か。
王国の騎士か? 他国の兵士か? 第三の敵勢力か?
──否、と刹那に浮かんだ全ての可能性を排し、確信と共に言葉にする。
「人理結界か……!」
応えるように、漆黒の魔力が周囲の瓦礫を吹き飛ばす。
そこに立っていたのは、一人の騎士甲冑。黒一色のフルプレートで、濃紺のマントがはためいている。二メートルに届かんばかりの長身、右手には青混じりの黒炎が帯びた、漆黒大剣が握られていた。
予備動作なく、鎧の影がサクラへ肉薄する。だが一閃が繰り出される直前、紅蓮の剣士は微かに直感した。
(狙いはあくまでも炎竜……!)
咄嗟に振るわれてきた一撃を相殺する。が、衝撃に足元が浮き、廊下側へ吹き飛ばされる。
黒騎士はサクラなど見ていない。目的優先。未だ棒立ちになっている、赤い少女へと襲いかかる。
「なんだ──貴様は──」
いつまで呆然自失だ、という悪態を噛み殺しながら、
「社門……!」
地面から鳥居を出現させ、騎士の攻撃を防ぐ。
その瞬間に大地を蹴り飛ばしながら、サクラは己の刀に短く告げた。
「【神殺す黄昏の刃】」
満月の深夜時が黄昏時に変貌する。
白刃は黄金を帯びて。
落陽の光が、神速を越えて騎士へと放たれた。




