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Logic Tale《剣豪神子は最強無双するより帰りたい》  作者: 時杜 境
第一章 境界トワイライト
28/97

27 稽古

 日も落ちかけた夕暮れ時。

 中庭には一心不乱に剣を振る人影があった。騎士団の訓練服を着たヴァンである。


「──魔剣狂いもそこまでいくと感服するな」


「お、サク……ラ、だよな?」


 一瞬、目を白黒させたのは、石廊下にいたサクラが普段の神子服ではなかったからだ。

 王都を歩くために調達したという、ベージュ色のロングコートに黒い上下の衣服、透き通るような白髪。神子らしさの欠片もない、何かの間違いで人里に降りてきたような美青年だった。


「印象全然違げーな。ていうかその髪色、わざわざ染めたのか?」


「いや、実はこっちが地毛だ。ラグナ大陸のエーテル濃度はここの数倍は濃い。なんで、エーテル色素という大気中の物質を吸い込んで生活する人類は、皆、一回髪色が変わるんだよ」


「え、じゃあアガサの方も……?」


「ああ。あいつは元々茶髪だ。俺は『そのコーディネートにするなら白髪にしろ』と言われて、髪に染み込んでるエーテル色素を一時的に抜く薬を飲まされたんだよ」


 観光(デート)帰り、らしい。予想していた敵の襲来もなく、何事もなく終わったようだ。

 サクラの目は、そこで魔剣に向く。


「ブランクは埋められそうか?」


「勘はだいぶ戻ってきたぜ。正直言えば、あと十日は振っていたいけどな……はぁ……」


 狂ってる……

 サクラはそう言葉にはしなかった。明白な事実をわざわざ言っても仕方がない。


「──そうだ。なんならサクラ、俺に稽古つけてくれないか?」


「……必要あるか? お前みたいな逸材に」


「それは絶対にある、と断言してやる。稽古は稽古でも、俺は()()()()()()と戦ってみたいんだよ──同じ兵装保有者(レリックホルダー)としてな」


「──ふむ」


 レリックホルダーとして、と言われては断る理由も浮かばない。

 サクラは中庭の芝生へ足を踏み入れた。


「十分だ」


 その答えに、ヴァンは礼を言おうとした。

 だが次に続いた彼の言葉に絶句する。


()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。それでいいか?」


「え……いや、ああ! も、もちろん……もちろん……え? どういうこと?」


 キィン、とサクラの手元に光が収束し、そこに紅鞘の刀が現れる。

 ヴァンと距離をとった白髪の青年は、静かに鯉口を切った。


「……!」


 空気の変質に、ヴァンも剣を構える。

 両者、風の音も精神の乱れも意識からカットし、しばし中庭は無の空間となった。


 ──始まりは直後。


 次にヴァンが認識したのは、右から振り放たれた彼の一撃を弾いたということのみ。

 意識も、思考も間に合わない。ただ戦闘を積み重ねた身体と経験と直感が、次の動きに合わせて一閃をことごとく跳ね除けていく。


「──、ッ……!」


 ──呼吸が間に合わない。五分と経っていないのに酸欠になりかけた。

 だがサクラからの攻撃は止まない。止まない。止まない。斬撃の嵐が、一切の澱みなく、正確無慈悲に連撃となって襲い来る……!


「っ、ハァ──!」


 空気を吸い込む。吸い込みながら、攻撃に対応する。全身の血管が、細胞が悲鳴を上げる。一瞬、一拍でも停止すれば死ぬ。足を止めず、剣を止めず、ひたすらに降りかかってくる「全て」を迎え撃つ。


 そして──……


「…………ガッ……ハアアァッッ!! ァァァ……!!」


 納刀と鈴の音が背後で聞こえた瞬間、ヴァンは芝生に崩れ倒れた。

 心音は炸裂するのではないかと思うほど鳴っている。だがそんな事よりも、まずは呼吸することが先決だった。


「ヴァン……お前どうなってんだ……初見で全部の俺の動きに対応してくるとか、怖すぎるんだが……」


「ッァガ……どうなっ……オマエ……ッッ」


「ああ、まずは息を整えていいから」


 カヒューッ、かひゅーと喉に風が吹き抜けていく。十分で、一生の全てを使い切ったような疲労感だ。

 ……五分ほど経過しただろうか。そこでようやく、ヴァンは人語と比較的落ち着いた呼吸を取り戻した。


「はぁッ……はー……コレ、結局どういう……稽古で……」


「俺が戦闘中、基本にしてる動きの全てだよ。超連撃で繰り出したから分かりにくかったかもだが、さっきの一つ一つを覚えてモノにすれば、ヴァンは俺に勝てるようになる」


「無理ィ……!」


「いや、流石にそこはどうにかなるだろ。今すぐじゃなくても、いつかは」


 ……その“いつか”が訪れた時、既にこの青年は更に次のステージの強さに到達しているだろう。

 それほどに濃縮された十分だった。人一人の人生全てが詰め込まれた十分間。たかが数年、数十年程度で、他人が追いつけるような過程じゃない。


 しかもあれだけの動きの後で、一切汗を流していないのはもう、実力差どころの話じゃなかった。根本からして身体の造りが違う。


 彼は道具だ。

 剣を──刀を振るだけの、ただそれに特化させた、生きた道具。


「──、はぁ」


 仰向けに転がり、今一度、大きく息を吐き、吸い込むを繰り返す。

 四肢が重い。しばらくは起き上がることすら困難そうだ。転移で帰ろうかな、とヴァンは考え始める。


「……さっきも伝えたが。ヴァン、やっぱりお前は逸材だよ。俺との実力差を感じているようだが、実際のところ、俺とお前は剣技においての差はあまりないと思う」


「嘘つけ……」


「ホントにホントだ」


 傍まで来たサクラがしゃがみ込んでくる。指先も動かないまま、ぼんやりとヴァンは彼を仰ぎ見る。


「それと、だな。アガサも言ってたんだが、ヴァンお前、『理持ち』じゃないか?」


「……ハ?」


 ──なにか、聞き流せないことを言われた。


「殲滅作戦の時……妙にノーダメージだった瞬間があったとアガサが言っていた。だから、俺はこうして確かめにきた。稽古は予想外だったが」


「……ぐ、偶然とか……」


「俺はさっき、三回くらい、なにか()()()()()みたいのに刀の軌道を逸らされたぞ。お前……無意識に理論使ってないか」


「────、」


 そこで、ヴァンは全身にありったけの気合いを入れて、無理矢理に上体を起こした。

 そうして魔剣を握っていない方の右手──今は()()()()()()()()()()()()()()を見る。


「……マジで?」


「おめでとう。晴れて俺の上位互換化の道が開いたな。魔力量に、レリックに、理。順調にこっちの立つ瀬が無くなってきたが」


「……なんの理とかは、分からないか?」


「さぁ。そんなの、お前が一番よく知ってるんじゃないのか」


 知らんわ。

 肩を落とし──再び、ヴァンは芝生へ倒れる。


「……理、か……理といえば、このレリックに使われてる素材も理……なんだよな?」


 倒れたまま、ヴァンはオートクレールを掲げる。

 破壊されていた頃の跡もないくらい、全て元通りになっている。完全完璧な相棒だ。美しい。


「アガサによれば、オートクレールはその理が無事だったから、こうして錬金術で直せたらしい。逆に、素材となった理が死んでいたら、そこでその魔剣は消滅していたんだろう」


「ぉう……」


 考えただけでもゾッとする。

 ちら、とそこでヴァンは、サクラの持つ刀を見やった。


「お前のレリックの力って……もしかして、『斬りたいものだけを斬る』ことだったり?」


「……さぁな。お互い、レリックに関する情報には秘匿義務があるだろ」


「……だな。悪い」


 忘れてくれ、とヴァンは手をひらひらさせる。

 その脳裏には、少し前の出来事がよぎっていた。


     ◇


『──斬られたのに斬れていなかったんです』


『?』


 それはいつかの、あの不肖の弟子(アルトリウス)とサクラが戦った日のこと。

 サクラが中庭を立ち去った後、銀の騎士はそんな検証報告をしてきた。


『六試合目のことです……私は一度、左腕にわざとまともに彼の剣を受けてみたのです。あれだけ見事な太刀筋ならば切り口は綺麗でしょうし、魔術でどうとでもなると踏んで』


 六試合目──確か、一瞬自分が目を離した試合か、とヴァンは思い至る。

 その目を離したスキに、まさかそんな事をやっていようとは。


『しかし見ての通り、私は五体満足でいます。おそらくあの剣士のレリックは、使用者の狙ったモノのみを斬る……そういった能力を持っているのではないでしょうか』


『狙ったモノ、ねぇ……じゃああいつがその気になれば、魔術さえも斬れる、って可能性があるのか』


『魔術式を狙えば、おそらくは。そんな事は、私にも不可能ですが』


『……なるほどな。ところでアルトリウス』


『なんでしょう?』


 ヴァンは笑顔を向けて言った。


『──説教。半人前が命知らずなことしてんじゃねぇ。腕を落とす覚悟は、無茶を実力でねじ伏せられるようになってからにしやがれ』


     ◇


「……」


 ヴァンはもう一度、サクラを見た。

 黄昏の陽に佇む英傑の青年。故郷とは異なるだろう落陽を、懐かしそうに眺めている。


 実力は格段に上。おそらくは魔術を用いても──その他、幸運や第六感まで動員した全力をもってしても、まるで勝てるイメージが浮かばない。


(無茶を実力で……いや、コイツの場合は、「実力で無茶を押し通す」くらいはできるか)


 考えながら、ヴァンはゆっくりと上体を起こす。魔剣を握る義手に力がこもる。

 すぅーっと息を吸い込み、覚悟を決める。



「……なぁ。第一位を倒したのって……お前か?」



 白髪の青年は振り返らず。

 声だけが、その問いに答えた。


()()()()()()()()()()()


 ──凄まじいまでの棒読みだった。真に何の感情も乗ってなかった。そんな事はない、と否定されていた方がよっぽど気持ちが入っていたに違いない。

 ヴァンは自分の頬が引きつるのを自覚しつつも、立ち上がる。


「もう一勝負、頼めるか?」


「ヴァン……まさかお前も戦闘狂いだったのか……?」


「今だけだ、今だけ!」


 うんざり顔の剣士だったが、すぐ了承するように鯉口を切った。

 中庭で二つの影が再び対峙する。ほどなくして、風を切る剣戟音が残響した。


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