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Logic Tale《剣豪神子は最強無双するより帰りたい》  作者: 時杜 境
第一章 境界トワイライト
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26 エンカウント・デスペラード

「お、おぉ……おおおおおおぉぉ…………!」


 ──台座の魔剣を手にとってから、ヴァンの様子がおかしくなった。


「……ふ、ふふ、ふふふふ。オートクレール。オートクレール? オートクレール。オートクレール! はは、は、はははははははは……………………!!」


(壊れてる……)


 まぁ、完成品を目撃した衝撃で意識を飛ばすくらいだったのだ、少しくらい精神に異常をきたすのも止む無しだろう、とサクラは思っておく。

 そこで意識を取り戻したアガサが、むくっと起き上がる。


「……なーんか、とんでもねぇバケモン生み出しちゃったか、私たち?」


「……元々、『魔剣を使いたいから』という理由で騎士団に入団してきた奴だからな……多少狂うとは想定していたが、まさかここまでとは……」


 座り込んだサリエルがそんな情報提供をしてくる。

 魔剣を使いたいからで兵装保有者? なるほどイカれている。つまりこの、ヴァン・トワイライトという人物の本性は────


「生粋の、魔剣バカ……なんです。でも師匠が喜んでくれたのなら、私は何も言うことはありませんッ……!」


「お前も相当な師匠バカだけどな……」


 うつ伏せのシンシアにアガサは呆れた顔を向ける。

 そのツッコミはもっともだ。師が師なら弟子も弟子か。似なくていいところだけ似ている気がする。


「う~……疲れたぁ……僕は研究室に戻って休むよ。じゃあね──ギャッ」


「待てドクター」


 立ち上がって錬成部屋から出ていこうとしたジェスターの足を、影の魔術がつまづかせ、倒れさせる。


「錬金術の知識の記憶を消去させてもらおう。それが済んで初めてこの件は終わりだ」


「え~~~~僕らの一週間の努力ぅ~……」


「仕方ないですよジェスターさん。この技術、ちょっと私たちには早すぎます……」


 サリエルが手元に黒杖を出す。

 彼が何事かを詠唱すると、杖の先端が紫に光り、シンシアとジェスターは意識を落とした。


「……サリエルせんせー? アンタは記憶、消さないの?」


 にやにやとアガサが問いかける。

 しれっとした顔でサリエルは答える。


「貴重な叡智をみすみす手放す知識人はいない。なに、広めるつもりはないとも。識っている分だけ、しっかり管理させてもらう」


「もうドハマりしてる奴の台詞なんだよソレ。ま、趣味程度にな? 研究にのめりこみすぎて、身を滅ぼす錬金術師なんてテンプレもテンプレだから」


「……肝に銘じよう」


「脳に銘じとけ」


 そんな軽口を叩いていると、突如、錬成室の扉がバタン! と勢いよく開け放たれた。

 入ってきたのは銀髪の騎士団長──アルトリウスだ。彼の目は真っすぐに、今も台座前で魔剣を手にうっとりしているヴァンへ向いており、


「師父よ、覚悟──!」


 刹那、地を蹴って飛び出す。既に抜き放たれていた銀聖剣を振りかぶる。

 うわっ、とサクラはその勢いから、さっと距離をとり、ガラ空きの背後から斬りかかられたヴァンの末路を見る。


 キィンッ────と響き渡る金属音。ヴァンが持つ魔剣オートクレールが、銀の一閃を受け止めたのだ。


「──丁度いい。ウォーミングアップに付き合ってもらおうか、アルトリウス──!」


「ッ……!!」


【歪曲転移】(ここでやるな)


 サリエルが杖を振ると、一瞬にしてヴァンとアルトリウスが部屋から消失する。

 戦闘に適した場所──防衛機構が特に厚い、中庭にでも送られたのだろう。


 あそこのセキュリティは王城内でもトップクラスだ。レリックを用いても外からは遮断されているので覗き見も不可、レリックの目撃者も、中庭から出た瞬間、記憶に制限がかけられ、はっきりとした情報は話せなくなるという。


 ──そんな嵐のような一連の出来事を見なかった事にしつつ、アガサは後ろに崩れ込む。


「あー! 疲れたぁ! サクラー、デェト行こうぜデェト!」


「新たな作戦名か?」


「違うよ! 王都観光しようぜってハナシ! 兵装保有者(レリックホルダー)が一人増えたんだ、これでどっちかに敵が来てもヘーキでしょ!」


「なるほど」


「なるほどではないが……」


 横から半目になったサリエルがそんな言葉を差し込んでくるが、


「……いや。本当に、君たちには世話になった。本番はここからだと理解しているが──」


 深く、その頭を下げる。


「──感謝しよう。我が国土にはびこっていた外敵の殲滅、そして此度の国宝の修復。君たちがいなければ、成しえなかったことだ」


 宮廷魔術師の心情など、サクラとアガサには知る由もない。

 だから彼らは彼ららしく、それに返答する。


「ああ! 私たちのおかげだな! っつ~ことで、報酬金の増額よろしく!」


「俺は最終的に帰れればそれでいい。運が良かった、とでも思っておけ」


 かくして準備は完了した。

 次なる敵が襲来するまでの僅かなこの休息時間。


 ──とりあえずサクラとアガサは、今になって、王都観光に赴くことにした。


     ◆


 その男は、足を組んでベンチに腰掛けていた。

 左手には小型水筒(スキットル)。グビッと中身を喉へと流し込む。

 日は中天。王都の広場では住民たちが賑わい、祭りのように盛況だ。


「ん~、実にマーベラス! やっぱ平和が一番ですねぇ、──壊し甲斐があって」


 テンションの高い言葉とは裏腹に、退屈だ、と思いながら男は右腕を背もたれの裏へ掛ける。目障りな日差しをサングラスで遮っていなければ、軽く暴れ出したいくらいだった。


 ──いや、それはいけない。

 ここは他人の縄張りだ。暴れるにしても、場所くらい考える理性は残っている。


「ガウ……」


 飼い犬の声に、視線を足元へ向ける。そこには銀の毛並みの小型犬サイズの狼が一匹。丸い無垢な瞳の奥には、獲物を見つけた時と同じ光が宿っている。


「アッ、ダメですよシルヴァ~。餌はちゃんと選んで……って完全服従!?」


 ゴロン、と突如なる腹見せ。はて一体どうした事か、と思ったところで、男は右横の気配に気が付いた。


「──、」


 瞬間、度肝を抜かれた。


 そこにいたのは、二十代前後の──人間換算でいえば──青年らしきモノ。

 真新しいベージュのロングコートに黒いシャツとズボン、使い古されたような傷のある黒革靴。

 後ろで一本に結ばれている()()は眩しいくらい美しい。体格からかろうじて男という事は分かるが、それにしたって性別概念を忘れさせる中性さだ。深い紫眼を直視した瞬間、男は、


(──あ。無理だコリャ。死んだ)


 勝てねぇ、無理、と直感した。

 すぐ隣に他者がいた事実に、たった今自分が気付いた、という事自体も驚きだったが。

 まさか、久方ぶりに、一切の勝ち筋、いやさ生き延びる道が見えない相手と戦場以外で相まみえるなど、予想外にも程があった。


「──あ~、こりゃ驚いたな。お兄さん、どこの隠れ長命種? アナタみたいなの、オレちゃんの記憶にないんだけど」


 震えそうになる声を抑えながら、ひとまず第一声から命乞い。

 殺されるまでの時間を会話で稼がなくては、という思考と同じだった。


「安心しろ、初対面だ」


 はっきりとした通る声。物憂げな外見に対して、静かな言葉に帯びる語気は強者特有のソレだ。


「そちらは、王国の外から?」


 ──なんという驚天動地。会話がまともに続いた。

 不意を突かれながらも男は即座に答える。


「エ、アア、まぁもちろん。同族……いや同胞? の晴れ舞台ってんで、ちょろっと見に来たとゆーか。マ、見つかると面倒なのがいるんで、とっととお暇させて頂きますケドね……」


「それがいい。しばらくは騒がしいから、他国に逃げておくのがいいだろう」


「……、」


 無意識に、男はスキットルを持っていた手を降ろした。一体どんな幸運だろうか、相手からの殺気も敵意もないおかげで、身体の緊張が解けてくる。


「……あー、お兄さん、もしかして、ワタシよりお強い……?」


 貴方ワタシより強いですよね? 殺せますよ? ──という本心からくる疑念を男は口にした。しかし。


「──すまん。戦闘狂なら他を当たってくれ」


 青年の眉がひそめられるのを見て取り、即座に男はその機嫌を損ねたことを理解した。


「いやいやいや! そんな度胸ないんで! オレちゃんは自分より弱いのしか狙いません、小物なので!」


 ぱっとベンチ裏から右手を戻し、早口にまくし立てる。

 青年の目は呆れたようなものになったが、幸い、地雷を踏まずに済んだようだ。


 だが、どうやら本当に、彼は自分を知らないらしい。僥倖、と思いつつ、男はこの史上最大の天敵の情報を引き出そうと言葉を回す。


「……とはいえ、これも何かの幸運(ラッキー)だ。お兄さん、お名前とかあります?」


()()()


「おや」


 それは意外、と男は思う。

 名前とは存在を区別するための記号だ。初対面の奴に名乗る名はない、ではなく、シンプルにこれほどの存在が「名無し」とは、一周回って泣けてくる。

 しかし、だ。


「けど、流石に呼び名くらいはあるでしょう。別称、愛称、あだ名とか? そういうのを教えてもらえるとこう~、ワタシも自己防衛できるので、知りたいのですガ……」


「……」


 少々の沈黙。

 それだけでも男は内心、次の瞬間に自分の首がぶっ飛ばされる覚悟を決めていたが、


「“グレン”──『紅蓮』、『朔空』」


「ほう! 物騒でイイですね、真っ赤な鮮血とか想起させる辺りが特に」


 ──余計な事を口走った。自分を叱責しつつ、慌てて次の話題に変える。


「ああ、ちなみにワタシは“D”と申しマス。ハイ、これでワタシたちお知り合い! どうか戦場で見かけても見逃してくれると助かりますネ!」


「時と場合による」


「シ、シビア!」


 軽く慄くが、やはり、青年から闘争の気配は感じない。

 それに内心、ほーっとしていると、ベンチに近づく新たな気配があった。


「サークラ、クレープ買ってきちゃった。食べよーぜー」


 ──長い黒髪の女。私服らしい黒と赤を基調としたロングコート、編み上げブーツのファッションは、サクラと呼ばれた青年と並べば実に絵になる姿で──


「──────」


 いや。

 そんなクソどうでもいい事よりも。


 男の時は止まっていた。なんなら青年を相手にしていた時よりも、遥かに数段上の緊張感が全身に走っていた。飼い犬なんかは、もう、気配の大渋滞で気絶しかけている。


「ん、じゃあ行くか」


 青年は立ち上がると、彼女に並んでベンチを後にしていく。

 二人の姿が、気配が、完全に人混みに紛れていくまで、男──Dと名乗った者は、微動だにできなかった。

 完全に身の回りから危険因子が去ると、Dは天を仰ぎ、息を吐きだす。


「……おっかねぇ~~……。なんだったのアレ、王国おっかねぇ~~~~……!」


「キャンッ」


 足元、くるっと跳ねた小さい銀狼が、飼い主の足を伝って肩によじ登る。ふわふわとした毛が頬に当たった。それだけが今の癒しだった。


「おかしい、おかしいって。なァんで前より平和から遠ざかってんの? 現実、どういうミラクルが起きてるのッ……!?」


 久方ぶりの、ひたすらな困惑、混乱、恐怖だった。

 青年も一人類として大概だったが、女の方は一存在として格上だった。

 それこそ、男にとっては意識を向けられたら終わり、という類の。


「いやはや……まさにこの世は摩訶不思議、デスネェ……」


「クゥン……」


 ハハハ、と乾いた声が漏れる。命が繋がっていることがまだ信じられない。

 ……あまり考えると呪われそうだ。やめよやめよ、と男は(かぶり)を振る。


「ヒサンだなぁ四位先輩。ヒサンで悲愴だ。憐れで同情さえ覚えるよ、ねえシルヴァ?」


「アオーン」


「うんうん、どうでもいいね。世界って広いナァー」


 ズレていたサングラスを戻し、赤混じりの金目を持つ男も席を離れる。

 酒を片手に、彼もまた、供を連れて何処(いずこ)かへと立ち去った。


     ◆


「──ちらっと私も見たけど、すげー濃い容姿の奴だったな」


 だな、とサクラはクレープをかじりながらアガサに同意する。

 ベンチで彼女を待つ間、たまさか横にいた人物を見て、サクラも同じようなことを思ったものだ。


 D、と名乗った男の姿を思い返す。


 左目を隠すように切り揃った前髪、毛先にかけてウェーブのかかった、背中まで届く、くすんだ銀の長髪。服装は気崩した黒スーツ、ヨレた黒ネクタイの上に黒コートときて、長い足には黒のスーツズボン、きわめつけにキランと光るサングラス。


 外見から読み取れた齢は、人間換算でいうと三十代前後。

 彫りの深い顔はサングラスとマッチしており、露出していた胸元や手の甲には傷跡がみえた。削がれた体つきは戦う者のソレであり、研ぎ澄まされた実力者であることは明白だった。


(葬儀屋……或いは殺人鬼、辺りか)


 一見して、サクラが直感した印象がそれだった。

 傍からみれば昼間から酒飲みに来た、祭りの空気に酔う異国人、といった出で立ちだったが──物騒・剣呑・不吉の三拍子。夜に出くわしてはいけない存在。そんな尋常ではない(ナニカ)だった。


「アルクス大陸って……怖いな」


「ねー」


 ……かくして舞台の端ではこのように。

 世界で一番物騒なエンカウントが発生していたことを、平和だけが知らなかった。


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