25 ある騎士の半生
騎士という存在に憧れを抱いたのは、いつの日のことだったろうか。
漠然とした彼の原初の記憶にあったのは、一つの英雄譚。
聖騎士と大魔術師による竜退治伝説。
未だ「外」の脅威と相対したこともなかった幼き少年は、純粋に、その伝説の英雄──特にその片割れ、聖騎士と呼ばれる者に憧れた。
だから己の家系がもう一つの片割れである大魔術師の直系と聞かされても、
『……あぁ、へえ、そう……』
……と、このように。
心の底から──“なんでそっちなんだよ”、と肩を落とし、ガッカリした。
しかしそんな落胆に反して、少年には祖先に倣うような、突出した魔術の才があった。
周囲から賞賛を浴びれば浴びるほど、少年の中には塵のような不満が積もっていく。
──“うん、違う。そうじゃない”、と。
なので少年にとっての安らぎといえば、家宝として継がれてきた一振りの魔剣であった。
白銀の鞘に収められた──とても魔剣には見えない──華美な飾りもない、何の変哲もなさそうなファルシオン。
これが少年のお気に入りで、このシンプルさも含めてよく好んだ。
昼間の学業が終われば飛ぶように家に帰り、夕食の時まで剣を振り、夕食が終わっても寝る前まで剣を振った。
それは剣の持つ絶大な力に心惹かれたから──では全くなく。
『なんか、騎士っぽいから』
そのあんまりな動機に、彼の実父は叱咤の言葉も出なかったという。
──だが少年の憧れは、幼年期の一時的な熱では終わらなかった。
憧れも貫き通せば狂気じみた執念へと変ずる。
幼年から魔術師の才を褒めそやされてきた少年は、やがて騎士団に入ると、眠っていた剣才を開花させ、瞬く間に王国一と謳われる若年騎士へと成長した。
『オイ、新人。おれぁ「なるだけ近接戦は避けろ」っつったハズだが?』
龍人の騎士団長の目は、目の前で正座する少年騎士ではなく、その横で真っ二つになった大型遺生物の残骸へと向いていた。
騎士見習いを脱し、下級騎士になった少年の齢は十四。装備は対遺生物戦に加工された鎧だが、得物は他の下級騎士たちと同じロングソード。
──相手が一介の魔物ならともかくとして。
世に二つとない業物でもない限り、または度を越して道具の消費に長けた人材でもない限り──こんな「初期装備」で結晶のぶ厚い装甲をぶった斬るなど、ありえない。
『お前、学院をトップ成績で卒業したんじゃなかったか? なんで魔術を使わなかった』
『負傷した皆を結界内に隔離しておくのに精一杯で……俺の魔術、火力ないんで、もう斬った方が早いなー、と……』
『……それで合理的判断のつもりかよ。とんでもねえ脳筋野郎だな……』
『いやそれ団長が言──なんでもないっす』
ともあれ、その才覚に偽りなし。
いずれ魔術と剣に適性を兼ね備えた、魔剣騎士と少年が呼ばれ始めるのは、先の話となる。
『火力とは言うが、テメエの結界魔術はそういう方面向きじゃねェだろ。護る以外にも足止めの選択肢を入れろ。騎士は敵を倒す以上に、生き残ることが仕事なんだからな』
──当時、そう最後に騎士団長が言い渡した言葉を胸に。
『【術式・崩解魔砲】』
十八歳になった少年は、自身の魔力属性の力を最大限に活かし、引き出す、特有術式と呼ばれる魔術を構築した。
詠唱された瞬間、敵影が跡形もなく消え去った虚無を前に──三つ編みの龍人騎士団長は思い出した。
この恐るべき上級騎士が、本来、どんな英雄の末裔だったのかを。
剣を握っている姿や、あまり目立たない結界魔術を用いたり、少年自身、争いを好まない温厚な性格だったので──もはやそちらの印象は薄まっていたが。
……まさか。発動した瞬間に敵を消滅させる、攻撃の極致に至るなど、誰が思おうか。
『……なんで一撃で消し飛ばした?』
『魔術はいいですけど、それでチマチマ削るの面倒だなぁ、と思って……それにさっさと終わらせた方が、生き残る確率も上がるし……』
それはそうだが。
だからって魔術にまで力業を持ち込まなくてもいいだろうが、と龍人騎士団長は己を棚に上げて思った。
『……まァ、「特有」に到達したことは褒めてやるよ。褒めるけどな? テメエ、それ、絶対ェに遺生物以外には使うんじゃねェぞ』
『は? 使いませんよ。人をなんだと思ってるんですか』
──うん。それを即答できる人柄で本当によかった。
龍人騎士団長のみならず、この消滅魔術を目にした人々が皆一様にそう思ったのを、当人だけは、あずかり知らぬことである。
◇
それから数年の時が経ち。
青年が騎士団長の座についた頃、再びその手には、例のファルシオンが握られるようになった。
その強さたるや、まさに幼き日の少年が幻視した聖騎士が如く。
当人自身も意図しない内に──彼はいつの間にか、かつて憧れた英雄たち以上の、生きた伝説と化していた。
『ししょー! ししょーししょー!』
くるくる、パタパタと幼子の軽い足音が石床に木霊する。
短い水色髪に、子供用のおろし立ての白い魔術服。ぴょこぴょこと、六歳半ばの小さい少女が、自分の三つ編みを追いかけて後ろをついてくる。
『あいあい、ししょーですよー』
『ししょー!』
『なんじゃありゃ』
そんな二人の様子を遠目に、もう三つ編みを散髪した元騎士団長が呟く。
その横に、先日聖剣に選ばれたり、十二歳の身で中級騎士になったりと噂の、銀髪の少年がやってくる。
『先日、違法奴隷商を摘発した際に拾ったそうです。すっかり懐かれてしまったとか』
『あぁー……水精霊の血族か。このところはあんま見かけなかったからなァ……いや、だがなんで師弟関係になってる?』
『彼女自身が師父から魔術を学びたい、と。それに、あの齢ですでに転移魔術を会得しています』
『転移ィ!? 上級に分類される空間魔術だぞ!?』
『──逃亡生活の末に身につけたものでしょう。とても才能と一言で片づけられるものではないわ』
ふわり、と後ろに、上から金髪の宮廷魔術師が降りてくる。
彼女の言葉に、ああ、元騎士団長もそこで納得する。
『そりゃあ……遂に捕まって大窮地のトコにヒーローが来りゃ、あの懐き具合も当然か』
『微笑ましいですね』
『そう? せっかく騎士団長になったのに、あれじゃまるで威厳がないけど』
『いいんじゃねェか? あいつらしくて』
少なくとも、最強だなんだと持ち上げられるより、子供の面倒を見ている方がお似合いだ。
世間の伝説を讃える評判に反して、彼の周囲にいる者らはみな、似たような気持ちだった。
◇
天地がかき混ぜられるような、嵐の夜。
戦場に一人、彼はいた。
突如として、国土の複数個所に同時出没した大量の遺生物の群れ。
数日に及んだ緊急の掃討作戦も、ようやく終盤に差しかかった頃。
『──、──』
何を、言うこともできなかった。
味方はとうに撤退させた。気を配るべきものはいない。その上で、全身を駆け抜ける恐怖を、魔剣の柄を握りしめて押し殺す。
目の前にいるコレを、この境界線から一歩たりとも進ませてはならないと、騎士は直感していた。
生きた大樹。
吹きつける豪雨と、視界を覆う闇夜で全体像も掴めないが、その特徴は視認した。
そして──おそらく、まともに戦り合ったところで、己に勝率など皆無だということも。
種族が違う。存在が違う。格が違う。大自然が無機質に人類を見下ろすように、眼前の威容もまた、自分を嵐の中で立っているだけの塵としか認識していない。
『──、ハ』
感情なんか度外視して、笑うことしかできなかった。
ああ、実にいい夜だ。伝説譚を刻むにはいい日和じゃないか。
──“護る以外にも足止めの選択肢を入れろ。騎士は敵を倒す以上に、生き残ることが仕事なんだからな”
……不意に、そんな言葉を思い出した。
愛剣を構えていた肩の力が、少し緩む。それで、思考は先ほどよりも、ずっとクリアになった。
【【【【 ────── 】】】】
鳴き声、なのか。
ただ、じっと動かない此方を警戒してのものか──いや。
(……魔剣を恐れているのか)
なんとなく、解った。この大いなるモノが、このたった一振りを敵と認めていることが。
それと同じく、自分も、本能の底、この剣を振るう者として、相手が、絶対的に相容れない敵であることを、悟っている。
……開戦は静かに。
世界の片隅、時代の端で、凄絶な衝突が発生した。
◇
「おい……おい、ヴァン?」
「────ッッッハ!?!?」
「大丈夫か……」
肩を揺らされ、ヴァンは我を取り戻す。
視線を向けると、横には心配そうに此方を見ているサクラがいた。
「……あれ、俺、なにを……」
「ショックで前後の記憶を飛ばすな。アレだよ」
と、彼が指で示した先には──台座があった。
「し、匠……わたし、やりまし、がくっ」
「術術術術術錬金術──あ、ギブで」
周囲の床では意識を飛ばし、永久の眠りについたかのような、真っっっ白に変わり果てた無惨な新人錬金術師の二人が。
「ヒヒハヒャハハハハ──!! オラァやったぞやりゃデキんだよ見たか愚弟ェェェ──!! ガッ」
「……すまんが、寝る」
発狂し叫んでいたアガサを手刀で気絶させ、直後にサリエルも珍しく疲労のみえる貌で、その場に座り込み寝息を立て始め。
「修復が終わったんだよ。しっかりしろ」
真横にいるサクラが、そう簡潔に現状を説明した。
指で示された台座の上。
──そこに。三年ばかり見ていなかった、ある剣が鎮座している。
九番目の人理兵装──魔剣オートクレール。
四名ほどの天才たちの犠牲を経て。
第四位に挑むための最終ピースが、この世に復活を遂げていた。




