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Logic Tale《剣豪神子は最強無双するより帰りたい》  作者: 時杜 境
第一章 境界トワイライト
25/97

24 弾劾論戦

“おはようございます。本日も余分のない一日を積み上げることを推奨します”


 ──そんな記憶(こえ)を幻聴してから、彼の時間は廻り出す。


     ◇


 研究室の長方形のテーブルを挟んで座っている。サクラの正面には二つの人影がおり、サクラの両手には彼らからの提出物──解答用紙があった。


「合格。二人とも満点だ」


 そんな採点者の一声に、息を吐き出す正面の生徒たち。

 シンシアとジェスター。

 水色髪の少女と、黄緑髪の青年が、そろって肩の力を抜いた。


「……よ、よかった……」


「自己採点はしてたけど、緊張したねぇ……」


 さて、とサクラは改めて手元の答案用紙を見る。


「これで晴れて『中級』の範囲は終わりだ。次がいよいよ最後の試験になる」


「『上級』、ですよね……教書、少し先を読んでみたんですけど、これを今度は……」


「二日後に試験をやれとアガサからお達しだ」


「グエエエ……一気に詰め込んでくるねぇ……」


「早く完成させるに越したことはないからな」


「──あ、一区切りつきました? お疲れ様です~」


 と、ジェスターの助手である金髪の女性が、タイミングを計って横から茶菓子を持ってくる。それを受け取りながら、新米錬金術師たちは束の間の休息に浸っていく。


「ところでドクター。帝国からの援軍、()()、だそうです☆」


 にこやかに助手が告げたその報告に、ジェスターの顔が引きつった。


「……、」


「ジェスターさん……」


「な、なんだい! そんな睨まれても困るよ!」


 ビクゥ! とシンシアの刺すような視線に怯え、黄緑の科学者はそそくさと錬金術の教書で顔を隠す。一方助手は和やかな声で続ける。


「帝国上層部は権謀術数の伏魔殿ですからねぇ~。超抜存在に挑むなんて、兵の損失がーだのこーだの、って逃げ腰だったのが目に浮かびますね~」


「た、大変なんですね……」


「……帝国ってそんななのか」


「そんなだよ。貴族の暗殺未遂とかしょっちゅうだし……」


 怖すぎるし怖すぎた。王国の治安にサクラは感謝する。

 そこで助手が小首を傾げた。


「ところでお二人とも、一体なんのお勉強を? ドクターがそんなに真剣になって取り組んでるの、初めて見ましたけど……」


「僕はいつだって真面目だよフェイト? 勉強内容は、ちょっとね。秘密の実験中とでも思ってくれたまえ」


「な──ドクター、遂にマッドサイエンティスト道に!? 分かりましたっ、部外秘というやつですねっ。私は何も聞いていないので、どうぞ存分に!」


「いや違っ」


 ハッとした顔になった助手は、ジェスターの弁明が届く前に走り去ってしまう。

 それを見ていたシンシアが紅茶を飲む。


「やっぱり……信用、ないんですね……?」


「というか、マッド道を期待してなかったかアレ」


「どうしてぇ!? こんなに真っ当なのにぃー!!」


 だからじゃないかな……という身も蓋もない感想を、傍観組は飲み込んだ。このドクター、見た目と言動のうさん臭さのイメージが実体とかみ合ってねーのである。


「……ま、さっき言った通り、帝国内部はドロッドロだ。あんまり表沙汰にはなってないけどね。王国での貴族の諍いなんかが可愛くなるぐらいさ。まったく、これじゃあ派遣されてる僕らの荷が重くなるばかりじゃないか!」


「……そんな立場でよく、錬金術を学ぼうなんて話、引き受けたな?」


 それね、とジェスターが頬杖をつく。


「単純に興味はあったからね。でもさ、僕は我ながら天才だと思って生きてきたし、こういう勉学の類で苦戦したことなんて無いってくらいの楽をしてきたんだけど──うん。錬金術、凄いよ。たかが『暗記』程度に丸一日以上かけてるとか、僕史上最大のイレギュラーだよ!?」


「話の半分、自慢にしか聞こえないんですけど……」


「だが二人とも、飲み込みは恐ろしいくらい早いぞ。ラグナ大陸に生まれていたら、相当腕の立つ術師になっていただろうな」


「え、あ、そうですか? えへへ……」


「ふ。仕事として当然のことだけど、賞賛の声はいくら浴びてもいいものだねぇ」


「と、いうワケで」


 そこでサクラは、横によけていた黒いファイルを手に取った。

 頭も察しもいいらしい生徒二名は、それを見て、静かに顔が白くなる。


「次は上級の範囲だ。死ぬ気で覚えろ」


「シンシア君……大発見だよ。僕、勉強嫌いかもしれないッ!!」


「常人が持つ思考回路の獲得、おめでとうございます──でも師匠のためならっ、師匠のためなら私、たとえ水泡が如く消えてしまう記憶だとしてもッ、どんな難題だろうと立ち向かってみせます……!!」


「ああ、君って天才だけど、根っからの師匠バカなんだね……」


 ──天才たちの勉強漬けは続く。

 全てはただ一つの人理兵装の息吹を、再びこの世に取り戻すために。


     ◇


 午前の監督が終われば、サクラの行き先は図書室か宿泊部屋の二択になる。

 天才なるあの二名の生徒たちは、本日分の課題の意図と目標を伝えるだけで勉強スケジュールを勝手に立ててクリアしていくので、最後まで面倒を見ている必要がないのだ。


 しかし今日は、他に一つ予定が入っていた。


 足が向いた先は中央の棟、その中庭。

 そこでまた、アルトリウスが例のごとく戦いたいと言ってきたのである。


 サクラとしては特に断る理由はない……否、「怖いのでもういいです」と言いたかったが、そんな事を言ったところで、説得力などないだろう、と諦めて赴くことにした。


「おーっ! サクラではないか!」


 ──来なきゃ良かった。


 中庭に到着した途端、かけられてきた声に殺意を覚える。

 芝生の敷かれた空間では、騎士たちを打ち負かした勝者たる赤髪の少女が、無邪気にこちらに手を振っていた。

 数十人の騎士団員たちは地面に倒れている。アルトリウスは──いた。隅の方で、よろよろと立ち上がっていたので、近寄って話しかける。


「なにしてるんだ……」


「き、来たか、サクラ殿……いや申し訳ない。貴公を待っていたら、炎竜様に戦いを申し込まれてしまってな。始祖竜様の望みを断るにはいかないので、まぁ、騎士団総勢でかかってみたのだが、ご覧の有様というわけだ」


 アルトリウスだけ一際ボロボロだった。額から流血までしている。


「ノリノリだったな、お前……?」


「──フ。なんのことやら」


 虚言が下手すぎだった。

 呆れていると、炎竜が胸を張った。


「ふふん、どうだサクラ。我もただ寝てばかりいたのではないっ! こうして着実に魔力が戻ってきたのだ! 自分だけが最強などと思いあがるでないぞ!」


「──、」


 筆舌に尽くしがたい暴言が喉まできたが、こらえる。ほとんど人の目がないとはいえ、アルトリウスがいる。つまり人前だ。マナーがある、と自分に言い聞かせる。


「……さ、サクラ殿? なんか、物凄い殺気を感じるのだが……?」


 そういえば上位存在との敵対関係については、ヴァンにしか説明していなかったのだった。安易に炎竜の挑発に乗ると、沸点が低く────


「とはいえ、我が動けぬ内によく働いていたと聞いたぞ! 遺生物どもの掃討、だったか? 汝は一区画の要となって奔走したとか。まぁまぁ人類にしてはよくやった方よな! マ、もしも我が出ていれば貴様の出番を食いつぶす程の戦果を挙げただろうがな! はーっはっはっは!!」


「…………」


 無意識に鯉口を切っていた。危ない、と抜刀直前で我に返る。


「……え、炎竜様。労いの言葉もそこまでに。というかそれ以上余計な口を開くと、御身の安全に関わるというか──その──」


「うん? 何を言っている騎士団長、こやつが無口なのは今に始まったことではない。ところで貴様、最近は何をやっているのだ? しばらくは戦闘もなく、暇を持て余しているのでは? 部屋にこもってばかりおって、少しは王都に出てみたらどうなのだ!」


 ──こもりがちなのは事実である。

 しかしそんなのは当然のことだ。

 未だにこの王国という異邦を警戒しているのもあるが、まだ第四位は生きている。どこかで存在している。


 現状、兵装保有者(レリックホルダー)は自分一人のみ。

 下手にこの、非常に守りが堅い王城から出れば、一体どこで襲撃を受けるか分からない。

 異邦者という異分子の立場でいらぬ注目を集めないためにも、軽率な外出を控えているだけである。


「……アルトリウス。上位存在に人並みの優しさは必要ない。甘やかせば甘やかすほど、そこの人外は調子にのって、いつかお前の仲間を殺すぞ」


「それは──」


「別に騎士団が弱いって言いたいんじゃない。ただ規格が違うんだよ、そこの赤いのと俺たちは。ただの戦闘も戦争と同じだ。()()()()()()()()()


 ムッ、とそこで炎竜が苛立ちに顔をしかめた。


「──おい、我を差し置いて会話するでない。聞いておるのかサクラ!」


「悪いなアルトリウス、今日は少し気分が悪い。約束はまた今度にさせてくれ」


「あ、ああ……全然構わない。また今度──」


 炎竜の存在を徹底的に無視して、くるっとサクラは踵を返して中庭を後にしていく。その背を見送りつつ、一触即発の雰囲気は乗り切れたか、とアルトリウスは内心で息を吐いた。

 しかし──


「が、完全無視(ガンスルー)!? せっかく久々に我と会ったというのにもう戻るのか!? 汝、薄情がすぎないかッ!? ──ええい、待つがよい!」


 命知らずにも。

 咄嗟にその後ろを追いかけていってしまった竜の少女を止める術を、彼は持っていなかった。


     ◇


 早足で通路を歩いていく。

 トタトタトタ、となぜか後ろから軽い足音が聞こえてくる。


「お~い、汝―。久々にこうして会えたのだから何か話そうぞ! いっつもアガサに邪魔をされていたが、あやつ、最近は何やら(せわ)しなくてな? 隙を見て好機を伺っていたのだ!」


(こいつもしかして互いの立ち位置忘れてんのか?)


 いや──流石にそれはないだろう。なにせ炎竜は、一度殺されかけた側だ。

 ならばそれを踏まえてなお、コレは図々しく、「敵であろうと仲良くやろう」としているのだろう。


 ──それが此方の、絶対的な致命的な決定的な最低最悪の地雷と知る由もなく。


「ははぁん……分かったぞ。汝、さては人付き合いとか苦手だな? そーやって他人に壁を作るなど、社会を生存戦略にした生き物としてどうなのだ? それとも孤立している事に並々ならぬ拘りがあったりする年頃なのか~?」


「……」


 なんかもう返事をするのさえ億劫だった。


 そもそもサクラを中庭に呼び出したのはアルトリウスだ。そしてサクラは今さっき、新米錬金術師たちの監督役として仕事を終えてきたところでもある。

 孤立、などとんでもない。こんな右も左も分からない異邦の土地で独りでいるとか、ありえない。流石にそこまでの無謀はサクラもしたくない。


 故に。

 一つ、鋭く息を吸って、足を止める。


「──楽天的だな。本当に人類の仲間に入れると思ってるのか、お前」


「────、」


 たった一言。

 ただの一太刀よりも鋭い刃で、少女は目を見開いて沈黙した。


 ちら、とサクラは真横の窓の外を見た。その下は中庭の様子が一望でき、倒れていた騎士団員たちが起き上がって治療を始めていたところだった。


「あの騎士団員たちがお前と戦ってなんで生きていたか分かるか? 全部アルトリウスが兵士たちを庇って戦っていたからだ。誰よりも前に出てお前の攻撃を相殺して守ったからだ。違うか?」


「……ッ、なら!」


 炎竜が叫んだ。

 うるさいな、とサクラは冷めた目で少女(それ)を見る。


「なら我は誰とも関わるなと言いたいのか汝は! ハ、冗談ではないわ、独りなど飽き飽きする! そこにいる者と共にいて、何が悪いと貴様はのたまう!!」


「悪いだろ」


 剣士の声は揺れない。

 弾劾するように竜の悪行をつまびらかにする。


「上位存在は単独で完成、完結しているものだ。()()()()()()なんて人らしいことは止めろ。不愉快だ」


「な──」


「擬態のつもりかは知らないがな。お前の遊び半分で、こっちは命を懸けることになる。

 ──身を弁えろよ、上位存在」


「き──貴様に、我の何が分かる! そんな定義なぞ知るか、我は我だ! 擬態でもなければ遊び半分でもないッ! 我はただ、汝らと……!」


 炎竜の声は尻すぼみになっていく。

 そこに剣士は一切同情しない。怒られて縮こまった子供のようなモノを、無機質に眺め。



「だったら、お前は何なんだ?」



 至極当然の、疑問を投げかける。


「上位存在を名乗りながら立場を忘れ、力を振りかざし、自分を中心に世界を廻そうとするのは勝手だが──そこに俺を巻き込むな。迷惑千万だ。それとも、はっきり言った方が伝わるのか?」


 ざ、とリュエは一歩後ずさった。

 目の前のものが怖い。明らかに自分より格下にすぎないハズの彼の言葉を聞くのが恐ろしい。


 ──おそらくは。

 彼の在り方こそが、自分の取るべき「()()()姿()」に他ならない故に。


「っ、う……もういい!! 汝の言いたいことはよ~く分かった! もう話しかけてやったりしないのだからなッ! ば──かッ!! うわあああああん!!」


 ヤケクソ、ギャン泣き、悪口の三拍子だった。

 しゅばッッ!! と始祖竜さながらの身体能力で、あっという間にリュエはその場から走り去っていく。

 その気配が、完全に消えてなくなってから、


「……ぁ゛~~~~~~…………」


 餓鬼か、とか。

 面倒、とか。

 そんな軽い感想すら言えずに、サクラは片手で顔を覆う。


「────早く帰りたい……」


 目を閉じると、ふっと脳内に過去の声を幻聴した。


     ◇


“生物に余分な時間はありません。

 故に貴方の意志決定には、何一つ、無用なものは存在しません──神子”


     ◇


(……ああ。分かってる。やしろさん)


 剣士は前を向く。

 意志に無用なものはない──しかしそこに最適解はない、という冷徹なる機械人形の言葉の真意を思い返しながら。


「──おや、ごきげんよう。サクラ殿」


「!」


 ふと。

 背後から、そんな声をかけられた。

 振り向けば、そこには謁見以来に見た、


「ロアネス陛下──」


 白い貴族服をまとう、冠を被った翁。

 自然と膝をつこうとしたが、片手で制止される。


「構わんよ。余の器は、貴殿ほどの御仁に膝をつかせるほどのものではない」


「……ご謙遜を」


 ジィ、と一、二メートルほどの距離を保ったまま、ロアネスの緑眼がサクラを見つめる。

 まるで全てを見透かされるような目。いや、事実、この国王は相対するだけで此方の情報を把握できるのだろう──だがまぁ、


「……やはり貴殿は、他に、余のような者を知っているな? それも、おそらく余よりも高い精度で、相手を把握する者を」


「否定はしません」


「フ、やはり侮れぬ場所のようだな、ラグナ大陸は。いつの日か、足を運んでみたいものだ」


「……個人的には、百年後辺りを推奨しますよ。現在の大陸は、観光地とするには不毛すぎるので」


「ふむ、ならば開拓という線もアリか……」


 なにか国のトップが凄いことを考えている気がする。

 今の呟きは聞かなかったことにして、サクラは相手の言葉を待つ。


「しかし、百年も時間をかけてはいられんな。その頃になれば、余たちはともかく、貴殿がもういまい?」


「……、気付いていましたか」


 言いつつ、だろうな、とサクラは思う。

 一科学者が自力で辿り着くことに、国王ともあろう人材が気付かないハズもない。サリエル辺りも察しがついているだろうと思う。


「そちらでの『彼ら』が何を選択したかは訊くまい。貴殿の顔を見れば、察しはつく」


「……、」


 サクラは俯いたまま、ただ無言で軽く頭を下げた。

 国王の言う『彼ら』。──ラグナ大陸にいた人間。その末路は、生き残りとして口にしたいものではない。


 だから代わりに、このタイミングを使って、告げるべきことを口にした。


「──陛下。第四位の討伐に際して、一つ、お伝えしておきたい事がございます」


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