22 不可解の夜
「──これは宣誓である。我ら王国の持つ全戦力をもって、我らは我らの国土と、我らが守護竜を取り戻さん。だがこの一時は、始まりとなる此度の作戦の勝利に酔いしれよう──乾杯ッ!!」
国王ロアネスが杯を掲げた瞬間、ホール内にワッと歓声が満ち溢れる。
「かんぱーい」
王国城内──打ち上げパーティ会場。
そこの片隅に、ヴァンは着慣れないスーツの礼服で参加していた。
遺生物絶滅作戦の完了から、三日。
その間に、真に領土内から、動く結晶たちの姿が見えなくなったと証明・報告されると、国王は作戦に参加した兵士たちを対象に、このパーティを開催した。
彼らへの労い、というのも目的だろうが、第一に士気を上げるためでもあるだろう。
戦いはまだ終わっていない。むしろこれからが本番である。
けれども、大規模作戦の後こそ一息入れなければ、それこそ兵士らの精神に関わるだろう。いつでも戦闘中の緊張状態を保っていられるような者は、流石にこの王国にも多くいない。
「やばい、やばい。この料理、ちょっと一品くらい持ち帰っちゃまずいか?」
「アガサ君の影って冷蔵機能あるのかい? 持ち帰ったとして、料理も今ほどの鮮度は保ってられないと思うよ?」
「時間停止の魔術とかない?」
「あるよ?」
「!?」
流石に聞き流せない会話に、ヴァンは料理が並べられたテーブルの方を振り向いた。
そこには存在感からして目立つ男女。
いつもはばっさばさに伸びている黄緑髪を今は一つ結びにし、やや崩した礼服姿の、眼鏡をかけた青年。
長く艶やかな黒髪をロングストレートに流し、露出の少ない黒いドレスを着た、赤目の美少女。
祝いの場故に、普段とは異なった印象を抱かせる二者は、しかしいつも通りの様子で、一皿を手に、なにやら凄まじい事をなそうとしていた。
「待て待て待て──今なんつった、ドクター」
「おっヴァン君。ははー、似合わないねぇそのカッコ」
うるせぇよ、とストレートな意見にヴァンはグラス片手に顔をひきつらせる。
スーツがしっくりこないのは自分でも分かっている。前髪もあげ、場にらしくしているのもなんだか気恥ずかしさすらある。──というかそもそも、こういった公の場は、肌に、合わない。
──それはともかく。
「アンタ……『時』属性の魔力持ちだったのか……?」
「そうだよ? 言ってなかったっけ?」
きょとんと、あっさりした様子で白状されると、逆に信ぴょう性が薄れるのがこの人物の不思議なところだった。
「へー、魔力に属性なんてあんの?」
「──、おお……」
「……そう自然に言われると、まさに異邦人って感じだね、アガサ君」
ジェスターの言葉には同意だった。王国民、いや、アルクス大陸に済む魔族なら、まず幼少の頃にしか口にしない疑問だろう。
「つーか、知らずにあの作戦をやり遂げてたのかよ……」
「使える魔術のタイプで部隊編成したからなぁ。属性なんて気にしなかったわ。それが問題になる練度でもなかったしな……で、解説眼鏡、よろ」
僕のターンだね、とグラスを一口飲んで、解説者は始めた。
「『魔力基本十属性』。文字通り、この世の魔力には十の属性があるとされている。
それが、『炎・水・地・天・光・闇・破壊・境界・時間・絶』──だ」
「ゼツ?」
「絶望とか断絶の意味で使われるアレだよ。絶死、とも呼ばれたりするかな。これだけは魔族が持たない特殊な魔力でね、およそ一般には、人間しか持たないと確認されている」
「魔力を殺す魔力、だったか? 人間がいなくなった今、そんな魔力があったとは思えねぇけどな」
そうだねぇ、となぜかおかしそうに科学者は笑う。
そうなんだなァ、となぜかそれに悪魔も続いて笑う。
なんなんだよ。ヴァンは釈然としない。
「話を戻すと──この属性というのは、いわば‶人類が扱える魔力のフィルター〟だ。逆に、属性がない魔力というのは、人類ではまず扱えない高純度なエネルギー体……これを『神気』と僕らは呼称する」
「はー、『無属性』ってのが無いんだ? いや、あるけど、使えないのか」
「そうそう。属性ある魔力が僕らのもの。神気が使えたり生成できるのは、神霊とか上位存在とか……それに今回、絶滅させた遺生物の体内魔力も神気だったんだよ?」
「ああっ! 『捕食魔力を濾過する』って報告、そういう意味だったのか!」
「ピンポイントに重要な情報を頭から抜かしてたのか……」
作戦が無事に終了した今、何を言っても仕方ないが。
それに錬金術による蹂躙殲滅は、魔力属性などガン無視の攻撃だ。つくづく錬金術は遺生物への特攻を持つ天敵といえる。
「人類で神気を操れるのは一握り。それこそ、魔法使いと呼ばれる人たちだとされているね」
「……それってよ、理論使いとかは違うのか?」
ヴァンの脳裏に浮かぶは、例の剣士が出し入れする赤い門だ。
あの現象には魔力が動いた気配も、エーテルが関わっている気配もなかったが、実際のところ、どういう原理で発動しているのか。
するとアガサが淡々と返す。
「『理論』は異能みたいなモンだよ。そういう機械、道具を思え。冷蔵庫は食材を保存するもの。理論使いは、『理』という自己の根源にある機能の一部を現出するもの……ってワカル?」
補足を求む彼女の視線を受けて、ジェスターも続ける。
「この世のルールそのものが彼らなんだよ。そこに『使うための』必要エネルギーなんて存在しない。自分というルールがあるんだから、それを押し通すだけなのさ」
「──ふむ、なるほど」
少し、頭の中が整理できた気がする。
なんとなく、そいつが持つ世界みたいなのが具現されるのか、と思っていたが、おおむねその認識で間違いはないらしい。
(……本来は個人のイメージの範疇にしかないものを、初代国王は民衆とイメージを完全共有できる魔術という下地を作った、ってことになるのか。……理の理論化ってヤバイな)
それを理論化前から知っていたらしいという、自分の先祖。
かの大魔術師のことは、以前サクラから聞いた話の通りなら、なにも必要以上に疑うこともない。ただ、この状況に関しては、「やってくれたなこの野郎」くらいの文句は言ってやりたいところだが。
「んでなんだっけ? そうだ、時間停止! おい!」
手元の皿を見て本題を思い出したアガサは、別の料理に手をつけ始めていた科学者に詰め寄る。
「マ、できはするけど半時間ももたないよ? 僕、属性はレアだけど魔力量はザコいし」
「ただのレアってレベルじゃねぇだろ……激レアだろ。なんでアンタみたいなのが持ってんだ……」
「あー、それ養成機関の教官にも言われたなぁ。宝の持ち腐れという言葉を、この身に何度受けてきたことか……よよよ。もぐもぐ」
養成機関──確か帝国民は一度、三年間兵士として訓練を受けるのだったか。
こいつにも当然ながら学生じみた時代があったと思うと、なんとも変な感じがするヴァンだった。まるで似合わない。教室を爆破したことがあります、と言われた方がしっくりくるぐらい似合わない。
「なぁんだ、やっぱ人の時間停止じゃその程度か。やしろさんがいればなぁ」
「ヤシロ? なにそれ誰それ? 凄腕の錬金術師?」
「サクラの育ての親って聞いたぜ。……で、そのサクラはどうした? 会場に見当たらねぇけど……」
動く人形じみた、俗世から切り離された美しさを持つ青年。
上司や弟子でそういった印象には慣れていたが、彼の場合はやや違う。俗世、そういった概念から遠い美しさなのだ。イケメンだとかモテそうだとか、の類ではない。そのような感想から一切断絶された「美しい」だ。あんなのが公衆の中にいれば一発で分かる。だが、その姿は、気配すらもない。
そしてその答えは、彼が最も信頼を置いているだろう彼女が明かした。
「サクラの奴なら、疲労困憊とホームシックを併発して死んでるよ」
◇
────死んでいた。
「…………。…………、………………………………」
ふっと寝台で目が覚め、未だ見慣れぬ天井を眺めながら、サクラは。
「…………かえりたい………………」
指先一ミリとして動かず。
身体は、精神は、泥のように重く。
ただでさえ昏さのある紫眼は、更に生気を失い──死んでいた。なんというか、こう、概念的に死んでいた。
疲れている。酷く疲れている。凄まじく疲れている。
動きたくない二度と動きたくない永遠に動きたくない。
──そんな思考が脳を通り抜けていく。いつもならシャットアウトしている雑念だ。少なくとも、境内の外……外界にいる間は遮断しているはずの、本音の本音だ。
「──────、」
どうしよう、と悩む。
いつもならこの大陸について学を深めようとするところだが、気分じゃない。
(……歩く、か)
動きたくはないが、意識が冴えてしまった以上、このまま停止しているのも憂鬱だ。
布団から出て立ち上がり、ソファの背もたれにかけてあった羽織を手に取る。
……ルーチンとは不思議なもので、羽織を着れば、けだるい精神も少しはシャンとした。これで刀も腰に差せば、まぁまぁ普段通りの調子には戻っただろうが、
(今はいいや……)
気分じゃない。
そうして疲れてきっている彼は、部屋を出た。
南棟の廊下は暗い。本来、城内には魔力を感知すれば自動で照明がつく魔術がかかっているそうだが、サクラとは無縁の機能だった。
だが、良い。この暗がりも夜を歩いているようで趣がある、と彼は適当に歩き出す。
起き抜けだが、空腹感はない。喉を潤したい欲求もない。戦場で身に着けた自己管理が行き届いているようだ。それを時折に自覚しながら、歩き、歩き、歩き────
「──、」
ピタリ、と西棟に入ったところで足を止める。
道の向こうから、嫌な気配を感じた。
(……炎竜か)
気配は、ゆっくりだが確かに近づいてきている。廊下の遠くでは、魔力に反応して灯りがつき始めていた。
向こうに害意はないので、このまま鉢合わせても問題はないが──
(……刀がないと落ち着かない。丸腰で相対するのは避けたいな。かといって、ここで刀を呼び出すのも……)
「理論」の触媒としているモノは、手元に呼び出すことが可能だ。
しかし城内は、あの黒い宮廷魔術師の庭のようなもの。余計な手札を王国側にさらしたくはない。
周囲を見やると、ちょうど目の届くところに図書室の大扉があった。近寄り、そっと取っ手を押し引きするが──微動だにしない。
(施錠くらいしてるか。なら──)
直後、サクラは自分の体内に意識を集中させる。
(──魔力、生成)
ギチリ、と身体の奥が軋む感覚がする。
それを無視して、取っ手に魔力を流し込むと、ガチャリと軽く音を立てて鍵が開いた。魔術を構成していた魔力が殺され、施錠魔術そのものが消えたのだ。
廊下に灯りはつかなかった。魔力を殺す絶魔力には反応しないのだろう。
直後、彼はすばやく図書室内へ滑り込み、静かに、音を立てないよう扉を閉じる。
(……ジェスターのおかげで、もう拳一つ分の魔力は生成できるようになったか。……今から治療費を考えると恐ろしくなってくるな……)
どっと耐えていた疲労が身体にのしかかり、大扉に背を預け、そのまま座り込んでしまう。
実をいうと、サクラの魔導炉の治療は着実に進んでいた。
元々アルクス大陸で魔導炉……こちらでは「魔力炉心」と呼ばれる器官の故障は、前代未聞というレベルの症例でもないという。
人間の種に関して残っているデータは少ないが、その少ないデータ、更に殲滅作戦での戦闘データから、あの天才主治医は、人間用の、魔導炉を再稼働させるための治療術式を開発した。
果たして救国の褒賞金で支払いきれるかどうか。ジェスターは『人間という種族のデータ提供があるから気にしなくていい』、などと言っていたが、そういうワケにもいかないだろうと思う。
(……!)
相手の気配が近い。少しでも動けば、すぐにでも見つかるような予感があった。
──絨毯を踏む、軽い足音が聞こえる。
扉一枚隔てた向こうを、超越した強大な存在が独り、歩き去って行く──
『……だ、』
(──?)
不意に、掠れるような呟きが聞こえた。炎竜の声だと分かる。
久々に聞く声色だが、それは記憶しているものより、か弱い。
元気一杯といわんばかりのやかましさは、欠片もなかった。
『……どこだ、誰だ……どこにいる……狂おしい、なにを、我は、求めて……──』
声は去って行く。
足音が遠のいていく。
廊下の外には、なんの気配もなくなった。
(……上位存在が夢遊病? そんなことあるか?)
ようやく足に力が入るようになってから、サクラは部屋を出る。廊下の灯りは消えていた。
炎竜の歩き去っただろう方角を見やってから、ふう、と息を吐いたところで。
「おや、術式が壊された気配に来てみれば、君だったか」
「!」
パッ、と灯りがつき、声のした方を見ると、黒衣の人影──サリエルが立っていた。
施錠を壊したことに罪悪を感じるより先に、安堵を覚える。
「……すまない、俺がやった。少しアクシデントに見舞われてな」
「アクシデント? ──ああ、炎竜様か。もしや謁見の日以来、会っていないのか?」
「当たり前だ。そっちだって城内で竜殺事件が起きるのは面倒だろう?」
「──なるほど」
陛下のお言葉通りだったな、と呟いてから、サリエルは図書室の大扉へ寄り、袖から鍵を取り出し、ガチャリと施錠し直す。どうやらそれだけで、魔術はかけ直され、
「いや魔術じゃないな今の。物理か」
「なんでも魔術頼りだと、肝心な時にこういう見落としがある。これからは物理、魔術共に二重の施錠をしておくとしよう。──時に」
悪魔の金眼がサクラを見る。
「見事なまでに術式が消失していたのだが、一体どのような手を使って?」
「触ったらバキッと」
嘘は言っていない。魔力を生成して、という経緯を抜いただけで。
「…………。まぁ、君の体質ならあり得なくもないな。悪魔の魔力とは呪いそのもの。居るだけで周囲の邪気を浄化する存在ともなれば、そういったこともありえるだろう」
(? あぁ、『洗霊体質』のことか)
サリエルの言葉通り、サクラにはあらゆる呪いが通じない。
神子として持つ性質だ。どうやら彼はそれと勘違いしたらしい。いくらサクラといえど、理論的に組み上げられた魔術を、ただ触れただけで無効化はできないのだが。
「掃討戦での活躍は聞いている。慣れているのか?」
「──、」
今度はサクラが黙り込む番だった。
……頭の良い相手との付き合いは、これだから薄ら寒くなる。一言だって語ってすらいないのに、己の過去を覗き見されたような気分だ。
こういう時は、素直に話した方が波風も立たないだろうと口を開く。
「得意ではあるな。昔と違って、今回は休みを挟めたから、効率性も安定した」
「………………」
なぜか深い沈黙。宮廷魔術師の悪魔の目が、「聞かなきゃよかった」、と訴えているのを、疲れているサクラは気付かない。
ゴホン、とサリエルは一つ咳払いする。
「……遺生物掃討は、長年、我々が理想としていた結末だ。王国を代表して礼を言う。打ち上げの会場は中央棟の最上階だ。こんな場所にいないで、君も参加するといいだろう」
と告げて、背を向けた黒衣の影はその場を歩き去っていく。城内の見回りか。彼が行くなら、炎竜が病室に連れ戻されるのも時間の問題だ。
「……中央……」
次の訪問先は決まった。
紅蓮羽織は少しの間、疲労を忘れて、再び夜を歩き出す。
◇
その後。
「──王国魔術騎士ども、語るに及ばずッ!! 蹂躙完了!! 私が最強ってコトだぁーッ!!」
辿り着いた会場は死屍累々。
酒に潰れた屍どもの中、テーブルの上で杯を掲げ、頂点宣言をするは黒の錬金術師。
サクラは、床で気絶したフリをしていた黄緑髪を見つけて引っ張り上げる。
「経緯」
「フ、なに……飲み比べというやつさ。こういう場では恒例でしょ? さぁ、ここに来たからには、君も犠牲者になろう!」
戯言を無視して、サクラは会場のテーブルを見た。より正確には、料理を。
そろそろ、小腹がすいてきた頃合いだった。
「勝利に乾杯!」
台座から降りてきたアガサが、そんな一言とともにグラスを差し出す。
それを受け取り、サクラも杯を掲げる。
「乾杯」
かくして、祝勝の夜はこのように。
不可解な謎を頭の片隅に残しつつも、穏やかに更けていった。




