21 四番目
『そこの座標、なんかおかしくないかい?』
サクラたちが辿り着いた南部の合流地点には──誰もいなかった。
念話で聞いていたはずの、建設が完了したという砦の影も見当たらない。
そこには枯れた、だだっ広い野原があるばかりだ。
「え……? で、でも、ここで間違いないはずですよ! 今、念話を──あ、あれ……?」
「通じないのか?」
サクラの声に、青ざめたシンシアが頷き返す。
それを受けて彼は一度、納刀した。目標がいるだろう地点を想定しながら、このフィールドを観察する。
「となると、これは『人理結界』のせいだな。中心になっている主が近くにいるんだろう」
「人理、結界って……え!? そ、それって超抜存在が持つ結界ですよね!? レリックでしか破壊できない、あの……!」
『その一帯に展開されたってことかい? ふむ……確かにそれなら、君たちのいる座標がさっきから安定しないのも説明がつくね』
「安定してないんですかッ!? 私たち今どういう状況なんです!?」
『えーと、なんか……そこにいるけど、いないって感じ? 空間が歪められてるんだろうね』
「……お前、なんでそんな場所で通話できてるんだ?」
『そりゃこのドローンには、耐水から対魔術、対空間干渉までの機能を揃えてあるからね。対時間耐性もあるスグレモノだよ?』
「揃えすぎだろ」
「ジェスターさんってホンット、科学の分野では有能なんですね……」
とまぁ、雑談に興じている場合でもない。
遺生物たちこそ殲滅したが、結界の中心部では、まだ作戦が続いているだろう。
「話を戻すと……おそらく、この人理結界は今張られたモノじゃない。以前アガサが言っていたんだが──」
◇
「──つまりだな? この国は、最初っから人理結界に呑まれてたのさ」
少し離れた横に立つアガサの考察に、ヴァンは息を呑んだ。
「じゃあ、遺生物が王国領土にしか出没しないのも……?」
「いんや、連中が王国の外に出ないのは、『出られない』からだ。私も殲滅の途中で気付いたけど──この国全体に、人理結界じゃない、別のデカイ結界が敷かれてる。何者か……たぶんお前の先祖が、王国内に遺生物を閉じ込めたんだろ」
「はぁ……!?」
話しながら、錬金術師は銃身を無限に起動させ続ける。
大遺生物のいる足元の大地から、身体から、生まれ続ける素材を永遠に撃ち続ける。
復元の速度を追い抜かんばかりの永続攻撃だが、怪物の復元力・魔力量も──第四位本体を除けば、これまでヴァンが対峙してきたどの遺生物よりも桁違いだ。
「サリエル先生辺りは気付いてんだろうなー。ま、考えてもみろよ、仮にこいつらが国の外に出たら──王国はどうなると思う?」
「それは……そりゃまず、隣国にも被害が──あ」
「それだよ。『遺生物の発生源』を理由に、王国は遺生物のみならず他国からも攻撃を受けることになる。内憂外患どころじゃない地獄絵図だ。ザカリーは王国は守るために、そして第四位の案件を王国内で解決できるように仕組んだんだろう」
「……子孫として、頭が痛くなってくる話だな」
その判断で、今までどれほどの王国民が犠牲になったのか。
思うところはあるし言いたいこともある。だが──その計略は、間違いとも言い切れなかった。
「人理結界を覆うように、その上からザカリーは遺生物を囲う大結界を張った……それがこの王国領土の真の全体像だ。仮に人理結界が際限なく広がっていたら、大陸中に遺生物がはびこっていたことだろうな。私にとっては素材パラダイスだ」
「……」
ぞっとする。
アガサの軽口にも笑えないほどの寒気だった。想像もしたくない。
「とはいえ、今や遺生物は私たちの作戦によって絶滅。生産が追い付かなくなったあの親玉は遂に出てきて、結界の維持よりも、侵入者の排除を優先して動き出した。ここを突破したら、いよいよ始まるだろうな──第四位サマとの決戦がよ」
◇
大遺生物の足元では騎士団員たちが動き、アガサの銃撃と合わせて、巨体の動きを制限しにかかっていた。
巨大すぎる敵が相手では、個々の剣技も塵芥同然。統率のとれた集団戦で、四肢を僅かでも削り、復元を差し止めるように攻撃を続けている。
そこで、魔術師団の一斉攻勢が始まった。
「‶地に満ちよ〟──【極彩色の雨】」
宙を飛翔するエメルが片手を伸ばすと、詠唱通りの極彩色の魔弾が撃ち放たれた。
複数の魔力属性をあわせた、広範囲に及ぶ大魔術。それを、彼女は己自身を杖として発動させていた。
それを合図に、他の魔術師たちも多種様々の攻撃魔術をぶつける。大気を焦がす業火から、大地を変容させる地形変化。そのどれもが、並の遺生物なら即殺するに足る一撃。
だがどれほどの量の魔術を発動したところで、まるで山を相手にしているような手ごたえのなさだった。
「……手がかかるわね。いっそ、この大地ごと吹き飛ばしてみようかしら」
「どうせ無駄だからやめろやめろ。あの黒い嬢ちゃんの銃弾でも復元を押し止めるので精いっぱいなんだぜ? こいつは持久戦だよ、『専門家』が来るまでのな」
白い龍の背に立って横にきたガルドラの声に、チ、と軽く少女は舌打ちする。
「アレも遺生物なのでしょう? なら核があるハズよ。それくらいは王国で片をつけたいところね」
「テメエ、さてはいいトコ取りを狙ってやがるな……?」
◇
『うーん……こっちの計測器は全滅だね。シンシア君の方はどうだい?』
「……ダメです。空間に違和感はありますけど、内部には干渉できません。皆さんの正確な位置を掴むには、サリエルさんに連絡をとらないと──」
「いや。いい」
無人の野原を眺めながら、サクラは刀の柄を握りしめた。
刻一刻と時間はすぎていく。迷っている暇はない。
「一太刀入れれば十分だ。念話の準備をしておいてくれ、シンシアさん」
◇
【□□□□──!!!!】
大遺生物が吼えた。
あらゆる生命の精神を底冷えさせる恐怖の雄叫び。
しかしそれに構わず、各魔術師たちは、次の敵の動きに防御体勢をとる。
巨体の周囲から魔力の光線が放たれる。戦場全てに向けられた一撃と思われたその雨は、
「──ま、そりゃそうだよな」
複雑に曲がりくねった軌道は、次の瞬間、一直線に。
最大の天敵たる、錬金術師ただ一人に向けられた。
「危──」
「ヴァン!! 全体に結界を張れ! 次が来るぞ!!」
「ッ!!」
アガサの鋭い指令に、反射的にヴァンは魔術を発動させた。
第一射の軌道が錬金術師に向いたと同時、新たに展開された第二波の弾幕が、遥か頭上から降り注いでくる。
「ぐぅッ……!?」
もう何枚目かも分からない札の束が一気に消滅する。
弾幕の雨は長く続く。視線を向ければ、宮廷魔術師たちを含めた、戦場の全兵士が防御系魔術を起動させているのが見える──しかし要になっているのは自分の結界魔術だ。ここで一瞬でも気を抜けば、全ての防護の壁は崩れるだろう。
そんな豪雨の中、再び大遺生物から、アガサ単独を狙った連続射撃が襲いかかる。
「アガサッ……!」
「全体防御に集中しろ。一人も死なすなよ、人的資源は貴重だからな?」
「っ……!!」
瞬間、横の黒影が跳ねた。
結界外へ飛び出したその行動にヴァンは目を見張る。盾もなく槍の雨に身を投げるようなものだ。無茶などという言葉では片づけられない、が。
「術式六十八番、殲滅黒銃・中規模展開──」
ザッ、とアガサの周囲にあった五十の銃身が百丁程度に増加する。指鳴らしの後、一斉に射出した弾丸は、彼女個人へ向けられてきた分の魔力の雨を相殺する。
黒い殲滅者、止まらず。そのまま怪物の尾へ飛び乗り、胴体の上を目指して駆け抜ける。
「“闇黒式刀”!」
その右手に顕れるは黒刀。刀身に黒紫の魔力が帯び、
【──□□□□!!】
危機を察知したか、大遺生物が吠え立てる。それに呼応して、再び空間に瞬いた極光が、悪魔一人に向けられる。
アガサに回避する動きはない。ただ迎撃に黒銃を稼働させるのみだが、次の衝突の余波で、身体は一度そこで消し飛ぶだろう。
所詮その身は人ならざる者。肉体的死を迎えたところで、いつかのように、身体を再生させて攻撃を叩き込むに違いない。
「────」
だが、それを見過ごせない者がいた。
たとえ死んでも死なないにせよ。自ら使い捨てのように命を使う様を、彼は許さない。
──【■■の理】
刹那、彼は全ての空間を知覚した。
空気を揺るがす轟音は上空から。怪物の魔力と、悪魔の弾幕がぶつかったのだ。
その場にいた全ての者の視界が真っ白に染まる。
やがて静寂が帰ってきたころ、目を開いたヴァンは、敵を見下ろすように空へ跳躍した、傷一つないアガサの姿を目視した。
「──……ん? ま、ラッキー」
彼女の小さな疑問の声は誰に聞こえることもない。
黒の奏者は、指揮刀に今持てるだけの全力を込めて、眼下の獲物に振り下ろす。
「【固有理論】──執行理論・極夜暗月説!!」
「ッな──!?」
直後、振り抜かれた漆黒色の大斬撃に観衆は絶句する。
影の一撃は大遺生物の頭部から胴、心臓部と思しき箇所を抉りとるだけでは収まらない。そこから青く透き通ったモノ──大遺生物のコアと思しき一部を暴きたてる。
(こいつっ……さらっと理論使いだったのか!?)
「よっし、弱点発見! 一斉攻撃──って蘇生早ェよフザケんな!?」
彼女の銃弾が速射されるが、一瞬覗いたコアは、みるみる内に体内へと姿を隠す。ヴァンも仕掛けたかったが、もう、火力に繋がる攻撃魔術のための魔力は、残っていなかった。
【□□──ッッ!!】
「うぉやばっ」
周囲の銃身を足場に蹴り飛ばしつつ、アガサは地上へ着地する。
怪物の大咆哮は、次の攻撃を意味している。再び、戦場全てに膨大な魔力が満ちようとしたとき──
「……え?」
ヴァンは思わず顔を上げた。
目は大遺生物の威容より──更に向こう。
一瞬にして昏く、変色した空模様に、呆気に取られた。
◇
そのとき、戦場にいた全員が天を仰いだ。
「来たぁ……!」
黒い指揮官が愉し気に口角を上げる。
──青かった空の色は、もう、どこにも無かった。
◇
世界の変革という現象があるならば、まさに今起こっていることだろう──そうシンシアは漠然と感じていた。
そこには、光があった。
「【人理抜刀】」
鞘から刀身が覗いた途端、空は黄昏に塗り替えられた。
それは、彼が理を展開した時の光景にも近く。
「神刀・斬絶式Aka4ic、残存真説顕現──」
白い刀身に黄金の光が帯びる。
四番目の人理兵装の名が、確かに紡がれる。
「──【 】」
直後、光よりも速く。
不可視の斬撃が、虚空へと振り抜かれた。
◇
斬、と音もない攻撃が入った。
大遺生物を両断するように、一閃の斬撃がそこに発生する。
「──っ」
復元すら許さない神代の一刀に、誰もが目を疑う。
だが果てしない質量のソレは、どんなに攻勢を仕掛けようと致命傷を与えられなかった巨躯は、あっけなくバランスを崩し、形も保てなくなっていく。
(サクラの奴か……!? どこから!? 人理結界を破ったのか、一撃で!?)
たった一手で逆転した形勢に、ヴァンが言葉を失っていると──
『──念話繋がりましたぁー!!』
『結界は斬った。残った実行体はただの遺生物だ。コアの破壊を頼む』
「……!!」
再び目前に見えた青い結晶が、無防備にさらされる。
剣士は見えない空間に刃を通し、外殻を斬った。ならば──トドメとなる一撃は、
「【銀死刃】」
どこからともなく突っ込んできた銀の騎士が、剣で結晶を破砕する。
そこで、完全に大遺生物と、他の遺生物も稼働を停止し。
戦場上空のどこかで、いいトコ取りだなァ、という声が聞こえた。
◇
以って殲滅作戦は完了した。
勝利の歓声を上げる兵士たちから、遥か遠く。
【第七結界、停止確認。次界用意、記録より構築開始】
境界の狭間で、ある一つの意志が脈動していた。




