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Logic Tale《剣豪神子は最強無双するより帰りたい》  作者: 時杜 境
第一章 境界トワイライト
2/97

01 黄昏の境界にて

 ──通路だった。

 石製というには、しっかりした材質の通路を、二人ぶんの足音が歩いている。

 灯りはなく、暗がりに満ちていたが、彼らの視界において、闇は障害になっていなかった。


「竜、ねえ」


 片割れの一人がそう言った。

 膝裏にまで届く、大きいポニーテール。黒髪に映える真紅の瞳は剣呑な鋭さだが、それだけの無感情性はない。むしろ逆で、この暗中さえも愉しまんとする輝きが宿っている。


 二十歳ほどに見える彼女は、青いジャケットに膝まである丈のスカート装備。それにロングブーツときて、まるでここにも散歩の一環で来たかのような軽い足取りだ。


「騒音被害ってのは確かに大問題だけどさ。いちいち吼える竜って、そりゃなんなんだ? ここから出られない因果(ワケ)でもあるのかね」


 声をかけた先は、その右手を同じペースで歩く相方だ。

 ──そちらは、彼女の青い軽装に反して、紅蓮の装束。ゆったりとした羽織袴に、歩きやすさを重視した黒革靴。腰には紅色の鞘をさしており、剣士であることを示している。


 肩にかかるほどの()()()の髪はハーフアップ。厚い前髪から覗くのは、昏さを帯びた静寂の紫眼だ。愉しみを見出そうとする傍らに対し、やはり彼はこの状況を、ただ見つめているだけのよう。


「そんな理屈を考えるのは俺の仕事じゃないだろう。頭脳労働はアガサの管轄だ」


 外見の端麗さ(つくり)も中性的なら、その声色さえも中庸。

 放たれた声は淡々と、平坦でいながらも倦怠的。ただし諦観というほど枯れたものではなく、単に、これから直面する出来事に対して、純粋な面倒くささを押し殺しているようだった。


「そーだけどさー。物の因果関係ってのは大事だぜ? 推理、推測がなきゃ真実には辿りつけねーの。サクラお前、推理小説とか読んだことないの?」


「なくはないが」


 ──どちらかというと、現状、常に、その主人公になっている気分なのだ────と。

 サクラは、言えない。言うことはない。

 決して絶対に。

 三年前から今日、この時も。


 あの玉座の間で目の当たりにした最悪の結末(エンディング)を、この世で一番信頼しているといっても過言ではない相手にさえも、伝えることはない。


「俺は、まあ、考えるよりは斬る方が」


「得意、ってか。別にいいけどさあ。最強の脳筋ってのは、考える脳筋だと思うケドナー」


「それは言葉の定義から外れてないか」


「物の例えさ。火力ブッパで後先考えず、ってのは、消費の概念を軽視する行為だ。こと私は錬金術師、素材の在庫数には厳しく目を光らせる性質(タチ)なんで」


「素材のためなら、幼馴染のツテも頼って周回に駆り出すと」


「当然だ。そしてすみません。そして、その寛容さにありがとう」


「別にお前の頼みならいいけどさぁ……」


 さらりと告げた言葉に、若干、錬金術師が動揺を見せたのを青年は一切関知せず。

 カツカツコツコツ、とひたすら自分たちの足音が響き続けるだけの道を、ぼう、と観察する。


「ここは一体なんなんだろうな」


「道、だろうな。誰かが入ってくるのを予測して造られた──のは確かだ。或いは? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()──だ」


「それは気色が悪い」


「同感」


 肩をすくめつつ首肯するアガサ。実際、自分で言ってても薄ら寒さがあったのだろう。

 己の決定、行動、掴み取った流れ。その全てが何者かによって意図されたものだとしたら──などと。


 思考実験としては悪くない題材だが、実際に当てはめると吐き気を催すほどの悪辣さ。

 とはいえ仮定の話に花を咲かせていても、闇は晴れない。通路は長く、長く、永劫のように続いている。


 まるで、時間そのものを遡っているような。

 或いは、空間そのものに導かれているような。


 登っているのか下っているのか進んでいるのか戻っているのか。

 我を意識して保たないと、上下左右の平衡感覚すら失いそうな静寂と闇。ここは、明らかに異常なクセして、何の変哲のなさをも兼ね備えた異空間だった。


「……あー、いるな」


 その時、アガサが期待に声を上げた。

 未だ見えぬ闇の奥。その向こうに、確かに存在の気配を感知したからだ。


「上物だなこりゃ。会話が通じるといいんだけど」


「没交渉の場合は?」


「そりゃあ、平穏に立ち退き頂くか────だ」


 親指で首をかっ切る動作を交えるアガサに、そりゃそうか、とサクラは流す。

 相手が何であろうと、人類の領域(テリトリー)を脅かす危険性があるのなら排除するのみ。

 彼らは、そのためにここへ踏み入ったのだから。


「──っと?」


 その時、不意に通路が途切れた。

 いや──終わったのか。


 顔を上げたアガサとサクラが目撃したのは、広い広い大ホール。

 円形状の床は、半円しか残っていない。天蓋からは陽光が差し込み、半円向こうの深淵と地上を明確に分かれさせている。


『──よくぞ来た。訪問者たちよ』


 空間に、突如として響く言語音声。

 サクラもアガサも身構えつつ、周囲を探るが出所は掴めない。


『この地に踏み入ったからには、我に用があるとみた。さぁ目的を告げよ。今の我は気分がとても良い。そちらが望む展開も、やぶさかではないぞ?』


「……万象言語か」


 上位の存在から、下位の存在への「語り掛け」に使われる専用言語。

 此方に耳馴染みのある言語に自動変換されるそれは、分かっていても気持ちが悪い。サクラの耳に入るのは、もう失われたハズの第一種人間語だ。今や知る者も限られたロストワード、得体の知れない存在がそれを放つのは、いささか嫌悪の念を抱かせる。


「目的、っつーかさぁ。私たちは騒音被害を訴えに来たんだよねー。毎夜毎夜、そっちが吼えててうるせぇって近隣の村から苦情が入ってんのー」


 ──ここより、そう遠くない場所にある辺境の村。

 魔物の素材採集の途中、サクラとアガサはそこへ行きついた。一休みもかねて宿で休んでいたところ、──凄まじい竜の咆哮が聞こえ、村の他の証言者の手を借りつつ、ここを訪れたのだ。


 だが元凶らしき竜から上がるのは怪訝の声。


『はて? 遠吠えだと? 我にそんな物寂しい趣味はないが……野犬でもあるまいし』


「まあ、特定の奴にしか聞こえない咆哮(モノ)らしいが。しかし発声源はここにあると聞いている。お前でなければ、他に心当たりはないか」


『ないが? ……え、ちょっと待て。ホントにそれだけ?』


「なんだ、ただのハズレか」


 肩透かしを食らったアガサは、あからさまにガッカリする。

 何の関係もないのなら、触らぬ上位存在に祟りなし。おかしな展開になる前に立ち去るが道理である。


「「帰るか」」


 数秒と待たず、二人は同時に踵を返す。

 が──


『ちょっ! ちょ、ちょっと待てぇーい! そんなことあるか!? そ、騒音被害の訴えだけ!? 汝ら、その、我に挑みにきた英雄とか勇者とか、なんかそういうのではっっ!?!?』


「違います」


「古臭い価値観だなー。そういうのはもういいって」


 英雄も勇者も、もう今の時代には必要ない。

 神は倒された。平穏の世に、そのような存在が活躍する場はないのだ。


『な、ぜ、だ!? ふ、腑抜けか貴様らぁ! こっちはなんかずっと待っていたのだぞ! この身は竜なり、ならばやってくる者らを迎え撃ち、試練として役割を果たすが定めだとっ!』


「つまりヒキコモリ」


『出られないのだからそれ以外にどーしろとっ!? に、逃がさん……逃がさんぞ貴様らは……ここで何があろうと、我の相手をしてもらう────ッ!!』


 刹那──半円の向こう、闇の底から炎が吹き荒れた。

 黄金の業火は大気を揺るがし、焼き尽くし、ごうごうと燃え猛る。それらは徐々に一つの形となりて、二人の前に顕現した。


『──我こそは炎を司りし始祖竜(しそりゅう)が一角ッ! 炎竜エリュンディウスである!! 恐れおののけ人類代表者! 我が聖火の前に平伏せよ────ッ!』


 紅蓮の、竜。

 燃えるような鱗で彩られたその体長は、軽く六十メートルはある。空中にありながら、その翼や尾は炎化し、メラメラと燃えており、触れた大気を、床を、壁を、じりじりと焼いていた。


 加え、巨体から放たれるプレッシャー。上位の竜という存在規格そのものが、矮小な人類二人に叩きつけるのは、焼き尽くさんばかりの重圧だ。一つ呼吸するだけで肺を、精神を、魂に火の手を広がらせかねないソレは、余りにも人と隔絶した絶対強者の威風である。


 ……だが。


「「──で?」」


 二人は。

 顕現した赤竜を、冷めきった目で見つめていた。


 お前が何者であろうが、だからどうしたと。

 地上から仰ぎながら、()()()()()()()()()()()()? とでも言わんばかりの軽蔑した視線が、炎竜を射抜いていた。


「威張るのは勝手だが、殺し合いたいのかお前?」


「別にいーけどさぁ。人類劣等主義を掲げるなら、もうちょっと勉強してからにしろよ。自分は偉い強い凄いで上から目線やってんの、正直寒いぞぉ?」


『ほーう……人類にしては胆力のある連中であるな。我に一歩も退かず、そのような口を叩くとは! よいぞ、見所ありと認識を改めよう。さもなくば──死ねぃ』


 瞬間、炎竜の口から咆哮(ブレス)が吐き出される。

 凄絶としか言いようのない炎の(らん)。それを前にしても、サクラとアガサはまったく動揺の欠片もなかった。


 ──敵対行動の確認。

 ──交渉の余地なしの一方的な敵意。

 ──結論。こいつは敵である、と彼らもまた認識した。


 であれば──


「『黒の万象ブラック・アルス・マグナ』」


「【固有理論(ロジック・アーツ)】」


 アガサの背後に黒い棺桶が現れ、サクラの抜いた刀身が閃いた。

 瞬間、炎竜のブレスはかき消える。無効化、事象却下。そうとしか思えない異常の発生に、瞠目した竜が見たのは、二人の前に、壁のように顕現した()()()()()()だった。


「殲滅術式三十番、一斉掃射」


『……は?』


 続く展開に、竜は呆ける。

 刹那で空間を埋め尽くしたのは、黒い銃身の大群だ。二百……三百を超過する慈悲も容赦もない銃火器群は、指揮者の命に応じ、まったく同時に弾丸を撃ち放った。


『ごッ──ぁ、アア、アああああぁぁああッッ!? なんだそれはッ、聞いておらんぞ──!?』


「こいつはさては馬鹿だな?」


 ドガガガガガガガガガァッッ!! と豪雨よろしく集中砲火の合唱祭。

 鱗こそ貫通しないが、一度に全身を打ち砕かれない体験に、痛覚に、炎竜は悲鳴を上げる。それを呆れた目で見つめるアガサの横では、次なる真の恐怖が準備を完了させていた。


「神刀抜刀──」


『ッ……!!』


 ──()()()、と。

 炎竜の本能が、生物としてではなく、存在としての絶対本能が悪寒を感じた。

 第六感的に察知したその危険信号は、今受けている弾丸の放火など児戯に等しいと断じ、あの剣士こそが最も恐るべき大敵であると確信を抱かせた。


『──さ、せるかァァァ────!!』


 全身全霊で生にしがみつく。足掻き狂う。

 その意思に応じた炎の大乱は、渦となってこの空間そのものを焼き尽くす。浮遊展開していた銃身群はそれで灰と化し、跡形も残さない。それは単なる燃焼ではなく、()()。引火すれば最後、物質だろうと魂だろうと、例外なく燃やし尽くす、超浄化の嵐だった。


「洗霊理論・社門朔月(しゃもんさかつき)


『ッ──!!』


 再び、顕現する鳥居。

 ソレに触れた瞬間、焔は拒絶される。遮断される。消し飛ばされる。

 先と同じ光景に、やはり炎竜は理解が及ばず、剣士の姿を見失う。


「喧嘩売る相手を間違えたな、十三番!」


『グゥッ……!?』


 次の異常は炎竜の影。そこから、否、この空間に存在するありとあらゆる影から、黒い鎖の束が放出される。それは炎竜の脚を引き、絡みついたところから、()()()()()()()()伸びていく。限界距離はなく、切れ目だと思った箇所から新たに錬成され継ぎ直されているのだ。瞬間的に焔をまとって焼き消そうにも、逆に拘束の力を強めて鎖は無限に絡みついてくる。


『なッ……ニィ!?』


「はいはい無駄無駄、無駄だから。技を見せ過ぎだ──()()()()()


 末恐ろしい発言に、初めて炎竜の思考が凍り付く。

 ……対応した? 対応しただと? 自分の焔に? 絶対浄化を誇る、聖火の具現を──!?


「っつーワケで。サクラ、あとよろしくっ!」


 その合図と共に。

 炎竜の遥か頭上を──一人の小さい影が、跳んでいた。


「朔月理論・天幻絶刀(てんげんぜっとう)


 振り放たれる、絶対一閃。

 無情に落とされた一刀は、炎竜に恐怖も敵意も抱かせる刹那もなく────



《center》“──────────!!!!”《/center》



 その魂を。その身を。

 斬り伏せようとした寸前──どこからか轟き渡った、怨嗟の咆哮が打ち消していた。


「ッ……!?」


 激震が天地を揺るがした。

 頭の芯に、精神の軸に、魂の核にまで響く天変地異。


 震動が起こる。

 亀裂が走る。

 崩壊が、始まった。


 砕けた遺跡の天蓋は落ち、黄昏の日差しが内部に差しこむ。

 直後、半分しかなかったホールの床も砕け──その下の深淵より、黒い暴風が吹き荒れる。


「おいこれマズッ────!?」


「────、」


『のぉわぁぁぁあああ────!? 我が何をしたぁぁぁ──ッ!?』


 アガサも、炎竜も、サクラも例外なく。

 奈落へと──引きずり込まれていく。


「──────────、そこか?」


 だが反射で。

 ほとんど咄嗟の動きで、サクラは()()()()()()()()()()()()()


 ──黄金の一閃が、炎竜のすぐ横を通り抜けて、深淵の底へ底へと落ちていく。

 完全に刀の感覚に任せた無心の斬撃。

 果たしてそれは、地底から吹き荒れた暴風を打ち止め、一瞬でこの場を静寂で満たした。


 ……そして。

 当然の理に従って。


「──あ、落ちる」


「当ったり前だぁあああ────!!」


『あぁぁああああああ────!?!?』


 三者三様、平等に落下していく。

 深淵への墜落は、空に堕ちるように。

 その向こうで輝いた極光に、何もかもが吞み込まれていった──



     ⛩



 やがて震動が収まった頃、そこには何も残っていなかった。

 通路も、大ホールも、二人がいた痕跡も、竜がいた気配すらも。

 黄金の陽光が照らしたのは、山稜にぽっかりと空いた大穴だけ。



 黄昏暦六〇三年。

 神殺しと錬金術師の旅路は、こうして始まった。



読んでいただきありがとうございました。

ハーメルン様でも連載している作品の掲載です。

評価、感想、ブックマークのほどよろしくお願いします……!


2023.12.12追記:加筆・修正

2024.05.26追記:加筆・修正

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