18 【新月の理】
「周辺魔力を消しながら……遺生物を狩る?」
サリエルの声は怪訝さに満ちていた。その隣で、気持ちは分かりますよ、という顔でヴァンが頷いている。
殲滅の作戦決行日より数日前。
王城の会議室には、サクラとアガサも含めた四人が、作戦テーブルを挟んで立っていた。
「作戦の動きはお手元の資料通り。だから土地の管理者の先生に、サクラの進路ルートを監修してもらいたいなと」
ノストシアの領地事情は少し特殊だ。
王が国を統治しながら、土地そのものの支配権はこの悪魔・サリエルにある。
その理由は他の悪魔への牽制という面が大きい。
アルクス大陸では過去、悪魔の侵攻、或いは謀略によって小国が滅んだ例がいくつか確認されている。
故にあらかじめ、ノストシアでは一人の強い悪魔に地位を与え、土地を与え、そこに国を興すことにより、他の悪魔を寄せ付けないようにしているのだ。
広い土地を持つことで力を増す──そんな悪魔の性質を逆手にとった国防術なのだという。
……逆にいえば、サリエルに何かがあった時、それだけこの国は追い込まれるということでもあるが。
「……、」
サリエルは一度、眉間を指でほぐした。【理持ち】と書かれた資料の文字列に、色々と言いたいことがあるようだった。
「……いや、まずは呑み込もう。君の理とやらについては後で言及することにしよう。──して、そうだな。本当にここに書かれている通りなら、無秩序にそんな理を展開され続けるのは困る」
「下手すりゃ地脈の魔力が枯れますからね……」
うむ、とヴァンにサリエルが首肯する。
「地脈の主要部分は、偽装魔術で遺生物どもから隠している。北から回るのであれば、その主要部をさけたルート構築をこちらで行おう。ただ……それだと狩り残しがでる恐れがあるな」
「うん、相談っていうのはそれ。なんか良い案、ある?」
「あ──遺生物を集める、ってだけなら、心当たりが」
挙手したヴァンが、やがて会議室に連れてきたのは。
「──ハロー、ハロー! ごきげんよう!! 頼れる僕、ジェスター君が来ったよー!」
「コイツのドローンプログラム使えませんかね。定期的に遺生物を処理するとき、騎士団も使ってますし」
「プログラム? あー、魔術じゃなくて科学的ななんか?」
アガサの言葉に科学者がくるくる踊る。
「そうだよ! その名も『疑似魔力術式』といってね、これは電力で疑似的に魔力の気配を再現したモノだ。いわば限りなく魔力に近い電波さ。大気中の魔力を消しちゃうっていうサクラ君の理となら、相性バッチリだね!」
「実用性は証明されているし最適解だな」
「いいね。じゃあそれ採用で」
(……頭の回転が速い人材ばかりいると、発言することがなにもないな……)
話が爆速で助かるが、とサクラは会議の終わりの気配に気を緩め。
「「サクラ君」」
「ハイ」
サリエルとジェスターに同時に呼びかけられ、思わずサクラは反射で返事をした。
彼に通学経験があったなら、気分はさながら授業中にあてられた生徒と同じだと思っただろう。
「君の【新月の理】とやらについて、詳しくご教示願おうか」
「理持ちを見るなんて久々だなー、科学者として興味あるねえ」
「……」
サクラは意識的に無表情を保った。
(……こいつ、演技上手いな)
サリエルはともかく、ジェスターには人間とバレている上、魔導炉の治療のために、理に関する説明も済んでいる。
……しかし、こうも自然だと、人間と言い当てられたことまでつい忘れかける。
そこでハッとサクラは気付いた。アガサとヴァンが、いつの間にか部屋の出口に移動している。
「じゃ頑張れよー」
「お疲れー」
「──、」
無慈悲にも二人はこの状況を見捨てて退室した。後に残ったのは「理持ち」に好奇の目を光らせた学者陣だけだった。
◇
「掃討完了。次のエリアに移る」
納刀すれば鈴の音が響く。
結晶の山の上に出した鳥居から、サクラは進路の方へ目を向ける。
『はいはーい。あとサクラ君、そのままじゃシンシア君が魔術使えないから空戻してね』
「あ」
指摘で気づき、サクラは赤い空の風景を解除した。フッと空から新月が消え、元の青空が戻ってくる。
それと同時、彼の傍の宙空に、シンシアの姿が転移してきた。
「お疲れ様でーす。じゃあこちら、アガサさんの影に送っておきますね。【転移せよ】、っと」
白杖の一振りによって、三十体の遺生物の山が青い光に包まれ、消えていく。
『シンシアくーん。そこから西に三十メートルのところにも一体分あるから、よろしくね』
「了解、今行きます。サクラさんは引き続き、掃討をお願いします!」
「心得た」
では、と礼をし、水色髪の後ろ姿が、指定された方角へ飛行していく。
サクラも鳥居を射出機に跳び、次のルートへと進んだ。
『いやー、順調な殲滅活動だねぇ。サクラ君の理、強すぎない?』
そんな移動に追随してくるのは機械の飛行物体。ジェスターの声が聞こえるソレは、研究室から遠隔操作されている、白い小型機だ。
「だが効果範囲の微調整が効かない分、集団行動には不向きだ。だからこうして少数部隊で動いているんだろう」
『範囲内の魔力を消すとか、遺生物以上の天敵だよ。町中で展開されたら、ほとんどの魔族はひとたまりもない。君がテロリストじゃなかったことに感謝だね!』
【新月の理】。それがサクラの持つ理だ。
効力はシンプルかつ驚異的。ジェスターの言う通り、人里でこの理を顕現したが最後、サクラが魔族社会から敵としてみなされるのは想像にかたくない。
『あ、東三メートル付近に二体。ちなみに目標地点までは二十メートルあるけど……どうする?』
「社門」
報告の二体をサクラが視認したとき、それらの足下から鳥居が飛び出す。ドンッッ、という打撃音。宙を舞った遺生物に、再び鳥居を叩きつけ、目標地点近くへと吹き飛ばした。
『あ、圧倒的物理式運搬……!』
「エリアに入る」
『はいはいっ、「疑似魔力術式」発動!』
先行した白いドローンが電波を放つ。周囲数百メートル先にまで届かせるその気配に釣られ、サクラの眼下には、続々と結晶の姿がおびき寄せられてくるのが見えた。
『お、大量だね……えーと、百六十八体。いけるかな?』
「問題ない。行動を開始する」
結晶の群れへ、紅蓮の影が突っ込んだ。
突如として飛来した彼の気配に、遺生物らは狩猟のために動こうとし、
「【新月の理】」
カッと空が紅蓮に染まり上がった。
新月が顕現し、半径百メートルの領域から、魔力の一切が消え失せる。
「抜刀理論・空幻説」
広範囲に斬撃が奔る。十数体の核が、一瞬で破壊される。
「空斬説、空斬説、空斬説、空斬説──」
走り去る剣士から、瞬息で放たれていく斬撃の嵐。
魔力を失い、棒立ちとなっている結晶の群は、僅か十秒で全滅した。
納刀し、サクラは理を解く。空が元に戻る。
しばらくして、ひょっこりとやってきたシンシアが杖を振り、残骸を片付ける。
この流れを、今日だけでもう三十回以上はくり返していた。
◇
「──炎竜様に、遺生物たちの神気を食わせて回復させる、とかムリですかね?」
「そりゃあ難しいだろ」
王国郊外、南。
ヴァンは、即座に答えを返してきた隣のガルドラを見た。
「魔法使いとかなら話は別だろうぜ──だが王国にンな人材はいねェ。連中の持つ原質魔力……神気を操って直接供給するなんざ、宮廷魔術師のおれたちにとっても、空に穴開けるようなモンだ。扱える・扱えないって話じゃねえ。『接触厳禁』、だ」
「……ですよねぇ」
「随分と炎竜様に肩入れしてンだな?」
「いや、違いますよ」
はっきりとした否定に、ガルドラが意外そうに瞬きする。
「ここ数日、サクラとアガサの二人を見て思ったんすよ。『──自力で遺生物を潰せない俺、なんかダセーな~』と」
「……あー」
そして続けられた言葉に、心のどこかで納得した。ヴァンの語ったソレは、王国でも上位に入る実力者なら、誰でも共感できることだった。
「別に今、こうして戦況が変わりつつあるのは歓迎してるんです。あいつら二人は戦力として申し分ないし、かなり頼もしい。今すぐに帰られると困る、って本気で思うレベルで。けど、だからこそ──」
「『部外者のあいつらに、王国の問題解決を手伝わせるのは忍びない』……ってか?」
「……、まぁ」
ヴァンは視線を落とした。
「……だから、ここまで付き合わせたからには、なんとしてでもあいつらを帰さなきゃいけない。断片的に話聞いただけですけど、あの二人は本来、もっと凄い奴らだと思う。まだ全部の事情を知ったわけじゃなくても、それくらい分かる。特にサクラの奴に至っては、救国なんていう些事に動員していい人材じゃない気がする」
「……」
「スッゲー降ってわいた反則カード使ってますよ俺ら。そういう流れを仕組まれたにせよ……あー、仕組んだ奴に言ってやりてぇ。『もうちょっとズルしない方法なかったのかよ』、って」
「……色々あったんじゃねェの?」
「理屈で割り切るのと感情で納得するかは別のものなんスよ」
まぁなぁ、とガルドラが肩をすくめる。
視線をあげたヴァンは、腕組みしながら前を向く。
「ってワケで、サクサクッと第四位倒してもらって、チャチャッとサクラたちには無事に帰還してもらう……っつー感じの展開を短期間で実現するなら、やっぱ手っ取り早く炎竜様に働いてもらうのが一番かなぁ、と思った俺の世迷言でした。以上です」
「……つか、その理論だと始祖竜様は使い倒しても罪悪感とかねェのか」
「人類よりワンステージ上の上位存在様なら、それらしく動いて欲しいナー、とは」
「傲慢の極みだな。そういうところあったなァ、お前……」
まぁ──無いものを無闇に願っても仕方ない。
良い状況には変わりないのだから、今はその波に乗って、最善と全力を尽くすことしかできなかった。
『──報告よ。こっちで一部は誘導したわ。前線で頑張ってるルシウスたちに感謝しながら働きなさい、暇人たち』
「おお、来たか」
エメルからの念話に、ガルドラがにや、と笑う。
彼らの背後には、現在進行形で建設中の砦拠点があった。
魔術を使って一刻も早い築城を目指しているが、それを達するためには、長年付き合いのある外敵どもを掃討しなければならない。
そこで地平線の向こうから、十数体の遺生物が進行してくるのがみえた。
ガルドラは手元に魔導書を出現させ。
ヴァンは両手に札の扇を持ち構える。
「さァって、久々に暴れるかねェ!」
「ペース配分も考えてくださいよー」
二人の魔術師が、今、戦場に解き放たれた。




