17 収穫祭
遺生物。
“過去からの遺物”という由来からその名称はつけられた。
遺物、しかして生物。
正体は、超抜存在第四位──その眷属。
それに対して王国が用いてきた対抗手段は、魔術。
【魔術の理】から派生した魔術による攻撃は、魔力を用いてはいるが、親元の理が異なるためか、使用した魔力が遺生物たちに吸収されることはなく、攻撃手段として有用である。
「──だが、今日でその定石は終わりだ。真の恐怖、真の天敵をお前たちに教えてやる」
ゴゴゴ、と大気が揺れた。
黒森林の中、三十体といる遺生物たちは、その気配に気付くと、すぐさまこの場から離れようと動き始めるが────
「対神獣術式発動──神弾装填。三十四番!!」
刹那、真上から垂直に、遺生物たちを黒い弾幕雨が襲った。
ガガガガガガガガッッッ!! という絶え間ない銃声音が十秒ほど世界に響き渡った後、草原には外殻から溶け落ちた、無惨な結晶の残骸の海が広がっていた。
「これが開戦の狼煙だッ!! さぁせいぜい足掻けよ結晶野郎ども、『収穫祭』を始めるぞ!!」
草原の残骸たちが、影の中へと沈み込んでいく。
それを崖上から見下ろしていた、黒い外套をまとった一人の悪魔が高らかな哄笑を上げる。
そんな後ろ姿を見ていた騎士団と魔術師団の混成部隊の心情は一致していた。
──この悪魔、超怖い、と。
◇
遺生物絶対絶滅デストロイ作戦。
何日もかけてじっくりと遺生物の生態・性質を吟味し、王国の戦術書まで読み漁った果てに、アガサが提案した作戦名がそれだった。
「他国との領土線がある西からいくよー。主力隊は逆時計周りでドンドン轢いていくのー。それと並行して、北から東に時計周りでサクラが走ってー。分隊は南に補給基地作ってー。六日目、七日目あたりで追い詰めた遺生物が王都に突貫するかもだから、その辺合わせて騎士団長とか宮廷魔術師とかのビッグ戦力配置してー。取り逃した細かい個体は転移魔術で都度バンバン主力部隊の前線に送ってー。そんな感じで八日目には遺生物絶滅デー! どう?」
どうも何も。
「……成り立つワケ、いや……ルート構築も作戦自体も異論はないが……北から回るサクラは何なんだ? まさか単独で突っ切らせろってのか?」
サクラたちの部屋に呼び出され、作戦書を読んだヴァンはそこで顔を上げた。
直前まで仮眠をとっていたらしいサクラが、ソファで横になったまま補足する。
「あー……言ってしまうと俺は『理持ち』だ。ただ、それが集団行動には全く不向きなんだよ」
「──、」
それを聞いて、ヴァンは一度、片手で顔を覆った。
「……そうだよな……お前って兵装保有者なんだよな……それくらいの力は持ってて当然か……」
「本で読んだけど、こっちの理持ちは『ロジックロード』なんて呼ばれたりしてるんだっけ? カァッコイイよなー。ラグナにも広めたい名称だわー」
「……で、サクラの持つ『理』ってのは、一体どういうものなんだ……?」
「まぁ、率直に言うと────」
◇
……話を聞き終えたヴァンは、この二人に出会ってから、何度目かになる、薄寒さを感じていた。
まったくもって規格外。神と敵対したという証言にも頷ける。
だが、神がどうとかそれ以前に。
自分たちは、本当にこの剣士を敵に回さなくてよかったと、心の底から思った。
◇
銃声が鳴り響く。遺生物が飛び散る。逃げようとした遺生物たちの退路を魔術師が魔術で断ち、遺生物に接近した騎士と共に足止めや撃破に動く。
再び銃声。残った結晶をアガサの影が回収していく。──回収された遺生物の遺骸が、素材として弾丸に錬成され、次の獲物を撃つ攻撃手段となる。
エリアが沈黙化すると、主力部隊は素早く次のルートを進み、会敵した矢先から遺生物を鏖殺していく。
弾薬が潤う。弾丸が放たれる。地上から、少しずつ遺生物の姿が消えていく。
殲滅の永久機関が、ここに完成していた。
「殺せ殺せ殺せ殺せェー!! 害獣駆除だ! 蹂躙しろ!! 連中を一体、一片たりとも逃すなァ! 地上にもはや貴様らの生存圏はねぇと人類サマの偉大さを知らしめてやれ!!」
その様、快進撃というには圧倒的。
蹂躙。まさに蹂躙。しかして無策による一時的な逆転劇などでは決してなく。
味方の配置、敵の配置、接敵から追い込み方まで、全ての流れが計算し尽くされた蹂躙作業。
魔力の気配で寄ってきた遺生物を次の獲物と定め、これを永遠にループするだけの永久殲滅。
王国が四百年、脅威としてきた怪物らは、野に散る残骸となり果てていく。
「今やお前らの剣の一振りが平和を築く礎となる! 魔術の詠唱一言が勝利への道を進む足跡となる! 蹴散らせ!! 進め!! 私たちが絶対強者だ!! 人類叛逆の時が来た、王国復興の時が来た!! 奴らを絶滅させるぞ!!!!」
『オオオオオオオオオオ────ッッッ!!!!』
(……なんだ、この統率力は……)
混成部隊の雄叫びを聞きながら、崖上で傍観に徹していたアルトリウスは、あまりの光景に顔が引きつっていた。
彼はこの度、作戦指揮を預けることになった異邦の悪魔の手腕を確かめるため、監督役として同伴したのだが──
(幾度か、彼女に任せて調練や演習は行っていたが……)
騎士団は言うまでもなく、魔術師団も宮廷魔術師たちが調練した手練れの兵士たちだ。即席部隊だとしても、元より練度は高く、指揮官が変わったところで連携行動に問題はない。
──だが、兵士の一人一人の顔はどれも見覚えあるものばかりなのに、動きはまるで別の国の部隊のようだった。
……要因は、もう言うまでもない。
『……なァ、指揮官とは聞いていたがよ、あの黒いお嬢ちゃん、そっちの国では何してたコなの……?』
どこかでこちらの動きを覗き見していたのだろう、ガルドラのそんな念話が飛んでくる。
現在、念話魔術に参加しているのは、王国の四従者とヴァン、サクラだ。案の定、今は別の座標にいる、あの紅蓮の剣士の声がすぐに聞こえてきた。
『アガサは第十三錬成部隊という、十三名の精鋭による超戦闘特化の特殊部隊を指揮していた。神獣の殲滅が人類軍のルーチンワークだったが、その中でも十三部隊は飛びぬけた殲滅戦績を上げ続けていたと聞く』
戦場のカリスマ。
一目で個々の兵士の性能を把握し、適した能力を戦場に組みこみ、戦う中で成長まで促す。
兵たちを結束させ、全ての能力を対多数戦、中でも殲滅戦に特化した完全指揮。
それは一世代で突然変異的に生まれてきた、終末産のバグ。極限環境におかれた黄昏世界では、彼女のような人材がゴロゴロと生まれ、次々と死んでいった。
『……規格外、か。なるべくして成ったっつー感じだなァ……』
「はーはっはっはっはっはぁ──!! ぶっ潰せぇ──!!」
殲滅の現場から悪魔の高笑いが聞こえてくる。
あの遺生物が、ガラクタのように空を舞っている。
(──うむ。まぁ、効率よく国の害敵を処理できるのなら、彼女の指揮について、私から意見することはないな!)
優秀な騎士団長は、自分の今までの常識が壊れていくのを受け入れ始めていた。
◇
王国郊外──北。
数体の遺生物たちは、大気の違和感にふと頭を上げた。
澄みわたる青空。外敵となる存在の気配はないが、しかし餌とする魔力の気配も感じない。
【□□──】
ぐら、と遺生物たちの一体が不意に倒れた。それを皮切りに、他の遺生物たちも、敵襲に対応する前に続々と倒れていく。
【□□□□──!】
そんな遺生物たちがいた空間の手前。森に潜んでいた一体の遺生物は、空気に異常を感知し、その場から逃亡した。
走りながら、体内に保有する全エネルギーを脚力に集中させる。次の一歩、より遠くへ跳び出そうとした直後、
「【新月の理】──空斬説」
──斬ッ、と。
遥か向こうから飛んできた斬撃が、核ごと結晶の身体を両断した。
遺生物は再稼働のため、魔力で再生を図ろうとする。だが、できない。
【□□……□□□……、】
体内の魔力は、完全に空っぽだった。それ以上動くこともできず、稼働を終了する。
絶命した遺生物の視界には、林の隙間からみえる空が映っていた。
その色は青ではなく。
血のように染まり切った──紅蓮の空で。
ぽっかりと、虚のような新月が浮かんでいた。




