16 伝説と警告
「さて──まず何かをやるにしても、錬金術師には資金と素材と素材と素材とあと素材がないと何も始めらんねぇ……」
「……はぁ」
王国に来て五日目。あの銀騎士の手合わせの日から三日後。
時刻は陽が昇ったばかりの午前。宿泊室のソファに座ったサクラは、すぐ横でここ何日も同じことを唱え続けているアガサの相手をしていた。
「資金はいざとなりゃ国家予算から捻出させるとして……人材不足も懸念事項だがまずは素材だな素材。手っ取り早いのはあの遺生物を狩り尽くすこと……まずは騎士団、魔術師団の調練から始めないと殲滅が滞る……アルトリと猫耳副団長の統率力は足りてるから、あとは魔術師団……サリエルは首都防衛で固定、使えんのは宮廷魔術師と……いやヴァンもいけるな。経歴と人柄からしても最適……だがそれだけじゃ北方が……ギィィィ」
アガサがブツブツと言っているのは、近々提案しようとしている、「遺生物殲滅作戦」のことである。
彼女は第四位と戦う前に、あの邪魔な眷属どもは一掃すべきと考えているのだ。
長期間に渡る、少しずつ数を削るようなものではなく。
最低でも七日間。七日であの結晶たちを絶滅させる、と。
「ア゛ア゛ア゛……サクラぁ~……」
ドサッと膝に幼馴染の頭が落ちてくる。その黒髪は今は普段のポニーテールではなく、ストレートに流されていた。
「いま何読んでんの……」
思考の休憩モードに入ったらしい。膝上でアガサが身をよじって見上げてくる。
サクラは持っていた本のタイトルを読み上げた。
「『遙か古き竜退治伝説』」
「伝説……あぁ、地竜──ってか、ヴァンの祖先が活躍したっていうアレか」
起き上がってきたアガサが本の中身を見る。視界が狭くなったのでサクラは本を持つ位置を調整してズラした。
「地竜に立ち向かった二人の英雄……大魔術師ザカリーに、…………聖騎士、エディンバルト?」
やはりそこに目が留まるか、とサクラも思う。
「エディンバルト。同じ名前の英雄が、ラグナ大陸にもいるよな?」
「『千城騎士エディンバルト』な。どこからともなくやってきて、四柱いた神々の……最初の一柱をぶっ倒して、終末戦争を開戦するきっかけを作った奴だよ。……え、マジで同じ名前なの? 家名は?」
「そこまでは書いていない。名前だけだな」
「えぇ~……? あの爺さん、アルクス出身だったの……?」
「だがこの伝説と同一人物なら、ラグナ大陸での時系列と合わない。千年以上前の伝説の中で死んでいるなら、およそ六百年前に開戦した終末戦争に、エディンバルトはいないはずだ」
「……アルクス大陸では行方知れずになって、死亡扱いになったとか?」
「その場合、どうやってアルクスからラグナに渡ったのか、気になるところだがな」
おお、とアガサは声をあげる。
伝説の文献でしかないが、大魔術師と聖騎士の実在は国王ロアネスが証言している。エディンバルトという名前も早々見かけないし、少なくとも、「大陸間を渡る」術がある可能性ができたのは大きい希望だ。
「ところでアガサ、その格好はどうした」
「借りた」
本に目を向けたままアガサが言った。
彼女が着ているのは白黒のコントラストが映えるメイド服だった。ロングスカートタイプのもので、恐ろしいレベルでその長い黒髪と調和している。
「何故」
「気分。あ、次のページめくっていい?」
言われるがままサクラは指でページを進めた。
「ザカリーは……死亡記述がないな、物語上からフェードアウトしてやがる。ヴァンの奴なら知ってるかな。子孫って話だし」
「……かもな」
「サクラ? どこ見てる?」
「……なぜ……メイド服……」
「思ったより食いついてたっ!?」
──ドンドンドン、とそこでノックがあった。
扉向こうの気配にサクラは目を細め、アガサもドアを見る。
『おーい、おるか汝ら? わーれーが、来ーたーぞー!』
「……、」
「……」
サクラが本を置いて立ち上がりかけ、それをアガサが制して止める。席を立った彼女にぽんと頭を押さえられ、そこに留まるようジェスチャーされた。
──“まかせろ”、と口パクがあった。
助かる、の意をこめて、サクラは頷いた。
スタスタとアガサが扉の前まで行き──力任せに、それを蹴破った。
『ぐはぁッ──!? い、いわれのない我への理不尽な暴力!!』
悲鳴が聞こえるがそれも一瞬で、アガサの姿が外へ出ていくと、パタンと扉が閉まる。
やがて二人の気配が遠のいていくと、サクラは再び読書を再開した。
◇
外に出たアガサは、指を一度鳴らして服装を変えた。着用していたメイド服を影へと仕舞い、錬金術で髪をポニーテールに結い上げ、瞬く間に、同じ要領でいつもの青ジャケットとスカートの軽装になる。
「痛っつつ……む? 汝、さっき妙な格好をしてなかったか?」
「気のせいだろ。サクラの奴は今忙しいからな、私が相手してやるよ。場所変えるぞ」
「えー。いや我も目覚めは久々なのだし、あやつに会──」
尻もちをついていたリュエが部屋の扉へ手を伸ばすと、ガキン、と真横に刃が通る。──瞬時にアガサによって錬成された、黒剣だった。
流石に能天気に構えていたリュエも、そこで冷や汗を流す。
「……我、もしや、相当に嫌われておる……?」
「私についてくるなら、その辺の事情も懇切丁寧に説明してやるよ」
炎竜にはそれ以上、悪魔に返す言葉がなかった。
◇
しばらくしてから、サクラのいる部屋にコンコン、とまたノック音が響いた。
「炎竜様、来てるか?」
扉を開いたサクラはヴァンを迎え入れた。もう慣れた様子で来客は空いている席に腰かけ、テーブルを挟んだ向かいのソファにサクラも座りなおす。
「炎竜ならアガサが連れて行った。いつ戻って来るかは知らん」
「え。だ、大丈夫かソレ……? 二人とも、って意味だけど」
「アガサは別に暴力論者じゃない。頭は俺よりも回る奴だからな。口八丁で上手くやるだろう」
ヴァンは室内を見回した。前回訪問した時よりも本は整頓されているが、量の総数は大して変わっていないようだった。
「……本当にコレ、全部読んでるのか……?」
「俺とアガサの二人がかりで、だけどな。あいつは戦術、歴史全般。俺は気になったものから少しずつ。転移魔術は本当に便利だな、図書室まで行かなくとも、迅速に貸し借りができる」
「王城内限定だけどな……あ、その本って……」
『遙か古き竜退治伝説』と書かれた本にヴァンが反応を示す。
そういえば、ザカリーのことが話題に上がっていたとサクラは思い出す。
「ヴァンは大魔術師の子孫、だったな。ザカリーという人物について、どこまで知ってるんだ?」
「うーん……どこまで、っていうか、俺としては先祖にいる、って認識くらいしかねぇよ。とんでもない魔術師だったらしくて、変わり者だったとか」
「変わり者か」
「ウン。なんか、めちゃくちゃ女装の似合う男だったらしい」
「反応に困る……」
「俺も困った……」
いや、個人の趣味に口出しはすまい。故人なら尚更だ。
女装の件は二人とも忘れておき、腕組みしたヴァンは思い出すように続ける。
「つーか、そうだ。サリエルさんが弟子なんだよ。今でこそ、【魔術の理】は建国王が発見して理論化、広めたって話だけど、魔術の知識自体はそれよりずっと前に、サリエルさんがザカリーから教わってたらしい」
「なに……?」
妙にひっかかる事実が出てきた。サクラは伝説の書かれた本と歴史書とを見直す。
「……ザカリーたちの竜退治は、4025年ごろ……王国が建立したのは5200年──今から八百年近く前のことだよな?」
「今が地上暦6003年だから、そうだな。……サリエルさん、すっげー長生きだなぁ……」
「……知識だけはサリエルが知っていて、後にその理を暴いて体系化したのが建国王……じゃあ、ザカリーというのは何者だ? ザカリーは何のため……、──っ」
言葉を止めたサクラは、そこで思い至る。
その魔術は今、何に対して使われている?
「──そうだ。言ったろ、『とんでもない魔術師』だって。魔術は今、俺たち王国が持つ、遺生物への唯一の対抗術になってる」
「二千年近く前から遺生物の発生を予期していた……? ザカリーは未来視の力でも持っていたのか。魔術を伝えたことは、未来への布石だったと……? そんなの──」
そんな、未来に奉仕する在り方は、まるで──
「神みたい、か?」
皮肉るようにヴァンが言った。しかしサクラはゆっくりと、首を振る。
「……神はそこまで人類には優しくないさ。魔術が未来に役立つとしても、自ら教えたりなんかしない。魔術の存在に人類が気付くか気付かないか、わくわくしながら観察するような悪趣味な存在だよ。だから──ザカリーは神じゃない。お前の先祖は……たぶん……」
「?」
サクラは言うか言うまいか迷った。こんな推測を話しても、もう仕方のないことだ。無意味にもほどがある。この大魔術師の真相に辿り着いたところで、一定の納得感を得るだけだ。
「──『聖人』。ザカリー・トワイライトは、きっと、生まれから運命まで、神々に利用されるためだけに生まれてきた──未来のための人柱だ」
それでも、子孫であるヴァンは知っておいた方がいいだろうと。
神子として己が知る限りの、この世界にまつわる仕組みの一端を、伝えることにした。
◇
アガサは炎竜を連れて、城の高台にまで来ていた。
上へ上へと登り、不意に辿り着いた、石製のバルコニーで足を止める。
「おおっ! 悪魔めにしては良い場所を見つけるではないか! 絶景だな!」
「それは城下町のこと言ってる? それとも街ん外の景色見て言ってる?」
「両方に決まっておろう、他に何がある」
むう、と手すりに身を乗り出してはしゃいでいたリュエがむくれる。
アガサはそれを、何の感情も乗っていない赤眼で眺めている。
「……貴様は、サクラよりも気持ちというのが読み取れんな。表情はあやつより豊かだが、まるで底知れぬ。ものを考えているのが嘘のようだ。始祖竜たる我からしても、だいぶ不気味だぞ」
「それ」
ピッ、とアガサが人差し指をさす。
「始祖竜ってなら、始祖竜の自覚を持てよ上位存在。だからあいつに嫌われるんだぞー?」
「む。確かに仲間関係ではないにしろ、仲を深めて悪いことはあるまい? それはそれ、これはこれ。人の子らも、いかな友がいようとて、敵として回れば敵として討つ。それに汝らは上位存在の脅威を分かっているのだろう? 表面上でも、もう少し距離というものを縮めてもいいのでは?」
「無理」
真顔で言い切った。
「無理」
二度、重ねて言った。
「………………そこまで、言うか……?」
「言うわ馬鹿野郎。私たちは上位存在が本気を出せば『何ができるのか』をよく知ってるんだ。知っているからこそ気は抜けない。
──いいか。殺し合ってねぇ今の状況は、奇跡みたいなモンなんだよ」
リュエは呆れかえった視線をアガサにやった。
「フン、もはや病だな。まぁよい、人の生まれや環境になぞ興味はない。我は汝らの敵対精神を受け容れ、そして許す。仲良くなりたくなったら、いつでも言うのだぞ?」
「いや……無理っす…………」
「その言い方止めぬかァー!? 傷つくのだがー!!」
◇
「──ふむ。つまり、俺の先祖はすげーってことだな」
サクラの説明を聞いたヴァンは、まずそう言った。
「……だいぶ、自分でも常識を外れまくったことを言ったと思うんだが……ヴァンお前、人を疑うってこと知らなかったりするか……?」
「んなことはねぇよ? たとえ今のがお前による渾身の作り話だったとしても、俺は信じたいさ。だって、嘘にしろ真実にしろ、普通に凄い偉人の話だからな」
「……」
「あぁ、悪い。別に『真偽なんかどうでもいい』、って言いたいんじゃないんだ。きっとサクラは本当のことを話してるんだろ。だったら、それを聞いた俺が信じないのは……寂しいっつーか、俺がやりきれないし」
(……人が善い)
サクラは他人に対して、初めて心からそう思った。
人並みの善性。それがいかなる価値を持つのか、世俗にうといサクラはよく掴めていない。けれども目の前のこの人物の持つ性質は、稀有なものなのだろうとは感じていた。
「……なんか、流石は『偉人の子孫』って感じだな、ヴァンって……」
「えっいきなりなんだよ。そんなに変なこと言ったか……?」
「いや奇人って意味じゃないんだが……いいや、うん。たぶん他の奴らも俺と同じ気持ちになったことがあるんだろうな……」
「何!? そんな不特定多数の連中に同感させるほどのやり取りだったか、今の!?」
ハハハハ、とサクラは乾いた笑いしか浮かべられない。顔の筋肉が硬いので、微妙な表情にしかならなかった。
「……と。そうだ。ヴァン、ジェスターの奴にも言ったが、お前にも同じことを伝えておく」
◇
「いいか炎竜。私たちは決してお前とは相容れない」
アガサは、バルコニーのリュエから少し離れた。
「それは私たちが人類で、お前が上位存在だからだ。それ自体は悪いとは言わない。だが気を付けろよ。超抜存在がいる間は見逃してやってもいいが、何かすれば人類はスグにお前に牙をむくぞ」
「……なんだその脅し文句は。不穏にも程がないか? それとも、それが貴様なりの悪魔らしさというやつか?」
「ただの親切な警告だよ。人類代表者としての」
◇
サクラは数日前の出来事を思い出していた。場所はジェスターの研究室。あの黄緑の協力者とのやり取りを回想する。
──んじゃ、二日後に再診察ね! その時に君の魔導炉の状態とか調べられるようにしておくから。
──そんなに早くできるのか。
──できるよ。なんてったって、僕は天才だからねぇ!
──天才、か。
部屋を出る直前。サクラは扉の取っ手に指をかけたまま、告げた。
──じゃあ人類最強からのアドバイスだ。
──おっ、なになに?
「あの炎竜を信じるな」
そして今、ヴァンにも同じ言葉を伝えた。
「信用・信頼・友情・愛情・親愛・憐憫・期待・興味……アイツに向ける全ての感情はシャットアウトしておけ。上位存在にとって他者から向けられる想いの全ては『信仰心』だ。どんなに些細な感情でも、感知されれば『信奉者』、つまりは手駒扱いになる」
「……、」
ヴァンの顔は、奇しくも、まったく性格は異なるのに、ジェスターと同じような顔をしていた。
どうしてそんな事を言うのか、ではなく。
どうしてそんな事を教えてくれるのか、と。
その疑問にも、サクラはまったく同じように答える。
「お前みたいな上質な人材が、上位存在の言いなりになるのは勿体ないからな」
そこで彼らは初めて、この剣士の微笑を見た。
◇
「信用はしない。だが今すぐ敵対はしない。覚えておけよ、エリュンディウス」
と言って、アガサは去ってしまった。
バルコニーに残された炎竜は、ぼんやりと遠くの風景を視界に映す。
「……警告、警戒もすぎれば寂しいものよな」
ふら、と頭に霞がかかった。魔力不足で、身体が睡眠を求めている。
さっさと医務室に戻るか、と考えて。
「……我は、なんのために目覚めたのだ。──……なにを、探している……?」
竜の独り言は、風に溶けて消えた。




