15 協力者
──『そういやァ、帝国のドクターがテメエに用があるっつってたぞ。西棟を適当にブラつけば会えるんじゃねェか?』
という、ガルドラからの言伝を受け、中庭を離れたサクラは王城の西棟へ足を踏み入れていた。
青い絨毯が敷かれた廊下が続く、閑静な区画だ。歩いて行くと、濃い茶色の目立つ大扉を見かけた。その上には、「図書室」と書かれたルームプレートがある。要求した本の出所はここだったか、と場所だけ覚えて今はスルーし、そのまま進んで行く。
曲がり角に近づいた時、気配を感じ、大回りに進路を変える。
「おや、貴方は……サクラ殿、でしたか」
(!!)
角で出くわした相手を見て、サクラはその風貌に絶句した。
そこにいたのは頭頂部から猫耳を生やした金髪ロングの青年。茶の瞳の中には、猫らしい縦長の瞳孔がある。
「伝説の、副団長……?」
「??? い、いえ、王国騎士団の副団長、ルシウスです。こんなところまで来て、一体どちらへ?」
サクラの全意識と視線は猫耳に集中していたが、ひとまず表面上は社会的対応に切り替える。
「ジェスターの研究室を探しているんだが……」
「ジェスター……あぁ、『道化医師』ですか。奴の仕事場ならこの廊下を突き当たって左の先です。……貴方には無用の忠告かもしれませんが、お気を付けを」
「……というと?」
ちら、とルシウスが警戒するように背後の方へ視線を向ける。
「噂ですが、あの御仁は少なくとも五百年は生きているらしい怪人です。洞察力や勘の鋭さを持ちえながら、その態度は捉えどころがありません。悪人ではないでしょうが……何を考えて行動しているのか、よく分からない」
そこで軽く肩をすくめる。
「まぁ……実際のところは、科学や医学分野での業績は凄まじく、ある時代では不治とされた病を駆逐した伝説もあります。きっと、本人的には真面目にやっているのでしょう」
そうだろうか、とサクラは思う。
あの科学者はなんというか、ただ勘が良いだけで、深いことを考えてそうではないのだが──
「ともあれ、忠告は本当です。先ほど部屋の前を通った時、なにやら騒がしかったので。それでは、私はこれで」
丁寧に一礼して歩き去っていく猫青年。
その背を目で追うと、どういう能力か、いきなり視界から彼の姿は完全に消え去った。
「……猫って、透明化するのか……」
◇
その後、言われた通りの道順に行くと、目当ての場所はすぐに見つかった。
ドゴンッッ!! という重々しい爆発音に伴う閃光。
咄嗟に目蓋を閉じたサクラが再び目を開けると、発生した煙が、開けた石廊下の窓の外へと出て行くのが見える。
「ごはははははは!! ごほっけほっ、けむーい! 皆ー、無事かーい!?」
「もう何度目の爆発」
「アァァー! 私のドクターコレクションがぁー!!」
「兄さんが気絶してるわ、ドクター」
「違うよグレーテ。ハンスは爆発の前から寝オチしてたよ。キャロル見てたもん」
わいわいがやがやと声がする研究室。
帰ろうかな。
一歩後ろへ退がると、部屋からジェスターが出てきた。
「はっはっは、あー煙い煙い……あっサクラ君じゃないか! いいところに来たねぇ!」
サクラは無言で踵を返した。ガッと肩をつかまれる。
「離せよマッドサイエンティスト」
「サイエンティストだけどマッドじゃないしぃ! 今の爆発はホラ、事故だよ。故意的な」
「それはテロと同義だろ」
「いやホント、ちょっと遺生物の残骸に、臨界値を超えた属性魔力を注入してみただけなんだよ。爆発するかしないかの実験だったんだよ」
「問題科学者としてベタすぎる失敗にも程があるだろうが」
ともあれ。
あらかた爆発の煙が換気されると、サクラは科学者の居城に入室した。
「さぁさ、ようこそ! そしてようこそ! 紹介しよう、こちら『帝国科学機関』の僕の助手たち! 帝国にいるメンバーと合わせて本当は九人いるんだけど、王国出張には五人連れてきましたー! 仲良くしてね!」
「早く働けドクター」
「頭脳だけ有能」
「お茶どうぞ~」
「お菓子いるー?」
「あぁ、これはどうも」
「……馴染むの早くない!?」
中々個性的な助手たちだな、とサクラは出されたティーカップとクッキーを手に思う。
キャラもだが、何より気配が独特だ。
全員人類種ではないな、と直感する。
まぁ、今はどうでもいいことだ。
「それで、用は何だジェスター。何もないならこのまま茶菓子だけ貰っていくぞ」
「遠慮がないなぁ……いや安心しておくれ、ちゃんと君にも利がある話だろうからね」
さりげなくジェスターが助手たちを別室の仕事場へ行くよう促し、診察室らしい部屋の椅子に腰かける。患者用の席に、サクラもデスクに茶菓子を置きながら座った。
「さーて、どう切り出そうかなぁ……いいや、君相手じゃ意味なさそうだし、率直に訊こう!」
一瞬、嫌な予感がしたサクラは片手で制した。
「その前に。炎竜がいる医務室って、この近くか?」
「へ? いや、ここは僕ら用の研究室であって、医務室は訓練場もある東棟だよ。あっ、ちなみにこの部屋は僕らの管轄だから、サリエル君でも盗み聞きはできないから安心してね」
ここは西棟。物理的距離は大きく離れている。
そこまで確認してから、良し、と手を降ろす。
「ならいい。続けてくれ」
「……その反応を見る限り、僕の推理は当たってるっぽいねぇ……」
いいから言え、とサクラは視線だけで訴える。
すると足組みし、眼鏡レンズの奥、目を細めたジェスターが口火を切った。
「──君さぁ、人間でしょ」
◇
このまま話がどう向かっていくのか、サクラには全く見当がつかなかったが、今は黙ってこの、確かに頭だけは回るらしい科学者かつ医者の言葉を聞いてみることにした。
「魔力もなしに、あそこまで元気一杯に戦闘を継続できるなんて魔族じゃまずありえないと思ったんだ」
「それがラグナ大陸の人類の特徴だとは考えなかったのか?」
「だってアガサ君は魔力を持ってるじゃない。それに、知ってる? 人の潜在魔力量は、その瞳の色の複雑さで大体分かるんだよ。君の瞳は、赤と青が混じってできる紫色だ。かつては、さぞ膨大な魔力をその身に秘めていたんだろう」
恐ろしいほどに鋭く、正確にして正解だ。
サクラは一切頷きを返さず、黙って聞き続ける。
「だっていうのに、君からは魔力を全く、一切感じない! これはおかしい! だったらもう可能性は一つだ。君は現代でも非常に稀少な純粋人間種──違うかな?」
「それを認めたら、俺に何のメリットがあるんだ?」
「僕なら君の魔力を蘇生させられるよ」
「!」
その発言には、保っていた無表情を崩さざるをえなかった。
ジェスターの口角が上がる。
「僕は見かけた患者を放っておけない主義でねぇ……助手たちもそうさ。僕が見つけた時は人型ですらなかったけど、ああして元気にやっている」
「……お前が治したのか?」
「治したよー? 患者が生きている限り、その命が救えないなんてことはないからね」
「……爆発魔から連想されるマッドサイエンティスト像とはまるで逆だな。逆マッドサイエンティストだったのか、お前」
「逆って。あー、ホントのマッドな人たちは実験体を粗末にしちゃうからかい? そうだね、医者として人としての尊厳を取り戻させている僕は、確かに逆かも」
さらりと実験体という単語が出る辺り、帝国の闇が垣間見えるが……サクラは言及しないでおいた。
「魔力を取り戻す……か。完全に捨てていた可能性だったが、四位に挑む武器は増やしておきたいな」
そうすれば弓が使える、とサクラは軽く拳を握る。
「お。乗り気だね。ていうかやっぱり、第四位のことも聞いてたんだ。君とアガサ君は神と戦ったって言ってたけど、それも超抜存在の一つだったのかい?」
そういえばジェスターはあの謁見の席にはいなかった。
どこまで言うか、少し逡巡する。
(……まぁ……ここまで洞察力があるなら、中途半端に隠しても結果は変わらないか)
一口紅茶を飲んでから、決意して口を開く。
「ああ、第一位の終末神だよ」
「ごふっ」
飲みかけた珈琲をジェスターが吹き出す。なぜこのタイミングで飲む、とサクラはその芸術点の高さに呆れる他ない。
息を整え、口元を拭ったジェスターが小声で言う。
「(い、い、一位って……! それホントの本当? ラグナ大陸式ジョークじゃない……!?)」
「ジョークじゃない。ちゃんと俺が倒したんだから」
「へぇ、君が──────……今なんて?」
サクラはクッキーにかじりついた。しばらく、部屋に咀嚼音だけが響く。飲み込んでから、再び口を開く。
「こっちでは魔力を生成する器官を、『魔導炉』と呼ぶんだが……当時の戦いで、俺はその魔導炉に負荷をかけすぎたんだ。結果、自力で魔力を生成できなくなって、今に至る」
「……」
「聞いてる?」
「聞いてる。聞いてます」
カップを机に置いたジェスターが姿勢と白衣のシワを正す。こいつも敬語なんて使えるんだな、とサクラは関係ないことを考える。
「……じゃないよ……!! なんで君、君ほどの人がここに!? 運命のイタズラ!? 人生アンラッキー!?」
「いいかジェスター……人はな、どんなに善行や悪行を積もうと、事故る時は事故るんだよ。乱数と同じだ」
「そんな説得力のある諭し聞きたくなかった!」
「まぁ……くれぐれも、特に炎竜には、言うなよ。知られたくないから」
「……そこは大丈夫、患者の個人情報を秘匿するのは医者の得意分野だ。……はぁ~ぁ……」
よほど衝撃的だったのか、ジェスターは頭を抱えている。己の察しのよさを呪っているのだろうか。しかし、
「……疑わないんだな?」
「疑う要素がないからねぇ……ってことは君、兵装保有者なんだ?」
サクラは無言で、右手で四本の指を立てて見せた。
「あっはは……そこまで盛ってくると、冗談の域を越えてるね。疑う方が馬鹿らしくなってくるよ。にしても随分素直に教えてくれるね。君ィ、過去最高に僕を信用するの早すぎだよ? 常連の患者さんもビックリだよ」
「ま、『お前なら周囲にバラしてもどうせ信用されないだろう』っていう信用はあるかな」
「嫌な方向の信用だよそれはッ!?」
だが信用うんぬんともかく、流石は医師とでもいうのか、ジェスターに話しやすさを感じているのは事実だった。
これも一種の天性の才とでも言うのだろうか? なんとなくだが、サクラは彼なら絶対に喋らないだろう、という確信に近いなにかがあった。
(……、とはいえ)
大きくため息を吐いている白衣の科学医者を見ながら。
(……俺がどう信用しようと、こいつの信用を得るのは別の話だけどな……)
ここまで情報を開示した一方、この黄緑髪の奇人に関して、サクラは何一つとして知らないというのが現状だった。
「『見かけた患者を放っておけない』、と言ったな。それはお前の信念からくる主義思想なのか?」
なにか深いエピソードの一つでも出てくるだろうか、と期待する一方、サクラはどこかで「こいつがそんな事情やきっかけを持っているハズがない」と思っていた。
道化医師。ルシウスが発した異名が思い浮かぶ。
道化師のような享楽さ、学者としての鋭い観察眼をかね備えるこの人物は、確かに得体が知れない。裏があるようにも思えないが、掴みきれない部分がある。
「思想っていうか──医者は患者を放っておかないものでしょ?」
きょとん、とした顔でジェスターはそう答えた。それ以外補足することもないのか、首を傾げたままでいる。
「……それだけなのか、お前」
「?? それだけって? あっ、科学者として人間の血に興味がある! とか言った方がよかった? でも君は患者であって実験体ではないし、検査用に採血はさせてもらうけど、治療用途以外に君の血を使う気はないよ? そこは医者の義務として当然でしょ」
(コイツ──まさか、思っていた以上にまともなのか……?)
研究室は爆発させる科学者のようだが、医師としては抜群に優秀なようだった。
シンプルすぎる返答故に、他の推測、疑念を入れる余地がない。
このジェスターという青年は、まっとうに、医者の役割として、「魔力を失った患者」を治療しようと動いている……らしい。
「……ジェスター。お前って……なんで医者になったんだ?」
「おや、僕に興味持った? マいきなり『治療させろ』と言ってきた相手を知りたがるのは当然か。──医者になったのは自分のためだよ。元々僕は不治の病を患っててね、他の医者じゃ頼りになんないから、自分でどうにかしようと思って医者になったんだ」
ただの天才肌の回答だった。参考にならない。
「……その病は、治ったのか?」
「んー、どうだろ。治療中、或いは研究中といったところかな。今すぐにどうこうなるものじゃないけど、いずれどうにかしてみせるさ」
「そうか」
サクラはそこで質問をやめにした。医療や病気に詳しいわけではないし、詳細を聞いたところで彼の力になれるとも限らない。
「さーて、色々こっちは君の秘密を知りすぎたからねぇ……医者としての矜持にかけて、君を治療してみせようじゃないか。っていうかそれくらいでしかお返しできないだろうし! じゃあ改めて──」
再び立った科学者は、その右手を差し出してくる。
「ジェスター、だよ。よろしくね、サクラ君?」
この手を握る行為は、どうやらこちらの大陸では、対人間で行われる一種のコミュニケーションらしい。
それを学びながら、座ったままサクラも手を握り返す。
「……『紅蓮朔空』だ。こちらこそ、短い間だろうが、よろしく」
ジェスターという人物は、ひとまず今は、信用には値する。その結論だけを持って、今後関わることにした。




