14 龍と猫と剣と
──龍、だった。
龍人だった。正確には。
「────、」
納刀したサクラは、石廊下の方に現れたその人物に目を奪われていた。
かなりの高身長だ。二メートルはある。ガタイの良い大男で、遠目でも凶悪な人相だが、今はそれよりも、
「……どら、ごん?」
「ンん? その目……分かるぞ、自己紹介だな? 自己紹介を求めている目だな? だが名を尋ねるときはナントカって言うからなァ、相応の態度を──」
「カッコよ……」
「宮廷魔術師第二席、ガルドラ・ジプサム・ツヴァインオークだッッ! よろしくなぁ!!」
「変わり身はっっや」
ヴァンのツッコミも耳に入らないのか、その大股の早足でサクラに近づいたガルドラは、ガシッと一方的に握手する。
高身長の圧迫感にサクラはのけぞりそうになりながら、掴まれた手を、とりあえず握り返しておく。
はねのある青い長髪に、濃い褐色肌。側頭部の辺りからは二本の細い黒角が生え、黒の裾長いローブの隙間からは、黒と青の鱗が入り混じった長い尻尾が伸びている。
つるりとした肌の口周りは人類の造形よりはやや長く、人と龍が交じった、強面かつ精悍な顔だ。青い瞳で、右目にはモノクルをかけている。
「おだてるのが上手い野郎だぜ……つーかなんだ、龍人を見るのは初めてか?」
「初めてだな。ラグナ大陸には、貴方ほど人型として進化した竜はまずいない」
「お、おお……進化、進化か……そうか、そっちの常識と照らし合わせると、そういう認識になんのか……!!」
「?」
手を離したガルドラは、なぜか感慨深そうにしている。
不思議に思っていると、横からアルトリウスがやってきた。
「龍人、といえばよく差別される対象として見られるのだ。この王国も然り、竜を信仰する地域は多い。故に竜と交わった人は、『竜の血を穢した』などという理由で嫌厭されやすい」
「そういう輩、おれは全部力でねじ伏せてきたがな。んで気付いたら龍人初の宮廷魔術師だ。やっぱ世の中暴力が一番だな」
「魔術どこいったんだ」
「こういうお人なのだ。慣れてくれ」
第二席、ということは、おそらくこの人物は、あの謁見の間にいた一人なのだろう。
あの時は姿がはっきり見えなかったが、見えていたらいたで、サクラたちに課されるプレッシャーは生中なものではなかったに違いない。
「──アルクスで純正の竜なんて、ほとんど見ないけれど。そちらでは珍しくないくらい、まだ数を保っているのかしら? 異邦のひと」
「!」
上から落ちてきた影にサクラは顔を上げた。背後の頭上には、逆様になって滞空している、謎の金髪美少女が出現している。
サクラが言葉を発する前に、無表情のまま彼女はピースした。
「わたしは宮廷魔術師第三席、エメル・テスタロッサよ。よろしく。さ、回答をどうぞ?」
「……初めまして。お察しの通り、ラグナ大陸で竜は珍しくない。何百体という群れを見ることもある」
「群れ!? 想像もつかない光景だな」
「……竜が群れるほどの環境って、どんな危険地帯なの、それ」
驚きを顔に出すアルトリウスに、非常に正確にラグナ大陸の自然界を把握したらしいエメル。
当の龍人ガルドラは──
「……やべえ……異世界ファンタジーじゃん……」
「こっちにもそういうジャンルあるのか……」
「それって人間の創作文化よね? 次元を隔ててもやること変わらないのね、あの種族」
おそらく世界を隔てても変わらないだろうとサクラは思う。あるツテで異世界産の本を読んだ時の記憶が蘇る。
「うわ、おれ行ってみてえなそっちの大陸……冒険の浪漫を感じるぜ」
「……」
ガルドラには申し訳ないが、ラグナ大陸など、ほぼ無の大地である。まともに機能している国は一つしかない上、神に蹂躙された後の地上の開拓などまるで進んでいない。
絶死の環境に適応した魔物どもがはびこる修羅の地。あんなところで冒険するなど、命がいくつあっても足りないだろう。
「ところでサクラ殿、その刀術は誰に習ったものなのだ? まさか独学か?」
いいや、とアルトリウスの質問にサクラは首を振る。
「俺の……まぁ上司みたいな人に叩き込まれたものだ。刀を使うためだけに鍛錬されて、他の細かい技術は全部戦場で学んだな」
「ほーん。それってどういう教育されたんだ? 才能を見込まれたとか?」
サクラは少し考えるように黙り、こう言った。
「『──全ての生命体に、才能という機能はありません』」
下手に解説するよりも、直に伝えられた言葉をそのままに。
「『剣を持つ者、所詮は‶剣を使う道具〟に過ぎず。これを徹底する者が剣士と定義されます』」
刃を振るうのに理由など不要。道具を扱うために意義など無用。
「『ならば剣を使う御身は道具であれ──すなわち道具に、才などなし』」
汝、刃を持つならば、それを振るうだけの存在として体現せよ。
「……と。教えられた」
「……なんつーか、凄い『徹底さ』を感じるな」
と、そんな所感を挟んだのは、いつの間にか近場まで来ていたヴァンだった。
まぁなとサクラは肩をすくめる。
「道具に必要なのは『用途』だけだ。精神状態に左右されず、いつでも一定の、安定した火力の維持が求められる。で、その『安定した火力』を、普段から最高火力、最高の切断力としておけば……」
「……通常攻撃が必殺になる剣士のできあがり、か。それ、人が受けていい教育かよ……」
「ほう……興味深いですね、師父」
「こっち見んな。お前とサクラは元の素質からして別物なんだから、同じ訓練はしねぇよ!」
「師父?」
ヴァンとアルトリウスのやり取りを受けて、サクラはガルドラへと視線をやる。
「ああ、まだ知らなかったのか? アルはヴァンから剣の指南を受けた弟子だよ。ちなみに! おれが前々騎士団長で、前騎士団長がそこのヴァンだ! ──つまりおれがこの中の最強ってワケ」
「ガルドラのことはただの暴力召喚士と覚えておけばいいわ。くれぐれもこんな騎士団長どもに染まらないよう気を付けて、異邦のひと」
「やっちまえ【クロ】」
瞬間、ガルドラの手元に魔導書らしきものが出現し、空中のエメルへ黒い斬撃が奔った。
ひらりと優雅にかわしたエメルは、逆さ状態をやめながら上空高くまで浮上すると、
「──む。ルシウスの気配がするわね……」
その発言にガルドラが表情を消す。
「あー、ルシウス? 中庭にエメルがいるぞ」
「む、なぜ教えるの」
どうやら念話を飛ばしたらしい、とサクラが理解したのは次の会話の後だった。
「そりゃあ奴のために決まってる。大体ありゃサリエルの内弟子だ、他所の魔女が面白半分でちょっかい出すモンじゃねーぞ」
「嫌な人。可愛いものを愛でて何が悪いのかしら。──じゃあね異邦のひと、中々面白い話を聞けたわ。また会いましょう?」
そのまま、スーッと王城のどこかへ飛び去ってしまう金髪の影。
それを見送ってから、サクラは疑問の声を投げる。
「……ルシウスというのは?」
「我が騎士団の副団長だ。猫の獣人ゆえ、エメル殿に気に入られているらしい」
サクラは思わず目を見張った。
「猫……!? あの伝説の生物か」
「伝説!? ラグナ大陸って猫いねぇの!?」
ああ、とサクラはヴァンに重々しく頷く。
「終末戦争で絶滅した動物の一つだ。俺も伝承や文献、記録映像でしか見たことがない……」
「……ラグナ大陸の治安、もしかして想像以上に終わってンのか……?」
「……神々の大罪は計り知れませんね……」
◇
アガサは彼の頭にあるソレを凝視していた。
「……素晴らしい……素晴らしいぞお前。これぞ人体と獣の完璧な調和だ……どこ産? なんの遺伝子配列使ってる? ていうか何科?」
ピクリと苛立ちに動くのは金毛の耳。
騎士団の制服にローブをまとった青年は、王国に訪れた異邦人たちや炎竜に関してまとめられた資料を片手に、じろり、とその茶色の瞳を目の前の悪魔へ向ける。
「……異邦の悪魔、カグラアガサ様とお見受けします。この先で我が師が待っているので、こちらへ」
長い金髪をひるがえし、彼は城の地下への通路を歩いて行く。
その後ろ、アガサはやはりじぃっと青年に生えている猫耳から目を離さない。
「ヘイ、猫耳美青年。自己紹介してよ自己紹介。このままじゃ私からの君の呼び名は『ネコ君』になっちまうぜ」
「……王国騎士団副団長、ルシウス・クロム・ナイトレイと申します。覚えて頂かなくて結構」
「あー、錬金術師って基本記憶力いいから。てか後で耳、触っていい?」
「断固拒否します」
「あっ」
アガサがやや長い猫耳に手を伸ばしたとき、サッと回避される。素早い。
「イイナー、猫獣人。お前ラグナに来たら即人気者だよ? 人体実……人体の有用モデルとして、一生遊んで暮らせるかもな」
「今、人体実験と仰りかけませんでしたか」
「はっはー。いや文化の差があるかなと思って。こっちじゃ法さえ守れば、実験体のバイトとかも普通に募集されてるからな」
錬金術はラグナ大陸における主流技術である。
今や唯一国家の七割強が錬金術師。人体実験からクローン錬成なども、法さえ守れば合法だ。
二人分の足音が暗がりに響く。ただ真っすぐ進んでいるだけのようだが、着実に深部へ向かっていることを、アガサは空間の構造から察していた。
「……どこに向かってるのコレ? 親切心で言っとくけど、私の真名とかは暴かない方がいいよ? 最悪廃人になるから黙っとけ、ってサクラが言ってたし」
「──やはり上級悪魔の中でも、最悪の部類に入る個体のようだな、君は」
「お」
先導していたルシウスの足が止まる。石造りの通路を抜け、広い空間に出たところには、杖を持ったサリエルが立っていた。
「案内ご苦労だったルシウス。逃げていいぞ」
「……そうさせて貰いますが。しかしいいのですか、この先は──」
「試しがいのある可能性は全て試すべきだ」
サリエルの一声に、ハァ、とルシウスは軽く息を吐く。
「ヴァン殿に苦情を言われても知りませんからね、俺は。──では」
どこか諦め慣れたように言うと、スッとルシウスの姿が消える。
転移ではない、文字通り、その場から彼の姿形が消え去った。
「えっ。あれ!? えぇ!?」
「さてアガサ殿、錬金術師という君に、折り入って頼みがある」
「なにそれ気になる──けど今の何!? ナイトレイ君の魔力反応も一切無くなったけど、アレ何!?」
「ただのステルス能力だ。猫族なんだから当然だろう」
「アルクスの猫って透明化すんの!?!?」
などと言っている間にも、サリエルはさっさと部屋の奥へ行ってしまう。慌てて追いかけながら、アガサは歩いてきた通路側に目をやる。
「どういう進化過程だよ……猫ハンパねぇ……」
「私たちは、まだ互いの大陸についての見識が浅すぎる。信用も信頼もこれからのことになるだろう。だが協力するにあたって、陛下が下した方針はこうだ──『決して互いに、裏切りの余地を与えない』と」
「ほう」
「今現在、君たちが隠したがっている情報や手札も、いずれ情報共有する必要が出てくる。そしてそれは王国にとっても同じ。故にこれは、信頼のための第一歩と思ってほしい」
その部屋は、武器庫のような場所だった。古びた刀剣や防具が陳列され、そのどれもが名のある業物であることを、アガサは魔眼を通して理解する。
やがて最奥。サリエルが杖で床を叩くと、地面はなにかの術式を解くように青く発光し──
「──」
最奥の壁の仕掛けが動く。何重にも施された封印が解かれていき、やがて現れたのは一つの石棺。その蓋が開かれると、そこには砕けた、一振りのファルシオンが収められていた。
「──おい。コイツ、は」
既に色褪せ、破壊された残骸だとしても。
錬金術師として──アガサは、その武器の正体を本能で直感した。
「これは王国が持つ、九番目の人理兵装。名を、『魔剣・次元式Auto9lair』と云う」
アガサはサリエルを呆れた目で見た。
「……あのー。レリックの存在を私に教えたってことはつまり……」
「トワイライトの報告によれば、君の『錬金術』というのはエーテルに干渉する術のようだな。なんでも、振った剣の長さが伸びたとか」
「ハイハイ逃げ場がないのは分かったよ! んでコレをどうしろって?」
「錬金術が真に使えるモノならば、王国はその証明を求める」
サリエルは、彼女をまっすぐに見た。
できるかできないかではない、ただ、「やれ」と視線が言っていた。
「錬金術師。君には、この剣の修復を頼みたい」




