13 銀騎士
サクラには、別に戦いや強敵に飢えているといった闘争欲求がない。
むしろ安全地帯で悠々ぬくぬくと過ごしたい派だ。戦闘行為は普通に疲れる。
「では──お手合わせ願おうか」
そう言ったのは、目の前に立つ、銀髪三つ編みの美青年。
王国騎士団長、アルトリウス・フォン・エイレンフリート。
その両手には銀に輝く一振りの聖剣。青眼の奥には、燃えたぎるような戦意が灯っている。
(……怖……)
絶対に強いと分かる。サクラの目は暗くなった。
場所は王城の中央棟にある中庭。ここは外と違い、魔術か何かで手入れされているのか、緑の芝生が敷かれてある。
そんなフィールドを真四角に囲む石廊下には、騎士団の制服を着た観衆から、ローブを着込んだ魔術師たち、その中にはヴァンの姿も混ざっていた。
「何本勝負だ?」
「では、胸を借りるつもりで十本。私は魔術を使わない。剣術のみでいかせてもらう」
「……分かった」
距離をとって向かい合うサクラは、フラットな姿勢のまま、構えることもせず、まだ左手を刀の柄に置いて佇んでいた。無機質な気配は、戦いの前の戦士の姿としては異様に映る。
「どうか、手加減無用」
と、銀髪の騎士が言う。
「本気で参られよ──そして私の強さの糧となってくれ、強者よ」
「……」
完全に体のいい経験値扱いである。性質の悪い戦闘狂だ。なんでこんなのが騎士団長の座にいる。強いからか。そうか。
──シン、静寂が両者の間に横たわる。
芝生の戦場に、審判役はいない。
数秒の時間が流れたあと──最初の衝突が起こった。
◇
(あー、やっぱ加減されるよな、そりゃ)
一試合目、二試合目をこえて、三試合目に突入した二人の戦いを見守る中、ヴァンはどこか諦観の境地にいた。
(鍛錬と経験の差は才能だけじゃ越えられねぇ。アルトリウスが勝つことはねーな)
「ガッ……!」
(三本目。ここまで連敗したのも久々か?)
神速の白刃が騎士に膝をつかせる。だが聖剣使いはすぐさま立ち上がり、息を整えると、再び紅蓮の剣客へと向かっていく。四試合目の始まりである。
と、そろそろと横に、同じ見物人の一人の団員がやってくる。
「すみません、ヴァンさん。今、何試合目ですか?」
「四だよ。肉眼で見えないなら視覚を強化したらどうだ?」
「してるんですがねぇ……お二人とも、迅すぎて……」
普通はそうか、とヴァンは苦く笑う。
確かに傍からみれば、銀と赤の人影が、金属の衝突音を響かせながら、光になって打ち合っているようにしか見えない。素で目視できている自分は誇っていいだろう。
「──ハァァッ!!」
(お、分けた)
ガィンッ、と重い迎撃音で、両者が後退する。四試合目は引き分けのようだ。
「「──!」」
刹那、アルトリウスの目前から紅蓮の姿がかき消えた。
ヴァンも一瞬見失い、直後、背後からの一閃に、ギリギリで対応した騎士が吹き飛ばされたのを目視する。
(五試合目……そろそろ本気か? いや……)
本気はないか、と即座にその期待を破棄する。
あのサクラという剣士の剣術は、対人を想定して鍛えられたものではない。遺生物や魔物のような、人類の敵を確殺するために研がれた太刀筋だ。模擬試合に出す本気などないだろう。
「ッ……!」
幾度目かの剣戟の後、不意にピタリ、と二人の動きが止まる。互いの刃が首に突きつけられている。
(五本目も分け、か。ここからだな)
無言で両者が離れ、試合が仕切り直される。
六試合目が始まる。
「ヴァンさん、」
「六だよ」
隣の団員に即答すると、いやあ、と声が聞こえる。
「すみません、何度も。ちなみに勝敗もお教え願いたいのですが」
「お前らの団長が三敗、分け二。レアな現場だ、ちゃんと見とけよー」
「さ、三敗!? あの方が……」
観衆がざわめく。一方の戦場は、美しいぐらい、永遠に剣の打ち合う音ばかりが聞こえている。
「アルトリウス団長が、負けることなどあるんですね……?」
「そりゃ人だからな。負ける時は負けるさ。あいつが魔術を使い始めたら、また変わるかもしれねぇが……今回はないだろう。自分で決めたルールを、途中で変える奴じゃない」
「真面目な方ですからね……それに戦いを愉しまれる人でもある。昔から、ああだったのですか?」
「いやぁ……昔はもっとちゃんとしてたぞ。今よりずっと、理想の騎士然としてたな」
過去を思い出し、ヴァンは失笑する。
アルトリウス・フォン・エイレンフリートは天才だ。
天賦の才。
剣の神童。
年齢が二桁にもならない内から、周囲はそう彼をもてはやした。それは事実だった。なにせ魔術学院を二年も早く卒業し、十歳で騎士団に飛び級入団を果たしたほどの優秀さだ。当時の少年騎士は、恐るべき、かつ期待の新星に他ならなかった。
「あいつの才能は本物だ。けど天才ってホラ、色々あるだろ。羨望とか嫉妬とか、プレッシャーとかさ」
アルトリウスは優秀な子供だった。
才を持ちながら驕ることなく、決して鍛錬を怠ることはなかった。
そしてそんな己を、周囲がどう思っているのかも、敏感に察する能力にも長けていた。
「生真面目さとまっすぐさが、これが嫌~なくらいハマっちまってな。ガチガチの優等生だった。理想の権化で、あの頃のあいつはちょっと人から外れてた。で、あいつ自身、そんな自分の異質さってやつも自覚してた──けど、どうしようもなかった」
精神が成熟していない時代だ。天才騎士は、己の在り方を理解していながら、足を止めることはできなかった。
「んで、父親が病死する一年前に、あの天才児は騎士団に入って──」
ああ、と脇の団員から、期待の声が上がる。その先の話は、騎士団内では語り草になっている伝説だった。
「俺が完膚なきまでにボコボコにした」
「なるほど──つまり、貴方が元凶なのね」
可憐な声質の返答に、ざわめいていた観衆の声がピタリと止んだ。
思わずヴァンは、視線を中庭から背後へ移す。
まず見えたのは空中に揺蕩う、ウェーブを帯びた金の髪の毛。滞空する小柄な人影が、上からこの場一帯を見下ろしていた。
「戦いの愉しみ方を教え、精神の鎖から解き放った。そうしてあの銀騎士は、やけに戦闘を好む好青年と化したと」
「エ、エメルさん……」
白い魔術師服に身を包んだ、十二歳ほどの花のような美少女だった。橙色に青が混じった瞳の怜悧な眼差しが、チラとヴァンを見つめ返す。
「目を離していいの? 貴方の弟子が活躍しているわよ」
言われて視線を戻せば、再び両者は距離をとって睨み合っていた。どうやら六戦目も引き分けに終わったらしい。即座に、七試合目が開始する。
「珍しいですね。直接顔をお出しにくるとは」
「異邦の方の剣さばきが美しかったからね。アレは直に観ないと損をするわ。あの方の剣には、貴方やガルドラ、アルトリウスのような、無駄な熱がないし」
「せめて心意気、って言ってくださいよぉ……」
相変わらず忌憚のない評価だ。だが、彼女の言うことも分かる。
サクラの剣術には、一切の無駄がない。
芸術的かつ機械的。剣士として一つの完成形だ。異邦出身を抜きにしても、滅多にお目にかかれる存在ではないだろう。
「……貴方なら、勝てる? 元王国騎士団長?」
「どうでしょうねぇ……」
エメルの問いには曖昧に笑うことしかできない。
ただ一人で存在が完結している者など、人である限りそうはいない。人は不完全であるからこそ数をなし、組織する。
だがあの剣士にはそういったものがない。一人で不足している分を、他で埋める余地がない。
集団戦で挑むならまだしも……彼と一対一で戦う場面など、ヴァンからすれば想像もしたくない悪夢である。
「セァァァ──ッ!!」
(うん、だからアルトリウス。やっぱお前おかしいって……)
負け続き、引き分け続きだというのに、笑っている。
単純に愉しいのだろう。アルトリウスは格上と戦い、その中で成長するタイプだ。技量差があればあるほど戦意を滾らせ、その才能で、凡人が何年もかけて登る階段を、一段、二段、十段は飛ばして、強敵に肉薄する。
ガギィン! とそんな衝突音に火花が散った。──初めて銀の騎士が、サクラの刃を正面から大きく打ち払う。
(とっ──)
刹那の猶予。アルトリウスが次の一閃を振り抜き──
◇
(対応、早)
目の前を銀の斬撃が通り過ぎていく。
一瞬で後ろへ大きく身体を反らすことで回避した剣撃を眺めつつ、サクラは右手の刀で騎士の足を狙う。
「ッ!」
それをアルトリウスが一歩後退することでかわす。同時にサクラがくるりと跳ねて着地した瞬間、身体を前傾にして大地を蹴り、一気に距離を詰める。
ガィン!! と硬い衝突。銀騎士の姿が吹き飛び、七本目の勝負がつく。
「次だ」
清廉な勝利宣言と、挑戦の誘い。
返答はすぐだった。
「────すまない。少し、約束を破る」
「!」
砂塵を吹き飛ばす、魔力の本流。
再び立ち上がった騎士の周囲には、銀色の塵が舞っていた。
(灰……?)
「剣術のみなど、驕りが過ぎた。本気でいかせてもらおうか──!」
輝きを増す銀聖剣。
ところで、その様を見ていたヴァンの内心はといえば。
(ルールを途中で変える奴じゃないっつったの誰だぁ──! 俺か──ッ!)
──そんな心情など知る由もなく。
フィールドの二人は、距離を保って睨み合い、
「〝灰塵よ、我が刃となれ〟──【銀死刃】ッ!!」
撃ち込まれる銀の斬撃。
そこに帯びている細かな灰の一粒一粒が鋭い刃。広範囲に及ぶ刃の嵐とでもいうべきその技を、とっさに回避しきれる者などそうはいない。──のだが。
「気にするな。約束なんて、破るためにあるようなものだし」
刀の一閃は、風を払うかのごとく。
自分の間合いにきた分を一薙ぎで、紅蓮の剣士は斬り伏せた。その周囲へ散った余剰な灰は、芝生を綺麗に刈り取ってしまう。
その、あまりにも異常としかいえない剣の腕前に、ますます相対する騎士の笑みが深まる。
「では遠慮なくッ! 【銀死刃】──!!」
先ほどよりも威力の上がった銀の嵐が、再び放たれる。
中庭そのものを消し飛ばさんばかりの一撃に、観衆側では防衛結界が張られ、嵐に呑まれようとした剣士を案ずる声が上がった。
「ちょッ、団長──!?」「やりすぎでは──!?」
無理もない。元より、魔術師たちの使う技も、決して対人用ではない。それら全ては、あの遺生物を狩るために磨かれたもの。だのに剣士一人にそれを向けるということは、災害を差し向けるに等しい行いであり──
「……“アーツドライヴ”」
──かくいうサクラは、こと対災害への対処に慣れ切っていた。
ボソリとした短い詠唱は、集中を高めるための自己暗示。それ以外は特に目立った変化はない、精神の軽いスイッチの切り替え。
されど、この程度の窮地には、それで十分事足りた。
「ッな──!?」
紅蓮の姿が銀景色に飛び込み、まず目を見開いたのはアルトリウスだ。
【銀死刃】とは魔術による斬撃。帯びた灰に切れ味を持たせているのも、そのような術式があるからだ。それはつまり、指向性がある、ということでもあり。
(かわして──いる!? 一度斬り払っただけで、もう術式の法則性を看破したと……!?)
視認さえも厳しい銀の猛攻の中を。
斬り払いながら──などという余分な行動もなしに、サクラはただかわしながら前へ前へと突き進んでいた。
斬撃の位置と飛来する方向。最善最適のルート構築を、このたった一瞬でやりのけながら、かつ最速で。
「──あ。ソレか」
距離五メートルまで迫った時、ようやく刀が振るわれる。
パシャン、とアルトリウスの左横から破砕音。それが術式の破壊音だと術者が気付くのに、コンマ一秒。
「くッ──!?」
銀の嵐が一瞬にして消失する。その事実を銀騎士が理解する前に、鼻先まで到達していた剣士の一撃が見舞われた。
刹那の超反応。それを、ギリギリで銀聖剣が受け止める。
(止められた)
ち、とサクラは内心で悪態をついたが、当のアルトリウス自身、未だにこの防御行動には頭も意識も追いついていなかった。
すかさず銀剣を弾くと、我に返った騎士が踏み込み、刃を振るう。
ギンッ、と一撃の迎撃音。勢いを殺すように放たれたサクラの白刃が軌道を逸らし、続けざまに振るった刀の峰が、アルトリウスの側頭部を叩き飛ばした。
「っずぁ……!」
芝生に転がる魔術騎士。
シャリン、と響き渡る納刀音。
「八本目」
「グ、ぐぅう……」
──残り二本。ここにきても銀の騎士団長は、この恐るべき強者の存在に、歓喜の笑みを口元に浮かべていた。
と、このような具合で模擬試合は順調に進み──
◇
「完敗だ」
試合を終えて開口一番、アルトリウスはさっぱりとそう言い放った。
騎士団長の地位につく者が、その一言を発する重みを解しながら。
「そちらの本気も引き出せないとくれば、もはや我が未熟を認める他にない。貴殿、強すぎだ!!」
「それはどうも」
九試合目は敗北、十試合目は分け。
以上の最終結果から、四対六。四引き分け、六敗北──無論アルトリウスが、だ。
地面に剣を突き刺したまま座り込んだ騎士団長は、改めてサクラへ声をかける。
「して、そちらから見た私はどうだった。助言があれば忌憚なく伺いたい」
「……忌憚なくか」
「ああ、忌憚なく遠慮なく!」
そういう事なら、とサクラは改めてこの青年に向き合った。
「お前とは二度と戦いたくない。ずっと騎士団長していろ戦闘馬鹿」
「────、なんと」
アルトリウスの表情が固まってしまった。それを眺めつつ、サクラはまた溜息を吐く。
(……天賦の才、か。魔族なのに成長速度が優れているとか、俺の上位互換か何かじゃないのか、こいつ)
人間と魔族の身体性能の差は大きい。
生まれながらに持つ基礎スペックは、魔族の方が格段に上だ。人間は成長速度や学習能力が高いとされるものの、魔族よりは身体が脆い上、寿命も短い。
事実、この騎士は魔族の中でも天才の部類だ。
最後の二試合からは、ほとんど隙が無くなった。このまま戦い続けていけば、いずれ彼はサクラを超える実力を身につけるに違いない。
ただ、サクラが本気で、「対アルトリウス用」に研鑽を積めば話は別だろうが──そこまでする理由は、今のところ存在しなかった。
「引き分ける団長も凄いが……」「二人が本気で戦ったら余波が凄まじいことになるぞ」「ヴァンさんは戦わないんですか?」
「いやぁ……俺は引退した身なんで──」
一方の観客側。
やんわりと顔見知りの騎士団員に返しながらも、ヴァンの目はフィールドにいるサクラへ向いていた。
(思った以上の実力だな……つーか俺が一番怖ぇのは、ここまでやっても、アイツから一切魔力を感じないことなんだが……)
そんなことを思っていると、観衆たちがいる石廊下に、新たな気配が現れた。
「──ガッハッハッハ! なァんか面白そうなコトしてやがったじゃねぇか!! 早速吹っかけたのかよアルトリウスよお、オイ!」




