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Logic Tale《剣豪神子は最強無双するより帰りたい》  作者: 時杜 境
第一章 境界トワイライト
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12 モーニング

 謁見の翌日。サクラはソファの上で目を覚ました。


「……寝落ちしてたか」


 上体を起こすと、カーテンの隙間から陽光が差しこむ。

 淡く照らされるのは、ただ寝泊りするには十分すぎる広さの部屋。どこを見ても、絨毯から椅子、テーブルまで、高級そうな家具一式が視界に映る。


 ガタン、と音がした。部屋の片隅に、作業机で突っ伏しているアガサの姿があった。その机上には本の山が形成されており、その一冊が落下したようだ。


 そこでサクラは片手に本があることに気がついた。寝る直前まで読んでいたものだ。

 二人分用意された寝台にも、昨日、大量に要求した本の海。ソファから足を下ろそうとすると、危うく、もはや新たな足場となっている本床を蹴りそうになる。


「……」


 いくらなんでも要求しすぎだ。

 この異常な量を一日二日でさばく技術をサクラは持っていない。というか彼の要求冊数は二桁もない。これら全て、アガサが要求したものに違いなかった。情報・知識を読みこむ能力に長けているのは、錬金術師たち共通の特徴である。


 ──コンコン、とノックの音がした。


『ヴァンだ。起きてるか?』


「あー……」


 壁の時計を見れば、針は九時を回っていた。

 一日が二十四時間なのはラグナ大陸と共通していて有難かった点だ。興味深かったのは、時間帯によって陽の位置が変わり、空色までも変わることだったが──とそこまで思い出してから、サクラは一度部屋の惨状を見回し、


「……ちょっと、待て。四分くらい」


 足の踏み場くらいは作るべきだろう、と腰を上げた。



 四分後。扉を開き、迎え入れた来客は、室内を見ると固まった。


「……ちょ、どうしたんだこの本……?」


「ああ……悪いな、これが俺の整頓技術の限界だ……」


 本海の惨状は部屋から消え去っていた。

 散らばっていたものは場所と分野ごとに完全整頓。百冊に及びかねない量の書籍は、床に投げるなんてことはなく、棚などの隙間という隙間にきっちりと詰めこまれている。


 ひとまず部屋は元の風景により近くなったが──量が量である、流石に本の多さは誤魔化しようがなかった。


「いや整頓って話じゃねぇよ。……お前ら、この国の言葉が読めたのか?」


 その話か、とサクラはソファに座る。


魔族(アルクス)語、だったか。正式名称を第四言語。とても洗練された言語体系だと思うぞ」


「第四? どういうことだ?」


「いや……第四言語っていうのはつまり、四番目に出来た言語なんだ。ふつう、言語は時代を経ると変化してしまうものなんだが、この国は人間語を経由して、原初の無駄のない四番に回帰していて──」


「お前まだ頭回ってねぇな!? 顔洗ってこい!」


 そんな一幕はさておき。

 洗面所からサクラが戻ると、ヴァンはソファの向かいにある椅子に座っていた。部屋のカーテンは開けられ、ソファと挟んだテーブルには朝食が置かれている。


「……いつの間に」


「部屋の外にあったぞ。朝飯だろこれ。そっちは起こさなくていいのか?」


 ヴァンが目をやった先には、机で突っ伏したまま身じろぎ一つしないアガサがいる。

 サクラは気配を消しながら近づき、見下ろしたまま、感情を消して言った。


「『想定起床時間を四時間オーバーしています。直ちに覚醒しない場合、浄化作業に移ります』」


「ッッぁあああああ!! やしろさん!?!?」


 絶叫と共に起床。

 恐怖の目覚まし文句に反射で跳び上がったアガサは、バランスを崩して勢いよく後ろに倒れる。──のを、素早くサクラが腕をとって未然に防いだ。


「っ……とお。アレ、サクラ? オハヨー。あ、あとなんか消滅魔術のヤバイ奴」


「褒めてんのかソレ。……ていうか誰だ、『やしろさん』って」


「俺に色んな言語を教えたヒトだよ」


 アガサから手を離し、サクラはソファに戻って朝食の席につく。


「この国の言葉が読めたのもそのヒトのおかげだ。まさか、こんなところで役立つとは思ってなかったけどな」


「……え? 待てよ、その人、アルクス大陸を知ってたのか?」


「いいや。まぁ端的に言うなら『予測』だな。どんな文明がおこって、どんな言語が作られるのか。およそ人類が編み出すであろう言語体系を計算から導き出して、それを全て俺に教えこんだんだ」


 ヴァンは話の半分も理解できなかった。いや、というか、


「……言語を、予測……? 未来視? 人なのか、それ?」


「いや、()()()()だ。人間かどこかのオーバーテクノロジーの産物。それが俺を育てた存在だよ」


「…………はぁ」


 思わず曖昧な返事しかできなかったが、人形、機械によって育てられたという言葉に、ヴァンはしっくりきていた。この剣士の雰囲気は、確かにどこか人形じみている。その育ての親に似たのだろうか。


「ホンットあの人形(ヒト)、なんでもアリだよな。おかげで私はアルクス語を習得できたけどさ」


 洗顔してきたアガサが、サクラの横に座る。朝食の皿にあったサンドイッチをつかみ取り、食べ始める。


「……くっ、美味い……! 素材の質からして全然ラグナと違うッ……!」


 その感想にはサクラも同感だった。サンドイッチの横にあるパンを一つ手にとり、食べる。──恐ろしく柔らかく、それでいて複雑に味が詰まっている。雲でも食べているような心地だ。


「……向こうの食文化、ってどうなんだ? お前ら、主食に何食ってたの……?」


「非常食にはスライムの肉とか……」


「養殖合成獣(キメラ)の手羽先……」


「なぁ。俺ラグナ大陸の世界観、考察すんの諦めていいかなぁ……」


 もはや訳が分からない。ヴァンにとってスライムといえば、液状の、時にはゼリー状の魔物だ。洞窟なんかによくいるという下級の魔物。あんなののどこに肉なんてあるというのだ。それに養殖のキメラて。


「せっかくだし食べてみる? ハイこれ」


 アガサが手近な影に手をつっこむと、そこから青色の、ジャーキーじみたものを取り出し、ヴァンへ差し出す。

 おそるおそる受け取ったヴァンは、呪いや毒の有無を軽く確かめてから、一口、かじってみる。


 モグモグモグと咀嚼する。それはゼリーのような、やはり乾いた肉のような、菓子にもなりきれないなにかの……肉としか表現できない、食料(ナニカ)だった。


「……味がしねぇ……」


「栄養はあるんだけどなぁ」


「……コレ、ジェスターの奴に渡してみていいか? 分析してみたい」


「魔術師も学者気質だなぁ。お好きにドーゾ」


 そんな朝食と異文化交流が終わると、で、とサクラが話を切り出した。


「結局、どういう用なんだ?」


「炎竜様のことと……あとはサクラ、お前に相談っつーか、頼みがある」


「……先に炎竜について聞こう」


 そう促すと、わかった、とヴァンが首肯する。


「実はな。炎竜様、昨日の夕方から寝たきりなんだよ」


 予想外の報告に、サクラとアガサは瞬きした。

 が、すぐに心当たりを思い出す。


「……弱体化。それに伴う魔力不足のせいか」


「ああ。今は王城内の医務室にいて、医者……つーかジェスターの診断によると、睡眠で魔力を回復しているらしい。それ以外に目立った異常はないが、しばらく活動時間が短くなると思う」


「そうか」


「へー」


 会話が途切れる。

 それで、何? と空気が言っていた。


「……は、反応、薄いな?」


「弱体化といえど上位存在だぞ。心配する意味もないだろう」


「ていうか『同行者』なだけで、仲間じゃないし。元々私たち、炎竜とは敵対関係だったんだぜ?」


「そうなのか!?」


 ヴァンの驚きようで、ようやくサクラは気付く。そういえばその辺の事情を一切説明していなかった、と。

 すかさずアガサが説明を入れる。


「別に、人ん土地まで来て暴れるほど険悪ってワケでもねーけどさ。上位存在なんてラグナ大陸じゃ絶対の敵認識なの。ま、勝負がつく前にこっち来ちゃったから、現状、アイツと私たちは停戦状態だな」


「……上位存在は敵、か……」


 なるほど、とヴァンは、改めてこの「異邦者」が持つ常識と、自分が形成してきた常識との違いを明確に認識する。


 上位存在への、揺るがない絶対的敵意。神という、最高峰の存在を敵に回して戦ってきた名残り。それが彼らの戦場(いくさば)だったのだろう。


「なら心強いな。少なくとも、もうお前らが敵になることは考えなくてよさそうだ。それは本当に助かった」


「……受け入れ、早いな」


「いやだって、お前らと炎竜様の対立は、王国(こっち)には関係ないだろ?」


 それもその通りだ。

 しかしだとしても、わざわざこうして部屋まで様子見にくるような奴も早々いまい。お人好しの人種とはこういうものか、とサクラは独り納得する。

 ……そんな奴が、可愛がっている弟子を宙吊りにされていたら──まぁ、アガサを即殺害対象にするのも分かるような気もする。敵には徹底して容赦がないのだろう。


 敵にはしたくない男だ、と重ねて思う。


「で、もう一つの俺への案件はなんだ?」


「ああ、お前と手合わせしたいっていう──、ん?」


 ガタ、とサクラは立ち上がった。

 意識は扉──部屋の外へ向いていた。


 なんか来る。


 徐々に近づいてくるのは、殺気に近い謎の気配。そっと扉の方へ行き、外の気配がちょうど、ピタリと部屋の前で止まった瞬間に。


「──ぐはっ!?」


 蹴破った。と同時に悲鳴があった。

 廊下に倒れこむは見知らぬ青年。銀髪で、青を基調とした軽装だ。


「あ、アルトリウス──!」


 室内から慌ててヴァンがやってくる。なんだなんだとアガサも顔を出した。


「あ、悪い。なんか異様に気合に満ちた気配を感じたから、うっかり敵かと」


「は、ははは……いや良い洗礼だった。気にしないでくれ……」


 まだ眩暈がするのか、よろよろと立ち上がる銀髪青年。

 サクラよりは少し年上だろうか。後ろで一つに三つ編みした長い髪が目をひく。服装は、デザインからして組織の制服か。腰には鞘に収まった剣がある。戦闘に身を置く職種なのだろうか。


 整った美貌に浮かべた笑みは爽やかに、


「不肖、アルトリウス──貴殿に決闘を申し込みにきた」


 まっすぐな青い瞳で、そんな事をのたまった。


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