11 小休止
──謁見が終わり、玉座の間には国王とサリエルのみが残っていた。
「……アレらが第一位に挑んだ人類か、凄まじいな。余の目をもってしても、彼らの底は知れん。炎竜様同様、丁重に扱うよう城内に通達しておけ」
国王は先ほどまでの記憶を振り返る。
序盤、あの場の発言権は、炎竜に優先されていた。
余所者のサクラたちに地位を示すために国王は玉座にいたが、相手は守護竜たる上位存在、その同胞。たとえ一国の王であれど、存在というレベルでは格下だ。
そんな王国の礼儀に従い、サクラたちも表面上は努めて炎竜の前では普通に接し、いなくなれば〝王国国王の御前〟に相応しい態度に切り替えた。
結果、ロアネス国王と四従者は、一体どちらが値踏みされているのか分からない、そんな地獄のような謁見後半戦を余儀なくされてしまったのだった。
「それと……サリエル、お前の知識に“社”に関する覚えはあるか?」
「はい。確か、龍暦の時代に人類が設立した組織です。彼らの本業は主に、異界からの攻撃者・侵入者や未来人といった他世界線からの異分子の排除だったかと。私もまさか、未だ稼働している拠点があるとは思いませんでした」
「異界──それも龍暦にこの世界と交流があったというやつだな?」
「その通りです。なので初めの私も詳細は知り得ません。現在は交流も途絶えて久しく、異界にまつわる資料のほとんども失われていますので」
第三者が聞けば首を傾げる言葉のやりとりだったが、国王は「成る程」と一言でその話題に区切りをつけた。
「しかし陛下。兵装保有者はともかく、悪魔の方には監視の目をつけずによろしいので?」
「よい。彼女は一軍人、外交官としての態度を崩さなかった。遺生物がほしいというならくれてやれ。だが……ふむ。錬金術について、お前はどう思う、サリエル」
「我が魔術国家の根幹を覆しかねない代物かと。知識を吸収するにしろ、学ぶのは一部の者に留めた方がよろしいでしょうね」
「ならばお前の管理下に置くのが得策か、任せるぞ。ああそれと、ヴァンとシンシアには臨時給金をくれてやれ。ドクターには研究の追加予算を。お手柄だ、とな」
「承知しました、即日手配しましょう。ところで、炎竜様の監督人は……いかがしますか?」
「ヴァンだな。奴しか上手くやれる気がせん。あの二人は巧みに平常を装っていたが、始祖竜様の前では剣呑そのものだったからな……」
国王というのは外交のプロフェッショナルだ。特に国王ロアネスは、初対面でも相手の動作一つで出生を見通し、口調の節々で思想と人格を把握する。
今回の謁見において、ロアネスの目はサクラたちが紛れもなく、疑う余地なく、超級の死線をくぐってきた〝本物〟だと看破していた。
──無論、彼らの本質さえも。
◇
王城の一角。サクラたちに割り当てられた部屋には、浴室からのシャワー音が響いていた。
「いやー、なんとかなったなぁ……」
大浴場の湯船の中、アガサは裸体で浮いていた。浴槽は広く広く広すぎで、長い黒髪が漂ってもまだ空間には余裕がある。
そこでシャワーを止める音がした。視線をやれば、遠くで、ちょうど身体を洗い終わったサクラが湯につかるところだった。肩まで入り、虚空をぼぅっと眺めている。
アガサは半目になった。
「──むぅ、美少女め」
「どういう感想?」
「例えだよ。造形美っていうの? サクラからは性差ってのを感じない」
やはりよく分からない所感に、ふうん、とサクラは答えるのみ。
人生の大半を振り返っても、彼に求められてきたのは「神子」としての機能だけだ。生物学に定義される性別への興味は、人より希薄なのは間違いなかった。
「……じゃあ、それを言うなら、いくら幼馴染といえど、この年で混浴にまったく頓着してないアガサの方はどうなんだ?」
「羞恥心の話? んー、私にとって肉体ってのは『魂を入れる器』だからなぁ。感覚としてはアレ、『この身体、似合う?』って具合だよ」
「その台詞だけ聞くとホラーだぞ……」
錬金術師としての価値観なのだろうが──彼女の場合は、悪魔という種族としての感覚も混じっているのだろう。
悪魔種の本体は魂だ。いくら肉体的損傷を負っても、アガサが死なないのはそういう仕組みにある。
「ところでアガサって、本当に話が上手いよな」
「ハハーァ、なんのことやらー」
「いいや、むしろ助かった。やっぱり交渉ごとはお前に任せるのが一番だな」
「~♪」
鼻歌をうたいながらアガサは軽く泳ぎ始める。
サクラが言っているのは、王国へ開示した情報の範囲についてだ。
こちらから提示した情報は、第一位の超抜存在との戦闘経験者、兵装保有者であること。
超抜存在を打倒してほしい、という王国からの要求を聞いた上で、自然と対抗策たる人理兵装の話へ持ち込む。そうして自らも超抜存在との交戦経験があると明かし、その流れで、
──かの者は超抜存在が一つ、序列・第一位を下し、世に安寧をもたらしたり──!
(……俺を、「兵装保有者の一人」という認識に留めた……)
人理兵装の重要性を高めた上で、「唯一王」という兵装保有者の存在を強調することにより──それ以上のサクラに関する詮索・思考を意図的に停止させた。
その第一位を倒したのがサクラだとは、一言も口にせず──決して嘘も吐かず。
四番の人理兵装を持つ以上の価値はない、これ以上価値が高まる余地はない、と。
「一応、保険として永久同盟を締結させたけどな。おっそろしい話だよ。ラグナでの地位なんて、ココじゃなーんの役にも立たないし。第四位を倒したら、人理兵装と錬金術の知識だけ持って行かれて処刑エンド──なんて、やしろさんに顔向けできないからなー」
アガサの言の通り、王国との永久同盟締結は、サクラたちからすれば今夜の宿よりも優先すべき事項だった。
王国には協力する。
地竜は解放する。
で、その後は?
それでも最悪帰れない事態に陥った場合、自分たちのここでの扱いはどうなる?
「……おかげで国籍、戸籍登録の書類は、今日中に手配されるらしいけどな」
「人権が保障されなきゃ、下手すりゃ奴隷オチってね。いやこの国、奴隷制度とか無さそうだけどさぁ……」
ましてや別大陸とかいう胡乱な場所の出身者。
ましてや真名持ちの悪魔という優先警戒対象。
どんなに力を持っていようと、この魔術国家が自分たちの存在を認めなければ、社会から排除対象にされるのは目に見えた結末だ。
人類権! 錬成権! 術式保護法! 天災保険! 魔力権! 討伐権! 兵装保証! 観測権! エーテル干渉権! ──あとなんか色々。
そんな、唯一国家がラグナ大陸全土の生命に定めた法律・権利は、異邦にいるサクラたちまでには適用されない。ここで王国と永久的な同盟を締結しなければ、「侵入者」の名目のもと、二人の人権の有無そのものが揺らいでしまう可能性があった。
「国王に直談判できるなんてチャンスタイムもいいところ。これで最悪の場合、こっちに永住できる準備はできたな!」
「……そんなのはお断りだが。ひとまず最初の関門は越えたと思いたいな。……しかし──」
ここは異邦。何がどう敵になるかすら分からない。サクラたちからすれば、身の回り全てが未知の警戒すべき世界だ。
だがそこに上位存在、始祖竜なんてのもついてくる始末。いや同行を許可したのはサクラであり、さっきの謁見にこぎつけたのも炎竜の存在あってのことだったが。
「……全く気が抜けないな。炎竜がいると……無意識に……」
「ハハ、それは同感ー」
炎竜自体はコミカルなものだったが、上位存在という事実が、彼らの精神を自動的に張り詰めさせる。
神は敵。上位存在は敵。いついかなる時も常に天上から其れは自分たちを見続け、どこでどんな時に攻撃を仕掛けてくるか分からない。
四六時中が神の監視下にあり、四方八方が神の領域。
戦意と敵意と殺意を抱けば、水中をもがくような感覚に襲われる。
呼吸をし、足を踏み出せば、世界中に満たされた神の敵意に、精神が押しつぶされそうになる。
発狂死する者は後を絶たず。生まれた赤子はその瞬間に本能が絶望し息を止める。
神と敵対し続ける戦場とはそういうものだった。そんな世界で生まれ育ってきた彼らからすれば、「常在戦場」の精神など呼吸同然に組み込まれている。
──単純に。炎竜がいると、彼らはその精神に切り替わってしまうだけのこと。サクラの感じている疲労は、それによる副作用だ。
実に三年ぶりの、対上位存在への決戦精神。異邦の目新しい景色に目を輝かせている暇もない。
「炎竜がいる限り、俺もお前も本気は出せない。手札はできる限り伏せろ」
「同意見。あんまり強さを見せて、王国側の警戒を強めるのも良くない。半々手を抜きつつ、全力で最上の成果を──あーァ、これは骨が折れそうだなぁ」
「……アガサはなんでそんなに疲れてるんだ? ストレスをストレスとも感じない精神強度をしていると思っていたんだが」
「にゃー。お前の感じてる精神負荷とは違って、私のは肉体的疲労の方だよコレは」
水面に浮かんだアガサが左腕を宙に伸ばす。
途端、湯に波紋が起こり、ぶわっと数十の大小様々な水玉が大浴場に浮き上がった。おお、と超常的な光景にサクラは声を上げる。
「ココに来てからずっと、周囲のエーテル環境を演算し続けてるんだ。よりよい収穫と殲滅のため、常時、術式を更新・最適化してんの」
「大変だな……」
「ま、得意分野のことだ。なんとかするさ」
(……久々に会った幼馴染が頼もしすぎる……)
サクラはぐったりと肩の力を抜き、目を閉じて浴場の縁に寄りかかる。
錬金術。またの名をエーテルアーツ。
エーテルを操作する技術であるソレは、このエーテル濃度の低いアルクス大陸では、相応の問題が生じていたらしい。
……とはいえ、アガサならば数日と立たずに適応してみせると思うので、あまり心配はしてないサクラだった。
「──今更な疑問なんだけど。お前、なんで一緒に落ちてきたワケ?」
不意な話題転換。
アガサがいつの、何の話をしているのかは、すぐに分かった。
「昔の──いや、神子のお前だったら、私に騙されてると気づいた時点で社に戻ってただろ。この三年、なにかあった?」
幼馴染の声色は疑念に満ちている。子が親に素朴な疑問を投げかけるのと同じ。彼女は彼の変化を、責めるでもなく詰めるでもなく、ただ「どうしてそうなったのか」を知りたがっている。
「……」
それを正確に理解しながら、サクラは適当な言い訳を口にした。
「──アガサ。人的資源は貴重かつ重要だ」
「……あっ」
その一言だけで彼の言わんとしていることを察したのか、アガサから疑問そのものを投げたことを反省するような声がした。
「で、その中でもお前は十三人いる自隊を一人も欠けさせることなく終戦を迎えた一級の指揮官だ。それが、訳も分からない事象に吞まれそうになったら、手を伸ばしてしまうのは当然だろ」
「なるほど。そりゃ納得がいっ──」
「嘘だ。知らなかったかもしれないが、俺は結構先の事なんか考えない。アレは単に身体が動いただけだから忘れていいぞ」
ゴブヴォッ、と溺れるような水音がした。片目だけ開けてみると、アガサが頭から湯に突っ込んでいる。そして決してこちらを見ず、後頭部を向けたまま復活する。
「──破壊力が、強すぎるッ……!!」
「何言ってんだお前」
「思い出したぜこの感覚……なんで自分の人生が狂ったか、今はっきりと思い出した……!」
「ああ……確かにアガサの人生って、複雑骨折してる感じはあるよな」
「ちがいますー。私は単に、一回ばっきり人生終わって、そっから新スタートしただけですー。複雑骨折なんかしてねぇ、生前異世界転生だ」
……ふつう、人は生きたまま転生したりはしないのだが。
「……とにかく。アガサ、早く俺を社に帰してくれ。弟もお前がいないと寂しがるだろ」
「いやぁ、それはないよ」
はっはっは、と全く笑っていない笑い声を響かせるアガサ。
「──奴はコロス。滅する。絶対にだ」
「────、」
固い決意表明に、しばしサクラは絶句し。
「…………お前。お前ら。まだ仲が悪いのか……?」
「私たち姉弟の不仲は一生モンだよ、そこは諦めて。弟も同じこと言うだろうさ」
「……いや、むしろアガサの話はまったく聞かなかったから、俺はてっきり関係は改善したのかと勝手に思っていたんだがな……」
「ちょっと待て!!」
空中の水玉が一斉に落ちる。湯が目に入ったサクラが目蓋を閉じた瞬間、アガサが勢いよく立ち上がる。
「あの野郎、まさか、社に戻ってたのか!? 私より前に!?」
「まぁ……俺が帰宅してから、ちょくちょく顔を出してたぞ。神殺しおめでとうパーティとかも開いてくれた」
「ぁがぁぁぁ……ッ」
地獄の底から呻くような声を上げながらアガサが膝を折る。なにか、トドメを刺されたかのような、とても悪魔らしい断末魔だった。
「職場なんて、早く爆破すればよかったッ……!」
「それは軍の人が迷惑なのでは」
「畜生、クソブラザーを亡き者にするためには、なんとしてでも帰らなくちゃならねぇ……!! 風呂入ってる場合じゃないや、次の作戦考えてくる!」
素早く風呂からあがり、足早に去ってゆく幼馴染。
そこでサクラは目蓋を開けた。
「その殺意、ちゃんと四位にも向けろよ……?」




