10 超抜存在
〝古代予言〟と呼ばれる、最古の文献がある。
龍暦と呼ばれる太古の時代、暇をもてあました神々は、世界の未来を戯れに予言した。その内容を記す文章の中に、かの者らの名は載っている。
超抜存在。
それはこの世に現れるという、十の災害だ。
一体一体が天災に匹敵する強さを持ち、時に世界を滅ぼしかねないという超常存在。
予言を聞いた、知識の神ロギアが記したそれらには序列がある。
中でも五位以上の存在は、「人理結界」という特殊な防壁を持ち、特に強力だとも。
更に、そんなモノを打倒するためには────
「なぁんだ。四位なら楽勝じゃんか。なっ、サクラ!」
「…………」
サクラは空いていた左手で顔を覆っていた。場にまったくそぐわない、楽観すぎるアガサの発言にツッコむ気力もなかった。胸に満ちた絶望の念で一杯一杯だった。
帰りたい。
今すぐ何らかの手段を使って帰りたい。切実に。
「いや楽勝って汝な。そんなコトは奴らの脅威を知らんから言えるのだ。──いいか? 第四位は先も言ったが、我が同胞が手を焼く相手なのだぞ。あまり軽率な発言は控えよ、いらぬ怒りを買うことになろうぞ? そこなヴァンという騎士だって、なぁ?」
「え。いや……その」
ヴァンは思わず顔を上げていた。その目はアガサと、顔を覆って突っ立っているサクラへ向いている。
「良い。話せ、騎士トワイライト」
国王の許可に、またしばらく言葉に迷ってから、ヴァンは恐る恐る尋ねた。
「……お前ら、戦った経験があるのか? というか、倒したことが──ある、のか? 超抜存在を……」
「言っただろ? 私たちの大陸は神々に支配されてたって。その四柱の神々が、セットで一体の超抜存在だったんだよ」
「よっっ!?」
「……フフハハハ、待つがよい。そんな超抜存在、ちょっと心当たりないのだが。え? 我が寝ている間に、なんか歴史変わってたり、する?」
「単に寝過ぎて知らなかっただけだろ。『古代予言』にあるのは序列と名称だけだし」
「……そちらの大陸にも、予言は残っているのか」
サリエルの声に、あるよー、とアガサは答える。
「つーことは対抗策も共通してるな? 王国サマ、持ってます? 超抜存在打倒のために絶対必須な伝説の武器──『人理兵装』、レリックをさ」
人理兵装。
それこそは高位の超抜存在が持つ、「人理結界」を唯一打ち破りしモノ。
理を素材にして作られる、超遺物にして超兵器。
古代予言曰く、終末まで残っている代物は、人理兵装の名を冠し、十までの番号を保有する至上の品ばかりだという。
「……差し支えなければ」
と、国王が言った。
「先に、そちらが知る人理兵装についてお教え願ってもよろしいかな?」
「ハハァ、やっぱ情報の重さが違いますか。まー、国に一つあればそれだけで他国に有利が取れる、って言われるレベルですからねー」
そこでアガサは一瞬、パッと四本の指を立てて見せた。すぐに下ろす。
「──!」
「マ、大体知ってる数です。内、この半数は廃品になったり行方不明って聞きますよ。……悪魔の証言をどこまで信じるかはそちら次第ですケド」
ニマニマと緊張感もなくアガサは笑っている。超抜存在と聞いて気分がアガっているのだろう。いついかなる時でも愉しむ姿勢は、時に頼もしささえサクラは感じた。
──だがそれとこれとは話が別だ。超抜存在? 冗談じゃない。
「は、話を戻すぞ? 汝ら、恐るべき大陸の出身者どもよ。貴様ら、一体、何位の超抜存在を倒したのだ……?」
震え声の炎竜に、アガサはニヤリと笑い、間を置いてから──芝居がかった口調と身振り手振りで話し出した。
「──およそ六百年と少し前。地上に現れたるは我らが主、唯一王。七つの種族を率い、その手に携えるは一番の人理兵装! かの者は超抜存在が一つ、序列・第一位を下し、世に安寧をもたらしたり──!」
「は、」
「なっ」
「──、」
謁見の間が、驚愕の感情で満ちる。
フラリ、と炎竜の身体が揺れた。
「ば、バカ……な……汝らって、もしかして、我の予想以上に、物凄く強かったりする……のか……!?」
「キャラ若干壊れかけてんぞ始祖竜。強いも強いに決まってんだろ。この私は神とその眷属と、最前線で戦ってた指揮官なんだからなぁ──!!」
「かえりたい……」
ポツリとサクラが言った。声にはどこか、心からの実感と絶望が帯びていた。
アガサは親指をさし、ついでのように、得意げに言葉を続けた。
「──んでもって、こいつは実在が確認されてるもう一つ──四番のレリック保有者だ。ちょー強いぜ?」
その発言は、まさに、爆弾以外の何物でもなかった。
◇
『ガッはははハハハハハハハハハ!! マジかよオイ! いやァ気配からタダモンじゃねー気ィしてたけどマジかよ!! マジでぇ!?』
『クソうるさいわガルドラ。……マジデー……?』
『……まさか、そこまでの御仁たちとは……』
『騎士アルトリウス。先に言っておくが絶対に謁見の間で剣を抜くなよ。絶対にだ』
(…………念話、うるっせぇー……)
膝をついた姿勢のまま、ヴァンは頭に響いてくる、そんな上司や同僚たちの念話を聞いていた。
発言者たちは、いずれも今、国王の手前に立っている四従者だ。
宮廷魔術師第二席、ガルドラ。
宮廷魔術師第三席、エメル。
王国騎士団長、アルトリウス。
宮廷魔術師長、サリエル。
おそらく認識阻害の魔術で、サクラやアガサにはその姿が見えていないだろうが──上位存在のリュエの視界には、彼らの素顔がはっきり映っていることだろう。
『いやァ、お前の天運も極まったなぁヴァンよお! 大魔術師の血筋は伊達じゃねえわー、驚きだわー、マジでどんな徳積んだらこんなバケモン級の人材たちを拾えるんだよぉ!!』
『知らねぇですよ……つか、俺が一番ビックリしてるんですけど』
愉快げなガルドラの声は、悪魔であるアガサの証言を、完全に信じ切ったものだった。
それもそうだろう、とヴァンは思う。
(……上位存在に嘘の類は通じない──こいつら二人は、本当に……)
動揺している炎竜の反応が、証明だった。証明になってしまった。炎竜の言動自体、悪魔による演出かと疑うことも、ない。いくら高位の悪魔でも、存在格の違う始祖竜を洗脳するなど不可能である。
今や場の疑念は確信に変わっていた。信じがたい、から、信じざるをえない──と。
(……しかし道理で。あの切れ味か……)
ヴァンは改めてサクラを見る。
あの遺生物の外殻を、たやすく斬ってみせたあの剣技。なるほど、モノが人理兵装なら合点がいく。……真の問題は、あの刀が一体どんな能力を持っているか、だが。
……この剣士は本物だ。本物の英傑。その領域に達している一角の人材だ。
『……って陛下もフリーズしてない? 陛下ー?』
エメルの声に、念話からサリエルの気配が消える。すると国王が、一つ咳払いした。衝撃から立て直したらしい。
「……まさか第一位の戦場、とは。それは、どのような場所だったのだろうか。サクラ殿よ」
「……どんな……?」
名を呼ばれたからか、サクラは顔から手を離し、国王に向き合う。
その目は──死んでいた。死に切っていた。ただでさえ暗がりを帯びた紫の瞳が、更に光を無くしている。
「………………二度とは戦いたくない、ですね……」
『声に実感こもりすぎてるよ。説得力が強すぎるんだが』
ガルドラの感想には、ヴァンや他の一同も同意だった。
切実だった。あまりにも切実な響きだった。もはやそれしか覚えていない、と言わんばかりの。ヴァンは今、アルクス大陸に生まれて良かったと心から思った。
『実力のほどを確かめたいですね。是非とも剣を交わしたい……』
『戦闘狂ヤメロ』
騎士アルトリウス、本当に見目はいいのになぜこうなってしまったのだろうか。ツッコみながら、ヴァンは内心で首を傾げる。
「……だが、他に選択の余地などあるまい。サクラ、それにアガサよ。今一度言う、我が同胞を、この国を救うため、しばし付き合うがよい! 地竜が復活した暁には、始祖竜の名にかけて、必ず汝らを元の大陸に帰すことを約束しよう!」
そんな炎竜の、力強い宣言に────
「はぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……………………」
それはもう。
絶望たっぷり、拒否九割の溜め息を、吐き出すサクラ。
キリッとしていた炎竜の顔がひきつる。アガサは面白げに、声もなく笑っている。
──サクラは正直、ここで崩れ落ちて倒れ込んでしまいたかったが、全霊で耐えた。
そして絞り出すように、言った。
「…………分かった……帰るためだ……協力する…………」
(なんか申し訳ねぇ!!!!!!)
ヴァンは心の中でそう叫び散らした。謁見の間は静かなものだったが、アガサを除いた一同、心情は合致していた。
「か、感謝する。我々王国も、全力を尽くして貴殿らを支援しよう」
「こちらこそ! ええ、ええ、遺生物とかいう連中の相手とかは私に任せてください。主な特技は徹底殲滅なので。一体たりとも逃さず、この王国から動く結晶の姿を消してご覧に入れましょう」
「う……うむ……期待しよう」
未だ生気の戻らない目をしている剣士と、反してにこやかな顔の悪魔。
場の空気は微妙だが、ともあれ、これで双方の話はまとまった。
「……長旅だっただろう。まずは部屋の案内を──」
「──あ、いやいや。共同戦線はこれで決まりですけど、もう少し踏み入った話をしても?」
サリエルの言葉を遮り、アガサがそんな事を言う。
炎竜が不思議そうに首を傾げる。
「なんだアガサよ。貴様の目的は遺生物であろう。まだ他に気になることでもあるというのか」
「私、他国の軍人。ってことはコレ、故国と王国の外交話でしょ? そりゃあもっと大事なコトがあるよー、報酬金とか報酬金とかさぁ!」
「本っ当に意地汚い奴だな汝は! ええい、勝手にやっていろ、我は一足先に観光してきてしまうからな! サリエルよ、案内人をよこすがよい!」
「承知しました。ではそこのトワイライトなどいかがでしょう」
「サリエルさん!?」
「よし決まりだ、行くぞヴァン!」
と言うと、炎竜は謁見の間を意気揚々と飛び出していく。ヴァンは一瞬国王に視線をやり、頭を下げて、急いで立ち上がるとその後を追いかけた。
「……」
バタン、と部屋の扉が閉まる。──それを、サクラはしっかりと確認する。
「……」
空間には、四従者と国王、それに余所者の二人だけが残される。──そうして、アガサは笑みを消した。
「──まずは御前での度重なる礼を失した言動、また知らぬ事だったとはいえ、貴国への不法侵入を犯したこと、誠にお詫び申し上げます」
彼女の凜とした一声に合わせ、サクラはアガサと共に、その場に膝をついた。
右手にある刀も置く。先ほどまでのヴァンの姿勢に倣い、深く頭を垂れる。
『「──、」』
念話は、国王は、完全に言葉を失っていた。
眼前でひざまづきながら、二人の一変した気配に──圧倒されていたからだ。
「「改めて」」
声が重なる。一切の感情を排し、彼らは告げる。
「〝唯一国家アルカディア〟人類軍第十三部隊指揮官、名を火楽赤桜」
「〝月界線の社〟守人、『朔月の神子』」
淡々と、しかし自分の知る精一杯の言葉遣いを意識し、サクラは続ける。
「この度は他所人の我々に謁見の席を設けていただいた事に、感謝を。先刻もお伝えした通り、第四位の討伐作戦には我が身の全霊を賭して参戦することを誓います」
「未だ研鑽途上の我が『錬金術』でも貴国の危機の助けとなるのなら、存分にお使いください。私が身をおく人類軍は、終末に抗う人類への助力を惜しみません。つきましては──」
これが精鋭。
これが英傑。
これが──終末を乗り越えし、彼らの本来の姿。
ただそこにいるだけで、空気を支配する存在感。
彼らが頭を垂れるだけで、その意味を否が応でも知らしめる。
「「ノストシア王国には、我らとの永久同盟締結を請い願う」」
自分たちを使いたければ、相応の器を見せてみろ、と。




