09 謁見
「お前の妙な巡り会いは相変わらずだな、トワイライト。今度はなんの物種を拾ってきた?」
「いや……その、スミマセン……」
(宮廷魔術師……)
サクラはサリエルと名乗った新たな現地人をじっと観察する。
異邦の悪魔にして、おそらく魔術師の長。
見た目は二十代後半並に若いが、口調の端々には老成したものがある。氷のような美貌だ。黒を基調としたローブ調の衣服、装飾には派手すぎない気品があった。それに──
「……アレ? もしかして、お仲間?」
横にいたアガサがそう小首を傾げる。
相手の長いストレートの黒髪の合間から見えるのは、精霊種特有の金の瞳。しかし、裏腹にその気配は己と同じ悪魔種のものと同一だ。
「見ての通り、悪魔と精霊の混血だ。して、そちらの名を伺っても?」
「っ──」
サクラは静かに青ざめた。
(……精霊と、悪魔の混血? 冗談みたいな存在だな……アルクス大陸の種族はどうなってる……)
絶対に失礼のないようにしよう、と心に固く決める。その横で、そんな脅威をまったく気にしていない風な幼馴染が応える。
「私はアガサ。こっちの赤いのがサクラ、あっちの小さいのがリュエね」
「うん、もう諦めてるがエリュンディウスである。我らを直接招いたということは、そちらには対話の準備があるのだな? 盗み聞きは歓迎できんが、話が早いのは良いことだ!」
「……寛大な御心に感謝します、炎竜エリュンディウス。まさかそこまで存在力が低下していたとは信じがたいですが、貴方様一人いるだけで、王国の先には光が灯る」
そう軽く頭を垂れたサリエルの言には、清廉な響きがあった。始祖竜の概念にうといサクラとアガサだったが、彼が大真面目にこの炎竜に敬意を払っているのは明白だった。
「……意外、ですね。大陸を燃やした邪竜、という扱いではないんですか」
敬語で慎重にサクラは尋ねた。一方、その言葉にリュエはウッ、と肩をはねさせている。
「かの伝説の〝炎の七日間〟も遠い過去のもの。それにその一件で、当時アルクスにはびこっていたオークやゴブリンという多くの害獣も死滅したと聞く。結果的に、かの聖火はアルクスの人類の秩序を取り戻すことに繋がっているのだ」
サリエルの話の傍で、リュエは腕組みしたまま、しばし完全に停止していた。
「……結果! オーライ!! だな!」
「……」
大陸を薪にできる存在が近くにいるのも恐ろしい話だ。今は敵でないことが幸いか。
「では案内に移りたいところだが──そこのドクター」
離れた気配の人物に、全員の視線が集まる。白衣の人影はサリエルの視界から逃れるように、こっそりと魔方陣の外に出ていた。
「んん……何かなサリエル君。おかげで早く帰って来れたんだ、僕は研究室に戻るよ」
「それが逃亡の常套句だと君の助手から聞いている。聖女シンシア、彼を連れ戻すのは元々そちらの仕事だったはずだ。きっちり職場へ送り届けて差し上げたまえ」
「は、はいっ! 行きますよ、ドクター! 【転移せよ】!」
「ぐわあああー!! 強制労働はんたーい!!」
シンシアに首根っこをつかまれ、魔術で手枷をはめられたジェスターが転移の光に消えていく。完全に収容所行きかなにかの光景だった。
「(……ホイホイ空間移動しやがって。どこのマイブラザーだ、コイツらは……)」
と、なにやら横の悪魔から恨み言が聞こえたような気がした。サクラが内容を聞き取るには小声すぎたが、実弟に対する悪口のニュアンスに近しいことは分かった。
「ところでサリエルさん、さっき案内って言いましたけど、まさか──」
「まさかもなにも。陛下が直々に対面したいと仰っている。お前も来い、トワイライト。拾った以上、監督の任はお前にあるのだからな」
「げ」
ヴァンの顔がひきつる。
国王謁見。
展開を理解したサクラとアガサも目を合わせ、呑み込むには数秒の時間を要した。
◇
謁見の間の扉らしいものが見えてくると、サクラは腰の刀を抜き、右手で持った。
サリエルを先頭に、リュエがルンルンとはねたような足取りで続き、その後ろを横並びになったサクラとアガサが、その背後にはヴァンがついて歩いて行く。
重い音を立てて白い扉が開く。廊下から、開けた空間に出る。
真紅のカーペットに一歩踏み込んだ瞬間、サクラは空間内を満たす濃厚な気配を察知した。
(……強いのが三人、か)
部屋奥の玉座、その手前。
そこには三名の人影が立っていた。右手に二人、左手に一人。認識阻害の術がかけられているのか、サクラの目にはシルエットがいるようにしか見えない。
だが気配で分かる。その一人一人が、一線級の強者であることを。
「陛下。トワイライト卿、炎竜エリュンディウス様、並びに別大陸からの異邦者をお連れしました」
「ご苦労。戻ってよい、サリエル」
ほどよい距離で歩みを止めたサリエルに、玉座に座る存在がそう告げる。
礼をした黒衣の魔術師が左手に空いていた空間に立つと、それで場は整った。
「──まずは遠方からよくぞお越しくださった、炎竜エリュンディウス様、異邦の方々よ。余はノストシア国王、ロアネス・ルグヴェラハト・エメロード・ノストシア。膝をつく必要はない、どうか楽にしてほしい」
冠を被った老人が穏やかな声で言う。
色素の抜けたウェーブを帯びた長い髪に、白い髭、深緑の瞳。白を基調としたローブをまとっており、尖りのある耳は、永命種の血統だと一目で分かる。
(……随分と厚遇されてるな……炎竜のおかげか?)
立場的に、サクラたちは領地の侵入者だ。それもヴァンたちの反応から察するに、武装解除もせず、見知らぬ他人の自分や、悪魔のアガサを謁見の間まで導くのも、かなり例外的な扱いのように感じる。
それをさせるほど、王国は始祖竜という存在を高く買っているのか。
「率直に申し上げる。我が国を世界樹から解放するため、どうかご助力願いたい」
そう続けられた国王の言葉に、炎竜が苦虫を噛み潰したような顔をした。
「……そういう事か。地竜め、やはりしくじったな?」
「……どういう事だ?」
サクラが問うと、リュエは淡々と答えた。
「我ら始祖竜には世界の均衡を保つ他に、ある存在を、管理・監督・封印・対抗する『役目』が設定されている。地竜の場合は、汝らも聞いた通り『世界樹の守護』だ」
「左様。今より遙か二千年前、地竜様は世界樹の異変に気付き、これに対抗なされた。しかし樹の暴走は止まらず、地竜様をも呑み込んでしまったのです。──本来魔力を生成する世界樹の機能は、その時点で真逆のものへと変貌していました」
「……魔力の収集。それがあの遺生物らの仕事というワケか。フン、律儀なモノよな」
つまり──あの結晶の化物たちは、世界樹の手足であり眷属といっていい。
伝説では世界樹の寿命、地竜の発狂とあったが……どうやら事実は二千年前に樹が暴走し、それに地竜が呑まれ、そこへ伝説の英雄二人がやってきて封印した、というものらしい。
(……これが真相か。四百年前に遺生物が出現したなら、封印はその時点で弱まっていた……?)
サクラがそう考えていると、横ではい、と軽くアガサが挙手した。
「土地の状態とか見た私見なんですけど、その世界樹って、もう起きてます?」
「……察しがいいな」
返された声はサリエルのものだ。国王が頷き、宮廷魔術師が話を引き継ぐ。
「世界樹本体は、三年前にこの地表へ顕現した。それだけで一部の土地の魔力は吸い尽くされ、その名残が今も砂漠地帯として残っている」
「――、」
サクラの脳裏には、車で横断したあの広大な砂漠の風景がフラッシュバックしていた。
顕現だけで、あの規模の土地の魔力を吸収した? 非常識すぎて背筋もぞっとしない。終末の神々に次ぐ脅威だ。
「──そして当時、対処に当たった騎士が全力をもってそれを再封印した。大魔術師ザカリーの末裔である、そこの男がな」
サクラが横目で後方を見ると、そこには膝をつき、頭を垂れたヴァンがいる。
黒曜の瞳の持ち主。消滅魔術の使い手。アガサを一度殺した規格外。
大魔術師だのはよく知らないが、なるほど、という感想しか出てこない。
「なんと。やるな汝、もしや英雄の人材か?」
「……恐縮です。結局、封印止まりだったのは口惜しいですがね」
やや沈みがある声でヴァンは言う。
再び国王が口を開いた。
「しかしその術も、いつ解けるかは未知数。眠らせているとはいえ、敵の脅威は健在でありましょう」
(……、)
サクラはなんとなく、なんとなくだが、嫌な予感がし始めていた。
それは終わったと思っていた課題にまだやり残しがあった時のような。
或いは乗り越えたはずのものが、今再び蘇らんとしてきたような、そんな気配が。
「ザカリーは、世界樹の真名をこう伝えています」
嫌な予感がする。
嫌な予感がする。
嫌な予感がする──!
「超抜存在、序列第四位・境界竜イグドラシア──と」
そして国王ロアネスは、見事にその予感を的中させた。




