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夢見る冒険者(仮)  作者: I.D.E.I.
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 陽平、小泉澪、鈴木千佳、中村梓、吉田恵、斎藤董子、岡田小梅は夢役所の裏手にあるエリアボスの空間に入り、ボスである化け猫とその取り巻きである鬼火、化けイタチ、毛羽毛現を倒した。


 倒した化け猫が消えるとその場に宝箱が現れる。


 「宝箱か。一応ボス討伐の報償とか報酬とか、ドロップとか言う扱いなんだろうな」


 「あ、そう言えば個別のドロップは出ませんでしたね」


 陽平と小泉澪が宝箱に近づく。それを見て鈴木千佳と残りの四人も宝箱に近づいていった。


 「こんな漫画みたいな宝箱ってあるんだねぇ」


 鈴木千佳が子供のようにワクワクした表情で言ってきた。今にも宝箱を開けそうな勢いだ。


 「俺たちにとっては宝箱だが、西洋の方じゃ古い衣装入れの一種だけどな」


 「衣装入れ?」


 「日本で言えば行李だな。別の言い方をすればつづらとも言うか」


 「つづら、って、あの大きいつづらと小さいつづらのどっちが良い? とか言うあのつづら?」


 「正解。あ、さっきは衣装入れと言ったが、服以外にもいろんな物を入れるな。日本でも西洋でもお宝を入れるのは変わりが無い」


 「あー、もう! 結局お宝が入ってるって事でしょ! 回りくどい」


 「実は餅つけと言いたい」


 「餅?」


 「現実の衣装箱は単なる鍵付きの木箱だ。だがゲームの中の宝箱なら罠が掛かっている可能性がある」


 「罠? どんな?」


 「開けようとした瞬間に毒ガスが出たり、吹き矢が飛び出したり、他の敵モンスターを呼び寄せるサイレンが鳴ったりとか色々だな」


 「べ~。そんなに他人に奪われるのが嫌なら、出して来んなって感じだよねぇ」


 「全くだ。でだ、こういう場合は罠を解除できるヤツが挑戦し、成功と失敗を繰り返して罠解除という技術の熟練度を上げていくワケだ」


 「えっと、罠を解除できるヤツって?」


 「一般のゲームの大部分は職業という縛りを作ってるが、コレには無い。だから、誰でもやればやるだけ熟達していくはずだ」


 「じゃあ、陽平がやる?」


 「そう思ったんだが、鍵開けとか罠解除の道具を持ってない」


 「え?」


 「つまり、初めての宝箱を、罠があるか無いかも判らない状態で、なんの道具も無しに開けるか、それとも諦めるか、と言う状況だ」


 「めっちゃ回りくどかったけど、大体判った。で、どうするの?」


 「どうしよう」


 「あの、陽平君?」


 「小泉さん? 何かある?」


 「鑑定してみたらどうなのかな?」


 「あっ!」


 小泉澪に言われて、スマホに鑑定があるのを思い出した。慌ててスマホを取り出し、宝箱に向けて鑑定してみる。


 【ビギナーエリア突破の報償 権利者:陽平 澪 千佳 梓 恵 董子 小梅 鍵:解錠状態 罠:無し】


 鑑定結果を見て、陽平はその場に蹲った。


 「ビギナーエリアだったのか…」


 「陽平? どうした?」


 鑑定していなかった鈴木千佳が蹲った陽平を心配する。


 「構わないから開けちゃって」


 と素っ気なく言い放つ。


 早速鈴木千佳が宝箱を開ける。その横では同じようにスマホで鑑定してみた小泉澪が陽平がヘコんでいる理由を知って苦笑いしていた。


 中に入っていたのは七つのウエストポーチだけだった。全てがまるで白紙の様に真っ白だ。


 「これってポーチ?」


 そう言いつつ一つを取ると、真っ白なウエストポーチが、鈴木千佳の持っているミサンガと同じ柄になった。それを見て、小泉澪がポーチを鑑定する。


 【ビギナーエリア突破報償 ビギナーのマジックバッグ 容量八十リットル 譲渡不可 初回限定で柄がランダム変更される】


 小泉澪は皆に鑑定内容を語り、一人ずつ取るように言った。


 陽平がウエストポーチを取るとマフラーと同じ水色になった。小泉澪のポーチはヘアピンと同じに金色だが、つや消しになった。中村梓は飴色。吉田恵は大理石の様な柄。斎藤董子は黒を基調とした迷彩のような柄。岡田小梅は金属表面のような斑っぽい感じの柄だった。


 試しに陽平が持っている槍を入れてみると、難なく収納され、その違和感に全員が苦笑いを浮かべた。


 中村梓が背負っていた調合道具が入った旅行鞄を手に掛けると、ポーチの口には入らないと思われていた大きな鞄が消えるように収納された。


 「取り出す時にいきなり重さが戻ってくるので、注意が必要ですね」


 「八十リットルって事は二リットルペットボトル四十本分か、かなり入るな。だが、自分たちの荷物で一杯という感じだから、倒した獲物を入れておくとかは無理か」


 今まで背負っていたワンショルダーバッグには寝間着から替えの下着等が入ったままだった。それは中に入れたままポーチの方にショルダーバッグごと収納する。


 「それで、これからどうします?」


 「佐藤たちと合流する前に、一度ビギナーエリアの外を見ておきたいな」


 「そうですね。マジックバッグは手に入りましたがお金は入りませんでしたし、危険度と金額は確認したいですね」


 小泉澪の賛同も有り一度外を見てみることにした。


 ボスエリアは未だに別空間のようなボスエリアを保ったままだった。その中をそのまま夢役所とは反対方向へと進む。すると開口部だけで二階建ての家がスッポリと入りそうな門が扉を開いて鎮座していた。


 形は西洋型の石で出来たアーチ型で、観音扉形式の分厚い木の板で作られた扉が二枚、左右に開かれ、口を開けていた。しかも門の左右には連なるはずの壁が無いと言う、門だけが存在している。


 さらに何故か開かれている扉の向こう側がぼんやり光ってよく見えない。


 まるで暗い場所から明るい場所へ出た時に目が眩んだ様にその場所だけが明るくぼんやりしている。


 普通ならその状態こそが怪しくて、軽々しく突入は出来ないのだが、ゲームに慣れている陽平たちは躊躇無く門をくぐった。


 そして視界が元に戻ると、そこは広大な草原地帯だった。


 完全な平地では無く、所々に起伏や灌木の茂みは見えるが、近くには森や林も無い。ただし遠くには森林を思わせる場所や丘の上に人の街らしき物も見えるし、山々の連なりも見える。


 陽平が後ろを振り返り自分たちが出てきた所を見ると、そこにはサッカーグラウンドほどの広さの林がポツンとあり、そこに門だけが置かれているだけだった。


 「これはまた。ファンタジーゲーム的な転移の門って感じだな」


 門の横には石碑が有り『ビギナータウン J・318』と彫られていた。


 「俺たちのあの街が三百十八番目の街だったワケか。意外に少ないな。Jってのはジャパンって事か?」


 陽平が石碑の盤面を指でなぞると、石碑の盤面がいきなり真っ黒になった。


 【ビギナータウン J・318  街の名前を変更しますか?(初回のみ有効) [はい][いいえ]】


 と言う表示が出てきた。


 「どうしようか?」


 振り返って陽平の行動を見ていた皆に聞く。


 「格好いい名前にしようよ!」


 「名前って事は、これから何度も利用する場所と言う事ですよね。判りやすく、覚えやすく、他と区別がつきやすい名前が良いと思います」


 ほかの四人は特に自分たちが口出しするような事ではないと考えているようで、コクコクと頷くだけだった。


 そして出てきた候補は『仮面の2-Ⅱ』『仮面帝国』『陽平と愉快な下僕たち』『陽平ハーレム』『コノワタ』『朝定食シャケ』『焼きそばパン』『五グラムのインゴット』『すねこすりの脛』『YOYOYO陽平DAYO!』等とくだらないモノばかりだった。


 「俺としては『鉄パイプに愛を込めて』か『猫踏んじゃった同盟』を推す」


 「他の街にも使われそうですね」


 「うっ!」


 小泉澪はどうやって陽平の暴走を止めるか悩んでいた。


 ピンポーン♪


 小泉澪が誰もが納得出来、かつ、おとなしめの名前を考えている間に陽平が操作して受領のチャイムが鳴ってしまった。


 【J・318 夢見の街ミイヤ】


 それが新しく名付けられた陽平たちの街の名前だ。


 「我ながら、ちょっと大人し過ぎたかな?」


 「エンシェントブルーとかキングタウンとかの方が良くない?」


 「いやー、寿限無全文にしようとしたらカウントダウンが始まって焦ったからな~」


 「全文、言えるの?」


 「応、言うだけなら意外に簡単だぜ」


 「はぁ、奇抜すぎる名前じゃ無くて助かりました」


 「奇抜すぎる名前…」


 「しまった! &#%=フジコー!とかにしとくんだった」


 「…助かりました」


 「だね」


 名前の件が一段落ついたので、少し回りを歩いてみることにした。先ずはサッカーグラウンドほどの森を一周する事にした。


 約五十メートル進んだ所で、陽平たちが出てきた門と同じ物が見えてきた。しかし扉は閉ざされ、意味があるのか無いのか、極太の鎖が雁字搦めに門を縛り付けていた。


 「これは封印というより、未だエリアが開放されていない、と言う意味なんだろうな」


 「私もそう思います。この中に私たちと同じように戦っている方が居るんですね」


 「俺たちが突破したボス情報をあのサイトの掲示板に載せれば、この中のプレイヤーも突破してくるかもな」


 さらに進むと他の門が有り、それも鎖で縛られていた。


 森の中にもいくつもの門が有り、その全てが縛られたままだった。


 そして森を一周して元の夢見の街の門まで戻って来てしまった。


 「細かくは見てないが、なんか少なくないか?」


 「はい。三百十八もある様には見えませんでした」


 「考えられるのは他の場所に分散しているか、プレイヤーがいなくなって消えた、と言う可能性か」


 「やはり陽平君が特別なのでしょうか」


 「それを言ったら『二人目』のプレイヤーである小泉さん達も特殊なんじゃね?」


 「あ、そう言えば」


 「まぁ、そこら辺の検証は他のプレイヤーに任せるか。そろそろ役所に戻ろう。確認したいこともあるし」


 そして夢見の街ミイヤの門をくぐり抜ける。


 するとそこはボスエリアでは無く、直ぐに役所の裏の道路だった。


 直ぐに陽平が後ろを振り返って確認すると、大きな門がしっかりと鎮座していた。門の横には石碑も有り、陽平が外側から見たのと同じ光景だった。


 「これは、一つのパーティが突破すると二度と戦えないボスって事か?」


 もしも他の連中が街の外へと抜ける場合、ここのボスとは戦わずにすむ、と言う事かも知れない。だとすると、エリア突破報償であるビギナーのマジックバッグは得られないと言う事にもなる。


 「えっと…」


 同じ疑問を持った小泉澪が周りを見回し、石碑に目を付けた。


 【J・318 夢見の街ミイヤ】と彫られた表面に触れると、石碑の面が黒一色になり、そこに白で陽平たちの名前が浮かんできた。


 「陽平君。見てください。私たち七人の名前しかありません」


 「あー、なるほど。俺たちはそのまま通過できるけど、他の連中はボスと戦わなくてはならない、ってワケか」


 「ですね。始めから門を出しておいても良いのに、と思いますが」


 「後で検証するつもりだが、街の外に向かえば何処でもボスエリアになるんじゃ無いかな。俺たちもこの門を通らなくとも、外に向かえばまたボスと戦えるかも知れない。そしてそれに勝ったら、そこに門が出来る、とかの可能性もある」


 「それならボスの周回が出来ますね」


 小泉澪が実にMMORPGプレイヤーらしいセリフを吐く。


 それらの検証はまた今度、と言う事にして役所に向かう。


 未だ佐藤一たち一行は到着していない。広くて静まりかえった役所のロビーを抜け、陽平は【住居・店舗登録・変更】のブースに行く。他の皆はロビーで寛いでいてくれと言ったのだが、陽平が何をするのか興味を持ったのでカルガモのように着いて来た。


 ブースには他と同じように大きめのタブレットが何も映さずに置いてあるだけだった。そこに陽平は手を開いて押し当てる。すると表示が変更された。


 【[新規申請][変更・破棄]  [説明]】と表示された。


 「お、最悪、総当たりで確認するつもりだったが、説明があるのは助かるな」


 早速説明と表示された箇所を指で押す。


 さらに【[住居][店舗][工房]】と出てくる。陽平としては全部に興味あったが、先ずは住居を選択した。


 【[J・318 夢見の街ミイヤ]では、同街出身のプレイヤーは一人一住居を無料で貸与。他の街のプレイヤーの場合は月額十二万で賃貸。ギルドハウスはギルド申請時に指定される】


 「良しっ!」


 「え? 何? どうしたの?」


 思わずガッツポーズをした陽平に鈴木千佳が聞いてくる。そこで書かれていた内容を見せる。


 「これって、この街に私たちの家が貰える、って事?」


 「ああ、しかもギルドを申請すればギルド用の家も貰えるみたいだ」


 「これで、生産職の皆も落ち着けますね」


 「これがボスを倒す前にも可能だったのか? の検証が出来なかったけど、それは掲示板で聞いてみよう。それと、誰か復活の方を見てきてくれないか? 俺の予想だと未実装が消えている可能性があると思うんだが」


 陽平に言われて小泉澪がブースを飛び出す。少しして戻って来た小泉澪は頷いて答えた。


 「確かに未実装とか予定は消えていました。触ったら復活する者の登録名を入力してください、と表示されました」


 「やっぱ。ビギナーを抜け出せない内は、全機能を使わせない作りだったワケだ。だとすると家を貰えると言うのもエリアボスを突破しないと出てこなかったか、もしくは賃貸で月十二万で借りるしかなかった可能性があるな」


 「それより陽平! 何処の家を借りられるの?」


 「ちょっと待て」


 陽平が現代表示されている文字を適当に押すと、次の文言に切り替わった。


 【[貸与可能物件][賃貸可能物件]】


 貸与の方を押すと切り替わり、スマホのように指先で操作できる地図が表示された。その地図の赤が住居、青が工房付き住居として貸与される建物を表している。


 「お、ホームセンターの近くやこの役所の近くもあるな。基本はマンションか」


 「魔法の店の近くには工房付きのがありますね」


 陽平が画面上の工房付きの家を押すと間取りと外観が表示された。


 「十二畳間の工房と六畳間、ミニキッチン、トイレ、風呂? 間取りとしては一般的に見えるけど、トイレとか風呂って必要無いよな?」


 この夢の中のゲームをプレイしていて、一度も生理的な欲求を感じたことはなかった。


 「この夢の中でトイレを使ったら、とか怖すぎますね」


 「起きた時の惨状がなぁ。まぁ風呂は汚れを落とすのに使えそうだけど、汗や垢は出てないよな?」


 思わず自分の身体のにおいを嗅ぐが、特に体臭的な匂いは感じなかった。相手が妖怪だから血の匂いも感じなかったが、銃を撃てば火薬が燃える匂いは感じていたので嗅覚が無効になっているワケでは無いと陽平は考える。


 「もしかすると街の外では変わるのかも知れませんね」


 「街の外でもし催したら…、誰が人柱になるのか…」


 「「うっ」」


 これには小泉澪や鈴木千佳が露骨に嫌な顔をした。何しろ野外でお花を摘むと言う事をしなければならないし、夢から覚めて起きた時の実際の身体がどうなるかが不明だ。


 その場が妙な雰囲気になる。


 「あっ、ほら、普通の住居も見てみよう」


 話題を変えて貸与される工房付きでは無いタイプの部屋を見てみることにした。


 「八畳間と四畳半にダイニングキッチンと風呂トイレ。一人暮らしなら充分な広さだな。フローリングタイプと畳タイプは選べるのか」


 「夢の中のゲームですから、設定一つで変えられれば、と思うんですが…」


 「魔法という物理現象無視事例があるのに、妙な所で現実的だよなぁ」


 「陽平君はどこら辺の、どんな部屋にするんですか?」


 「俺は工房タイプを選ぶ。寝泊まりは必要無いが、もしかしたら必要になるかも、と言うぐらいのレベルだし、工房の方は作業も出来る広間として活用出来るしな。装備品の予備を保管できて、武器とかの整備や改造も出来る様になれば生き残る可能性も増えるだろう。一般の家のフローリングの部屋じゃ、ハンマーも打てないしなぁ」


 「なるほど。なら場所はホームセンターと魔法の店の中間ぐらいですか?」


 「ああ。俺たちが通ったあの道路からは少し逸れるが、そこに工房に出来る家が並んでる所がある。言ってしまえば小さな工場町って感じだな」


 言いながら陽平はタブレットを操作して地図の位置を合わせ、大きく表示させる。その中でフローリングタイプの工房を選んで二度指先で素早く叩く。


 【この工房付き住居を選択しますか? [はい][いいえ]】


 直ぐに【はい】を選ぶとさらに選択肢が表示される。


 【住居の変更には手数料が発生します 宜しいですか [はい][いいえ]】


 最終確認に【はい】を推すと最後の画面になる。


 【登録します ステータススマホをタブレットの上に置いてください】


 ピッ。


 【登録完了】


 スマホには【陽平 レベル10】と表示されている。その下に【J・318 夢見の街ミイヤ 5丁目2番地1号】と言う表示が増えた。


 「なるほど。このスマホが家の鍵になるのか。良し。俺の方はこれで良いや。皆も好きな場所を選んで登録した方が良いぞ。もうすぐ仮面たちが来るしな」


 陽平が席を立つと皆が列を作って登録を始めた。


 皆の登録が終わるのを待つ間、陽平は周りを見回して、見落としが無いかを確認する。


 するとやはり見落としていたのか、極当たり前の様に存在していたから見ていても気がつかなかったのか、ロビーの隅に銀行ATMに似た機械があることに気付いた。


 【夢銀行 チャージ 残高確認 引き落とし 振り込み】

 【ステータススマホに現金をチャージできます ご利用金額に応じてポイント加算】

 【二十円ごとに一ポイント 一ポイント一円として次回以降にご利用頂けます】


 (このゲーム作ったヤツ出てこい!)と叫び出すのをなんとか堪える。


 「確かにラノベなんかだと、ギルドカードで決済出来るとか、良くあるご都合設定だけどさぁ」


 ブツブツと言いつつ機械を操作し、スマホに現金を全てチャージした。


 手持ちの現金は無くなったが、換金していないドロップは残っているので現金での買い物が必要になっても問題は無い。


 そこに住居の登録を行った小泉澪たちが徐々に集まり、同じようにチャージしていく。


 「もうお腹いっぱい」と言う陽平の一言で、新たな発見を求めるのは中断してロビーで寛ぐ。


 ロビーにはテーブルセットが多数置かれ、本来なら書類の確認をしたりお茶をして寛ぐ等の目的で使われると推測された。

 銀行などなら長椅子が置かれているだけだろうし、企業系のロビーならローテーブルのセットになるだろう。だがここのロビーでは簡素ではあるが折り畳み出来ないタイプのしっかりとした作りのテーブルだ。


 「なんか、皆が集まっても、ここで会議が出来そうだな」


 「あ、この夢役所にレンタル会議室がありましたよ」


 「このゲームを作ったヤツは、遊んでいるのか、それとも俺たちに違和感からの不安や疲労を感じさせない配慮のつもりか、どっちなのか判断に迷うな」


 「両方という可能性も…」


 「否定できない。あぁ…コーヒーが飲みたい…」


 「そう言えば自動販売機や無料のお茶サーバーとかがありませんね」


 「飲むのも喰うのも生理現象扱いなら出来ないってのは、ある意味安心要素なんだけどなぁ……、あれ?」


 「どうしました?」


 「あ、いや、チュートリアルで強姦も出来る、って言われたんだが」


 「………」


 「そういうのも生理現象だよな?」


 「………」


 「その…、無言が怖いので返事してください」


 「………」


 「その…、ごめんなさい」


 「………」


 陽平の心のヒットポイントが限りなくゼロに近づいた。


 救援はまだ来ない。


 「誰か助けて~」


 その後暫くして夢役所に佐藤一たちが到着した。


 「遅えよ! 仮面!」


 「仮面じゃねぇ! って何を泣きながら怒ってるんだ?」


 「俺が虐められてる間、のうのうと仮面しやがって~」


 「意味がわからん。それより、虐めてたの?」


 佐藤一が小泉澪たちに聞くが、女性六人はにっこりとしながらも無言で首を横に振った。


 「虐めて無いってよ?」


 「もう良いから、連中の登録進めちゃって」


 ステータススマホを持っていない連中を登録ブースに並ばせる。そして佐藤一は陽平たちと同じテーブルに着いた。


 「さて、ボスと戦ったと言う話を詳しく聞かせてくれ」


 陽平からボス討伐から役所での出来事を聞いて佐藤一も色々と納得した、と言う表情を見せた。仮面だったが。


 「ちょっと待っててくれ、確認してくる」


 そう言って佐藤一は走って復活ブースと住居登録ブースを見てくる。ロビーで走ってはいけません。


 「陽平? 俺が見た所、復活は未実装のままだったし、住居は月十二万の賃貸のみだった」


 「そうか。つまりボス攻略が限定解除の鍵なわけだ」


 「今日来たばかりの連中じゃ、攻略法が判ってても難しいか?」


 「微妙だな。上手くハマれば勝てそうだが、少しでも躓けば…」


 「一度攻略したヤツが一人か二人、パーティに加わって攻略を手伝う、ってのは出来そうか?」


 「俺の感覚では出来そうだったが、まだ一回しか挑戦していないからな」


 「そうか。まぁ、とにかく今日、明日はレベル上げさせて、挑戦は三日後ぐらいか」


 そして佐藤一は武藤寛太、小林優美に指示し、ステータススマホを受け取った連中をロビーのテーブルに着かせる。


 全員がテーブルに着いた所で、エリアボスの攻略法、住居の無料貸与、復活、そしてスマホへのチャージを伝える。


 「これで、俺たちからのチュートリアルは終了だ。これからは各自がそれぞれで考え、行動するように。その結果死んでも自己責任だ。文句は一切受け付けないし、そもそもこのゲームを作ったヤツさえも不明のままだからな。突然、理不尽にこのゲームが終わってしまう可能性もある。それを踏まえて自由に生きてくれ。何か質問はあるか?」


 そこで井上智久が手を上げた。


 「この夢のゲーム世界ってヤツは、どのくらい危険性があると考えてる?」


 井上智久の質問で一瞬静まりかえり、その後ザワつきが広がった。それを制して佐藤一が答える。


 「正直に言おう。不明だ。いきなりデスゲームになって、ここでの死が現実の死になる可能性もある。何かのクエストが発生して、それを解決できなければ目覚める事が出来ない、なんて可能性もある。ここを作ったヤツの目的が判らない以上、全ての可能性が残ったままだ」


 そこで陽平が立ち上がって佐藤一の言葉を引き継ぐ。


 「俺の個人的な意見だが、ここを作ったヤツが人を楽しませてから裏切って絶望に浸る姿を見るのが好きな悪魔なら、俺たちはお終いだ。しかしそれ以外であれば、さほど命の危険があるとは考えていない。何らかの目的はあるだろう。そうじゃ無ければこのような手間を掛ける必要は無いはずだ。だが、遊んだ対価として何かをしなければならない、と言う程度なら付き合っても良いと俺は考える」


 「俺も似たような意見だ。対価として割に合わない様な内容なら必死に抵抗する事になるだろうし、そもそも始めにそれを明示していなかった時点で強制力は無いはずだがな。まぁ、これも俺個人の意見だ。それも含めて、この世界で遊び続ける事そのモノが自己責任と言うワケだ。お前が言ったから、とか、こんなはずじゃ無かった、なんて後々言い出さないでくれ。以上だ」


 佐藤一が締めくくった。


 皆がそれぞれに動き出す。先ずは能力とそれを上手く組み合わせたパーティ編成だ。気が合う仲間内でまとまるのも良いが、それで技能が足り無くなっては意味が無い。


 今日来た人員で話し合って、最大構成で力ずくでボスを突破するか、などの話も出ている。それを陽平や佐藤一は耳にするが、先ほども言った通り自己責任なので自由にさせる。

 それでもパーティ編成から弾き飛ばされたり、気が合わない等で組めない者がいたら、陽平を始め、佐藤一のパーティや小林優美のパーティで面倒を見るつもりだ。


 特に陽平のパーティは生産職のフォローを中心にやっていく事にしたので、他のメンバーは佐藤一に任せる事にした。


 「俺たちはこれから三人パーティで狩りをしていくつもりだが、その収入は七等分して、四人分を生産職の方に回すつもりだ」


 「だいぶ申し訳無いと考えるのですが」


 生産職の中村梓が吉田恵、斎藤董子、岡田小梅を代表して答える。


 「始めの内はおんぶに抱っこだろう。だが、そのうち生産職が作ったモノが無くては進めなくなったり、命の危険が増えると言う事が充分にありえる。その時は他の連中にもそのワザを分けてやって貰いたいが、しっかりと報酬を取ってくれ。俺たちには材料費に少し色を付けたぐらいで分けて貰えれば充分だと考える」


 陽平の言葉に小泉澪と鈴木千佳が頷く。


 「でも、私たちは、まだ何が出来るか、将来的に何が出来るようになるかも判らないんです」


 「ああ、判ってる。だが基本は皆がここで好きな事をして楽しむだけ、と俺は考える。正直言って、化学実験ごっこをして遊んでくれていて良いんだ。それに、もしかすると俺たちは何かの物語を体験する事になるかも知れない。その時は逆に俺たちの方が君らに恐縮すると言う事にもなりかねないんだ。皆も見たろ? 適わずに死ぬかも知れないと言う敵を倒し、突破した先の門の向こうの風景を。皆で突破したあの気持ちは、行動を共にした仲間じゃ無ければ味わえない。皆にはその輪から外れて貰うと言ってるワケだからな」


 ここで暫く、皆が黙り込む。だが中村梓は凜とした顔で言った。


 「例えば野球のチームが優勝したと考えた場合、プレイヤーが陽平君たちで、私たちは道具を用意したりお世話をするサポーターなんです。確かに優勝はプレイヤーの皆さんが感じ取れるでしょうけど、サポーターも同じ気持ちを共有出来ます。だから仲間はずれというわけではありませんよ。逆に、私たちがサポートするんですから、不甲斐ない成績を取るなんて許しませんよ、と言いたいです」


 「凄いな。そんなに自分たちを追い込んで良いのか?」


 つまり、何が出来るか判らないのに、しっかりサポートすると言い切ったワケだ。陽平はそれを指摘する。


 「確かに不安です。ですが、私たちもこのゲームを楽しませてください」


 「ああ、存分に楽しもう」


 いつの間にか立場が逆になったな、などと笑いながら答えた。


 そこで陽平はギルドを結成してはどうかと提案する。


 パーティは所属していれば戦闘で敵モンスターを直接倒さなくとも経験値が入る仕組みになっている。ただし五十メートルを超えて離れるとその対象からは除外される。直接戦闘に関わらなくとも、戦闘の現場にはいないと対象にはならないワケだ。


 そんなパーティや個人が複数集まって結成されるギルドは、経験値を分配する事は出来ないが、相互に支援や情報交換などがし易い環境を整えてくれる。


 ギルド金庫やギルド倉庫はギルド構成員であれば誰でも出し入れ出来るので、直接会わなくとも都合の良い時間に金や物品のやり取りが出来る。


 陽平は基本的にギルド金庫の金は生産組が全て使い、ギルド倉庫の物は戦闘組が自由に使うと言う取り決めにした。生産組の作った物は個人で売却しても良く、戦闘組に渡したい物だけを倉庫に入れれば良い、と言う事も追加した。


 「後は……、ギルド名か」


 その陽平の一言に、残りの六人の表情がこわばる。


 「ちなみに陽平君はどんな名前を考えていますか?」


 「俺か? 俺は『鉄パイプ同盟』『鬼火の風車』『毛羽毛現の火遊び』とかかな」


 「はい。陽平君は考えなくとも結構です」


 「え? だけど『山寺の和尚さん』とか『六尺の大イタチ』とか」


 「いえ。黙っててください」


 「『お花摘み』とか」


 「ステイ!」


 ついに小泉澪が命令を下した。『待て』と。


 言われた陽平はクンクン泣きながら、お手をすれば許して貰えると思っている犬の行動を取るが、尽く無視された。


 そして決定されたのは『空色の夢』。


 陽平では出てこない種類の名前だった。


 納得いかない表情を残しつつも陽平がギルド登録を行うと、そこにギルドマスターとサブマスターの名前を入れる欄が現れた。


 説明欄も一緒に表示され、それによるとギルドへの参加はギルドマスターに一任され、ギルドマスターのスマホで設定される。全てはギルドマスターの権限で行使されるが、その一部をサブマスターも使用出来、ギルド金庫、ギルド倉庫の設定などを共有できるとあった。


 例えばギルド金庫はギルド構成員が等しく使えるが、設定によりギルマスとサブマスだけが使える口座を設定でき、通常用と非常時用などの金庫の使い分けが出来る様になったりする。同様にギルド倉庫も、一般用とは分けた特別許可が無いと出し入れ出来ない倉庫なども設定できる。


 夢役所のギルド登録の窓口でギルドマスター、サブマスターの変更は可能なので、特に拘る必要が無いと言う事で、ギルドマスターを陽平。サブマスターを中村梓と言う事にした。


 その後、当面は夢役所で行う事は無くなったので、自分専用の住居と言う物を見に行く事にした。


 移動中はあえて生産職の四人に戦わせる事にしたが、敵モンスターが単体で出てくるだけのエリアなので問題無く討伐できた。これならば、この街の中限定にはなるが、個人で出歩いても問題は無いだろうとなった。


 「生産職の四人は判るが、小泉も鈴木も工房付きタイプか」


 「荷物置き場としてなら、工房付きタイプの方が使い勝手が良さそうでしたので」


 「アタシも銃のコレクションとかしたいなって考えたら、工房タイプでしょ」


 「まぁ本人の好みだからな。とりあえず部屋見たら、ホームセンターに行って部屋に置く物を買ってこようかと思うんだけど?」


 「あ、行きます」「アタシも」「はい、私たちも」


 そして一旦分かれた。


 陽平の工房付き住居は、鉄筋コンクリート製の四角い作りの建物だった。入り口は二カ所。壁面の三メートルぐらいを占めるシャッターと、その少し離れた横に一般住宅的な玄関扉が設置されている。


 その玄関扉の方に向かうと、扉の横に四角いパネルが突き出していて【陽平 LOCKD】と表示されている。そこにスマホをかざすとカチッと音がして【陽平 OPEN】に変わった。おそらくコレで鍵が開いたんだろうと扉の取っ手に手を掛ける。案の定、扉は軽く開いた。


 「なんかワクワクするな」


 ゲームの中の仮初めとは言え自分の家だ。上機嫌で玄関扉をくぐった。


 中は工房へと続くコンクリートの床の通路と、住居としての部屋へと向かう板の間があった。


 先ずは工房を、とコンクリートの通路を選ぶ。


 本来なら扉か、もしくは暖簾でも下げておくと思われる開け放たれた入り口を抜けると、暗い倉庫のような空間だった。振り返り、照明のスイッチを見つけて灯りを灯す。


 床も壁もコンクリートの無骨で何も無い空間だ。広さは十二畳。何も置かない状態だと広くは見えるが、工房で使う様な機材などを入れるとしたら手狭になりそうな広さだ。


 さらにスイッチを見つけてシャッターを開ける。


 暫くして外の明かりがさし始める。そこには約三メートル程の幅で天井の少し下まで届く六枚組のサッシのガラス戸があった。引き戸形式で、左右に開けば約二メートルの幅を確保出来る構造だ。軽やセダンタイプの普通乗用車なら駐車場に出来るかも知れない。


 「なるほど。いいね」


 一通り何も無い空間を見回して満足する。


 住居部分を見ようとしたが、一段高くなっているフローリングの床は土足禁止に見えた。土足でも本人が気にしなければそれでも良いような気がするが、日本人にはそれは無理な話だろう。


 靴を脱ごうかと思った所で、自分がジャングルブーツを履いている事を思い出す。これからホームセンターへと移動する予定なので、ブーツを脱ぐのが面倒になった。なので扉を開けて顔だけ覗かせて中を確認するだけにした。


 中は一般的な六畳間だった。


 白を基調とした壁紙。二面に窓。フローリングの床。天井に円形の照明。そしてクローゼット。ただそれだけの普通の部屋だった。


 部屋には工房側と玄関に続く方の二カ所に扉が有り、玄関に続く方にはミニキッチン、風呂、トイレがある。洗濯機や冷蔵庫を置くスペースまであった。


 「とりあえず必要なのは、部屋用のスリッパと工房用のサンダルか。あ、サンダルは一つは持ってるか。後はテーブルと椅子、工房には作業台が要るな。ベッドはどうしよう…」


 この夢の中のゲームでは、寝泊まりは絶対に必要にならない。なのに住居としての部屋がある事自体が謎だ。荷物置き場兼用のリビングとして使えば良いだけの話に見えるが、工房が無いタイプの住居では一人用なのに十畳間と四畳半とダイニングキッチンまである。しっかりと生活スペースとしての住居があると言う事は、後々、それが必要になるのでは無いかと考えられる。


 「クエストこなすまでは起きられない、なんて状況は無いとは言ったけど、もしかしたらを考えておいた方が良いのかな?」


 そんな独り言を呟きながら、シャッターを下ろして照明のスイッチを切る。そして外に出ると扉の横のパネルにスマホをかざして鍵を掛けた。


 皆と別れた場所で待っていると、まず小泉澪が現れた。


 「どんな感じだった?」


 「工房という作業所がある以外は普通ですね。工房付きの1K風呂トイレ付きという感じでした」


 「まぁ、何処も同じというワケだ。で、ベッドが必要だと思う?」


 「………」


 無言で陽平を見ていた小泉澪がすっと一歩下がった。


 え? なんで? と陽平は思ったが、自分がベッドに誘うようなニュアンスを含むようなセリフを言った事を思い出す。


 「あっ、あっ、ちがっ、違くて! ここ、このゲームで、実際に眠る必要が出てくるのか? って可能性を…」


 小泉澪はにっこり笑ってもう一歩下がった。

 陽平は百のダメージを心に負った。

 陽平の心は死んだ。

 おお、陽平よ。社会的に死んでしまうとは情けない。


 「おまた~。って、なんで陽平は膝抱えた体育座りで泣いてんの?」


 鈴木千佳が中村梓らを伴って現れたが、アスファルトの上に体育座りをしている陽平を見て首をかしげた。


 「さぁ? あ、陽平君が皆に部屋に置くベッドを奢ってくれるそうですよ」


 「まじ? やったー」


 陽平は体育座りのまま、コテンと横に倒れた。


 「女怖い」


 陽平の本音だった。合掌。

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