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夢見る冒険者(仮)  作者: I.D.E.I.
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佐藤一・小林優美

 「俺の名前は佐藤一。いっつぁんと呼んでくれ。今のところ掲示板でしか呼ばれていないが、とりあえずそういう事で。決して仮面とか呼ばないように。仮面が本体じゃ無いから。絶対に本体じゃ無いから」


 「佐藤仮面。なに一人でモノローグしてるんだ?」


 「モノローグは独り言って意味だから合ってるだろ? それと佐藤仮面というのも微妙に腹立たしいぞ」


 「佐藤仮面が嫌ならやっぱ仮面か」


 「だからなんで仮面を本体にしたがるんだ? いや、ちょっと待て、その意外な驚きという顔はやめろ」


 佐藤一は武藤寛太と共に、山口敦、渡辺健二、松本剛、林一華、遠藤多喜恵を連れてホームセンターを出た所だった。


 これから魔法の店方面に向けて歩いて行きつつ、一人一人に敵モンスターを倒して貰う。佐藤一と武藤寛太はそのフォローが役目になる。


 「まず俺と武藤がどんな感じで倒すのかの見本を見せる。基本はアタッカーとかタンクが前に出て敵モンスターの攻撃対象になり、そこを魔法や銃でフォローすると言う感じになる。このゲームは魔法使いとか剣士とかの区別が無いから、やろうと思えば剣と盾を持って戦う魔法使いというのも有りだ。だから自分がどのポジションになっても対応出来るようになれ。そうすれば長くこのゲームで遊べる事にもなるからな」


 そして先頭を佐藤一が歩き、その少し離れた後ろを武藤寛太が歩く。


 その先には一匹の赤へるがいた。


 「あれは赤へると言う妖怪らしい。実際の赤へるは名前と姿は書かれているが、どんな妖怪かは書かれていない、絵の中だけの存在みたいだ。でもこのゲームの中では、突進して体当たりしてくる小型の猪って感じの存在だ」


 突進してくる赤へるに佐藤一がタイミングを合わせてバルディッシュでちょんと突く。


 バルディッシュは百五十センチほどの長さの柄を持つ斧だ。斧と言っても木を切るのには適さない薄めの刃を持ち、対生物用の武器になる。


 既に佐藤一のレベルなら一撃で赤へるを倒せる武器だが、今回は斧の横面で軽くはたく感じで突いた。


 赤ヘルはその一撃で攻撃目標を佐藤一に定めた。


 突進して通り過ぎた後、佐藤一に向かって方向転換する赤へる。そして突進を再開する。


 「こんな風に攻撃目標になると他には目もくれなくなる」


 突進してきた赤へるを佐藤一は軽く躱す。


 「見て判る通り、突進して通り過ぎたら、折り返してまた攻撃してくるから、その折り返しポイントでお前らに攻撃して貰う。武藤!」


 「おう!」


 佐藤のGOを受け、佐藤一に躱された赤へるが折り返すポイントを狙って武藤寛太の魔法が発射される。そして見事命中。赤ヘルは炎に焼かれて、やがて存在そのモノが消えた。


 「こんな感じだ。今の武藤の役目を一人ずつ交代でやって貰う。失敗しても良い。そのフォローのために俺と武藤がついているワケだしな」


 そして少し進んだ先に一匹のすねこすりがいた。


 「良し。山口! 行ってみようか」


 「おうよ!」


 佐藤一に指名され山口敦が銃を構えて一歩出る。


 山口敦は銃がメインだ。チュートリアル特典は翼のシールで、風の属性補正が掛かる飾り装備だ。武器が弓であれば大きな恩恵を体感できたかも知れないが、銃でも若干の補正は加わる。


 そして佐藤に向かってすねこすりが突進する。


 「こいつはすねこすりだ。脛に身体をこすりつけて通り過ぎる、と言う攻撃をしてくる。近くに来たらとにかく蹴りを入れろ!」


 すねこすりの一撃目に合わせて佐藤一はジャングルブーツで蹴り上げた。


 「このためのジャングルブーツだからな」


 ジャングルブーツ、軍靴、安全靴はほぼ同じ構造で、つま先を覆うように鉄板が仕込まれている。工事現場などでも重量物が落ちた際、つま先が押しつぶされないように配慮されている。靴底も厚く、硬質で、釘や鋲を踏んでも足に影響が出ない頑丈なブーツだ。


 蹴り飛ばされたすねこすりは身体をひねって足から着地する。そして一瞬だけ身体を沈ませ、再び佐藤一に向かって突進してくる。


 「次は蹴らずに避けるからな。方向転換の時を狙って撃て」


 そして山口敦は引き金を引く。


 しかし一発だけ放たれた弾丸はすねこすりよりも遠くのアスファルトを削って消えていった。


 「ああ、言い忘れてた。拳銃はなかなか当たるモノじゃないから、撃つ時は二発か三発ぐらいをセットで撃て。狙ってパンパン、狙ってパンパンだ」


 「そ、そうか」


 佐藤の指摘で気を取り直した山口敦が再び銃を構える。


 そして次の機会が来た時、すねこすりは山口敦の放った銃弾を受け、倒れ、そして消えていった。


 「や、やった…」


 「魔法をメインにしても、剣をメインにしても、サブのサブぐらいで銃は全員が持つようにしろよ。それと、撃つ時は外れた弾の行方もしっかり予想しろ。流れ弾で味方を撃つなんて最悪だからな」


 次は林一華。メインは魔法。八芒星をかたどったバックルが腰に光っている。これは魔法の全属性に補正が掛かるが、一属性だけの補正があるアイテムよりは個々の補正値は下がる。しかし属性に縛られない運用が可能なので、汎用性は高い。器用貧乏という言い方も出来る。


 「魔法の場合は着弾までに少し時間が掛かると言うのが問題だな。それぞれの魔法の速度は何度も撃って経験しないと身につかないと思う。だが、魔法は数が撃てないから慎重にな」


 「林一華、行きまーす!」


 どこかで聞いたような台詞を思い切り吐いて、林一華が炎の魔法を撃ち出す。それは始め、外れるだろうと予想されるコースを取ったが、野球の変化球のようにカーブすると見事に命中した。


 「林! テメェ、今のどうやった!」


 「へっへー。回転させれば曲がるかなぁ、って思ったんだよ! 凄い?」


 「紙一重だ。失敗しても良いとは言ったが、ワザと失敗するのは仲間の命を危険にさらす事にもなる。本番でそんな事してたら、誰とも組めなくなるぞ!」


 「えー? 成功したんだから、良いじゃん!」


 「成功しなかったらどうするんだよ! って事だよ!」


 「成功しそうだからやったに決まってるじゃん!」


 ギャーギャーと叫び合ってる。天才肌の林一華と和を重んずる性格の佐藤一ではそりが合わないのは当然と言えた。


 そんな二人を無視して武藤寛太が取り仕切る。


 「大凡は判ったと思う。渡辺、佐藤の代わりが出来るか?」


 「ああ、大丈夫そうだ」


 「松本はどうだ?」


 「たぶん出来るぞ」


 「じゃ、二人で前に出て、やってみてくれ」


 「わかった」「おう」


 渡辺健二は鉄パイプを持って構えた。ジャケットの胸には剣の形をしたブローチが着けられ、刃物などの攻撃時に補正値を加えてくる装備になっている。それが鉄パイプに補正が加わるかは不明だが、いずれ剣を持った場合には大きく貢献してくれる事だろう。


 松本剛も鉄パイプを掲げる。左の手首には赤いリストバンドを着けていて、打撃力に補正が掛かる。すねこすりや赤へるなら蹴りで倒すのが楽だと考える格闘派だ。鉄パイプはその補佐の意味にしか感じていない。


 そしてすねこすりがいた。


 まず始めに狙われたのは渡辺健二だった。


 渡辺健二は端から見ていた時、あの程度なら簡単に鉄パイプを叩き付ける事が出来るだろうと考えていた。だが、実際に体験すると、小さく低い位置を滑るように接近してくるすねこすりは、鉄パイプを叩き付けるタイミングを狂わせた。


 ここで、何故佐藤がしつこく蹴りを入れろと言っていたのかを実感する。


 そして佐藤が見せたのと同じようにすねこすりを蹴り上げた。


 「なるほど。先ずは蹴りを入れろ、だな」


 蹴り上げられ、地面に着地したすねこすりが再び渡辺健二に迫る。それを今度は真上に近い感じで蹴り上げる。そして落ちてきた所で、鉄パイプを袈裟切りに振った。


 落ちてくる物に対して斜め上からの振り降ろしになるが、渡辺健二は見事にタイミングを合わせ、すねこすりは盛大に地面に叩き付けられた。


 トドメはジャングルブーツで踏み砕く。


 渡辺健二は剣での実戦を体験したと感じて、ふっと笑った。


 次は松本剛にすねこすりが突進してきた。


 松本剛も渡辺健二と同じように接近してくる速度に合わせるのが遅れたが、同じように蹴り上げる事に成功した。


 渡辺健二と同じように二度目は真上に近い角度で蹴り上げ、落ちてきたすねこすりを手で掴むと、そのまま振り回してから地面に叩き付けた。さらに追い打ちで蹴り砕く。


 「よっしゃー!」


 すねこすりが消えたのを確認してから、気合いを入れ直す。


 「最後は遠藤か」


 武藤に呼ばれて遠藤多喜恵が前に出る。


 遠藤多喜恵は短めの鉈を二本持っていて、胸のポケットには金色の大きなヘアピンの様な物が挟まっている。これは本に挟む栞だ。遠藤多喜恵の物は金属製だが、一般的にはリボンのついた長方形の紙が良く用いられるあの栞だ。英語ではブックマークと呼ぶ。


 遠藤多喜恵のチュートリアル特典である栞は、口に挟むように咥えると、時間と共に魔力が消費されるが、口から放すと咥えた場所に自動的に戻る事が出来るという特殊装備だ。


 実に斥候向きの装備だが、それを活用するためには魔力と共に距離を移動できる速度が必要になる。


 これを活用するために遠藤多喜恵は剣で戦う方法と魔法を使って戦う方法の両方を鍛えなくてはならない。しかしコレに遠藤多喜恵はやる気を燃やしていた。


 鉄パイプでは無く、速度重視に両手に短剣のスタイルを選択するため、通常サイズの鉈二本を始めから用意して貰った。本当はククリナイフが欲しいと要求したが、それは自分で稼いで買えと却下された。当然だが。


 「渡辺、松本、悪いが囮になってくれ」


 「判った」「いいぞ」


 「二人のどちらかに集中している隙を狙って一気に切り裂け」


 「はい!」


 そして赤へるが突進してくる。今回は渡辺健二に向かった。渡辺健二はそれを軽く蹴飛ばし、狙われる役に徹した。そして赤へるが方向転換するポイントに向かって遠藤多喜恵が走り寄る。そのタイミングが一致した時、遠藤多喜恵は二本の鉈を同時に振り上げ、そして振り降ろした。


 走り寄ったために、その勢いを殺しきれず、赤へるを飛び越えて転がる遠藤多喜恵。


 だが太鼓の様に叩き付けた鉈で、赤ヘルは背骨をへし折られて動かなくなった。しかしまだ消えていないので、武藤寛太はトドメを刺せと言う。


 その声を聞き、赤へるの首だと思われる場所にもう一度鉈を振り降ろした。


 ベギッ!


 首を切り落とす事は出来なかったが、その最後の一撃で赤ヘルは消えた。


 「レベルが上がれば力もつくから、一撃で切り落とすとかも出来る様になるだろ」


 林一華との口論から復帰した佐藤一が総称を下す。


 「それじゃ、ホームセンターへ戻りつつ、もう一回ずつやって貰おうか」


 佐藤一が皆を見回して言う。皆の顔つきは、ホームセンターを出る時の顔とは違っていた。




 「わたしは小林優美。月に五千円を上限に課金している、何処にでもいるピチピチの女子高生よ」


 「優美。言葉が変。どっかに頭ぶつけた? 具合悪いのなら帰って寝る?」


 「今も寝てるようなモンでしょ。なんか自己紹介しなくちゃならない気がしたの。そう、魂がそう囁くの」


 「その魂って魚河岸のオッサンみたいな格好してない?」


 「え? えっと、してたかも?」


 「ならキロ当たり二千五百円で引き取ってくれるよ。良かったネ。アンタの体重なら十五万にはなるかな」


 「ちょっと待って。えーっと……、あ、体重六十キロで計算された!」


 「違うの? じゃぁ何キロ?」


 「ふっ。そんな宇宙誕生の謎を追うより、やる事あるでしょ」


 「はいはい。皆-! 移動するよー」


 小林優美はタンクを担当、小野美子は魔法をメインに使う。そこに銃をメインに使う加藤孝史が加わり、田中啓一、伊藤悟、山田功二、井上智久、清水咲恵、池田弥栄を引率している。


 「先ずはわたしが敵モンスターを引きつけて、盾で防御し続けるので、好きなタイミングで攻撃してください。先ずは伊藤君」


 「ああ」


 伊藤悟はユニーク装備の単眼鏡を持っている斥候系だ。しかしレベルが低く、この町の中ではその恩恵が実感できない。なのである程度以上レベルが上がるまでは剣士系として戦う事にしている。


 鉄パイプを構えて小林優美の斜め後ろに位置する。


 現れた赤へるの前に小林優美が移動し、始めの一撃をその盾で受ける。


 現在、小林優美が持っているのはポリカーボネイト製の透明な盾だ。敵モンスターが低い位置から攻撃してくる足下をガード出来るのは長方形型の盾だけだ。しかし金属製や木製の盾を持って振り回すには力が足りず、機動隊や警備関係で使われる物を選択した結果だった。


 透明な盾の欠点は強度に不安が伴う事だろうか。実際はかなりの丈夫さ、粘り強さを持っているのだが、金属製の物と比べると不安は拭えない。その反面、透明が故に攻撃を受けるタイミングがしっかりと取れるという利点もある。


 そして何度も赤へるが透明な盾に体当たりする。


 「伊藤君! 見てないで手を出して!」


 どのタイミングで攻撃するかを測りかねる伊藤悟。


 鉄パイプを振り回す事は良いのだが、それが小林優美に当たる事を懸念していた。


 「失敗してもフォローがいるから全力でやってみて」


 小野良美も発破を掛ける。魔法使いと銃使いがフォローしている状況なので、余程の事が無ければ命の危険は無いだろう、と言う小林優美たちの配慮だ。だが伊藤悟は小林優美への誤爆が心配だった。


 仕方ない。と覚悟を決める伊藤悟。


 鉄パイプを槍のように構えると、小林優美の斜め後方から走り出し、突進してくる赤へるに突きを入れた。


 それは見事命中し、赤へるは小林優美から遠く離れた。それを伊藤悟は追い、今度は上段から振り下ろしてトドメを刺した。


 ここで漸く、小林優美も自分の盾が邪魔だった事に気付いた。


 「ごめん。やり難かった?」


 佐藤一たちに初めての討伐を教わった時は、佐藤一は釣ってきたすねこすりをただひたすら避けていた。よく考えてみると、佐藤一は避けてからすねこすりが走り抜けた方向とは反対側に移動していたので、方向転換した時のすねこすりは佐藤一とはかなり離れた位置にいた。


 それが攻撃のしやすさになっていたし、フォローのしやすさにもなっていた事に改めて感心した。


 「小林から近い位置にしか行かないから、鉄パイプを振り回すのが難しいな」


 「だよね。ちょっと考えがあるんだけど、もう一度付き合ってくれるかな?」


 伊藤悟から了承を貰い、再び伊藤悟に実戦経験を積んで貰う事になった。


 次はすねこすり。


 突進してくるすねこすりを、盾を構えて受け止める。そのインパクトの瞬間、小林優美は盾の下側を裏から蹴った。


 突進の勢いと蹴りの勢いを受けたすねこすりが弾き飛ばされ、そして、そのまま消えた。


 「あれ?」


 そもそも小林優美はレベル五で、そろそろ六に届く程に経験を積んでいた。


 それが攻撃的意志を持って打撃を加えれば、当然レベル一でもなんとか倒せる敵モンスターはひとたまりも無いだろう。


 「も、もう一回!」


 焦りながら伊藤悟を始め、皆に同意を求める。


 そして三度目。今度は盾で衝撃を和らげるように受け止め、その盾に乗せるようにすねこすりを放り投げた。


 盾で止められたが衝撃は行けていない様で、すねこすりは足から器用に地面に降り立つ。そして再び小林優美に突進。それも上手く跳ね上げる事に成功した。


 「うん。出来るね。伊藤君、好きなポイントで攻撃してみて」


 「判った」


 そして一番飛ばされた位置から小林優美に向かって走り出すルート上で、ゴルフのスウィングのように鉄パイプを振り、その一撃ですねこすりを消し去った。


 「コレなら皆にもやって貰えそうだね」


 方式が決まった所で次は田中啓一。


 青いハチマキがチュートリアル特典で、身体操作に補正が掛かる装備だ。田中啓一としては格闘系の戦い方を行ってみたいが、やはりレベル一では心許ないので初めの内は鉄パイプだ。


 そして弾き飛ばされた赤へるをホームランした。


 コレでBクラス突破だね。


 …あっ、別に広島の鯉がBクラスだと言うワケでは無いから。


 無いから。


 無いからネっ!


 次は山田功二。チュートリアル特典は土の入った小袋。それに紐を付けて首から提げている。土魔法に補正が掛かるユニーク装備だが、低レベルの土魔法はサポート系がほとんどなので、先ずは火の魔法でレベルを上げる事になった。


 それも伊藤悟と田中啓一の戦い方を見てコツは掴めていた。


 一発目はタイミングが合わずに外れたが、二発目ではしっかりと命中。しかしレベル一で二発連続で撃ったためにへばってしまった。


 魔力が回復するのはかなり早いはずだが、へばった状態だとやる気が起きなくて歩くのも辛い。なので暫し休憩になった。


 「初めの内は一回の戦闘の後は必ず休憩して魔力の回復を行う事になるからね」


 山田功二が魔法を撃つ気力を回復させた所で移動を再開。次は清水咲恵の番だ。


 清水咲恵は透明で六角形のプレートを首飾りにして下げている。これは水属性を補正するユニーク装備で、魔力消費を伴うが水を浮かせたり動かせたり出来る特殊技能も付加されている。


 熟達すれば水の弾を浮かせ、その中に敵を閉じ込める事も出来るようになるが、やはりレベル一では規模や持続力に難があるので初めは火の魔法でレベル上げだ。


 「咲ちゃん。味方に当たらないようにすれば、どんな方法でも良いからね」


 「了解している」


 清水咲恵はどことなく自分の意思を主張するのが不得意な性格に見える。なのでクラスメイトからは色々面倒を見てあげないとならない存在、と言う認識が多い。確かに自分から言葉を発する事はほとんど無いが、自分の主張は静かに移動する事ではっきり主張している。なかなか抜け目の無い性格だ。


 それに気付いているのは佐藤一と林一華ぐらいで、本人はただぼーっとしているだけで周りが動いてくれるのは便利だと思っているだけだった。


 それでも性格が悪いわけでは無く、同じクラスメイトと一緒に遊ぶこの夢の中のゲームをとても楽しみにしている。


 そして清水咲恵は静かに杖を掲げる。


 その後は一瞬の出来事だった。


 杖の先から魔法陣が一瞬で展開され、その一瞬後にいきなり炎の弾が飛び出した。


 今までは誰もが魔法陣を出し、狙いをつけ、それから発射、と言うタイミングで魔法を使っていたのだが、清水咲恵は魔法陣の展開と魔法の発射を一気に行った。


 しかも、飛び出した炎は溶岩の様に粘り気を持った弾丸に見え、溶けた岩、と言う実体があるんじゃ無いかと見まごうばかりだった。


 「討伐完了」


 「あっ、うん」


 小林優美はあまりの事にうん、と答えるので精一杯だった。当の清水咲恵は見た目は何事も無かったかのようにドロップを拾って初心者グループの中に戻って行った。


 「あ、えーと、清水さんは魔法をあと何発撃てそう?」


 「一発と半分ぐらい」


 「凄いね。じゃ、じゃぁ、もう一発だけ撃って貰えるかな? 今のうちに魔力が減った状態を体感して欲しいから」


 「了解、空撃ちする」


 納得しているのか、していないのかも判らない仕草で、清水咲恵は初心者グループから再び抜け出ると、何も無い空中に向かって炎の魔法を発射した。


 それも実に一瞬の出来事だった。


 「射撃終了」


 「ありがと。魔力的に身体はどんな感じ?」


 「怠い。寝たい」


 「うん。今後もそうなったら魔力が無くなったと言う事で魔法は撃たないでね。これから少し休憩するから、魔力の回復具合も体感してね」


 「了解した」


 暫く休憩の後、移動して次の獲物を探す


 挑戦するのは銃を持った井上智久だ。


 井上智久はジャケットの襟にユニーク装備としての鷹の羽を付けている。この鷹の羽は風を感じ、読み取れる特殊装備で、長距離射撃の場合などにその能力を発揮する。しかし街中の短い距離での銃撃では意味は無いので、これもレベルが上がってからの期待になっている。


 既に魔法の攻撃を見ていたのでやり方は判っている。井上智久は身体を半身にして片腕を上げ、横向きに銃を構える格好になった。


 放り投げられたすねこすりの着地点を狙って引き金を引いたがハズレ、弾は何処を通り抜けたかもはっきりしない位置に消えていった。


 大きな音はしたが、直接被害を受けなかったすねこすりは小林優美を狙い続ける。


 再び放り投げられたすねこすりを狙って引き金を引くが、これも外れた。


 「くそっ!」


 思わず悪態が出る。


 「井上君! 両手で構えて、狙ってください。元々拳銃なんて当たらないモノなんですから、一発ずつじゃ無く、二、三発ずつ撃って」


 思わず引率側の加藤孝史がアドバイスを飛ばす。


 それに対して一瞬、反射的ににらみをくれた井上智久だが、相手が気弱な加藤孝史だった事も有り、自分が焦っていた事に気付いた。


 そこで銃を下げ、深呼吸。


 ゆっくり銃を上げ、今度は両手で構える。


 パンパン!


 二連続で撃ち、今度はしっかりと命中した。


 しかし当たり所が悪かったのか、すねこすりは消えていない。


 「井上君! トドメを刺して!」


 今度は小林優美が声を掛ける。それを聞いて反射的に二発を撃ち込み、すねこすりは消えていった。


 「うん。問題無いね」


 小林優美が問題なしと総括を入れる。井上智久にとっては問題だらけだったような気がしたが、今回はその言葉に救われた気がした。


 移動を再開。最後は池田弥栄だ。


 池田弥栄も銃を使う。ユニーク装備として全てが透明素材で出来た防護眼鏡を着けている。これは銃を使う物が着ける防護眼鏡と同じ物だが、さらに瞬間的な発光でも目が眩む事が無い効果が付与されている。同時に幻などにも効果があり、銃を扱うのならかなり便利な装備だ。


 直前に井上智久がアドバイスされていた事も有り、池田弥栄は初めから両手で銃を構えた。


 そして小林優美が盾を使って放り投げた赤へるに向かって二発の銃弾を続けて撃った。


 その内の一発が赤へるに掠った。


 背中に傷を付ける程度だったが、その攻撃により赤へるの攻撃目標が小林優美から池田弥栄に変わった。


 場所が悪かった。フォローする銃の加藤孝史と魔法の小野良美からだと池田弥栄に誤爆の危険があった。そして既に赤ヘルは池田弥栄の目前に迫る。


 「弥栄ちゃん! 蹴って!」


 空かさず小林優美が池田弥栄に指示を出す。


 しかし両手に持った銃をそのままに胸元に引き寄せたせいで足下から迫る赤へるを見失ってしまった。


 池田弥栄の足に噛みつこうとする赤へる。


 だが、ジャングルブーツを履いていたおかげで、靴の表面を傷つけたぐらいで一旦弾かれた。それでも池田弥栄は足下を叩かれたような衝撃を受けて尻餅をついてしまった。


 銃を握ったままだったので両手で受け身を取る事も出来なかった。


 弾かれただけなので赤ヘルは近い場所から再び池田弥栄を狙って突進を再開する。


 加藤孝史と小野良美が池田弥栄の元へと走り出すが、それよりも先に動いていた者がいた。


 つい先ほど、醜態を晒したと思い込む井上智久だった。


 醜態を晒したと反省していたので、他人の銃撃を見て参考にしようと最前列で見学していた。そこで、赤へるが池田弥栄に攻撃目標を変更した時点で走り出す事に成功。


 尻餅をついた池田弥栄の横を抜けて、赤へるを思い切り蹴り上げた。


 「「あっ」」


 駆け寄った加藤孝史と小野良美と衝突しそうになったが、なんとか回避。


 体勢を整えて赤へるを探すと、小林優美がジャングルブーツの踵で赤へるを踏みしめていた。


 「井上君、ナイス! 弥栄ちゃん、大丈夫?」


 小林優美がまだ活動できる赤へるを踏みしめたまま聞いてくる。


 「あ、大丈夫」


 「じゃ、コレ、このまま倒してみる? それとも仕切り直した方が良い?」


 「え? …それって、私を狙ってるんですよね?」


 「たぶん、そう」


 「なら、やってみます」


 「大丈夫? ここから真っ直ぐ弥栄ちゃん狙って突っ込んで行くよ?」


 「はい」


 「そっか、なら、今度はハズレても良いから、その後に蹴り飛ばすのは忘れない様にね」


 「はい!」


 池田弥栄の決意に、皆が一旦離れて、池田弥栄が外した場合のフォローがしやすい位置に移動する。


 準備が出来た所で小林優美が赤へるを解放。小林優美自身は直ぐに横方向へと退避した。


 赤ヘルは真っ直ぐ池田弥栄に向かって突進を再開。小林優美が退避したおかげで、ハズレても誰にも当たらない。なので池田弥栄は遠慮無く引き金を引いた。


 そして撃った後、直ぐに蹴る体勢を取ろうとしたが、赤ヘルは倒れて動かなかった。


 その後直ぐにドロップを残して消えていった。


 「あっ」


 思わずその場にしゃがみ込む。そして膝をついてからアヒル座りで座ってしまった。


 「お疲れ様。色々思う所はあるだろうけど、とりあえず休憩にしましょう」


 休憩中は身体を休める事も重要だが、使った武器のメンテナンスも重要だ。


 もしも剣を使って敵を倒した場合、剣に血液や脂がつく事も多い。それを軽く拭っただけで鞘に戻してしまうと、鞘の中に血や脂がこびりつく事になって、鞘に収める度に剣を腐食させていく事になる。

 そうなったら鞘を交換するか分解して清掃するしかなくなる。そうならないために、剣やナイフなどは使用した後は休憩できるまでは抜き身のまま持ち歩き、休憩できる場所でしっかりと汚れを落としてから鞘に収める事を習慣にしなければならない。


 もちろん切っても脂や汚れがつかない物だったり、剥き身の剣をそのまま持つ事がはばかれる状況なら鞘に収めても良いが、その後に入念なチェックと手入れが必要なのは言うまでも無い。


 小林優美は休憩中に、そんな事を引率した皆に話して聞かせる。


 しかし、この夢の中のゲーム世界では、剣やナイフ、槍、鉈、刀に至るまで、実用品であればステンレス合金を使用しているので、軽く拭っただけでも充分な物ばかりだった。


 この夢の世界のホームセンターで買った日本刀なら、食器洗い用の洗剤で脂を落とし、スプレー式の潤滑剤を軽く噴いてから布で拭っただけで良い物が大半だ。

 鞘も実用品であれば分解、清掃がしやすい構造になっているので、特定のモノで無ければ多少乱暴に扱っても問題は無い。


 しばらくの後、この事を佐藤一から聞いて、小林優美は恥ずかしさにのたうち回る事になるが、それはまた別のお話し。


 約五分の休憩が終わり、同じ来た道を引き返して再び一人ずつの討伐を経験して貰うべく、小林優美と愉快な仲間たちは移動を開始した。




 しばらくの後。


 ホームセンターに向かっていた佐藤一はスマホに陽平からの電話を受け取っていた。


 「おう。コッチはそろそろホームセンターに辿り着くぞ。そっちはどんな感じだ?」


 『すまない。ドジっちまった。役所裏にボスルームが設定されていた』


 「なっ、なにっ?!」


 佐藤一も掲示板情報から、ボスに挑戦した冒険者が帰ってこなかった現実を知っていた。つまり陽平は死ぬ確率が高い場所にいるという事だ。


 『……佐藤、頑張れよ』


 「よ…、陽平!」


 『…あ、ボスは倒したから』


 そこで陽平からの通話は切れた。


 「……………………………………ばっきゃろー!!」


 佐藤一の叫び声が響いて、一緒にいた武藤寛太たちを驚かせたのは言うまでもない。


 その後、ホームセンターに辿り着いて、引率していた山口敦、渡辺健二、松本剛、林一華、遠藤多喜恵の五人に、それぞれドロップ品を換金してから自分の装備を調えろと言って送り出す。佐藤一と武藤寛太もサブ武器を渡してしまったので補充を行う。


 皆にはメインの武器、サブの武器、保険としての武器という三つの武器を持つように言ってある。


 陽平の槍、魔法の杖、剣鉈。鈴木千佳のグロッグ17を二丁、剣鉈。小泉澪の魔法の杖を各属性ごとと剣鉈と拳銃。佐藤一のバルディッシュ、魔法の杖、剣鉈。武藤寛太の魔法の杖、剣鉈、拳銃。などと言う実例を言って備えるように伝えたので、参考にはするだろう。もしも趣味に走って無茶な装備を選んでも、それは個人の責任という事にするとも言ってある。


 佐藤一が五人を送り出したその少し後に小林優美が小野良美、加藤孝史と共に田中啓一、伊藤悟、山田功二、井上智久、清水咲恵、池田弥栄らを引き連れてホームセンターに到着した。


 「お疲れさん。どうだった?」


 佐藤一が小林優美を労う。


 「疲れたぁ。人に教えるのがこんなに神経使うなんて思っても見なかった~」


 何か大きな失敗でもしたのかと思い、佐藤一は小林優美を指差してから小野良美と加藤孝史に顔を向けた。


 「優美は良く出来てたよー」


 「うん。ちゃんと先生してた」


 二人からの賞賛にも小林優美はイヤイヤイヤと手を振る。


 コレは暫く放置すればその後にハマって、将来は教師を目指すのかも、と佐藤一は勝手な想像をしてニマニマする。


 それから指揮は佐藤一が担い、先ほどと同じ説明をしてからドロップの換金と装備を調えさせるために一時解散した。


 「自分に合った装備をじっくり選べ。と言ったはずなんだが、何故か銃の試射場に皆が入り浸っている件。まぁ、気持ちは判るが」


 試射場では順番待ちが出来ていた。一度に四人が同時に試射出来るブースがあるはずが、外には五人の順番待ちが出来ている。さらに一人五分という暗黙のルールが出来ており、壁の時計を見ながら「もう時間だぞ」と言う声まで聞こえている。そしてブースから出てきた者がそのまま最後尾に並び直している。


 「サブのサブでも拳銃を持っておけ、と言った手前、慣れておくのは有意義な事なんだが、こいつら単に銃を撃ちたいだけなんだろうなぁ」


 そう呟く佐藤一の目の前で、伊藤悟が試射を終えて試射場から出てきた。さらに列の後方に並び直そうとしたのを佐藤一が取り押さえる。


 「時間切れだ。全員一階入り口前に集合」


 「えー! もう一回…」


 「明日以降にしろ。全員でステータススマホを受け取りに行くから、今やってる連中も中断させて集合場所に向かわせろ。集合場所に居ない場合は置いていく」


 ここはきっちりと命令口調で言い渡す。もちろん大きめの声で言っているから、中で試射している連中以外の、並んでいる四人にも聞こえている。


 そして佐藤一は他の売り場も一通り回り、クラスメイトを見る度に同じ内容を言って聞かせた。


 「全員にステータススマホが行き渡っていれば、こんな伝達は一度ですむんだけどなぁ」


 ステータススマホを持っているレベルであれば、こんな集合を掛ける必要も無いと言う矛盾した状況に溜息を吐く。


 さらに個人的な買い物としてジャケットやカーゴパンツ、ジャングルブーツと小型拳銃に剣鉈、ワンショルダーバッグを購入しておく。


 この買い物があったから佐藤一は自分一人で全員に声かけ周りをすることにした。


 そして二十分後。一階の入り口に全員が集まった。小林優美と武藤寛太に全員がいることを再確認させる。


 「良し。これから全員で夢役所へ行ってステータススマホを貰いに行く。それを貰ったら個別のパーティを作って貰う。基本は手持ち武器を持つ者、銃を持つ者、魔法を使う者の三人だが、それ以上の人数でも良いし、一人だけでやっても良い。夢役所に着くまでに誰と組むか相談してくれ。組んで実際に戦って、そりが合わなければ個別に他のパーティと相談してくれ」


 そして小林優美、小野良美、加藤孝史、武藤寛太を先頭に立てて全員で移動を開始した。佐藤一は最後尾で万一に備える。


 このゲームは、一度通り過ぎた場所は一定時間は安全地帯になるため、本当に万が一に備えてだった。


 そして出発する間際、佐藤一は購入しておいたジャケット等の一式をホームセンターの入り口近くの通路に置き、『山本へ』と書いた紙を挟み込んでおいた。


 本当に万が一、山本光雄がこの夢の中のゲーム世界に来ていた場合のフォローのためだった。もしも来ていないのなら、それはそれで構わないと言うつもりの、一種の自己満足に近い行為だ。


 ガヤガヤ。ワイワイと、まるで子供の遠足のような雰囲気の高校生の集団が練り歩く。


 何度か先頭集団が戦闘を繰り返したが、ソロでも問題の無い四人組の連携で、ほぼ瞬殺で夢役所に到着した。

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